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仲良くなりたい人

 彼女の顔が青ざめているのに気付いた。彼女は今日一日体調が悪くて保健室で寝ていたことを思い出したのだ。


「体、大丈夫?」


 彼女はソファに座ると、唇を軽く噛む。


「大丈夫といいたいところですけど、あまりよくないかも」


「部屋で眠る? わたし、帰るから」


「今、帰ると大変そうですよ。気にしないでください。折角お茶も入れたんだし」


 彼女の入れてくれた紅茶を口に運ぶ。彼女は肘を黒いテーブルにつき、右手の指先で額を抱え込んでいた。


「少し横になる?」


 紅茶にも口をつけようとしない彼女を見て、そう声をかける。


「そうします」


 今度は反対することなく、ソファに横たわる。彼女は長い睫毛をはためかせ、天井を仰いでいた。


「どこか体でも悪いの?」


「そういうわけではないんですが。貧血気味だって言われました」


「貧血って」


 そう口にして思い当たらないことはない。今日の昼のことだ。朝も夕もそんな感じだったら、貧血になってもおかしくない。


「たまにごはんを作るのが面倒になって、そのまま寝てしまったりとか。食生活に問題があることは分かっているんですけどね」


 彼女はそう言うと微笑む。


「だから今日は久々に買い物をして、作ろうと思ったんだけど。今日はさすがに無理そうかな」


 短時間お茶を入れるだけでも随分辛そうだったのだ。そうであっても不思議はない。


「わたしが何か作ろうか?」


「でも、あなた料理はできないと聞きましたけど」


「野菜を洗うくらいならできると思う」


 その言葉に彼女が笑う。


「いいですよ。気にしなくて。少し休んだらよくなりますから」


 彼女は少し目を閉じていた。何らかの家庭の事情があり、一人で暮らしているのだろう。こんな広い家に。


 静かな寝息が聞こえてきた。


 眠っている彼女を起こすのも気が引け、窓から雨が落ちていく様をただ眺めていた。


 彼女の体が再び震えたのはそれから一時間ほど経った頃だった。


体をびくつかせると、ゆっくりと体を起こす。


そして、半開きになった目で、室内を見渡していた。その彼女の視線がわたしと目が合うと一気に見開かれる。


「ごめんなさい。わたし、眠っていて」


「いいよ。無理に上がりこんだのはわたしだし、雨にもぬれなくて済んだもの」


 わたしは窓辺を指さす。


 彼女は窓をちらりと見やると目を細めた。


 彼女は玄関まで見送りに来てくれた。


「お茶、おいしかった。ありがとう」


「お母さんがよく送ってくるんです。よかったらまた来てくださいね」


 その言葉に甘えていいのか、社交辞令なのか見極めることができずに、彼女の言葉にうなずいていた。


扉を開けると、春先にしては冷たい空気が頬を掠めていく。さっきの雨で風が冷えてしまっていたようだ。


「またね」


 彼女に頭を下げると、足早にここを去ることにした。


 マンションを出ると、わたしの携帯が鳴った。発信者は奈月だった。電話を取ると、冷めた声が聞こえてくる。


「今、どこにいるの?」


「友達の家で雨宿りをしていたの。今から帰るよ」


「雨宿りって雨は三十分ほど前に止んでなかった?」


「まあ、そうなんだけどさ。今から買い物をして帰るから」


 先ほど行きかけたお店に行くことにした。


 お店に行くと、特売で安かったのか、わたしが買った醤油が最後の一つだった。


レジに行こうとしたとき、紅茶売り場が目に映る。カモミールを何気なく手に取る。貧血によいとは聞くけれど……。



 わたしはカモミールをかごの中に一緒に放り込んだ。


 静かな教室に、流暢な英語が響く。一つの音として聞こえる英語を聞きながら、自分の鞄を見た。


 買ってしまったけど、どうしよう。


 このまま持って帰ってしまおうか。


 そのタイミングを見計らったかのように、チャイムが鳴り響く。


 そのとき、教室にチャイムの音が教室内に轟いていた。英語の先生は挨拶をすると背筋を伸ばし教室を出て行く。ドアが閉まると教室が騒々しくなる。


「ごはんを食べようか」


 佳代に促されて顔を上げる。


「先に食べていて」


「拓馬君と食べるの?」


「そうじゃないんだけど。そのうち戻ってくるから」


 わたしは鞄を手に教室を後にした。


 二人は不思議そうな顔をしていたが、深く追求してくることはなかった。




 わたしは拓馬のクラスに行くと、開いている教室から覗くと、本田さんの姿は見当たらなかった。


 今日は休みなんだろうか。


 そう思ったとき、背後に人の気配を感じる。振り返ると、拓馬の友人が立っていたのだ。


 彼はわたしと目が合うと、白い歯をこぼしていた。


「拓馬なら、少し席を外していますけど」


「拓馬じゃなくて、本田さんに」


「翔子に? どうかしましたか?」


 そういえば前も名前で呼んでいた気がする。


「市井さんは本田さんと仲がいいの?」


「仲はいいですよ。友達とは違うけど」


「本田さんにこれをあげようと思うんだけど、どうかな」


 彼に鞄から取り出したハーブティを見せる。


 市井さんはそれを不思議そうに見る。


「あの子、貧血気味だったから、こういうのを飲んでみたらどうかなと思ったの」


 市井さんは朗らかな笑みを浮かべる。


「坂木先輩ってやっぱり拓馬の言っていた通りの人なんだね」


 わたしは意味が分からず、首を傾げた。


「すごくいい人だってこと。翔子のこと、呼んでくるよ」


「わたしが行くよ。外にいるの?」


 彼は頷いた。


 わたしたちはそのまま階段をおり、外に出ることになった。


 人気が減り、わたしは気になっていたことを聞いてみることにした。


「本田さんとどういう関係なの?」


「遠縁の親戚」


 二人とも綺麗な顔立ちをしているとは思うが、あまり似ていなかった。遠縁といえばまた従兄弟か、そのまた一つ離れているのかといったところだろうか。


「家は近いの?」


「そこそこ。歩いて三十分くらいかな」


「市井さんは中学からこの学校?」


 彼は頷いていた。


「翔子は高等部から入ってきたんだ。あいつは一人暮らしだから、俺が一緒のほうがいいだろうってことになってさ」


 翔子は拓馬と同じように外部から入ってきたんだ。高等部の試験はかなりの難関だと聞く。彼女も成績がいいのだろうか。


 彼は渡り廊下を横断すると、植物がうっそうとしている中庭に入っていく。


その先にベンチがあり、髪の毛の長い少女が木陰で佇んでいた。


「よかったら仲良くしてやってよ。あいつはあんな奴で口は悪いけど、悪い奴じゃないから」


「それは分かるよ」


 市井さんは微笑んでいた。


「翔子」


 彼が呼ぶと、彼女は顔を上げる。


「学校では呼ばないでって言ったでしょう」


 その彼女の言葉が止まる。彼女はわたしを見ていた。そして、頭を下げていた。


 その彼女の言葉が止まる。彼女はわたしを見ていた。そして、頭を下げていた。


「体調は大丈夫?」


「大丈夫です」


 彼女は僅かに笑みを浮かべていた。


「坂木先輩が翔子にあげたいものがあるんだってさ」


 わたしがどう切り出そうか迷っていると、彼はそう翔子に告げた。翔子は目を見張る。彼女の瞳に自分の姿を確認し、ドキッとする。


「あの、これなんだけど」


 彼女はそれを受け取ると、中身を覗き、首を傾げていた。


「これは何の意味があるんでしょうか?」


「翔子がろくに料理もせずに貧血気味になっているのを心配したんだってさ」


「え?」


 そこまでは言っていないのに。


「飲まないなら捨ててくれてもいいから。少しでも楽になればいいなって思って」


 彼女はため息交じりにわたしを見た。


「本当、バカなんですね。わたしには絶対に真似できません」


 彼は僅かに肩をすくめ、わたしを見た。彼女の言葉を真に受けないで欲しいという気持ちが込められていたのだろうか。


だが、わたしにもそれくらいのことを理解することはできた。彼女の頬が赤く染まっていたからだ。


「翔子だって面倒なら俺の家に食べに来たらいいのに」


「嫌よ。遠いし、人の家にいくと気を使うから」


 彼女は唇を尖らせ、顔を背ける。


「でも、先輩に気を使わせるよりはいいと思うけど。母さんだって車を出してくれると思うよ。お弁当だけ作ってもらってもずいぶん違うと思うよ」


「そのために先輩をここに連れてきたの?」


 本田さんは頬を膨らませ、市井さんを睨んだ。


「まさか。たまたまだよ」


 そのとき、わたしのお腹が鳴る。


「よかったら一緒に食べませんか?」


 市井さんの誘いに首を傾げた。



 市井さんの問いかけに首を傾げた。


「いいけど、三人で?」


「はい。拓馬は今日は用事があるらしくて、別に食べようってことになっていたんです」


 里実と佳代は一緒に食べているだろうし、わたしもここで二人と一緒に食べることにした。


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