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番外編『しなるもの?』

「なあ、おっさん。なんか困ってるとか、手伝って欲しい事とかないかな?」

「あ? なんだ嬢ちゃん。金貸しの副業かい?」

「タダ働きだよ。町の連中に迷惑かけてきたんだから、信頼を勝ち取れってボスに言われたんだ」

「口にする事じゃねえなあ」


 石造りの階段を椅子にして、いつものんびりと酒を呑んでいる老齢の男が赤い顔で笑う。

 カリダは、お前が言えって言ったんじゃないか。と唇を尖らせながら、モネータがいる方向に眼をやった。

 未亡人である女主人の借金返済業務で、彼は店の前で彼女を待ちながら、カリダの方へも時折視線を送ってくる。


「……んだよ、あいつ。こっち見てんじゃねえよ」

「愛されてるな! 嬢ちゃん!」


 自分の膝を叩きながら、声を上げて笑う男に、カリダは見て分かるように顔を歪めた。


「気持ち悪い事、言ってんじゃねえよ。で? おっさん。何かあるのかないのか、聞いてんだけど」

「あるさ! 酒が足りん、酒を持ってこい」


 そう言って、木で出来たカップを石段にぶつけて音を出す。

 座っている男よりも、少しだけ目線が上だったカリダは、当然のように手の平を差し出した。


「なんだ? なんもついてねえぞ」

「ついてねえじゃねえよ! おっさん、金だよ」

「知ってるよ」


 とっととこの手に乗せろという意思を込めたが、男はカラカラと笑い、差し出していた手を、生きてきた年数を感じさせる手が叩き落とした。

 にやにやと見返してくる男に、カリダは眉間にしわを寄せ、眼を細める。


「知ってるじゃねえよ」

「金はない! だが、酒は欲しい! 困ったなあ。ああ、すごく困った。だから何とかしてくれ」


 叩き落された手の平を、上着の腰辺りで擦るように拭いながら、カリダはため息を吐いた。


「じゃあな」

「おいおい。なんだよ、冷たい奴だな。今まで精一杯働いてきた老人に、若いのが感謝の気持ちで奢ってくれてもいいんじゃないか?」


 金貸しなんだ、金は腐るほど持ってるんだろう。と、意地の悪そうに口の端を持ち上げた男を、カリダは冷めた眼で見下ろした。


「金貸しはボス。金を持ってるのも、ボス。それに、あんたが働いてきたのは、あんたのためだろ? わたしが感謝するほど、あんたに何かして貰った事ないし。言っとくけど、わたし借金まみれだからな」

「……ちっさいガキが、なんで借金」


 年齢のため、少し下がってきた瞼を眼一杯持ち上げ、カップを置いた。

 カリダはつまらない事を思い出して、男から眼を逸らす。

 逸らした視線の先で、金髪男が女主人に、店の奥へと引っ張り込まれそうになっている。

 逃げるわけにもいかないが、応じるわけにもいかないのだろう。

 モネータは必死に抵抗しているし、周囲には面白がって人が集まり始めていた。


 とりあえず、まだ時間はかかりそうだと判断し、男の隣に腰を据える。


「ちっさい言うな。しょうがねえだろ、ボスとの出会いが最悪だったんだよ」

「ああ、なんか聞いたな。金貸しの金袋盗った馬鹿がいるってな」

「ああ、なんかそれだな」


 男のように大股広げて座るカリダに、自分の方へと広げてきた膝を、男は押し返す。


「女の子が、またおっぴろげてるんじゃない」

「女の子になれって、みんな難しい事言うけどさ。見た目を男にしてんだから、しなってたらおかしいだろ?」

「……しなって?」


 男が眉間にしわを寄せた。木がしなる、枝がしなる――などと、ぶつぶつ言い始めた男に、カリダはそれでも渋々膝を閉じ、それを両手で抱えながら呆れた顔をした。


「女みたいに、なよなよ出来るかって話だろ。なんだよ、木とか枝とか」

「わけのわからん言葉を作るな!」

「内容と流れで読み取るのが大人ってもんだろ。ボスの首根っこ捕まえてやったみたいな顔して文句ばっかつけてねえで、あんたが善処しろよ。そんなんじゃ若いのについていけねえぞ」


 平気な顔をして屁理屈をこねるカリダに、男はあんぐりと口を開けて隣に座る少年のような少女を見やる。

 だがカリダは、ゆるやかな人の流れをつまらなそうに見ていた。

 貴族が入り込むわけではない、住民達が生活に必要な物を売っている通りだが、皆は小綺麗にして活き活きしている。

 時折、細い路地から薄汚れた子供がのぞいているのに、カリダは気付いたのだろう。

 表情なく、ぼんやりと眺める少女は表情なく、ただそこにいるだけの人形のようにも見えた。

 男は声をかけるでもなく、カップに残ったわずかな酒を口に入れる。

 風が、カリダの前髪を優しくなでた時、少女は口を開いた。


「おっさんは、なんで酒飲むんだ?」


 男はちらりとカリダを見たが、少女は彼を見ているわけではなかった。

 なんとなく、口から出た。そんな雰囲気が、二人を包んでいる。


「そりゃあ、お前。うまいからに決まってるじゃないか」

「水だってうまいし、ヤギ乳だってうまいだろ?」

「見てわからねえかも知れんが、俺は大人だぞ? そんな書きが飲むようなもん、飲めるか!」

「……水も?」

「水は別腹だな!」


 ふんぞり返りながら酒瓶から、少しカップに注いで、男は大事に酒を呷る。

 カリダはやっと眼を向ける。言い負かしてやりたいと、その顔にはっきりと浮かんでいた。


「なんだよ、それ」

「酒と水はな、入る場所が違うんだよ」

「じゃあ、酒は口から入れて、水は鼻から入れるんだな」

 呆れた口調に、男はあごに人さし指と親指を当て――


「……そうじゃねえ!」


 と、痛くもないはずの鼻を押さえながら、仮だの肩をカップを持った腕で、離れろと言わんばかりに押す。

 カリダが身体を傾けながら、楽しげに笑って、腕が離れると同時に定位置に戻った。


「まったく、成人にもなってないガキが、酒に興味持つんじゃねえぞ。これは大人の嗜みだからな」


 男がせせら笑うように、カリダを見下ろせば、少女は右手をまっすぐ上げた。


「残念な報告があります。わたしはこれでも十四だから、成人してます。まあでも、酒は十六からとか聞いたけどな」

「……はあ!? おま、嘘をつくな!」


 寿命が平均五、六十である事から、成人と認められる年齢は低い。

 だが、男はしげしげとカリダを頭の先から足の先まで眺めた男は、その眼を少女の顔に戻して凝視すると、非常に残念だとでも言いたげに、首を横に振った。

 その様子に腹が立ったカリダは、左手を握りしめ、男の二の腕を遠慮なく殴りつける。


「痛えぞ、ガキんちょ」

「うるせえ、腹立つ真似するからだ!」


 力任せに殴りつけられた腕を擦りながら、男はふと意地の悪い笑みを浮かべた。


「おお痛え。痣になりそうだな、慰謝料として酒持って来い」


 そう言うと、カリダは盛大に顔を引きつらせた。

 慰謝料という言葉は、カリダの中でトラウマ第一位に君臨している。

 背筋を伸ばし、カリダはこれでもかと息を吸い込んだ。


「詐欺だ! 当たり屋だっ!!」


 大声で文句を言ってやると、さすがに男は血相を変えて、カリダの口を塞いだ。

 周囲の人々が怪訝な顔をして二人を見てきたが、男は曖昧な笑顔を振りまいて、無理矢理その場を乗り切った。

 人の流れが元に戻ったのを見計らってから、呻きながら手を離す。


「お前! 冗談だろうよ!」

「自分の身は、何してもいいから、自分で守るように言われてるんでね」


 にやにやと笑いながら、おどけるように肩をすくめてやれば、男は聞こえよがしにため息を吐き、肩を落とした。

 それを見て、勝ち誇ったようにカリダが笑っていると、突然カリダを覆うように影が落ちる。

 なんだと思うよりも先に、誰かに担ぎ上げられてカリダは悲鳴を上げた。

 誰だと叫ぶ前に、金髪が眼に入った。

 人垣を掻き分けてきたのだろう、軽く息が上がり、腹に当たっている肩はわずかに上下している。


 地面が、遠い。何が起きたのかと躊躇してしまったため、暴れる機会を逃がしてしまった。

 ぼんやりと、こいつに担がれる事が多いな。と思って顔を上げれば、今までモネータの未亡人に食われる未遂を見物していた連中が、皆こちらを見ていた。


 それは、楽しそうに。

 なぜか、ほほ笑ましいものを見るように。


「お、おいおい。金貸しの兄ちゃん、そんな怖い顔すんなよ」


 睨み付けているのだろうか。でも、なぜ?

 周囲の連中の意図も、尻の方から聞こえてくる男のうろたえている状況も、さっぱり分からない。

 力を抜いて、荷物のように担がれたままでいると、モネータが聞いた事もない低い声を出した。


「カリダに、何をしたのですか」

「な、何もしてねえって!」


 カリダは、そこでようやく思い至った。

 あれだ。詐欺とか当たり屋とか、でかい声で言ったやつだ。

 降ろせという意思を込めて大きな背中を叩くと、支えるようにカリダの腰に回していたモネータの腕が、より締まる。

 本日、何度目かの何故が頭に浮かぶ。


「おい、放せ……て下さい」

「駄目だ。私は兄として、カリダを守る立場にある」

「は? ……そういうもんか?」


 こないだ見た肉屋の姉弟は、もっとほったらかしで、もっと弟に対してすぐ拳骨落として、他人に迷惑かけんな。とか言ってた気がする。

 殴られたいわけじゃないが、兄と妹でも違うのかもしれないが、下の子を担ぎ上げる上の子など、見た事はない。


「なんか、違う気もする」

「そうだ! 兄貴なら、もっと下のを信用すべきだろう!」


 カリダの呟きを拾い、男が必死に言い募る。


「……信用される事もしてねえけどな」


 カリダがもう一度呟けば、さすがに老齢の男とモネータは押し黙った。

 特に感情を込めたわけではなかったが、モネータはカリダをゆっくりと降ろすと、なんとも言えない顔をした。

 それは、酒飲みの男も同じだった。

 何か変な事でも言ったか? と、カリダは首を捻ったが思いつくわけでもない。


「……ああ、兄ちゃんよ。悪かったな、冗談だった。その、嬢ちゃんは悪気があるわけじゃないと思うぞ」

「……はい、分かっています。こちらこそ話を聞かず、申し訳ありませんでした」


 いがみ合っていたように見えた二人は、固い握手を交わした。

 わけが分からん。と心の中で呟いて、カリダは「じゃあな」と男に向かって手を上げた。


「ああ、嬢ちゃん」


 呼び止めてきた男を振り返る。

 苦笑いしながら、男は言った。


「女は、しなるもんじゃなくて、しな垂れるもんだ」

「……は? 何の話だよ」

「おま……! もういいわ! とっとと他当たれ!」


 犬を追い払うように手を振った男に、カリダは本格的に怪訝な顔をする。

 カリダがそれを思い出して理解するのは、ベッドに寝転がった寝入り鼻であった。



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