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毛づくろう猫の道しるべ  作者: CoconaKid
第五章 その猫はみている
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 そして終業式の日。

 校長先生の挨拶を交えた式を終えた後、教室で先生が通知表を配り出した。

 一人一人名前を呼ばれ、次々に渡されていく。

 明日から始まる夏休みを前に気持ちもリラックスしていて、教室内は和気藹々とした和やかな雰囲気に包まれていた。

 全てに通知表が行き渡ったところで、先生が近江君の留学の話を持ち出した。

 誰もが驚き、近江君に視線が集まった。

 普段から友達付き合いのないために、教室はざわめくだけで、誰もそのことについて直接本人に突っ込むことはなかった。

 先生が一言「頑張ってこいよ」と激励し、近江君も「ありがとうございます」と返す。

 たったそれだけでお知らせは終わってしまった。

 私はその間、俯いて机の上をぼんやり見つめていた。

 希莉と柚実が私をちらっと見ていたが、私が落ち着いている様子にすでに知っていたと気がついたみたいだった。

 私も最初知った時はかなり動揺して、素直に応援できなかった。でも今は笑顔で送り出そうと構えていた。

 近江君を見たら泣きそうになってしまいそうに、私は刻一刻と迫るお別れに悲しみ打ちひしがれていた。

 チャイムが鳴ったとき、夏休みが始まったと喜んでいる人達とは反対に、私はしんみりとしていた。

 近江君が教室を出て行く前に、私は素早く彼の元へ寄った。

 泣かまいと踏ん張って向き合ってる私に、近江君は静かに口許を上げて微笑んでいた。

「どうした、遠山?」

 どうしたもこうしたもないはずだ。私が目の前に現れたという事はどういう意味か近江君だってわかってるはずだ。

 そんな態度を取られるのも辛い。

 泣くのも必死に堪えているから、低く篭った声が出てしまった。

「いつ出発なの? 見送りに行く」

「いいよ、別に、どうせまた戻ってくるんだから。一年なんてあっと言う間さ。今から、一年しかないって焦ってるくらいなのに」

「でも見送りに行きたい」

「だけど、その日、サッカーの試合がある日だぜ」

「えっ、そんな」

「草壁が同じ事言ってきてさ、残念だって嘆いてた」

「雨降ればいいのに」

「おいおい、それも困るぞ。飛行機乗る時はいい天候で乗りたい」

「近江君、時々メールくれる?」

「んー、そんな時間あるかな」

 建前だけでもOKって言って欲しかった。でも嘘をつくのも嫌だったのだろう。

 首尾一貫して貫き通すところは近江君らしい。

「休み時間も勉強に費やすもんね。時間があれば勉強か」

「だって、言葉が違うんだぜ、それだけでハンディは大きい。いきなり英語で勉強だから、本を読むのも大変だ」

「話を聞いてるだけで、なんだかこっちが疲れてきちゃう」

「ははは、仕方ないさ。それより、遠山もしっかり頑張れよ。勉強にも、遊びにも」

「勉強ばかりするような近江君に、遊びを頑張れっていわれてもね」

「俺はすでに遊びも充分やったからね。だから胸張って言えるってもんだ。草壁と楽しんだらいいじゃないか。お前達お似合いだぞ」

 その時私の顔は強張った。近江君からそんな事を言われるとは思わなかった。

「どうしてそんな事平気で言えるの」

「どうしてって、色々と経験を積んでおくのもいいと思うんだけど」

「そんなの近江君に言われる筋合いはないわ」

「おいおい、そんなに臍を曲げなくても。でもな、恋の経験も積んでおくのも悪くないぜ」

「そういう、近江君も、櫻井さんと楽しんでくれば?」

「そうだな。櫻井が俺の事好きならな」

 あまりにもショックだった。だって、櫻井さんは本当に近江君の事が好きだから。

 どうして最後の最後に、私は近江君とすれ違ってしまうのだろう。

 次会えるのは一年後だというのに。

 しかもその時、近江君は私のことなんて気にかける事もないかもしれない。

「どうした遠山?」

「ブンジ……」

 それを聞いた、近江君の表情に変化があった。私を黙ってじっと見ている。

「……ブンジのこと忘れないでね」

「ああ、あの猫の事は忘れられないよ。俺のこといつも見ててくれたんだからな。ブンジのお蔭で辛い朝も楽しみに起きられた」

 ブンジの事を忘れないでくれるなら私はそれで充分だった。 

「俺、絶対でっかくなってくる」

「それって、思いっきり太ってくるってこと? アメリカはすぐに太るらしいね」

「バカ、誰が太るんだ。しっかりして経験豊かになるってことだ」

「エイズにも気をつけてね」

「なんの経験豊かにするんだよ」

 近江君、近江君、近江君!

 私は必死に寂しい気持ちを抱え心の中で叫んでいた。

 気持ちは口に出さなければ伝わらないというのに。

「それじゃ、俺そろそろ帰る。また三井さんがいつもの場所に迎えに来てるんだ」

「お坊ちゃんだもんね」

 近江君は笑っていた。その私に向けた笑顔もこれで見納めかもしれない。

「それじゃ遠山、またな」

 明日も会うような軽々しい別れの挨拶。これで最後だというのに。

 私は無理に笑って手を振るのが精一杯だった。

 近江君は、颯爽と教室から去っていった。

 希莉と柚実がどこからともなく現われ、私の側に来てくれた。二人の前だと安心して泣けた。

 私が泣き止むまで、二人は黙ってずっと側に居てくれた。


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