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毛づくろう猫の道しるべ  作者: CoconaKid
第四章 ぎゅっと抱きしめられた猫
31/50

 放課後、雨はしとしとと降り続けたままだった。早めの判断をしてよかったと窓の外を見てから、私は部室へ向かった。

 部室に入る時はいつも緊張する。

 中にはすでに数人集まっており、私の姿を見るや「うっす、マネージャー」と気軽に挨拶が飛んできた。

「お疲れさまです」

 無難に返事を返しておく。

「今日は練習する場所あるの?」

「はい。いつもの場所取りました」

 加地さんからは特に何も言ってこなかったので、私はいつもの場所が取れたと思っていた。

 だが、その場所へ数人の部員と行った時、知らない人達が使っていて私は面食らった。

 事情を聞けば、野球部の人達だった。

 いつもはサッカー部が先に取るから、雨の日はサッカー部の場所というイメージだったが、誰もこの部屋を使う予定がなかったので、使用する事にしたらしい。

 どういうことだ。場所取りがきちんとできてなかった。

 血の気がどんどん引いていき、震えまできてしまう。

 すぐさま、側にいたサッカー部員達に謝るも、何が起こってるか把握できずに混乱していた。

 なぜ場所が取れなかったんだろう。加地さんが使用許可を取るといったから、私は全てを任せてしまった。

 慌てて再び部室に戻れば、加地さんが来ていて、宗谷部長に何かを話しているところだった。

 部長は難しい顔をして、腕を組んでいた。草壁先輩も、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

「仕方がないな。そういう事もあるさ」

 宗谷部長の声が部室に響いた。

 何が仕方がないのだろう。

 私が突っ立っていると、加地さんが私の側に来て冷たく言い放った。

「ほら早く皆に謝りなよ。あなたのせいで、練習場所が確保できなかったんだから」

「えっ? 私のせい」

「私もあなたに任せてしまったのが悪かったけど、自分でするって言ったんだから責任もたなくっちゃ」

「どういう事? それって加地さんが言ったじゃない」

「今度は私になすりつけるつもり? 私も確認しなかったのは悪かったわ。だけど今は誰のせいとか言ってる暇はないでしょ。まずは迷惑掛けたこと謝らないと」

 何かがおかしい。加地さんは完全に私のせいにしてるが、あの時確かに加地さんは自分でしておくと言ったはずだ。

 しかし、沢山の部員の前で、言った、言わなかったの罪のなすり付けは醜かった。

 私は素直に頭を下げた。

「すみませんでした」

「いいって、いいって、今まであの場所を確保できてたことがラッキーだったんだよ。練習なんか、渡り廊下や、体育館の隅でもできる」

 宗谷部長は大らかに許してくれたが、今までいつもの場所を確保できていたのは、櫻井さんがしっかりと管理していたからでもある。

 よりにもよって、櫻井さんが休みのときに、こんなことになるなんて。これでは私は代わりが務まらない無能で役立たずと言ってるに等しい。

 それに私にはサッカーボールを顔で受けたという失態もある。てんでいいことないから余計に焦る。

 だけど私は確かに一時間目が終わった時、加地さんに相談した。加地さんがやると言ったから私はそれを信じて任せた。

 どう考えても加地さんの策略に私はまんまとひっかかり、そしてわざと罪を着せられてしまったと思わずにはいられなかった。

 そっと加地さんを横目で見れば、意地悪い笑みを私に投げかけていた。

 あくまでも私は仕事ができないマネージャーとしてレッテルを貼りたいのだろう。

 でも部員の前でいい訳をしたところで見苦しく、そして証拠もなく加地さんは巧みな話術で私をさらなる悪者として仕立てあげることだろう。

 私は煮えくり返る思いをぐっと堪えて、俯いていた。

 そこに草壁先輩が声をかけた。

「んー、でもなんかおかしいね。千咲都ちゃん、何かあったんじゃないの?」

「えっ、いえ、その、ちゃんと確認しなかった私が悪いんです。本当にすみませんでした」

「別に責めてるわけじゃないから。気にしないで。いいじゃん。こんな日があっても」

 草壁先輩は私の側に来て、ポンと肩を叩いて激励してくれた。

「そうそう、気にしない、気にしない。俺達はどんなところでも練習できる」

「そうだよ。こういう時は校舎の廊下走り回ろうか」

「おう、それいいね」

 皆明るくノリよく前向きだった。

 半泣きだった私は、みんなの気遣いに励まされ涙をこぼすまいと必死に耐えて笑っていた。

 この日は、屋根があるところでフットワークの練習に励み、いつもより一層足を動かしていた。

 校舎と校舎を結ぶ渡り廊下は、直線で屋根があり、そこに障害物を置いてドリブルするには適していたし、反復横とびや足を機敏に動かす練習をするにはもってこいだった。

 それぞれ工夫してトレーニングしていた。私はストップウォッチを持って秒を測り記録を取ったりしていた。

 蒸し暑いので水分補給の用意もし、私なりにできることを見つけて汚名返上にいそしんだ。

 加地さんから意地悪をされた事は悔しく腹も立つが、部員達に庇ってもらえたことが嬉しくも感じてしまった。味方がいるような心強さにつながったかもしれない。

 でも今度はもっと加地さんに気をつけ、仕事の嫌がらせをされないようにしないといけない。

 部員の練習を離れて見ている加地さんにそっと近寄り、私は独り言のようにささやいた。

「私に嫌がらせをするのは構わないけど、部員に直接迷惑かかるような事はやめて下さい」

 加地さんも前を見て、落ち着いて話す。

「何を言うの、しっかりと確認を怠ったあなたが悪いわ。人聞きの悪いこといわないで」

「一時間目が終わったとき、私が場所の確保を加地さんに相談したよね。でも加地さんは自分が全てやるって言ったのはなぜ」

「あら、そんな事言ったかしら」

 その時後ろから声が聞こえた。

「言ってたよ」

 誰も居ないと思っていただけに、加地さんも私もびっくりして振り返ると、そこには同じ一年生の落合君が立っていた。普段は口数少なく、目立たない部員で私も直接話した事はまだ一度もなかった。

 私達が呆然と突っ立って顔を見ていると、落合君は伏目がちに沈んで言った。

「岡本さんも何も辞める事はなかったんだ。僕、加地さんが岡本さんに辛く当たってるの知ってたけど、気弱だから言えなかった」

「落合君は岡本さんの事好きだから、贔屓目で見てたのよ。あの人自分が何もできないから辞めただけよ。私のせいにしないで」

「でも、今回僕はしっかり見たよ。一時間目の終わり、遠山さんが場所の事で加地さんに相談しているところ」

「一体何が言いたいの? 私が悪いことにしたいの?」

 加地さんは落合君を睨んでいた。気弱な部員なので低く見ているようだった。

「僕はただ真実を……」

「馬鹿馬鹿しい。だったらなぜもっと早くみんなの前で言わないの。それができなかったくせに、今更コソコソと言いにくるなんてほんとバカ」

 加地さんの横暴な態度に腹が立って仕方がない。なんていう人なんだろう。ここまで歪んでるとは思わなかった。

 落合君は俯き加減に何もできずに突っ立っている。それを充分加地さんは承知で鼻で笑った後、不敵な笑みをぶつけて、スタスタと歩いていってしまった。

 ひたすら酷い、マネージャーらしからぬその態度に私は怒りで震えていた。

「遠山さん、ごめんね。あの時僕が一言言ってたら、君が悪くないって証明できたのに。僕、人前で話すのが苦手で、それで言えなかった」

「いいの。気にしないで。もし言ってたとしても、きっとあの人は上手くいい逃れたと思う。そしたら落合君にも迷惑が掛かってた。それに、すでに終わったことで、皆許してくれたし」

「遠山さんは悔しくないの?」

「それを言うなら、落合君だって、大丈夫?」

「僕はどうせダメな人間だからいいさ」

「そんな事ない。落合君、サッカーしてるときはすごく機敏で積極的だよ」

「ボールを追いかけてる時は無心になれるからね。でも普段は人間付き合いが苦手で、どうしても避けてしまうんだ」

「だけど、今、私と話してるわ」

「君はボールを顔で受けただろ。あれを見てから、君の顔がサッカーボールに見えちゃって」

「えっ、やだ、それ」

「あの、悪い意味じゃなくて、君も、結構お人よしみたいだし、僕と同じような感じがするってことなんだ」

 おい、それって私もダメな人間ってことなの?

 突っ込みたくなったが、ここは無理して笑っていた。

 だけど、まだサッカーボールを追いかけている時は、私よりは立派な態度ではあると思うので、落合君の言葉は聞き流した。この人も不器用だと思うと、やはり私と似ているのかもしれない。

 落合君は恥かしそうに顔を赤らめ、私を見ていたが、足元にあったサッカーボールを蹴り上げて手に持ち、みんながいる場所へと行ってしまった。

 一人でも真実を知ってる人が居てくれて、少しは気休めになった。

 だけど、世の中自分より立場が弱いと蔑んで見て、踏ん反りかえる人間がいることに腹が立つ。

 相手の感情に振り回されて損害を被ったとばっちり。私は敵意も持ってないし、仲良くしたいといつも平和を願ってるのに、この人間関係の難しさになんだか辟易してしまう。

 自分で招いてしまった事もあるけど、嫌な思いばかりが目立って、そして蓄積されていく。

 一体私のどこに原因があるのか、真剣に悩んでしまった。

 

 無事に部活が終わった後は、草壁先輩から一緒に帰ろうといわれ、周りにヒューヒューと口笛を吹かれながら見送られた。加地さんは睨んでいたけど、気にしない事にした。

 雨はまだ止みそうもなく、振り続けている。梅雨真っ只中だった。

 傘を差しているから、横にならんでも適度な距離が保てるが、告白された後に再び二人だけになるのは意識してぎこちなくなる。

「千咲都ちゃん、なんかよそよそしいな。俺の事避けてるみたいだぞ」

「そんなことないです!」

 思わず強く言い切ったが、実際これもまた無理しているだけだった。

「千咲都ちゃんは純粋だな。そしてお人よしときてるから、損するタイプだ。今日の部屋取りの失敗も、ちゃんと訳があるんだろう。正直に言えばいいのに、我慢して黙ってるんだから」

「いえ、あれは油断してた私が悪いんです。これからは気をつけます」

「あくまでも理由を言わないんだね。頑張るのはいいことだけど、いつかバテちゃうよ。俺だって、見栄はってさ、自分で自分を縛って、ほんとバカだったって思う。その間、見えない鎖に縛られたようで本当に苦しかった。でも千咲都ちゃんに話してやっと吹っ切れて楽になった」

「そういえば、近江君も過去と今とでは違うようなことを言ってませんでしたか」

「なんで、そこでハルの話になるんだよ」

「あっ、すみません」

「別にいいけどさ、でも俺の口から言うより、ハルに直接聞いた方がいい。あいつはあいつで苦しんだだろうから。それよりも俺の事を見てくれ。俺ばかりが先輩って崇めて気を遣うけどさ、ハルと俺は同じ年だぜ」

 草壁先輩の事よりも近江君が苦しんだことの方が、私はこの時気になっていた。

「千咲都ちゃん、どうしてもハルが気になるのかい?」

「えっ、それは」

「俺よりも?」

 草壁先輩は急にシリアスな表情を私に向けた。


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