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一人暮らしの家

「お昼は?」


「クラスメイトがおにぎりを買ってきてくれました」


 彼女が指したのは鮭の入ったおにぎりだった。


お昼に軽く食べるくらいならいいんだろうけど、必要以上の栄養をとれなさそうな食事に心配になる。


 だが、わたしと彼女は先輩と後輩でしかない。


「ゆっくり休んでね」


 彼女ははにかみながら、微笑む。


 わたしはその足で教室に戻ることにした。


「随分、遅かったね」


 佳代も里実もお弁当を食べ終わったようだ。


彼女たちのお弁当は片づけられていた。


「保健室に顔を出してきたから」


「どうだった?」


「元気そうだったよ。ずいぶんましにはなったみたい」


 里実の言葉に応え、自分の席に着くと、出しっぱなしになっているお弁当の続きを食べることにした。


「でも、そんなに体調が悪いなら、早退したほうがいいんじゃないのかな」


 里実は持っていたオレンジジュースにささっているストローをくわえていた。


「家庭の事情も関係あるのかな」


「家庭の事情って?」


「彼女、一人暮らしらしいから家に帰って悪化でもしたらってことじゃないかな。実のところは分からないんだけどね」


 あのどこか冷めた少女のことを思い出し、なんともいえない気持ちを抱く。

 拓馬と同じだ、と思ったからだ。


 それなら尚のこと、食事などはきちんと食べたほうがいいような気がしたが、友達でもないわたしがそう口にするのは余計なことでしかないことも分かっていたのだ。


 一人暮らしなんて大学を県外に出た人や、働き始めて独立したいというときにするものだと思っていたけど、そうでない人もいた。


母親がやっている料理なんかを自分がするところを想像し、げんなりしてきてしまった。



「じゃあね、美月」


 振り返ると、笑顔を浮かべた里実の姿があった。


「じゃあね」


 彼女に別れを告げ、ため息を吐く。


いつもより重い荷物を手に、普段はあまり通らないわき道を歩いていた。


本当なら里実と一緒に帰るはずだったのだが、帰りがけに母親からメールが届いたのだ。


しょうゆが切れているので買ってきて欲しいと。


そのため、まっすぐ帰らずに途中にある横道を歩いていく。


そこを歩けば三分ほどでお店に到着する。


里実はついてこようかと言ってくれたが、さすがにそうするわけにもいかず、一人で行くことになった。


あと曲がり角を一つ曲がれば、お店のある通りに出る。そのとき、見覚えのある人を見かけたのだ。


その彼女の顔を見て、思わず声を出しそうになる。彼女の同じ気持ちだったのか、わたしを見て目を見張る。

 彼女の手にはスーパーのビニール袋が二つほど握られていた。


そこには野菜や調味料などが詰め込んであった。それをみて、彼女が一人暮らしであることを思い出していた。


「家はこの辺りなの?」


 彼女は頬をわずかに膨らませ、顔をそむける。だが、その頬が夕日のためか赤く染まっているような気がした。


「そうです」


「それなら荷物を持つよ」


「いいですよ。悪いし」


「でも、体調が悪いときはお互い様だし」


 そう言い張るわたしを拒否するのが面倒になったのか、彼女は深々とため息を吐くと、ビニールを差し出した。


彼女が渡した荷物は意外と重く、一気に荷物の重さが倍になる。


「家はどの辺り?」


 彼女はあるマンションの名前を告げる。そこはわたしの家から歩いて五分ほどの場所だ。


ここから歩いて十分はかかる。ますます彼女を一人で帰らせるわけにも行かず、並んで歩く。


 昨日に比べ明らかに血色が悪く、足取りも重く見えた。


「体調はどう?」


「少しはよくなりました」


 彼女はそういうと、わずかに目を細める。そう普通に接してくれると本当に可愛いのに。


「鞄も持とうか?」


 彼女のふらつく足取りを見逃せずにそう問いかけた。


「大丈夫です」


 彼女は吐息混じりに大丈夫と言葉を漏らす。


最初はまたリズムよく歩いていたが、そのスピードも徐々に減速してきた。


わたしの家の前を通り過ぎる頃にはスピードも半分ほどになり、息も乱れていた。


親に車を出してもらおうとも考えたが余計な気を遣わせてしまうのではないかと思い、その提案を口にすることはなかった。


 彼女の足が茶色の外壁のマンションの前で止まる。


 一面ガラス張りとなった入り口まで一緒に行く。


「大丈夫?」


 荷物を渡しながら問いかける。彼女は顔をこわばらせながらもうなずいていた。


荷物がわたしの手から翔子の手に移った。


「今日はゆっくり休んでね」


 振り返った時、水滴が目の前を駆け抜けた。雨が降り出したのだ。


「傘、持っていませんよね。貸しましょうか?」


「大丈夫だよ」


 と口にはするが、一気に雨脚が強まる。雨に臆したわたしの気持ちに気付いたのか、翔子はそっとわたしに手を差し伸べた。


「ここにいたら冷えますから上がっていってください。わたしの家は誰もいないから」


 彼女は笑顔で口にする。


 一緒に中に入り、エレベーターまで行く。


彼女はボタンを押すと、息を吐く。エレベータはすぐに一階に呼び戻され、扉が開く。


翔子は息を漏らすとそれに乗り込んでいた。


わたしも遅れないようにそれに乗り込む。


彼女は十のボタンを押すと扉を閉めていた。エレベーターが一度ゆれると、ゆっくりと動き出す。


 わたしも彼女も話をしなかった。だが、不思議と気まずさはない。


しばらく経ち、扉が開く。彼女は扉を開けたまま、顎をしゃくりわたしに先に外に出るように促していた。


外に出た彼女が先導するように歩き出した。


広さのあるマンションだが、このフロア部屋数はそこまで多くないようだった。


恐らく部屋の一つずつが広く作られているのだろう。


彼女の足は一〇〇一と書かれた部屋の前で止まる。カードキーを差し込みドアを開ける。


わたしを見ると笑顔を浮かべていた。


わたしは彼女に頭を下げると、家の中に入ることにした。


 家の中に入った第一印象は静かな部屋ということだった。彼女に導かれ中に入ると驚くほど広いリビングが広がっていた。


「荷物は適当に置いておいていてください。飲み物は何がいいですか?」


「何でもいい」


 彼女は目を細めると、ソファまで行き荷物を置く。そして、部屋を出て行ってしまった。


 わたしも彼女が荷物を置いたソファまで行くと荷物を床に置き、辺りを見渡し、遠慮がちにソファに座った。すぐにリビングの扉が再び開く。


彼女はその足でキッチンまで行くと、やかんをコンロにかけていた。


「テレビみたいならどうぞ」


 わたしの座るすぐ傍に大型の液晶テレビがあった。だが、見たい番組が思い浮かばない。


 流し台からは水の流れる音と、お湯のわく音などは聞こえてくる。心半ばにニュースを見ていたとき、目の前に香ばしい香りを放つ紅茶が差し出された。


 しばらく経ち、彼女がおぼんを片手にやってきた。口の大きく開いた白いカップに注いだ紅茶をそっとわたしの傍に置く。向かい側に自分のものを置いていた。甘くほのかに苦味のある香りが鼻腔をつく。




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