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毛づくろう猫の道しるべ  作者: CoconaKid
第三章 頭上で揺れる猫じゃらし
30/50

10

「千咲都ちゃん、ここで何してるの?」

「く、草壁先輩」

「何をコソコソしてるんだい」

「いえ、別に、その、ぶつかってすみませんでした」

 再び謝るも、草壁先輩は前方にいる近江君と櫻井さんに視線を向けていた。

「もしかして、ハルと櫻井が居たから遠慮してコソコソしてたんだ」

「いえ、そんな」

「いいの、いいの、気にしなくても。丁度良い機会だ。おいで」

 草壁先輩にいきなり手をつかまれ、しっかりと握られてしまった。そのまま引っ張られ、近江君と櫻井さんの前に連れられた。

 そして四人で座談会でもするように、二人の前の空いている席に、私も座らされ、その隣に草壁先輩も腰掛けた。

「あら、遠山さん」

 櫻井さんに声を掛けられ、私は頭をぺこりと下げた。その隣の近江君の不機嫌な表情が怖い。

「千咲都ちゃんも偶然図書室に来ててさ、俺が引っ張ってきた」

 草壁先輩がまだ私の手を握っていた。それをわざと二人の前で見せるから、私は恥かしくて俯いた。

「あら、草壁君と遠山さんはそういう関係だったの?」

「いえ、その、ち、違い……」

 私が否定しようとしたその言葉を上書きするように草壁先輩は言った。

「うん。いずれそうなる。ねぇ、千咲都ちゃん」

「えっ、でも、私、まだ、その」

「今、俺、じらされてるんだ。千咲都ちゃんは結構、小悪魔かも。まあ、お預けくってる状態も、ちょっと燃えるけどね」

 かつて櫻井さんに辛い恋をしたからって、いくらなんでも本人の前でわざわざそんな事をいわなくても。

「お二人、結構お似合いよ」

 櫻井さんもさらりと言うけど、それ違うから。私はぶんぶんと首を振っていた。

 近江君は何も突っ込んでこなかったが、前方をチラリと見れば、呆れているようで心なしかイラついていた。

 でもなぜ、近江君はこうもして上級生の人達と付き合いがあるのだろう。しかも近江君は、怯むことなくこの上級生達と普通に接している。

 その疑問は草壁先輩の何気ない言葉で解けた。

「だろ。こんないい子と知り合えたのもハルのお蔭かな。一年留年してくれたからな」

「えっ、留年?」

 思わず、近江君を凝視してしまった。

「うっせぇな。ほっとけ」

 私を気にするようにチラリと見た後、近江君は、伏目がちに視線を落とした。

「ちょっと、草壁君……」

 櫻井さんの目に力を入れた視線は草壁先輩を牽制している。

「お前さ、留年したことやっぱり千咲都ちゃんに隠してたのか」

「別に隠してたわけじゃない。ただ言いそびれたというのか、それにこれだけ二年生と俺が親しく接触してたら、普通気付くだろう」

 近江君は再び私を一瞥するが、私は全く気がつかなかったと首を横に振った。

「だからって、何よ。近江君は別に成績が悪かったから留年したわけじゃないわ。人それぞれ事情があるんだから、一年くらい遅れたってどうってことないわよ」

 櫻井さんがフォローしていた。

 留年と知ると、近江君がなんだか違う人みたいに見えてくる。

 本当なら、草壁先輩と同じように、近江先輩だったんだ。私なんかが気易く話せるような人じゃなかった……

 近江君がいつも一人でいる理由は、もしかして一年の違いがあるのが原因だったのだろうか。

 本来なら下級生の私達だから、一緒にいるのが嫌だったのかもしれない。溶け込めない事情が留年ということと考えたら辻褄は合う。

 留年したから、二度目の入学式は必要なく、それでクラス写真にも写らなかった。出渕先輩が手紙を渡すことを頼んだのも、元々友達だったから。

 私が気がつかなかっただけだった。

「そんな事はどうでもいいんだよ。それで草壁、俺達を呼び出してなんの用なんだよ。いきなり朝現われたと思ったら、昼に図書室に来いって命令するし、そしたら櫻井も草壁に呼ばれたとか言ってるしさ」

「なんていうのか、ちょっとした罪滅ぼしと新たなる挑戦ってとこかな」

「どういう意味だよ」

 話が長くなりそうで、場違いな気がして私は恐縮してしまった。

「私、邪魔しちゃいけないので、失礼します」

 どさくさに紛れて立ち上がろうとするも、草壁先輩は手を離してくれなかった。まるで鎖で繋ぎとめられている様に、がくんと引き戻されて椅子の上で跳ねただけだった。

「千咲都ちゃん、遠慮することないって。いいときに来てくれたんだよ。近江は猫かぶってたのさ。本当なら学校一の不良だったんだからね」

「えっ、不良?」

「草壁君、いい加減にしなさい」

 櫻井さんは注意するが草壁先輩はお構いなしだった。

「だってさ、今朝こいつの教室入ったら、一人でポツンとして大人しいんだぜ。笑っちゃったよ。あれだけ髪も金髪で派手な風貌だったのに、それがこのダサい髪の毛だぜ。一度丸坊主にして、やっとここまで伸びたんだよな」

「お前そんな事を言うために俺をここに呼んだのか」

「違うよ。千咲都ちゃんがいるから、本当の事を話してるのさ。なんだか癪じゃないか。千咲都ちゃんは、お前が虐められてると思って助けようとしてさ、色んなことに巻き込まれて苦労してるというのに、お前は本当の事話してないんだもんな」

「おい、俺は別に隠してるわけじゃなかった。ただ話す機会がなかっただけだ」

「なんですぐに話さなかったんだ。嫌われると思ったのか?」

 草壁先輩が意地悪い笑みを浮かべた。いつもの草壁先輩じゃないように見えて、とても違和感を感じた。

 近江君は顔を強張らせてイラついていたが、それ以上何も言わなかった。

「私、別に近江君の過去の事は気にしたことなかったです。それにそんな事関係ないです」

 折角フォローした私の言葉など誰も聞いてる様子はなかった。

 櫻井さんも唖然として、二人のやり取りを見ているし、そこには草壁先輩VS近江君の睨み合う姿があった。

「まあ、この調子じゃまだまだ言ってない事あるんだろ」

「おい、草壁、ちょっと待ってくれ」

 近江君の瞳は懇願するように深く草壁先輩を捉えていた。その眼差しに草壁先輩はやり込められて話すのをやめた。

「そろそろ戻らないと次の授業始まっちゃうわ」

 腕時計を気にしながら、櫻井さんが立ち上がった。きっと見かねてわざとそういう態度を見せたのだろう。

 櫻井さんならやりかねない。

「ちぇ、もう少し、ハルを虐めたかったのにな。ハルが同じ学年だったらもっと弄れたのに。居ないと寂しいもんだぜ」

 草壁先輩の目つきが笑ってなかった。他の事を示唆するようにじっと見つめていた。

「何が寂しいだ。それに結局何がしたかったんだ」

 近江君もそれに対して挑戦的な目を向けた。

「それはハルが一番分かってるだろ」

 草壁先輩が立ち上がり、やっと私の手を解放してくれた。

「それじゃ千咲都ちゃん。放課後にね」

 草壁先輩はスタスタと先に行ってしまった。

「もう、草壁君、一体何をしたかったのかしら。とにかく、近江君、また今度ね。他にも色々話したいことがあるしね。遠山さんもまたね。そうそう、今日は雨だから、場所取りの方は準備できてる?」

「はい。それは加地さんとすでに相談して、彼女が進めてくれてます」

「そう、よかった。今日は私用事があって部活休むから、後はよろしくね」

 櫻井さんは洗練されたスマイルを向けて、去っていった。

 二人が居なくなると、近江君は気まずそうだった。

「近江…… 君、私たちも教室戻ろうか」

 私の方が気を遣って声を掛けた。

「お前さ、分かり易いんだよ。前にも言っただろ、俺には気を遣うなって。俺は留年しても気にしてないんだよ。やり直しができることの方が有難いくらいさ。しかし、草壁の奴、この仮は返してやる」

 悔しんでいるけど、持ち前の明るさで近江君は笑っていた。

「ところで、遠山、草壁とは付き合うのか?」

 突然の質問に私はあたふたしてしまった。

「えっ!? それは……」

「何迷ってるんだよ。草壁と付き合ってもいいんじゃないか。あいつ、まじで遠山の事気に入ったみたいだし」

 近江君の口から言われると、とても気持ちが沈んでいく。

「お前は真面目だから、堅苦しく考えてるんだろう。時には気軽になればいいじゃないか。草壁は結構いいとこのボンボンなんだぜ。付き合っちゃえよ」

 私は黙っていた。何だろう、このわだかまりは。

 飄々と他人事のように言うのも、自分の話題から逸らしたいために無理して言っているようにも聞こえた。

「私、草壁先輩とは軽々しく付き合えないと思う。絶対合わそうと無理してしまうところがあるから。それに無理するなって近江君はいつも私に言うじゃない」

「遠山は、草壁といる時は無理してるのか」

「そりゃ、あれだけかっこよくて、みんなのアイドルになってる人だもん。そんな人が私と釣り合うと思う?」

「お前、もっと自信持て。そんなに自分を安っぽく見るな。遠山は俺の目から見ても充分可愛いぜ」

 近江君は私の頭に手を置いて、この時とばかりに年上らしく私を子ども扱いして、くしゃっと髪を弄くった。

「やだ、やめてよ。髪がくしゃくしゃになっちゃう」

「お前、朝シャンしてるのか?」

「えっ、してないけど」

「そっか。でもお前の髪、つやつやできれいだな」

「えっ、そうかな」

 そしてチャイムが鳴り始め、私達は顔を見合わせ驚いた。

「ヤベー、授業遅れる。急ぐぞ、遠山」

「ちょっと、待ってよ、近江君。先行くのずるい」

 近江君が留年しても、私と同じ教室にいるんだから、同じ学年に違いない。

 いつも一人を好んでいても、それは人それぞれのスタイルでもある。

 私だって色々あるくらいだ。近江君だっていろんなこと抱え込んでいてもおかしくない。

 それより、同じ時間を近江君と一緒に過ごせることの方が大事だ。

 近江君のせいで変な道に迷い込んだけど、近江君と知り合えたことの方がよかったと今は思える。

 近江君の背中を見つめ、その後を追いかけているこの瞬間、特にそう思った。


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