黒羽の森-2
翌朝、エリーが目覚めると誰かに手を握られている感触があり、ふとそちらを見るとシエルが手を握ってすやすやと寝息を立てているのが見えた。ルリとクオンの二人はもう一つのベッドで眠っているが……クオンをルリが抱き枕のように抱きしめていて随分と寝心地が悪そうに見える。
エリーはシエルの髪を優しく撫でて、シエルを起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出す。
「起きましたか」
「おはよう、ルクスリアさん」
「昨日は……ありがとうございました」
「気にしなくていいわ。あの子を守るのは私の役目だもの。私達は、あの子の剣であり盾……貴女だけにこの役目は譲れないからね」
ルクスリアがクスっと笑うと、エリーはほんの少しだけ不機嫌そうな表情を見せる。
「それはそれとして、お嬢様たちを起こさなくてもいいんですか?」
「しぃはまだ寝かせてあげたいかな。しぃの事だし、私の目が覚めるまで起きてる~って言ってたんでしょ?」
「流石、よく分かってますね。夜中までずうっと起きていましたよ。その内眠気に負けて眠っていましたけどね」
ルクスリアはそう言ってシエルの事を苦笑しながら見つめていた。
「ところで……学園の授業は大丈夫なんですか?」
ルクスリアの言葉にエリーはピタッと固まり顔から血の気が引いていくのが見えた。
「……どうしよう、私のせいだ……しぃ、起きて! 学園に早くいかないと!」
エリーはシエルを揺らして起こす。シエルは「うー……?」と眠たそうな声を上げながら目を擦って起き上がる、
「もう朝だよ! 授業間に合わなくなっちゃう!」
「んえ……あ、そうだじゅぎょう……」
まだ夢見心地のシエルをエリーは必死に起こす。ルクスリアは、仕方ないといった表情でルリ達を起こしながらシエルの着替えを手伝う。
その間にエリーは急いで1階に下りて次の馬車の時間を聞きに行く。すると、慌ただしく動いている冒険者たちの姿が見えた。
「次の馬車っていつ出ますか!?」
「次の馬車か? それなら3時間後だな。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「今日は授業がある日なのに、私のせいで馬車に乗り遅れちゃって……」
エリーのその言葉に冒険者の男がエリーの傍に歩み寄る。
「それならこれを使うといいよ、アルドラへの転移結晶だ。君たちには昨日の件で助けられているからね、そのお礼って事で使ってくれないかい?」
「い、良いんですか?」
「ああ。僕たちも君たちの倒した魔物の取り切れなかった素材で臨時収入が出たからね。お互い様って事さ」
口に指をあててそう話す。確かに、あれだけの魔物の素材はエリー達がどうにか出来る量でもないので、多少冒険者がおこぼれに預かったとしてもとやかく言うつもりない。
「大物の素材だったり、今回の大量発生について何かわかった時には君たちに伝えるよ。アルドラの学院の生徒……だよね?」
「は、はい。そうです」
「それだけ分かれば大丈夫だ。さ、早くいかないと遅れちゃうんじゃないのかい?」
そう言われて、エリーはハッとして「ありがとうございましたっ」と礼を言ってバタバタと上に戻っていく。
エリーが部屋に戻るとシエルは着替えを終えて、クオン達も目を覚ましていた。
「みんな、アルドラに戻れる転移結晶を譲ってもらったから、急いで用意して戻るわよ」
エリーのその言葉にシエル達は大慌てで準備を整える。シエルの準備はほぼ終わっていたが、クオン達はまだ着替えも殆ど終えていない為大慌てで着替え始めていた。
クオン達が準備を終えると、外に出て転移結晶に魔力を込めて起動させると森の中で使ったときと同じように音と光を放ちながら魔法陣が現れる。そのままエリーが魔力を込めると一際強い光と共にパリン、とガラスの砕けるような音がしたと同時にシエル達は一瞬だけ宙に浮くような浮遊感を感じた。
ギュッと閉じた目を開けると、そこには見慣れたアルドラの外壁が見えていた。シエル達は急いでアルドラの中に入ると学園を目指して走っていく。授業の時間までは後1時間程なので急いで向かえば十分に間に合う時間だ。エリーは安堵のため息を一つ付いて「行きましょう」とシエルの手を握って学院へを向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
「結局のところ、大量発生の原因って何だったんだ?」
エリー達がアルドラに戻った後、黒羽の森にいる冒険者の一人がぼそりとそう呟いた。彼もまたエリー達が倒し、取り切れなかった魔物の素材のお零れに預かった一人だ。
「さあね。僕たちもよく分かってないからね、ただ彼女たちが来る数日前から森の中の魔物の気配が一気に減っただろう? それも何か関係があるんじゃないかな、とは睨んでいるけれどね……ま、原因は今のところさっぱりだ」
そう言って戦闘跡を調べていたのはあの小屋に居た兵士だった。彼はあの小屋でギルドの受付業も並行しておこなっている。なので、こういった特殊な事例があった場合は先んじて現場で調査することになっていた。
兵士はこの戦闘跡を見て、シエル達は一体どういった戦いをしたのか想像がつかなかった。少なくとも大規模な魔法を発動した、という事だけは間違いないと兵士は考えていた。
「しっかし……フォレストウルフの上位種が原型を留めていてあの子たちが持っていってない分だけでも100以上は残ってる、それに……」
そう言って、見上げたのは巨大なサイクロプスの亡骸。横たわっていてなお見上げなければならない巨体だが頭部は吹き飛ばされており、首の付近の土は異臭と瘴気が充満していた。
このまま放置しておけば魔物が増える原因になるので、最初にこの現場を見に来た冒険者からの情報を基に浄化魔法や光魔法を使える人間用の依頼を作成していたので、今は数人がかりでこの瘴気塗れの土の浄化作業にあたってもらっている。
「こいつも魔法を使って倒したのは分かるんだが……何を使えばこうなるんだ……?」
少なくとも兵士の知っている魔法ではない、相当上位の魔法を使用しないとこんな事にならないだろう。それに加えてサイクロプスの身体にはいくつもの剣で付けられた傷があったが、並の剣では傷がつくどころか、こちらの剣が刃こぼれするほどの皮膚の硬さだった。相当の業物で作られた傷なのか、それとも彼女たちが凄まじい技量を持っていたのか……何にしても、彼女たちの実力が高いのは事実だろう。
「全く……将来有望なこった」
兵士はそう言葉を漏らして、再び大量発生の原因を探し始めるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
転移結晶のおかげでどうにか授業を受けることが出来たシエル達は、放課後に迷宮探索部に顔を出していた。
「誰かいますかー?」
「ああいるぞ。おかえり、素材を集める事は出来たかい?」
返事をしたのはアスティア。何か書類を書いていたのか彼女の目の前には何枚かの紙が置いてあった。
「はい、予想外の事はありましたけど……その分沢山素材を集めてきましたっ」
シエルは嬉しそうに素材を魔法鞄からクオン達に取ってきてもらった大量の素材を床に並べていく。最初の数体こそアスティアも「おお!」と称賛していたが、ウルフの素材が10を超えてきた辺りで、アスティアの顔が若干ひきつってきていた。最終的に全てを部室の中では出しきれないので外に出て建物の裏側で出すことになった。
「これは……とんでもない量だな……」
「これでも全部じゃないですよ? 一番大きいのはこの場所じゃ出せないから仕舞ったままですし……」
「……それは、凄まじいな……」
シエル達は気づいていなかったが、アスティアはこの大量に並べられているウルフの素材が、黒羽の森の浅い所に生息している通常の種類ではなく上位種の素材であると気づいていた。アスティアは数度とはいえ深部を探索した経験があるため、そこで群れと戦ったのだろうと考えた。
「流石にこれ全部は受け取れないから、5体分の素材だけ受け取っておくよ。君たちに全て任せるわけにはいかないからね。残りはギルドで換金して来たら良いと思うよ」
アスティアの言葉にシエルは「分かりました」と返事をして再びウルフの素材を魔法鞄に仕舞い込む。
「にしても……これだけ大きな群れとなると討伐隊のような部隊が編成されていてもおかしくないと思うのだが……」
「あ、それなら私達が戻った時に出発しようとしてた人達かな?」
「そうなのか。という事は学院指定のダンジョンだから何かあった場合ここにも連絡が来るだろうな……他の部員には念のため別のダンジョンで素材を集めるように伝えておこう、教えてくれてありがとう。ところで、シエル達はこれから時間はあるかい?」
「私は大丈夫ですけど……何かあるんですか?」
シエルがそう言うと、アスティアは広げられた素材を手早くまとめて、
「ああ、これから工房に向かおうと思ってな。星霊祭の出し物は学生だけで作る必要があるから、素材を渡しに行く予定なんだ。素材提供者のシエル達の事を知ってもらおうと思ってな」
「私は構わないですけど……えーちゃん、どうかな?」
シエルがエリーに聞くと、エリーは少し考えた後に口を開く。
「……私はこの素材を私達が集めた事を来れば隠しておきたいです」
「ふむ、その心は?」
「この素材、普通のウルフの素材じゃないですよね?」
エリーがそう言うと、アスティアは首を縦に振る。
「ああ、そうだが……気づいてなかったのか?」
「私達はこいつらとしか戦ってなかったからね」
「ふむ……だが、それとシエル達が素材を提供した、という事実は関係ないとおもうが?」
「面倒事になりそうな事を増やしたくないんですよ。ただでさえあんな事があったんですから」
エリーがそう言うと、アスティアはハッとした表情になる。
「そうか……そうだったな、すまなかった。私の判断が浅はかだったようだ」
「いえ、分かって頂けたならそれでいいです」
「なら工房へは私だけで素材を持っていくことにするよ。素材の提供者の方も一応伏せてはおくが……この部内でこの魔物を狩れる人間は限られているから、君たちに辿り着く可能性はある。もしそうなってしまったら、私は君たちを守る」
アスティアはそう言って工房へと向かっていった。シエルはエリーの言葉を聞いてギュッと制服の袖を握った。
「しぃは悪くない。悪いのはしぃを狙う奴なんだから」
「……うん」
シエルは小さく首を縦に振ると、エリー達と共に寮へと戻っていった。
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