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毛づくろう猫の道しるべ  作者: CoconaKid
第二章 迷い込んでしまった猫道
19/50

 朝、少しギリギリの時間に教室に飛び込めば、すでに辺りはがやがやとしていた。希莉も柚実もすでに来ていて、他のグループに混ざって話している。

 その中の一人が私に気がついて元気に「おはよう」と声を掛けてきたから、私は平然を装って同じようにそこに入ってみんなに挨拶をした。

 柚実とは喧嘩しているわけではないので、普通に接しられたが、希莉とはやっぱり気まずい。それでも勇気を出して挨拶すれば、とりあえずは返事が返って来た。

 少しだけ状況が軟化したように思え、同じくその少しだけほっとする。

 希莉もまた無理をして戸惑っているのか、以前のようなノリはなかったが、皆の前に居る以上、無視する事はしなかった。

 無視をされたらそれこそショックであるが、何せ、いがみ合ったわけではないから何が原因でこんなに仲たがいをしているのかがわかってない。

 希莉は理由を教えてくれないし、柚実もその点は関与していないという状況で、馬鹿げた上辺だけの接点が生まれるこの瞬間が非常にもどかしく、どんどんとお互いの溝が広まって近くにいても非常に遠い存在になっていた。

 希莉と仲良かった時が懐かしいというより、執着心がついてあの頃に戻りたいと切に願う自分にイライラしてくる。

 嫌われてしまったのか、機嫌を伺うことで振り回されることに腹立ちも現われ、それは自分でも言い表せない感情が渦を巻いていた。

 それでもひたすら笑顔を振舞って、なんとかいい様に思われて希莉に好かれようと努力している自分がいる。

 それが痛い自分であるとも充分承知してるけど、この馬鹿げた行為とそれでもなりふり構わない自分の努力になんだか虚しく、また無理に作った笑顔で顔が痛かった。

 だけど、希莉は嫌っているわけではなく、ひたすら様子を伺っているようで無難には接してくれているみたいだった。

 柚実はそんな私達を注意しながら傍観している。どちらにも肩入れせずに、あくまでも中立を保っているのだろうが、柚実のお蔭でまだ私達三人グループは一応形を保っている。

 柚実がどちら側かにつけば、私達三人グループは崩壊するだろう。

 ましてや私側につくとも思えないので、この危うい関係は紙一重で柚実のクールな性格が功を奏しているといっても過言ではない。

 私が辺に意識して避けさえしなければ、私は柚実という助け舟にかろうじて手を掛けられる状態だった。柚実は決してその船に乗せようとしないけども、それでも充分私を助けてくれているのかもしれない。

 希莉が他の誰かと楽しそうに話している姿を見ていると、なんだヤキモチがでてきてしまう。あそこにいたのは自分なのに。もうやり直せないのだろうか。

 だけど、ここまで自分を蔑ろにされて、腹が立つ気持ちも少なくともある。

 自分は一生懸命希莉のためにと思って接してきたのに、出渕先輩の手紙を言付かっただけで気に入らないからとここまで許してもらえないのが悔しい。

 友達なら少しの事ぐらい我慢しても良いんじゃないだろうか。私は一杯我慢してきたんだから。

「ねぇねぇ、あれから草壁先輩とどうなったの?」

 相田さんが、いかにも全てが知りたくてたまらないニヤついた低俗な笑みを浮かべて訊いて来た。

 悩んでいる時にこの相田さんの質問はいらっとしてしまったが、その件も大変な事になってるだけに、この場に持ち出されると二重に重たいものが体を縛り付けたような気分だった。

 私が言葉に詰まっているのを、もったいぶっていると思ったのか、中には「隠さなくてもいいのに」と意地悪も入った言い草をする人もいた。

 かと思えば羨望の眼差しで素直にワクワクしてる人もいる。

 私もまた悩みながらも、草壁先輩という高貴な身分の存在と接点を持ったことで一つ頭抜けた優越感も同時に湧いたり、一筋縄ではいかないこの感情の複雑さが嫌になってきた。

 いくつもの感情の波が一気に押し寄せては引いて、また押し寄せる不安定さだから、それがどういう状況でどっちに転ぶか自分でもコントロール不可能だった。

 もし誰かが私をはやし立てたり、一目を置いて持ち上げたら、悩みを隠して、私は簡単に有頂天になってベラベラと草壁先輩との事を自慢気に話したことだろう。

 ちょっと粋がって図に乗るようなお調子者に変貌を遂げる優越感が芽生えると、それを誇示したくなって鼻にかけてしまう瞬間がそこにあった。

 だけどこの時はどこかでブレーキがかかった。

 なぜなら、ふと視線を感じてそっちを何気に見たら近江君と目が合ったからだった。

 近江君は少しだけ口許を上向きにしてから、そして手元にあった本を読み出した。近江君は特別に何も考えている様子ではなかったが、そのお蔭で私は自分を保てたような気がした。

 もう少しで自棄になりそうな、押さえ切れなかった不安定な波に巻き込まれて、希莉との仲たがいの不満を爆発させるように希莉の目の前で自分の立場を自慢する行為をとりそうだった。

 一種の希莉に対する反抗、自尊心を保つために、草壁先輩と知り合ったことを盾にいい気になるというのか、どうしようもないまだまだ子供っぽい意地が顔を覗かす寸前だった。

 羽目を外すというのはいくつもの複雑な感情が混ざり合い、その時に引っ張り上げられたものに反応して自棄を起こして自分が見えなくなる。

 全ては雰囲気に流される事もトリガーになってしまう。その寸前で近江君に助けられたような気分だった。

 近江君はなぜか私の良心となってそこにいるような存在に見えてくる。

 近江君はその点、いつも自分を貫き通しているから、その一貫した姿勢で存在が急に大きく見え出した。

 質問をした相田さんは、中々話そうとしない私をなんとか柔軟にさせようと、しつこく聞いてきたが、私は草壁先輩と何があったかは何も言わなかった。

 ただ無難に、やっぱり見掛けだけじゃなく、性格もいいかっこいい人と言う事ははっきりと伝えた。

「やっぱりそうだよね。憧れるよね、草壁先輩には。神が創りたもうた芸術作品。ああ、なんて素敵なのかしら」

 夢見る目つきになった相田さんのしぐさは、どこか演劇じみて見える。スポットライトを浴びたようにわざとらしく振舞っている。

 大げさに感情を表す人ではあるが、その場を盛り上げる役目にもなり、周りはそれをからかって笑っていた。

 私もまたそれに流されるように周りに合わせて笑っていたが、ふと希莉を見ればつまらなさそうにしていた。希莉の性格上、こういうノリはどうも好きではないのが伺える。

 その時、希莉と目が合った。ドキッとして慌てた私とは対照的に希莉は寂しげに私を捉えていた。何かをいいたそうに訴えかける目。

 なんだか泣きたくなるような哀しさを私に植え付ける。

 希莉……

 希莉もまた何かを抱え込んで言葉に表せず、悲しげに視線を逸らす。

 私はまだ希莉の意図することが分からない。そんな事を考える暇すら与えずに教室に先生が入ってきて、固まっていた私達の輪が蜘蛛の子散らすように、それぞれの席へと戻っていった。

 私も自分の席につく。今日という一日の始まりは、心配していたほど酷くなく、休み時間を一人で過ごさなければならない危機感は回避された気分だった。

 希莉がそんなに私の事を避けてないとわかっただけで、少しだけ落ち着いた。

 だけどここからどのように接していいのかはまだわからなかった。

 そしてこの日の午後から空模様が変わりだし雨が降り出してきた。ちょうどこの時じめじめ感も強まってきたように、私の心も同じようにジュクジュクとぬかるんでいるようだった。

 まだまだすっきりしないまま続いていく。入学式を迎えた頃はバラ色の高校生活が約束されたと思っていただけに、もやもやと心に不満だけが蓄積されていった。

 その放課後、帰り支度をし始めたところで、雨が本降りになってきていた。希莉とは何も変わらないままにまた一日が過ぎ、明日はどうなるのか不安を抱きながら窓の外を眺めた。

 傘を差して外にでるのも躊躇うくらいの本降りの雨のせいもあったが、気が滅入って落ち込んでしまう。

 だからこの時、近江君が声を掛けてきてもぼんやりとして、訳がわかってなかった。

「遠山、聞こえてないのか?」

「えっ? あっ、ああ……」

 声が漏れただけだった。

「何が、ああだよ、さっきから呼んでるのに無視しやがって」

「ご、ごめん」

「まぁいいけど。ちょっと放課後付き合ってくれないか?」

「えっ? どうして?」

「どうしてって、いいから来いよ」

 ぶっきら棒に近江君は顎で指図してから先に教室を出て行った。私も慌ててついて行かざるを得なかった。

 スタスタと廊下を歩いていく近江君の後姿を目で追って、私は引き寄せられるように後をついていく。

 一切気を遣わずに、素で私に接してくる近江君。いつの間にかそれに慣れてしまっている私。お蔭でこっちも妙に意識しないで、普通に接しやすい。近江君は唯一このクラスで私が落ち着いて接することができる人だと感じる。

 今まで男性と話したことなかった私にとって、その現象はとても不思議なものだった。

 そして人見知りなどすることなく泰然として誰とでも話すことができる近江君は、なぜいつも一人で居るのかも謎だった。

 ポツンと一人で机に向かっている近江君と、私と話してる時の近江君とでは上手く説明できないけど明らかに違いがあった。

 知れば知るほど、近江君は教室の中で一人でポツンといるようなタイプではない。本来なら私なんかと話すようなタイプでもないように思う。

 髪型は無頓着でダサいけど、時折見せる表情に艶やかさがあった。つまり、世間なれしているというのか、垢抜けているというのかそういうものを感じる。

 そして後姿は成長段階の途中で少年から青年へと移り変わりのある大人っぽさが現われてきている。まじまじとみれば肩幅がしっかりとして、背丈もあった。

 何か違う次元に存在しているような、また違った意味で草壁先輩と同じように人から一目置かれるような、そんなイメージが漠然と浮かんでいた。

 廊下に溢れる人をすり抜けて、やっとの思いで近江君について行く。気がつけば外に面した普段訪れることのない校舎の渡り廊下に来ていた。

 屋根があるので、雨は降らないがその分、端から雨だれが暖簾のように垂れている。

 この先はレクリエーションルームや小規模の講堂が設備された校舎がある。

 私は追いつこうと小走りになって近づき、近江君の袖を後ろから掴んで引き止めた。

「ちょっと待って。一体どこへ行くの?」

「俺だって迷惑してるんだぜ」

「えっ? 迷惑?」

 一体どういうことだ。近江君の方から声を掛けてきて連れ出されているのに、それが迷惑だなんて信じられない。

「いいからついて来い。始末は自分でつけろ」

「始末?」

 なげやりにはっきりと言う近江君の態度は横柄に思えた。

 有無を言わせないまま、再び歩きだし、私はもつれそうにまた小走りに追いかけた。

「何言ってるかわからない。ちょっとちゃんと説明してよ」

 私も負けずに応酬したが、近江君は説明するのが面倒臭そうに軽く舌打ちしていた。

 そしてやっと立ち止まり、私と向かい合った。

「お前さ、俺と係わってしまったことで道を誤ったのかもな。だからその後は自分でなんとかして欲しいんだよ」

「えっ? それどういう意味? 何を言ってるのかわからないんだけど……」

 益々困惑している私の顔を近江君は思案しながらじっと見つめていた。

 そして最後にクスッと笑い、いたずらな目つきになって意地悪い笑みを浮かべて楽しんでいる様子だった。

「やっぱり、遠山は真面目だな。お前、もっと気楽になってもいいんじゃないか。まあ、俺はそういう真面目さに興味が湧く方だけどな」

「はぁ?」

「だから、その真面目さが好感を呼んで人が集まるってことだ。早い話が、草壁がお前を呼んでこいって、俺を脅したんだよ」

 真面目が好感を呼んで、草壁先輩が私を呼ぶ? 益々わからない。

 それに脅されたってそれ何よ。脅されて物騒な響きの割には、なぜか面白そうにしているその態度も腑に落ちない。

「草壁先輩が、脅した? 私を呼んでこいって?」

「そういうこと。これでどういうことか分かるだろ。ほら、早く行って片付けて来いよ。俺、忙しいんだから」

 近江君は私の背後に回ると、後ろから肩を押して、観音開きのドアの前に突き出した。

 ここは来賓やゲストが来たとき、特別セミナーを行ったり、ちょっとした舞台があって演劇部が劇に使ったりする小さめの講堂だった。

「それじゃ、あとは頑張って」

 近江君は重たそうなドアを開け、いきなり私の背中を押した。

「ちょ、ちょっと!」

 私はつんのめりながら、その教室に足を踏み入れ、よたよたと中に入るも慌てて振り返る。だが無常にも目の前でバタンとドアが閉まった。

 近江君は私をこの部屋に閉じ込めてさっさと去ってしまった。

 唖然として突っ立っている私に誰かが声を掛けてくる。

「ハルの奴、酷い扱いするな」

 振り返れば、そこには草壁先輩とトレーニングウェアを身に纏った大勢の男子生徒が一斉に私を見ていた。


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