別世界で真逆の属性だったとか言わないで
二人は山中に降り立つと、村があると言っていた方角へ向かう道中。
「うわぁっ!?」
シエルの姿が一瞬にして消える。何事かと、あたりを調べるとそこには、
「痛っ~!!」
「天然の落とし穴ってとこかしら……」
エリーが冷静に評価していると「助けて~」とせがんでくる。自然のものは魔力が微量しかないため、見分けることがシエルにとっては難しいのだ。
エリーは誘導員のようにシエルに指示を飛ばして、落とし穴の外へと救出する。
「ありがとね~」
「あのまましぃをほっとくわけにもいかないでしょ……」
そこからは、特筆することもなくさくさくと進んでいけた。こういうところにある村というのは何かしら仕掛けがあることが多いのだが、ここは順調に進めるようだった。
落とし穴に落ちたところから、数十分も歩けば開けた場所に出た。
「随分と、整地されてるのね……」
「そうなの?」
「ええ、閉鎖的ならもうちょっと獣道に近くなるはずなんだけど……」
エリーはあたりの様子を魔法で探る。周囲数百メートルを探ると、人工の建造物のようなものの反応があった。ひとまずはそちらに向かおうということになった。
「こっちに反応あったから、こっちに行ってみよ?」
「ん、わかった」
シエルを先頭に、エリーが周りの警戒をする。といっても、やはり警戒するほどのことは特にはなく、あっさりと人工物があると言っていた場所にたどり着く。
だが、そこは──
「え……!?」
すでにもぬけの殻となっていた。
人っ子一人気配を感じないというのは、この山奥なら異常なことだろう。村民全員で狩りに出かける、なんてことは考えにくい。
それに、隠されてはいるが所々に襲われたような痕跡が残っていた。それは、この村が襲われた証に他ならない。
「……もしかしてだけど、ここも襲われた……?」
「それっぽいわね……ということは、ルリにこの景色を見せるのは不味いわね……」
二人が推理していると、魔物の気配を感じ、即座に構える。シルフィードも同じく、シエルを守るような位置取りで、様子を見ている。数秒も経たないうちに、うなり声が辺り一帯から聞こえてくる。
鳴き声から察するに、狼の類の魔物だろう。それぞれ武器を抜くと、敵意を感じ取った魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。
エリーは鞘から白銀の刃を抜き取ると、軽く一閃した。
「切り結べ、エアリア」
前から群れとなって襲ってきた黒狼を一閃し、周りの様子を一瞬確認する。
シエルは危なげなく相手と対等以上の立ち回りができているし、本当に危ない状況ならばシルフィードが介入してシエルを助けるだろう。星霊姫というだけあって、実力は持っているはずだ。
「そっちどう?シエル」
「昨日みたいな状況になってる~!!」
叫び声が上がるくらいならまだまだ大丈夫とエリーは大雑把な判断を下す。
数分後、黒狼をすべて蹴散らすと、辺りを再度探索しようとする。
「驚きです。まさか、あの量をものの数分で片付けてしまうなんて」
家の影から少女が一人現れる。シエルたちは知らないが、その少女こそが光の槍を打ち込んだ張本人だった。
シルフィードがその少女の姿を見ると、あからさまに動揺していた。あの少女が、光の槍を打ち込み、そしてシルフィードの一番苦手な星霊。
『久しいな……光霊姫ルクスリア』
「実体を持ててないって、いったい何処で何をしていたんですか?風霊姫シルフィード」
シルフィードとは違い、少女──ルクスリアは普通の人間にも見える実体を持っている。それが、どういうことなのか純粋に気になり、シエルは聞いてみた。
「ルクスリアさんはどうして、普通の人にも見える姿なの?」
ルクスリアは金の髪をなびかせて答える。
「魔力が大きければ大きいほど私たち星霊はその姿をはっきりと持つことができるんです。六霊姫ともなれば人としての姿を保つことくらい、造作もないくらいです」
そう聞いて、シエルはじっとシルフィードを見つめる。自らも六霊姫だと豪語しているシルフィードが実体を持っていないのはどういう事なのか、と目力で問いただす。
『あ…う、それは……』
「大方、どこかに霊晶をおいてきたのでしょう……シルフィードは放浪癖がありますから。神霊殿を抜け出して二百周年ですよ?おめでとうございます」
最後は説明ではなく、シルフィードへの皮肉だったが、理由はわかった。
だが、霊晶なるものはシルフィードの結晶を見つけたときにはそれらしいものはなかった。ルクスリアの話を聞く限り、放浪癖があるといっていたので、そのときに落としたのだろう。
「……落とすものなの?その霊晶ってやつ……」
「普通は落としませんよ…どうやったら落とせるんですかね?シルフィードさん」
ルクスリアの毒舌は止まることを知らず、シルフィードの心を抉り取っていく。
『う……そ、れは……聞かないでもらえるとありがたいが……』
「聞かないと思ってるんですか?」
ルクスリアとシルフィードが会話をしている場面を見ているのと、やはりシルフィードが一方的に苦手だと思っているように見える。
なんとなく、ずっと会話を聞いているだけが悔しかったので、シエルは横から口を挟む。
「えっと、ルクスリアさんは何で、ここにいるんですか?」
「私は、姫の記憶の欠片を守護するように命じられていますので。それで、不振な輩を近寄らせないように、と」
『……私たちは不振な輩なのか?』
「当たり前です。彼女たちは言わずもがなですが……貴女も二百年も会わなければ十分に別人になっている可能性だってありますから」
正論を返され、黙り込んでしまう。シエルは拗ねているシルフィードを放っておいて話を進める。
「えっと…私たちはそのお姫様……? の事を調査にしに来たんですけど……」
「あ、そうなんですか?それは失礼しました……お詫びといっては何ですが、私が知っているだけの情報はお教えします」
「あ、どうも。ご丁寧にありがとうございます」
エリーも混じって話を聞くと、この村は数週間前に謎の集団に襲われたらしい。
何割かは、その集団に奴隷として捕らえられたらしく、姫は逃げ延びた一部にいなかったため奴隷として捕らえられたのか、それとも別の場所に逃げ延びているのかわからない状況ということだった。
「お姫様って言うくらいだから、おしとやかな人なの?」
シエルが聞くと、ルクスリアは苦々しい表情になる。何かまずい事を聞いたのか、と思っていると。
「あ……いえ、どちらかというと……かなりお転婆な方、です。すぐにどこかへ行ってしまうような方でしたから……」
「あ……なるほど」
単純にシエルの想像している性格と正反対だったために、言うことを躊躇ったのだろう。
「ですので……別の場所へ逃げ延びているという可能性も無いとは言い切れないんです」
ルクスリアの困りぎみの返答にシエルは、
「それじゃあ、私も一緒に探すよ。人が多いほうが探索効率は上がるでしょ?」
「ですが……お二人にはご迷惑をかけていますし……」
ルクスリアが煮え切らないような返答を返すと、
「いいの~! そう思うなら、こっちが勝手にやるから~!!」
シエルが感情を爆発させて、ルクスリアにそう言い去ろうとしてエリーに襟首をつかまれて止められる。
「あ、ルクスリアさん、ちょっといいですか?」
「あ、はい。どうぞ?」
エリーの突然の質問に少し驚きながらも、質問はしっかりと聞く。
「さっきの攻撃……私たちの姿が正確に見えていたんですか?」
「いえ、大まかな特徴だけで、正確な姿形までは特定することはできませんでした」
「……正確では無いにしても見えていたんですね……」
エリーがやはり、といった感じで感想を漏らす。いくら霊姫といえども遠すぎれば見えないものなのだろう。
「いえ……今回は単純に屈折させて見ていましたから、もうちょっと真剣に見ようとすれば二、三十キロ先くらいまでは何とか見えますよ?」
「そんなに見えるものなんですか……? 霊姫ってそれくらいできないとダメなんですね……」
純粋に驚いているエリーにルクスリアは少し嬉しかったのか、少し表情がほころんでいた。
「いえ……そんな事は……!」
嬉しそうなルクスリアに、エリーも笑いそうになった所で、何を言おうとしていたのかを思い出す。
「あ、そうだ。ルクスリアさんが言っていた三人目の娘、犬耳の獣人族でルリって名前なんですけど来たら、私たちはお姫様探しに行ったと伝えておいてくれませんか?」
「分かりました。伝えておきますので、捜索の方はお願いしますね」
ルクスリアは深く礼をすると、二人を見送った。そして、金の髪をなびかせ山の向こう側の平地が見える場所に立つと、一瞬にして煌びやかな鎧がルクスリアの体を包み、手には自らの身長の1.5倍はゆうにある弓を構える。
「不審者はこの山には入れさせませんよ……!」
◇◆◇◆◇◆◇
「あぅ……迷った……?」
一方ルリは一人、山の麓からシエルたちが降り立った場所を探し彷徨っていた。
「……まよ、ったぁ……」
今にも泣きそうなルリは山の中でうろうろ歩いているうちに、洞窟を見つける。
何かあると思って好奇心の元入ってみたのだが、ただただ広い空間だけが広がっていた。だが、ルリにはそれが何か特別なもののように思えてきて、導かれるようにどんどん奥に入っていった。
「なんだろ……? ちょっと、懐かしい……」
進むにつれて、だんだんと幅が狭まっていく。だが、光が消えることはない。この洞窟には、光水晶という特殊な水晶が生えており、それが僅かだが発光することにより光源となりえているのだ。
「ふぁ……おっきい、扉……」
最奥となる場所まで行き着いたルリが見たものは、帝国の城壁ほどの大きさもある扉だった。
その巨大すぎる扉に圧倒されながらも、近づいてみる。
無骨で重厚なその扉は並みの人間では開くどころか一ミリたりとも動かすことはできないだろう。だが、ルリにはなぜかその扉が動くような、そんな確信があった。
そっとその扉に触れると、静かに重たい音を響かせて開いていく。
奥には祭壇のようなものがあり、上には白色の結晶が祀られていた。誘われるように結晶に近づいていくと、結晶がふわりと浮き上がりルリの元へやってくる。
それは、元は自分のものだったかのように、するりと自らの手の内に収まった。
「これ……なんだろ……?」
きゅっと握り締めると、身体の中に溶け込む。
「ぅぁ……っ!?」
頭の中に突然、大量の情報が流れ込んでくる。痛みに耐え切れず、床の上を叫びながら転げ回る。
しばらくして、痛みもひいて動けるようになったルリはボソリと呟いた。
「痛っ……でも──思い出しましたよ。全部」
今までのルリとは空気が違った。弱気な雰囲気は元からなかったかのように消え去り、優雅さの中に元気のよさがにじみ出ていた。
「行かないと、ですねお嬢様とエリーさんのところへ」
◇◆◇◆◇◆◇
「あ~……お姫様なんてどこにもいないよ~!!」
シエルは山中でそう叫び、山彦が返ってくる。なぜか悔しくなって、やけ気味になって広範囲を魔力で探索する。
エリーがあきれ気味にその様子を見ていると、シエルが何かを見つけたようで。
「何か見つけた?」
「ん?あ、えっとね……なんだか、下のほうで魔力が弾けた……っていうの? そんな感じのことが、あったっぽい」
シエルもいまいち分かっていないのか表現がいつもとは違いかなり曖昧だった。
とは言うものの、普段だってそこまで詳しくは説明されないが、それでもなんとなく分かる程度には説明される。
「今日は一段と適当な説明ね……」
「だってぇ~分からないものは分からないの!……それに、あの魔力、たぶんだけどるぅのだったし」
「ルリのってどういう事?」
「それが分かったら苦労はしないの~!」
シエルはそう言い返して、また広域探索の作業に戻る。エリーはというと、先ほどシエルが言った言葉が気になり、そこに行ってみることにした。
「しぃ、さっき言った場所詳しく説明できる?」
「え……できるけど、どうするの? 行くの?」
「とりあえずね。しぃの話どおりならルリがいる可能性だってあるわけだし」
シエルはエリーに大体の場所を教える。本人は乗り気ではないのか、動く気配を見せずまだ範囲探知を続けていた。エリーが一人で行こうとすると、やはり気になるのかエリーの後ろをこっそりとシエルがつけていた。
どう声をかけようものか、困ったエリーがとった行動は。
(……とりあえず、走ってみるか)
そう思い立って、言われた場所に向けて小走りで向かうと、シエルも同じように走ってついてくる。こっそり、という割りには葉音を踏み鳴らしていて尾行といった感じは全くといっていいほどしなかった。
少し悪戯心がくすぐられ、シエルが走るコースに木を重ねて見ると見事にいい音を立ててぶつかった。流石に可哀想だと思ったので、エリーはシエルに声をかける。
「しぃ、大丈夫?」
「痛い……えーちゃん、ひどい……」
もはや泣く寸前といったシエルの声に、エリーは大慌てになる。
「ちょ、し、しぃ……?」
「えーちゃん……こっち、来て…?」
シエルの声に、操られたかのように、顔を近づける。表情が見えないシエルには見えないが、エリーの顔は真っ赤に染まって、茹蛸のようになっていた。
「な、なに…?」
「えいっ♪」
ふっと、唇に柔らかいものが触れる。一瞬、何が起こったかわからないで混乱していると、先ほどの声が嘘のように悪戯っぽく変わって、
「イジワルした、お返し」
唇に指を当てて、くすりと笑うシエルは一枚の絵画にでもなれるほどに美しかった。
シエルはふわりと制服のスカートをなびかせて、
「早く、探しにいこう?るぅちゃんどこかに行っちゃうよ?」
憎らしくも怒ることのできないような輝く笑顔で、そう言われた。




