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毛づくろう猫の道しるべ  作者: CoconaKid
第四章 ぎゅっと抱きしめられた猫
37/50

 期末試験が近づくと、部活は休みになる。暫し、放課後は解放されるが、テストが近づくのはいい気がしなかった。

 そんな時に、ブンジが餌を食べなくなった。大好きなおやつを見せても、興味なさそうにじっと部屋の隅でうずくまっていた。

 便秘で上手く排泄ができないと勝手に思いこみ、私はすぐに元気になると高をくくっていた。

 だけど、いつものお気に入りのソファーの上に行かず、テーブルの下や、部屋の隅などでじっとするようになった。

 母がまた獣医に連れて行ったが、検査後、腎臓の数値が悪く出てしまった。

 ブンジは以前量った時からすでに体重が2kgも落ちており、かなり痩せていた。以前父が痩せたといった時、私は太り気味だからちょうどいいとかいっていたけど、あの時もっと気を配るべきだった。

 ブンジが少しでも気持ちよく過ごせるようにブランケットを数回折って、柔らかなベッドをこしらえて居間に添えた。

 ブンジの負担を軽減しようと猫のトイレも近くに用意した。

 自ら食べようとしないのでお湯でふやかしたキャットフードをスプーンで無理にブンジに与える。苦しそうにして嫌がっていたが、心を鬼にして、とにかく食べさせた。食べなければブンジは確実に死んでしまう。

 シリンダーを使い、動物用の栄養サプリと猫缶を合わせてお湯で溶いて、それも飲ませた。

 簡単に喉の奥へ流れてくれないから、ブンジは上手く飲み込めず、その度にえずいていた。それが苦しそうで私も涙が出てくる。

「ブンちゃん、食べてお願い」

 絶対に元に戻ると信じて私は精一杯介護した。

 寝る時もキャンプで使う寝袋を引っ張り出して、ブンジの隣に並べて居間で一夜を明かした。

 その時は私の枕元に来てくれて、そこで丸くなって私に寄り添って一緒に寝てくれた。

 耳の真横でグルグルとブンジの喉の音が聞こえる。

 きっとブンジはまた持ち直す。そう信じてそっと頭を撫でてやった。

 朝、夜明け前に目が覚めて、ブンジの様子を伺えば、私の側で丸くなっている姿に少し安堵した。トイレも使ったようで、猫砂が少し外に飛び出していた。

「ブンちゃん、えらいぞ」

 体を撫ぜると喉をすぐにならして、頭を持ち上げた。

「早いけど、朝ごはん食べようか」

 まずは自力で食べられるかと思って、お皿にふやかしたドライフードを目の前に置いてみた。

 やはりまだ食欲は落ちたままだった。しかし、無理にでも食べさせたら、体には栄養は行き渡る。とにかく食べさせれば元気になるんじゃないかと、私は必死に餌を与えた。

「ブンちゃん頑張れ」

 そうしているうちに、またいつかのバイクの音が近づいてきた。ブンちゃんの耳は動き、目は出窓を見てるが、体が思うように動かないでいた。

 ブンジにとって、これは日課なのかもしれない。

 私がまだ寝てる時に、朝バイクの音が聞こえたら、出窓から様子を見に行くのをいつも続けていたのだろう。

 私はブンジを抱いて、出窓に運んでやった。

 ブンジがいつものように出窓に座った事で、私も勇気付けられた気分になった。

「ぶんちゃんは毎朝この作業で一日が始まるんだよね。明日も手伝うから頑張れ」

 私はまたブンジを抱き上げる。やっぱり喉をゴロゴロ鳴らしてくれた。

 ずっとブンジの側にいたかったけど、学校があるからどうしようもなかった。

 私が家を出る時、ブンジはソファーの上で横になっていた。それを見るといつもの光景に少しだけ安心した。

「ブンジ行って来るね」

 私の声に反応してブンジは頭を上げて、暫し見詰め合う。この時も目を瞑ったので、私も目を瞑った。

 ブンジの愛は健在だった。

 後の事は母に任せ、そして私は学校に向かった。この日一日中ブンジの事が気になって、落ち着かない。

 希莉との事も、近江君の事も暫し忘れ、一人机についてても気にならなかった。

 授業が終われば一目散に帰宅する。一本でも早い電車に乗れるように、早足で駅に向かい、電車に飛び乗る。

 そして家に戻ってきた時、ブンジは私が整えたブランケットのベッドの上で横たわっていた。

「ブンちゃんただいま」

 ブンジの目は開いているのに、瞳孔が開いたままで焦点があってなかった。

「ブンちゃん、ブンちゃん」

 私の呼び声にも反応せず、体を撫ぜても喉をゴロゴロさせない。

「お母さん、ブンちゃんの様子が変、獣医さんのところに連れていかなくっちゃ!」

 気が動転していた私に対し、母はとても冷静だった。

「ブンジはもう意識がないの」

「なんでしっかり見ててくれなかったのよ。朝はとても元気だったわ」

「猫はね、予測もなしに突然に崩れてしまうの。ほんの数時間前までは、自分でトイレ行ってたのよ。水も自分で飲んでたの。ブンジの意識がなくなったのはほんのさっきの出来事だったわ。お母さんも気がつかなかったの。床の上でうずくまって動けなかったから、ここに寝かせてやったの、そしたら見る見るうちに弱ってしまった。本当にあっと言う間だった」

「嘘、なんでなんで、こんなに急に」

 ブンジの瞳はどこを見てるか分からない、呼んでも私の顔も見てくれない。でもまだブンジは生きている。

 ブンジの体に耳を当てれば心臓の音が聞こえる。ブンジのお腹が上下に動いている。

 それなのにもうコミュニケーションがとれない。

「ブンちゃん、ブンちゃん」

 私が取り乱している側で、母は落ち着いていた。

 母ももちろん悲しかったに違いない。だけど、過去に実家で猫を何匹も飼っていた経験から、仕方のない事と割り切っていた。

 私はどうしても割り切れない。

 小さい頃から一緒にブンジと過ごしてきた。

 最初は餌を求めて家に現われる野良猫だったが、ブンジは自ら住む家を自分で決めて飼い主を選んだんだと私は幼心に思っていた。

 家に上がり込んできてからは我が物顔で遠慮もなく、買って来たばかりのトイレットペーパーを置いとけば、ブンジはそれを爪とぎにしてずたずたにしてくれた事もあった。

 姿が見えないと思った時は、勝手にキッチンの戸棚を空けて入り込んでいた事もあった。

 食卓ではテーブルの下にやってきておこぼれをねだったり、二階へやってきて、私の部屋の前で鳴いては、私を呼んでいた。

 そして毎朝やってくる新聞配達員に朝の挨拶もしていた。

 そんなブンジが居なくなってしまうなんて私には受けいれられない。

 すでに涙が溢れて泣いてしまった。

 そこに架が学校から戻ってきて、私の異変にすぐ気がついて、同じように目に涙を溜めだした。

「ブンジ、とうとう逝っちゃうんだ」

 架はまだ私より落ち着き、冷静になってすでに意識がないブンジを生きてる最後だとして抱きしめていた。

 自分の気が済むと、私にブンジを手渡した。

 もうどうする事もできない。ブンジは天国へ旅立ってしまう。

「ブンジ、ブンジ」

 その瞬間が来るまで、ブンジを寝かせ、私は側を離れなかった。

 それからブンジの息が乱れ、尻尾が怯えた時のようにぶわっと膨れ上がった。

 やがて瞳から光が消えると同時に、ブンジのおなかの動きも止まった。ブンジは二度と動くことはなかった。

「ブンジ!」

 皆が目を真っ赤にしてボロボロ泣いた。

 母は夕食の仕度をするのも忘れ突っ立ったままで、架は呆然としてソファに座っていた。

 ブンジが死んでしまうと同時に、尿が流れ出てきた。

 母はタオルを持ってきて、それを拭っていた。

 さっきまで生きていたブンジは、抜け殻となって目の輝きを失った。

 ブンジのまぶたを何度も擦り、目を閉じさせた。

 死んでしまったブンジを最後にもう一度抱きしめようと抱き上げた時、ブンジの体はだらっとして水のように流れていく。

 まだ柔らかくて温かいブンジの体に私は自分の顔をうずめた。

 太陽と草のようなブンジの匂いがしていた。


 父が帰ってきた時、ブンジの体は硬く冷たくなっていた。父もまた、涙を流して悲しんでいて、それを見ると、母も架も再び貰い泣きをしていた。

 私達にとっては家族だったブンジ。いつも側に居て、家の中を歩き回っていたのに、それがこの先見られなくなってしまった。

 誰もが悲しいと、この日はまさにお通夜で、ブンジの思い出に浸っては、家族でブンジを偲んでいた。

 梅雨という恨めしい天気のせいで、いつまでもブンジをこのまま寝かせて置く事もできず、明日母が火葬しにいくと言った。

 私も架も立会いたいと言っても、学校が優先と言われ悔しい思いを抱いた。

 学校なんて一日くらい行かなくてもいいのに、期末試験が近いからと母も父もそれは許さなかった。

 行ったところで、勉強に集中できる訳もないのに、世間ではペット優先にはできないものがあると、建前上そういうことになっているから理解しなさいと強制する。

 しかし、実際父も母も私の思うようにさせたかったのかもしれない。最後に、ごめんねと言った母の辛そうな顔が印象的だった。

 その晩はブンジを空箱に入れ、いつも陣取っていた居間のソファーの上に置いてやった。

 私はもう一度寝袋を用意して居間で、ブンジと夜を共にした。これが姿あるブンジとの最後の夜だった。

 ブンジの事を思うと中々寝付けず、暫く箱を抱えてソファに座っていた。

 何度も名前を呼んでは、生きてた頃のブンジのゴロゴロと鳴った喉の音を思い出して、胸を詰まらせた。

 涙はその度に込み上げてきて、ずっとジュクジュクが止まらなかった。

 母が心配して様子を見に来た。

 「早く寝なさい」と一言行った後、母もブンジの亡骸をもう一度見て、涙ぐんでいた。その後は黙って寝室へ戻っていった。

 私はブンジを枕元に置き、寝袋に包まって横になった。

 最後の最後までブンジは私に寄り添って来てくれたことを思い出しながら目を閉じた。

 眠りは浅く、ぐっすりとできず、少し眠っただけで目が冴えた。

「今何時だろう」

 その時、再び朝の新聞配達のバイクの音が聞こえてきた。

 ブンジがいつも気になって出窓から覗いていたけど、今日からはそれもできなくなった。

 暫くバイクの音が近くで聞こえたが、新聞を配達し終わると、どんどん遠ざかって行った。

 初めてバイクの音を聞いた時は私の入学式の朝だった。

 あの時は気合を入れて、高校生活をエンジョイしようと構えていた時だった。それが裏目に出て、最悪の日々に変わり、問題ばかりにぶち当たった。

 そして今日からはブンジの居ない日が始まる。全てがどうでもよくなって、抱え込んでいた問題もバカらしく思える。

 ブンジを失ったことで、一気に世界がしらけてしまった。

 自分が悩んでいたことがちっぽけで、そんなちっぽけなことで、ブンジに八つ当たったり、構ってあげられなかったり、ほんとにバカだった。

 あっけない、あっけなさすぎるブンジの死。

 寝ているだけに見えるのに、ブンジは息をせず、体は冷たくなって動かない。体だけを残して魂はどこかへいってしまった。

 そしてその体も焼かれて消えてしまう。

 鼻の奥がつんとして、体が震えて目に涙が溜まる。昨晩から泣き通してはれぼったい瞼を私は何度も擦っていた。

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