特訓、始めます!
「しばらくはここが私たちの泊まる場所なんだよね?」
「そうね。まずは掃除をしないとね」
埃の舞う部屋の窓を開けて、シエルが風を通して軽い埃を吹き飛ばしていく。風魔法で飛ばされなかった大き目の埃やゴミはルリ達が協力して箒ではいていた。
「さて、拭き掃除は私達でやるわよ。しぃは横の部屋を同じ感じでお願いね?」
「うん、わかった」
シエルはそう言って次の部屋に行こうとすると、床の小さな凹みに引っかかって足を取られてしまう。
「わっ、おっと……っとぉ」
「だ、大丈夫、しぃ!?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
シエルは心配しないで、とひらひら手を振って隣の部屋に歩いていく。エリー達はほっとした表情を浮かべてから、ルリが持ってきた水入りバケツで雑巾を濡らしてから床の汚れを落とし始める。
シエルが魔法で細かい埃を外に飛ばして、その後にルリ達が拭き掃除をするというローテーションで掃除をすること数時間。ようやく人が住める程度の状態になった。陽は落ちかけていて、天井から見える空は赤く染まっていた。
「やーっと終わったぁ……」
「エーちゃんも、ルリ達もありがとう」
「いいのよ。しぃも出来ることをやってくれたし」
「そうですよ、気にすることなんてないですよっ」
ルリもそう言うと、シルフィード達もそうですよ、と同じように答える。
「そ、そっか……わかったよ。それじゃあ、レギスタさんを呼びに行こっか」
「そうね、流石にお腹が空いたわ」
シエル達は村の中心へと行くと、レギスタと数名の大人たちが集まっていた。
「お、掃除は終わったのか?」
「ええ、何とかね」
「ほんと悪いな……俺らのやらないといけない事をお前たちに押し付けちまって」
「その分ちゃんと私たちの事鍛えてくださいね?」
「ああ、約束するよ。飯だよな? すぐに用意するから着いてきてくれ」
そう言うと、レギスタは着いてきてくれとシエル達に言って、前を歩いていく。少し歩いて着いた先はこの村の中ではかなり大きな建物だった。
「ここはこの村唯一の食堂だ、まあ村の人間以外が使う事なんて皆無なんだけどな」
「ふぅん……」
レギスタがそう話しながら扉を開けると、中は村の人だけが使っているとは思えないほど広く清潔感があり、テーブル席が十卓、カウンター席が六卓ほどあり、さらに二階まで作られていた。
「ずいぶん気合入れて作ってるのね……」
「凝り性な奴が作ったからな……ま、とりあえず座って待っててくれ」
レギスタにそう言われて、シエル達はほぼ使われていないテーブル席の適当なところにシエル達四人で座って待っていると、奥の厨房からレギスタと同じ年くらいの男性が料理を持って出てきた。
「俺たちの村で取れた食材で作った料理だ、さあ食べてみてくれ」
運ばれてきたのは茶色の濃度のあるスープのようなものに野菜や肉が入ったものと焼きたてのパン、それにサラダと白い色をした飲み物だった。
「パンをそのスープ……エピルメーサにつけて食べてくれ。辛かったら言ってくれ調整できるものを持ってくる」
「わかりました。いただきます」
シエルは言われたとおりにパンを手に取って、一口大に千切ってからエピルメーサにちょん、とそれを付けて口にほおばる。
ピリッとした辛味と香辛料の風味が同時にやってくる。その後に野菜や肉の味、そして旨味がやってきてその美味しさにシエルは幸せそうな声を上げた。
「ちょっと辛いけど……すっごくおいしいですっ」
「口に合うようでよかったよ」
シエルの言葉を聞いて、エリー達も同じように食べ始める。エリーはその辛味に少し驚いていたようだが、ルリはパクパクと食べていた。クオンはというと辛いのは苦手なのか、ひーひー言いながら飲み物に手を付けていた。
会話をしながら食事を食べ終えた四人は、レギスタ達に感謝の言葉を言ってから掃除したあの家に戻る。
「明日からは特訓だね」
「とは言っても何を教えてもらうんだろうね?」
「そうね……ま、明日になればわかるだろうし今日は水浴びして、寝ましょうか」
エリー達は家の裏の井戸から水を汲んで、周囲に人払いの魔法をかけてから水浴びをする。各々服を脱ぎ、それを籠の中にまとめて水浴びを始める。エリー達は自分たちで身体を拭いてシエルの身体はルリがタオルで優しく拭いていく。
「ありがとう、ルリ」
「これくらいお安い御用ですよ。気になさらないでください」
シエルの身体を拭き終えたルリは自分の身体も同じように拭いていく。身体を拭き終えて家の中に戻った後、寝袋を出して固まって眠りにつく。
◇◆◇◆◇◆◇
眠りについてしばらくして、エリーはふと夜中に目を覚ます。何かを感じ取った……というわけではないが、特に意味もなく家の外へ出るとセラが天井の穴から見える月を見つめている姿が見えた。
「どうしたの?」
「目が覚めちゃっただけよ。特に何かあるわけじゃないわ」
「そう」
「セラ……さんと二人で話すのは初めてよね」
「セラでいい。……そうね、いつもはシエル達といっしょにいたから」
「わかったわ、しぃと契約してからは私以上にずっと近くにいたものね」
「私は、シルフィード達と違って動くのが嫌いだから。守るためには近くにいた方がいいでしょ」
「……確かにね」
セラは虚空に魔方陣を描くと、一冊の本が現れる。本を開きそれを読もうとしたのだが、月明かりでは少し暗かったのか、少し考えた後小さな明かりを本の上くらいの位置に作り出す。
特に何かを話すこともなく、セラのページを捲る音だけが微かに聞こえる。夜風に吹かれながらエリーはぼんやりと月を眺めている。
しばらくすると、本を読み終わったのかパタンと本を閉じる音が聞こえた。
「随分と読むのが早いのね」
「途中まで読んでたから」
「……一つ、聞いてもいい?」
「答えられる質問なら、いいよ」
「あのロキって霊姫は、信用できるの?」
エリーの言葉に、セラはしばらくの間を置いてから答える。
「……胡散臭いけど、私たちの事を考えてくれてる。少なくとも、悪い霊姫じゃない」
「……そっか、わかった。教えてくれてありがとう」
「きにしないで。ロキが怪しいのは私たちも理解してるから」
セラの言葉にエリーは苦笑して、立ち上がる。どこかへ行った眠気が再びエリーの元へと帰ってきたのか、一つ欠伸をして、
「話に付き合ってくれて、ありがとう。私はもう一度寝るわ、おやすみなさい」
「ん、わかった」
そう言ってからエリーは家へと戻っていった。
家の中に戻ると、寝袋の中から手を出して手をつないで寝ているシエルとルリの姿が見えた。エリーもシエルの事は好いているが、ルリほど素直に感情表現することは出来なくなっているな、とふと思った。
(でも、私はしぃを守る剣なのだから……)
ちくりと少しだけ痛む心に気づかないふりをして、エリーはもう一度寝袋の中に入って目を閉じた。
翌日、エリーが目を覚ますとシエルはもう起きていて、ルリの髪の毛を梳いていた。
「おはよ、えーちゃん。ルリも出来たよ」
「ありがとうございますっ」
エリーが背筋をぐっと伸ばして身体を目覚めさせる。顔を洗いに行こうと外の井戸へ向かうために扉を開けると──
「お、起きてたのか」
そこには起こしに来たのかレギスタの姿があった。
「ええ、ついさっきだけどね」
「そうなのか、朝飯食ったら特訓開始だからな。どうする? 昨日の食堂で食うか?」
「そうね……しぃに聞いてみるわね」
「分かった。じゃあまた後でな、食堂に来ないなら中央の広場に来てくれたらいい」
じゃあな、とレギスタは短く挨拶をして歩いて行った。エリーは外の井戸で水を汲み、顔を洗ってしっかりと身体を目覚めさせると、家の中に戻る。
「さっきレギスタさんに会ったけど朝ごはんどうする? って聞いてたわよ、昨日の食堂でもいいし、そうじゃないなら後で村の真ん中の広場に来てくれたらいいって言ってたけど」
「んー……今日はこの家で食べようかな」
「わかったわ。じゃあ準備をしましょう。しぃは食器を出してくれる?」
シエルはうん、と答えて食器を出し、エリー達は朝食を作る。マジックバッグの中から食材を取り出すと手際よく調理していく。簡単な朝食を作り、四人でそれを食べ終わった後は食器を洗って中央の広場に向かう。そこからは畑で働いている人や談笑している人、訓練している人の姿が見えた。
「お、来たかお前ら」
「レギスタさん、おはようございます」
「特訓する相手はもう少し待ったら来るはずだ。ちなみにあんたの特訓相手は俺だ」
レギスタはそう言ってルリを指さす。
「よ、よろしくお願いしますっ」
「おう、よろしくな」
それから少しすると、男性が二人、女性が一人村の奥から現れる。
「ちょっと遅れちゃったか?」
「いや、丁度いいくらいだ」
男性の片方は銀の髪をした初老の男性だった。腰には剣を携えていて、長く伸びた白い髭が特徴的だった。もう一人はかなり大柄な男性で手甲を身に着けていた。その後ろからは金髪の女性がシエル達に気さくそうに手を振って挨拶をしている。彼女の背には自分の身長よりも長い棍が背負われていて、かなり使い込まれているのがエリーには見て取れた。
「彼らが君たちの特訓の相手をしてくれるラドルフ、ガルナ、そしてミリアだ」
よろしくね、と軽く挨拶を交わしてからは一人一人に軽い自己紹介をする。
「わしはラドルフだ。一応この村の門番をやっておる。わしの担当は剣士のお嬢ちゃんのようじゃから、よろしく頼むの」
「俺はガルナだ。冒険者としてもやってるから、この先どこかで会うかもしれねぇな」
「私はミリア、貴女の特訓相手よ、シエルちゃん」
三人は自己紹介を終えると、それぞれ別の場所へと移動していく。エリーはシエルを一人にするのが少し心配だったが、霊姫達が問題ないとエリーに伝える。
一人一人が分かれたところで、レギスタ達はお互いに武器を構える。
「さて……まずはお前たちの実力を見せてくれよ!」




