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惹きつけられる美少女

 いつもは長い四時間があっという間に過ぎ去っていた。佳代がお弁当を持ってわたしたちのところまでやってきた。


「行ってらっしゃい」


 佳代はお弁当箱をわたしの机に置き、手を振る。


「一緒に食べようよ」

「拓馬君一人に女三人だと拓馬君が恐縮しちゃうでしょう」

「わたしは邪魔する気はないし、二人で行ってきなよ」


 と肩をすくめた里実と笑顔の佳代が交互に口にする。誰の同意も得られなかったわたしは一人で行くことになった。


 一つしたの一年生の教室はわたしが高一の頃に過ごしたフロアでもあった。この学校では一年と三年の一部が同じ校舎を割り当てられている。二年と同じ校舎であれば、拓馬と校舎の中まで一緒に行くということはなかったのかもしれない。


 拓馬のいるフロアに足を踏み入れたとき、思わず足を止めていた。それは視界に映る少女の姿を確認したからだ。


 目を惹いたのは明かりをうけ、やわらかくふんわりとしている艶のある髪の毛だった。だが、綺麗だと思ったのは髪の毛だけではない。長い睫毛にぱっちりとした瞳。ふっくらとした赤い唇に、透るような肌。人形のように綺麗な子。そう即座に思うほど彼女の容姿は際立っていた。彼女はわたしのそんな気持ちに気付く様子もなく、軽い足取りで階段を降りていく。


 あんな可愛い子が一年にいたんだ。今まで知らなかったということは拓馬と同じように外部から入ってきた子のかもしれない。ああいう子を見ると、拓馬だって可愛いと思ってしまうだろう。わたしは首を横に振ると、拓馬の教室に行くことにした。


 拓馬の教室は一年三組。階段をおり、少し先に入り込んだ場所にある。教室の扉が開いていたので、外から拓馬を探すことにした。


 教室をのぞいたとき、わたしの視線はある一箇所に向かう。そこには机に座り笑顔を浮かべている男の人の姿があった。彼の周りには女性とが三人、男子生徒が一人いた。彼らと話をしているのは拓馬で、彼の表情はわたしに見せるものとはどこか違っていた。


「今度拓馬君の家に遊びに行きたいな」


 髪の毛を腰の辺りまで伸ばした女の子が体を乗り出してきた。


 拓馬はその子の態度にも表情を一つも崩さない。


「気が向いたらね」


「いつもそうじゃない。ね? いいでしょう?」


 だが、拓馬は「いい」とは言わない。笑うだけで、必要以上に何かを言うことはしなかった。これがクラスの中にいる十五歳の拓馬だと気付いたとき、背後に人の気配を感じていた。


「どうかしましたか?」


 同時に聞こえてきた言葉に思わず振り向く。そこにはわたしより頭一つ分ほど背丈の高い男の人が立っていた。彼はわたしと目が合うと、僅かに首をかしげ、目を細める。愛らしいという言葉がぴったりな少年だった。彼をそう見せているのは優しげな目元のせいだろう。


 拓馬を呼んでほしいと言っていいのか迷っていると、彼は何かを思い出したように、目を見開く。


「もしかして美月さん?」

「そうですけど。どうしてわたしの名前」

「あいつから聞きました」


 彼の指差した先には拓馬の姿があった。


「何て言っていたんですか?」


 拓馬が他の人にわたしのことをどう言っているのか興味があった。だが、彼がその答えを伝える前に、影がわたしと彼の間に割って入ってきた。


「ごめん。気づかなくて」


 そこにはわたしの弁当を手にした拓馬の姿があった。

 彼は笑顔を浮かべ、拓馬の肩を軽く叩くと、教室の中に入っていく。そして、窓際から二列目の前から三番目の席に座っていた。彼の傍にはさっきまで拓馬と話をしていた男子生徒が寄って行く。


 だが、拓馬と話をしていた少女たちはそうはいかなかった。彼女たちはわたしを睨んでいたのだ。


「ごはんを食べるなら離れようか」


 わたしはその場から逃げるように廊下に出て行った。


 わたしが選んだのは校舎や木陰に当たる、人気の少ない場所だ。春先は肌寒さも助けてか人気があまりない。


「静かでいい場所だね」


 拓馬はそう言うと、その場所にあるベンチに腰を下ろす。あのクラスで見た拓馬の笑顔のことをなんとなしに思い出していた。


「拓馬は家で友達と遊んだりするの?」

「やきもち?」

「バカ言わないでよ。ただ、気になっただけ」


 それを世間ではそういうのかもしれない。だが、素直に認めることはできずに、そういい放った。


「友達は誰も遊びに来たことはないよ。今のところはね。それに親しい人以外はあげないよ。なんか面倒そうだし」


 拓馬はそう大げさに肩をすくめていた。それは彼が彼女には興味がないということなのだろう。安堵したことに罪悪感を覚えながら、彼に問いかける。


「親しいクラスメイトってさっきの男の人?」

「あいつはそうだな」


 そう思ったのは彼がわたしのことをすぐに言い当てたからだ。それも拓馬に聞かされて。ということは必然的に親しい可能性が高い。

 彼がどういう場所に住んでいるのかもわたしは知らない。


「もちろん、美月ならいつでも歓迎するよ」

「幼馴染だもんね」

「それ以上に俺の好きな人だもん」

「何言っているのよ。誰かに聞かれたらどうするの?」

「別に本当のことだよ」


 彼は自分が住んでいるマンションの名前を告げた。彼が教えてくれたのはわたしの家から少し離れた場所にある新築のマンションだった。ファミリータイプのマンションで、その一階には食料品などを購入できるお店が入っているのが売りのようだ。


「そこに一人ですんでいるの?」

「今のところはね。結構広くてびっくりしたよ」

「でも、一人暮らしならもっと狭い家でもよかったんじゃない?」

「いろいろ事情があってさ。そのうち話すよ」


 わたしはその言葉で人の家庭の事情に土足で踏み込んでしまったことに気づいた。いえることは彼が教えてくれることを分かっていたのにも関わらずだ。わたしが詫びると、拓馬は目を細める。


「俺も今は説明できなくて悪いな。俺の親が離婚するとかそういう話じゃないんだ。お昼を食べないとね」


 そう口にした彼は寂しそうに笑っていた。

 拓馬からお弁当を受け取ることにした。黄色と白のチェックがプリントされているお弁当の蓋を開けると、いつもよりも豪華なおかずが並んでいる。


「おばさんって本当にすごいね」


 拓馬がそう口にしたのは自分の弁当を見たからではない。彼の手元にも同じ弁当があったのだ。拓馬が毎日お昼は学食か、パンを食べていると聞いた母親が一人分増えてもたいしたことがないと弁当を持たせたのだ。


「いつもは誰と食べているの?」

「学食に行くときは市井かな。さっきの奴。今日はパンにすると言っていたけど」


 いつも一緒に食べていたことを邪魔してしまい、申し訳ない気がした。


「別にあいつは気にしていないと思うよ」


 わたしの気持ちに気付いたのか、拓馬は大げさに肩をすくめる。そして、赤く熟れたトマトを口に運ぶ。彼はそのトマトを食べると、今度はごはんに箸を伸ばした。


「何人かに美月の言っていた人のことを聞いてみたんだけどさ、分からないって」

「聞かなくていいって言ったのに。何て聞いたの?」

「三年の坂木先輩と噂になっている人って誰か知っているって」


 そんなことを言われて、応える子はなかなかいないんじゃないかな。特に拓馬に好意を持っている子なら尚更だった。


「市井さんには聞いてみた?」

「あいつはあんまりそういう噂には興味ないみたいだから、聞いてない」


 きっと知っていたら教えてくれそうな気がするけど、拓馬はどこか抜けている。だが、これ以上、拓馬が変なことを言いふらさないために、本当のことを伝えることにした。


「その噂の相手、拓馬のことだったんだって。噂の発端は奈月」


 拓馬は意味が分からなかったのか、眉間にしわを寄せる。わたしは昨日、奈月から聞いた分を含めて、彼にかいつまんで話す。彼も奈月と噂になったことに身に覚えがあったのか、納得したようにうなずいていた。


「だからみんな困った顔をしていたんだ。言ってくれればよかったのに。原因を聞いて納得したけど」

「違うって言っておいてよね。人に聞かれたらでいいから。ただの幼馴染だって」

「聞かれたらね。でも、ただの幼馴染だと思っていないから、否定するのは難しいかもね。もっとも、近いうちに否定しないですむようになればいいけど」


 拓馬は顔色一つ変えずに涼しい顔でそんなことを言う。彼のストレートな言葉はどんな言葉よりも真っ直ぐにわたしの心に届いた気がした。だが、わたしが拓馬に対して恋心を持っているかはわからなかった。好きなことは好きなんだろう。嫌いならこうして一緒にごはんを食べたりはしない。でも、その拓馬を好きな気持ちが恋心なのかと言われたらわからなくなる。だから気づかない振りをすることしかできなかったのだ。


「いつも松方先輩と帰っている?」


 トマトを口の中で噛み砕くと、酸味と甘味のある感触が口に広がっていく。それをごくりと飲み込んだ。口の中が落ち着くのを待って、口を開いた。


「だいたいはそうかな。昨日は用事があったから一人だったけど」


 用事と言うことに抵抗はあったが、説明するのも面倒になりあえてそう告げていた。


「よかったら一緒に帰らない? 松方先輩が一緒に帰らないときだけでもいいから」

「考えておくね」


 里実に言えば間違いなく拓馬と帰れと言われそうだった。

 ただ、今朝のように目立ってしまうのはものすごく嫌だった。



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