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垣間見た本心

 彼はわたしと翔子に飲み物を聞くと、来た道を戻っていく。


 翔子の隣に座ることにした。


「今日は一人なの?」


 翔子は頭を下げる。

「友達が休んでいて。私は友達が少ないし。あまり馴染めないから」


 もう既に友人ができている中に飛び込んでいくのは難しいのかもしれない。積極的に話しかければ溶け込めるとは思うが、そうは容易にいかないだろう。


「誰も食べる人がいなかったら、わたしを誘ってよ」


「三年の教室なんて行けません」


「私のクラスはそんなに気にするような感じでもないと思うよ。気になるならメールでも電話でもしてくれれば」


 私はその気になって携帯を取り出すが、そんな私を翔子は冷めた目で見ていた。相変わらずマイペースにごはんを食べていた。


「あなたって本当、バカですね」


「細かいことは気にしない。暗記してくれるなら読み上げるけど」


 私が番号を読み上げると、彼女は鞄から携帯を取り出した。


 彼女は私と番号とアドレスを交換する。


「英明もバカなんだもん」


「英明?」


「市井英明」


 彼女は息を吐く。


「いつもわたしを気にしてきて。この高校を受けるようにと説得してきたのも英明だった。遠縁の親せきなんて他人みたいなものなのに」


「それでも心配なんだよ。きっとね」


 わたしは二人の関係を想像して思わず微笑んでいた。


 わたしもお弁当を食べることにした。食べ終わると教室に戻ることになった。


 教室に戻り、佳代たちに本田さんと一緒に昼食をとったという話をしていると、拓馬からメールが届いた。


 それは一緒に帰ろうという誘いのメールだった。




 放課後、拓馬と待ち合わせをしている昇降口まで行く。まだ拓馬は着ていないようだ。


 わたしが拓馬を待っていると、背後から声をかけられた。


「坂木先輩」


 振り返ると見たことのない男子生徒が立っていた。


「少しお話があるんですが、いいですか?」


「すぐに終わるなら」


 奈月のことだろうか。きれいな妹を持つと、そのわたしにあれこれと聞いてきたりする人も少なくない。その上、もうすぐ彼女の誕生日だ。


「ありがとうございます。すぐに終わります」


 わたしは一言断ると、拓馬にメールを送る。少し遅くなるかもしれないが、昇降口で待っていてほしいと伝えるためだ。


 メールを送ると、彼は渡り廊下へ先導するように歩き出した。


 彼の足が止まったのは人気のない渡り廊下の途中だ。もう放課後になって時間が経つためか、サッカー部が部活を始めていた。


「先輩の妹さんってどういう人がタイプなんですか?」


 予想できた言葉に苦笑いを浮かべた。


「奈月は恋愛に興味がないからよくわからないかな」


 彼は困ったように微笑んだ。


「こちらこそ急にすみません」


 彼は深々と頭を下げると、そのまま昇降口のほうに走っていく。


 ほんとうに奈月はよくもてる。


 わたしも昇降口に戻ると、さっきはなかった拓馬の姿があった。


 わたしはドキッとしながら、拓馬のところにいく。


 彼はわたしをちらりと見ると無言で歩き出した。


 わたしは慌てて靴を履き替え、拓馬のあとを追う。


「どうかしたの?」


 彼に声をかけることができたのは、学校を出てからだった。


「さっき、二年生の人と一緒にいた?」


 わたしは頷いた。嘘をつく必要もなかったためだ。


「何の話をしていた?」


「なんというか」


 奈月のことが好きで、好みのタイプを聞かれたと答えていいのだろうか。

 でも、わたしは結局言い出せず答えに詰まる。


「悪い。そんなの聞くのっておかしいよな」


「どうしたの?」


 拓馬の声に重なるように、聞きなれた声が届いた。


 そこには奈月の姿があった。


 彼女はわたしと拓馬を交互に見た。


「今日、家に来ない?」


「いいけど」


「なら、お母さんに伝えておくよ」


 奈月は強引に話を進めると家に電話をしていた。


 拓馬はちらりとわたしを見ただけで、そそくさと歩き出してしまった。


 家に着くと母親が出迎えてくれ、奈月は母親と一緒にリビングに入っていく。


「どうする?」


「美月の部屋にいっていい?」


 わたしは拒む理由もなかったため、拓馬を部屋に招くことにした。



 ドアを開けると、拓馬を部屋に招く。彼はわたしのへやに入ったものの、ドアの付近で一歩も動かなかった。


「さっきのこと気にしているの?」


 拓馬は頷く。


「奈月のことだよ。奈月の好みのタイプを聞かれた。でも、言わないでね」


「てっきり美月が告白でもされたのかと思った」


「それはないよ。わたし、告白されたことないもの」


 わたしは慌てて否定する。


「まさか妬いていたの?」


 彼のことだから、そんなことはないと軽く笑うのだと思っていた。だが、彼は私から顔を背けると、頬を赤く染めていた。想像外の反応に戸惑い、拓馬を凝視していた。彼は白い歯で軽く自分の唇を噛んでいた。


「妬いてるよ。子供っていわれようが、ガキって言われようが。それでも」


 そう彼は言葉を飲み込み、わたしをじっと見る。その睨んではいないが、刃のような視線に体全体が固まってしまったように動けなくなる。


 先ほどのように彼の指先が私の顎に触れ、肌を掠めていく。先ほどとは違い、彼の指が熱を持ったように熱かった。


「昔から俺は美月のことになるとこうだからダメだね。だから相手にされないのに」


 困り、哀しそうな目をしている彼から目をそらすことができなくなっていた。


何かを言わないといけないと思っても、喉が干上がったように渇き、言葉が乾きに飲み込まれる。


 彼が愛でるように喉を撫で、その手の動きに反応するように喉がなっていた。その触れていた手が強引に私の顎を持ち上げる。


 そのとき、ドアがノックされる。拓馬の手がわたしから離れた。


 彼は先ほどの余韻さえ感じさせない顔で扉を開けた。


 部屋に来たのは母親で、どうやら飲み物を持ってきたらしい。


「飲み物だって」


 そういった拓馬の表情はそれは私の知る再会してからの拓馬だった。


 あのときの熱っぽい、それでいてどこか哀しそうな目が拓馬の本心なら、わたしは再会してから初めて彼の本心を見た気がした。



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