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大きな手

 教室に戻ると、興味津々な瞳に出迎えられる。わたしはその視線に気づかない振りをして、二人にお昼のことを簡単に話した。帰りに誘われたことも含めて、だ。話を終えたとき、顔をあげると、里実と顔が顔を見合わせてニヤニヤしているのに気づいたのだ。


「わたしは佳代と帰るから気にしないでね」

「そうそう。でも、本当に付き合うようになったら教えてね」


「何でそう話が飛躍するかな。拓馬と一緒なんて絶対に無理だよ。視線が怖い」

「その子達もそのうち諦めるんじゃない? 美月相手じゃかなうわけないって分かるし。拓馬君は幼稚園のときから美月大好きだからね」

「恥ずかしいことを言わないで」


 わたしの顔がおのずと真っ赤になる。


「幼稚園って、小学生の頃もずっと?」


 佳代はわたしでなく、里実の顔を覗き込む。


「そうだよ。拓馬君の好きな人は坂木美月ちゃんって誰でも知っているくらいだったし。学校では有名だったんだ。本人も素直な性格だから好きな人はと聞かれて美月の名前を答え続けていたの」

「愛されているんだね」


 佳代は夢見がちな瞳で、わたしを見てきた。どうしてこうも赤面しそうな言葉を二人は言うことができるのだろう。


 小学校の頃、拓馬の好きな人がわたしだという噂が流れていた。もっともわたしは幼馴染のお姉さんとしてわたしの名前をあげているに過ぎないと思っていたのだけれど。彼の本心はわたしにはわかりにくい。


「つきあっちゃえばいいのに。もったいない。別に嫌いじゃないんでしょう」

「そういう問題じゃないの」

「そんなくだらない話がよく続くな」


 そうあきれ顔で話に入ってきたのは田中君だ。

 その隣には苦笑いを浮かべた館山君がいた。

 二人はそろって運動ができ、女の子からそこそこ人気があった。もっともあれだけ奈月を好きだと表明している田中君は館山君に比べると人気は大幅に劣るようだけれど。


「くだらないって、奈月ちゃんが絡んでいないとわかったら手のひらを返して。本当自分勝手」

「別にいいよ。田中くんに興味を持たれてもね」


 わたしはそう慌ててフォローした。


「でも、奈月ちゃんとうまくいけば義理の兄弟になるかもよ」


 その言葉に田中君は反応する。中学生相手に何を言っているんだろう……。

 知らぬが仏というものだろうか。


「まあ、それはともかくわたし、拓馬君と話をしてみたいな。四人で帰ろうか」

「でも、女三人に拓馬一人というのは居心地悪いよ」


 否定する理由はないけど、拓馬のことを考えるとそう思ってしまった。


「そうかな。拓馬君の友達は?」


 あの市井さんという人は仲がよさそうだが、一緒に帰るとどうなのだろう……。


「少しだけ話して、あとは二人で帰ればどうかな。拓馬君は何人女の子がいようが、気にしないと思うよ。拓馬君にとって女の子は美月だけなんだもん」


「ちょっと里実」


 普段は気が合う友人だが、拓馬のこととなると彼女は積極的に拓馬をからかう。

 だが、わたしは肝心なことを忘れていた。


「でも、今日は待っていないと思うよ。里実がいないときはといっていたから」 


 里実は携帯を取り出すと、指で番号をはじく。すぐに彼女の携帯のランプがともる。


「教室で待っているってさ」

「拓馬のアドレス、知っているの?」

「美月は知らないの?」


 わたしは頷く。


「教えようか?」

「いいよ。本人の知らないところでやり取りするのもダメだし」

「拓馬君は美月に教える分だけは何も言わないと思うけどね。じゃあ、自分で聞きなさい」


 里実の指がわたしの額を軽く押していた。



 辺りを照らし続けた太陽のまばゆさも消えた頃に、補習の終了を告げるチャイムが鳴る。もうホームルームは終わっている時間であることもあり、教師が出て行くと、各々が席を立つ。


「わたし達は靴箱で待っているから。もし二人きりがよかったらいつでも言ってね」

「それはないから」


 わたしは彼女達の言葉を軽く否定すると、一足先に教室を出た。里実がメールで伝えているとはいえ、わたしの口からも事情を説明しておきたかったからだ。待たせているので、できるだけ早くという気持ちもあった。


 拓馬の教室があるフロアまで行くと、廊下に入ろうとした。そのとき、何かがわたしの体に当たった。


「ごめんなさい」


 そのとき、彼女の鞄が床に落ちる。わたしは慌てて、その鞄を広った。

 見上げる形になったが、視野に髪の毛の長い女性が映る。今日、階段で見かけた美少女だったのだ。突然顔を合わせ何も言えないでいると、淡い色をした髪の毛より、若干濃いブラウンの瞳がきらきらと輝いていたのに気付いた。


 泣いていた?


「ごめんなさい。ありがとうございました」


 彼女はそう言うと、目を細めていた。だが、目の端には涙を浮かべている。


 鞄を受け取ると、足早にその場を立ち去っていた。


 何気なく廊下に目を向けると、そこには一年の教室が四つ並んでいる。だが、左側から彼女が来たのは分っていたので、一番端にある一組の可能性低い。その中で電気がついているのは一つだけ。拓馬のいる三組だ。


 心臓が高鳴るのを覚えながら、その教室の前に行く。ノックをしようと右手で拳を作ったが、その拳を解く。そして、ゆっくりと扉を引いた。


 窓からもれている光が直接目に届く。席に座る拓馬の姿が視界に入ってきた。


「拓馬」


 わたしはいつもよりも大きな声で彼の名前を呼んでいた。

 拓馬は振り返ると、ゆっくりと立ち上がる。いつもはわたしと顔を合わせるたびに笑っていたのに、そのときだけは笑顔を浮かべなかった。


「どうかしたの?」

「何でもないよ」


 拓馬はそう言うと、はにかみながら微笑んでいた。その彼の笑みはわたしがそれ以上そのことで聞くことを拒んでいるような気がした。


「先輩たちは?」

「昇降口にいるんだって」

「分かった」


 そこでやっと笑顔を浮かべる。その笑顔を見て、今日が二人で帰る日でなくてよかったと思った。あんな拓馬を見た後で、どうやって話しかけていいか分からないからだ。


「行こうか」

 拓馬の顔をできるだけ見ないようにして、目を細めた。


 靴箱に行くと、里実達は昇降口を出たところに立っていた。

 わたしと拓馬は靴に履き替え、彼女たちのところに行く。

 佳代は拓馬に会釈すると、自分の自己紹介をすませていた。拓馬も手早く自分の名前を紹介する。


「拓馬君を少し借りるね」


 彼女の言葉だと初対面にも関わらず拓馬を即座に名前で呼んでいた。

 佳代は拓馬にいろいろな質問をぶつけていき、拓馬は各々に丁寧に答えていく。


「拓馬君の好みのタイプってどんな子?」


 学校の外に出た彼女はそうにやりと笑った。


「美月」

「拓馬、何を言うのよ」

「だってほかに答えようがないよ」


 拓馬は悪びれた様子もなく、そうあっさりと告げた。

 本当に彼は困ったものだ。


「本当に噂通りだね。じゃ、わたしたちは先に帰るよ」


 佳代は里実に目くばせすると歩き出した。

 わたしと拓馬はその場に取り残されていた。


「噂?」

「なんでもないの。早く帰ろうよ」


 拓馬をせかすわたしの言葉に、彼は笑顔で微笑んでいた。

 さっきの暗い表情が消えていてホッとした。


 拓馬と他愛ない会話をして家に着く。

 わたしは拓馬を見た。


「寄っていく?」

「毎日寄るのも悪いし、今日は帰るよ」

「一人で暮らしているんだよね。ごはんは?」

「今から帰って作る予定」

「大変だね」

「慣れるまではそうだろうけど、将来のためだと思って頑張るよ」

「働き出してからということ?」

「美月と結婚をしたあとのこと。なんでも好きなものを作ってあげるから」


 わたしが頬を膨らませると拓馬は笑っていた。

 そして、じゃ、と言い残すと帰っていった。

 今から自分のことをしてもいいわたしとは違い、彼は今から勉強や遊びとは違う家事をしなければいけない。

 わたしは遠ざかっていく拓馬の後姿を見ながら、と対比し、昨日やけに大きく感じた彼の手が錯覚ではなかったのかもしれないと感じていた。


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