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倒れた少女

 休み明けの朝、彼はいつもどおりにわたしを迎えに来た。今までのような複雑な気持ちはほとんどなかった。人に視線も不思議と気にならなかった。



 他愛ない話をし、学校に到着する。わたし達が靴箱で靴を履き替えようとしたとき、聞き覚えのある声が響いた。


「拓馬」


 思わず振り返ると、そこには拓馬と同じクラスの可愛い男の子が立っていた。彼はわたしに気づいたのか、頭を軽く下げる。


「あ、悪い。後からでいいよ」


 彼はわたしに気付いたのか、そう付け加えるようにして言う。何か用があったんだろう。


 わたしは拓馬の肩を軽く叩く。


「わたしは先に行くね」

「分かった」


 拓馬もその事情に気づいたのか、それに応じていた。


 わたしは昇降口で靴を履き替える。拓馬達は言葉を交わした後、靴を上靴に履き替えてはいたようだが、教室とは違う方向に向かっていた。


 わたしは教室に向かうことにした。


 だが、視線を感じ、本田さんがこちらを見ていたのに気付いた。


「おはよう」


 わたしはどうすべきか迷ったが、一応挨拶をしておくことにした。


 彼女は笑みを見せることなく、鋭い目つきでわたしを見る。


「あなたって何を考えているんですか?」


 眉をひそめ、鋭い言葉を向けてきた。


「何って、何も」


 ものすごくバカみたいな返事をしてしまった。


「一応、受験のこととかなら考えているよ」


 取り繕うとして余計にバカなことを言ってしまったことに気付く。言わなきゃよかったな、と思いながら彼女を見ると、案の定、彼女は半眼のままわたしを呆れたように見ていた。


 彼女は右手の人差し指を頭に当てると、難しい顔をして息を吐いた。


「普通、怒りません? わたしはこの前あなたにあんなことを言ったんですけど」

「可愛くないって話?」


 彼女はにこりともせずにうなずく。


「なのに挨拶してくるって、普通の考えをしているとは思えないんですけど」

「わたしとあなたじゃそう思っても仕方ないと思うよ。本田さん、すごく可愛いから」


 そう口にしたとき、彼女の白い肌が一気に赤く染まる。


「変なことを言わないでください」


 そう強く言い放たれても、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


「わたしは諦めませんから」

「うん」


 彼女でもないわたしが諦めろとか言うのも到底おかしな気がしたし、彼女を身近に感じたのかもしれない。


 彼女は頬を膨らませてわたしを睨む。


「もういいです」


 そう彼女はわたしに背を向け、歩き出そうとした。その彼女の足元がふらついた。

 わたしは思わず彼女の傍に駆け寄っていた。


 さっきは赤く染まっていると思った彼女の顔が青く染まり、息が荒くなっていた。


「大丈夫? 体調悪いの?」

「大丈夫です」


 彼女の声はかすれ、弱々しかった。


「保健室に行こうよ。わたし、送っていくから」

「大丈夫ですから」

「本田?」


 拓馬が友人と一緒にこっちに戻ってきたのだ。

 拓馬は彼女に手を差し伸べる。だが、彼女は首を横に振った。


「きつかったら休めっていつも言っているだろう」


 拓馬の友達がそう彼女に伝える。

 そんな彼を見て、彼女は頬を膨らませた。

 わたしはそのやり取りに驚いていた。


 二人が友人というイメージを持っていなかったからかもしれない。


 彼は本田さんの腕を掴む。彼女は今度は拒まなかった。


「鞄、持ちます」


 わたしはそういうと手を差し出した。本田さんは彼に促され、鞄をわたしに手渡した。


「拓馬は遅れると伝えておいて」


 彼はそう言い、拓馬は心配そうにしながらも頷いていた。


 わたしはイスに座ると、短く息を吐いた。


「先輩は戻っていても大丈夫ですよ。俺がついてますから」


「大丈夫だよ。まだ時間あるもの」


 保健室か。わたしは至って健康体だからか、あまり保健室に縁がなかった。幸い、保健室の鍵は既に開いており、先生の姿があった。


 本田さんは言葉を交わすと、ベッドまで連れて行かれていたのがちょうど今だ。


「あなたたちは教室に戻りなさい。少し休ませると伝えておいて」


 保健の先生はベッドを指さすと、微笑んだ。


 わたしたちは保健室を出て、教室に戻ることにした。


「あなたは本田さんと仲がいいんだね」

「だって俺と翔子は」

「お前たち、もうすぐホームルームが始まるぞ」


 そう言いかけた彼の言葉は階段の近くにいる先生の声にかきけされた。


 わたしと彼は顔を見合わせ、今は教室へと急ぐことにした。


 教室内には多くの人が溢れていた。席に着くと、里実が肩越しに振り返る。


「本田さんが倒れたらしいけど、大丈夫?」

「保健室で休むんだって。どうして?」

「拓馬君が言いに来てくれたの」

「そっか」


 わたしは彼女のことが気になり、拓馬に本田さんが戻ってきたら教えてほしいとメールを送ることにした。


 拓馬に送るはじめてのメールがまさか彼女の状況を知らせるものになるとは思わなかった。


 そのとき教室の扉が開き、担任の先生が中に入ってきた。






 拓馬からの返事が届いたのはお昼休みだった。まだ戻ってきていないらしい。体調がよほど悪かったのかもしれない。


 私はお弁当の蓋をあけたが、食欲がわかなかった。


 あの子は大丈夫なんだろうか。


「本田さんのことを気にしているの?」


 里実がお茶のパックにストローを差し込みながら聞いてきた。

 わたしは頷く。


「飲み物をかってくるよ」


 お弁当の蓋をしめると、鞄から財布を取り出した。そして、教室を後にした。


 昼休みに入って時間が経っていたからか、自販機の前には数えるほどしか人がいなかった。


 わたしは目的のジュースを買うと、教室に戻ろうと足を踏み出す。そのとき、目と鼻の先にある保健室が目に飛び込んできた。


 少し顔を出すだけでも嫌がられるのだろうか。あの子にあまり好かれてはいないということは自覚していた。


 保健室の前まで行き、顔を出すか決めよう。そう思い、保健室の前まで行く。どうしよか迷っていると扉が開いた。本田さんはわたしと目が合うと目を見張った。


「何をしているんですか?」

「大丈夫なのか心配になって」

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」


 彼女は膝に手を当てると頭を下げた。


「飲み物いるなら買ってくるよ」

「でも」

「いいよ。どうせ近いもの」

「じゃあ、お茶をお願いします」


 慌てて保健室の中に戻ろうとした彼女を引き止める。お金は後からでいいと伝えておく。


 わたしは彼女から頼まれた飲み物を購入し、保健室に戻る。


彼女は律儀にも扉のところで待っていてくれた。お金を取ってくると言い残すと、保健室の中に入っていく。わたしもそんな彼女に続いて中に入る。保健室の中には彼女しかいないようだった。



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