華焔の剣姫-1
あれから先、エリー達はただひたすらに霊衣纏装の安定化を目指して特訓していた。結果としては、最初よりは何とか使えるようにはなったが、所詮は付け焼刃、どこで崩れるかもわからない不安定なものだが、無いよりはよっぽどマシになるという位にまでは使えるようになった。
その辺りで空が白んできた為、エリーは万全を期すために休むことにした。やる事はやれるだけやった。ここから先は、全力でツバキと戦うしかない。
図書館の中の乱雑に置かれていた本に埋もれていたソファーを見つけると、周りに適当にずらすとそこに横になって目を瞑った。
◇◆◇◆◇◆◇
──ふと意識が覚醒すると、エリーは砂漠の図書館の目の前に立っていた。
それが夢の中であるということを直感的に理解したが、今回の夢がどう関係あるのか、それがわからない。
「今回は何があるのかしら……?」
ただ、ここにいる、ということはあの中に何かがあるのだろう。鬼が出るか蛇が出るか、どちらにしても自分のはっきり見る夢には何かしらの意味がある。だからこそ確かめなければならなかった。
「……誰もいない」
図書館の中は不気味なまでに静かだった。夢の中ということを理解してはいるものの、やはり身構えずにはいられない。
注意しながら図書館の中を奥へ奥へと進んでいくと、ムワっとした臭気が鼻についた。それが何なのか……エリーにはすぐに想像がついた。
(血の臭い……奥の方ね)
その臭いが濃くなる方向へと進んでいく。彼女の記憶にはここから先へは行った事が無い筈だ。だが、それでも構わず進む。
視界の先に見えるのは真っ黒な闇。本能がそれを恐れても、進む。進み続けて、夢の内容を確かめる。
闇の中を進み、奥へと進み続けるとぼんやりと光が見えた。それに近づいていくと、異音が小さくだが聞こえだす。
ぴちゃ、ぴちゃっと砂漠の真ん中のはずなのに水が飛び散るような音。嫌な予感はどんどんと膨れ上がっていく。
「……あら、初めまして。貴女は初めてよね?」
そこにいたのは、自分もよく見知った顔。いやというほど見た彼女の姿。
「しぃ……いえ、違うわね。貴女は、誰」
シエルの身体を使っている何かに私は問いかける。シエルの姿をした相手はくすくすと笑いながら答える。
「そうね……敢えて答えるのなら、神様……かしら?」
暗闇の中、手に持っていたナイフを足元の何かに突き刺す。
「貴女のおかげで順調に進んでいるわ。多少のイレギュラーはあるけれど誤差の範囲だし」
「何の話を……」
常にからかうような相手の口調に思わずシエルは剣に手を伸ばす。
「怖い怖い……でも、貴女じゃ勝てないわよ? だって、私は神様だし」
ぼんやりと薄暗かった空間が急激に明るくなっていく。それによって二人の足元も鮮明に見えるようになった。
シエルの足元にあったモノは、よく知っている二人だった。だが、夢の中での姿は無残な姿に変わり果てていた。
「貴女がやったの……?」
「それ以外に誰がいるのかしら?」
くすくすと笑いながら答える。シエルの顔でありながら感じたことのないほどのおぞましさを孕んだそれにエリーはほんの少しだけ後ずさりする。それを見抜いた彼女は口元を歪めて。
「ダメじゃない。貴女はこの娘の騎士様なんでしょう? それなのに私から逃げようとなんて……思ってないわよね?」
彼女からは一時たりとも目を離していなかった。それなのに、一瞬にしてその姿を消した。まるで瞬間移動でもしたかのように。
「貴女じゃ私には勝てないわよ?」
にこにこと張り付けたような笑みと、移動した事を気づかせすらさせなかった彼女の動きに驚き、後ろへ咄嗟に飛び退く。
「安心なさいな。今の私たちは夢の中の存在……ここで何をしようと現実の貴女にも、この娘にも、そして……そこに転がっている二人にも何か起きているわけではないわ」
彼女は後ろにあった椅子を魔法で自分の背後に持ってくると、すとんとそこに座る。その様子はまるで女帝の威圧感のようだった。
でも……と、彼女は口を開く。
「パズルのピースは全部集まったから、あとは少しずつ完成させるだけ。一つずつ正確にはめていくだけの作業」
「は……?」
「ふふ……いずれ分かるわ。まあ、分かった時には手遅れなのだけれどね」
そう言って指をパチンと鳴らした瞬間、砂の槍がエリーの身体を貫く。普段であれば避けられるはずのそれが、何故か今は避けられなかった。薄暗くなっていく視界の中、彼女が言う。
「言ったでしょう?私は神様で、ここは夢の中。私がルールなのよ」
また会いましょうね、という言葉を最後にエリーの記憶はそこで途切れた。
◇◆◇◆◇◆◇
がばっと起きると、砂漠の向こうからは日が昇っていて、睡眠時間的にはそこまで眠ってもいないのだろうが眠気は先ほどの夢のせいで一欠片たりとも残っていなかった。ふと視線を感じて横をみると、そこには苦笑しながら小さく手を振るエリミアがいた。
「あはは……起きちゃったかー……エリーちゃんの唸り声が聞こえたから、ちょっと様子を見に来たついでに回復魔法をってね……」
「それのお蔭かしら……そこまで寝ていないような気がするのに疲れが無いのは……」
「なのかしらね? もしかしたら貴女に適性があって、さらに効果が上がったのかもしれないけれどね。……今日でしょ、ツバキと戦うの。しっかり気合入れなさいよ?」
ぽんぽんと背中を叩かれる。いつもならば余計なお世話だと突っぱねるところだが、不思議と今日はそんな気になれなかった。
「……ありがとうね」
「あら、珍しい……」
「煩いわね、私だって柄にもないって思ってるんだから黙ってなさい……っ」
エリミアはそう言われると、はいはいとからかうような軽口と共に去っていった。
それからは図書館の中をぶらついていると、シエルやルリ達とも合流できた。どうやら自分以外は既に全員集まっていたらしく、ツバキとの戦い方について会議をしていたようだった。
「話し合うのは別に構わないのだけど……戦うのは私だからね?」
「分かってるよー……でも、ちょっと位えーちゃんの負担を減らせたらなって思ったんだけど……」
「ふふ……ありがとね、でもそう言うのは大丈夫。全力でぶつかるだけだから」
シエルの頭を優しく撫でると、つまらなさそうになのか、それともただ眠いだけなのか、大きく欠伸をしているセラを見て話しかける。
「ツバキに渡した剣はどうなったの?」
「……多分、仕上がってる。ついてきて」
セラがマイペースに歩き出すと、それにエリー達もついて行く。彼女について行きたどり着いたのは図書館の大広間だった。
「ここの下に、工房があるから。来て」
そう言うと、何かの合言葉のようなものを呟いた。すると、広間の中央の床がごりごり……と鈍い音を立てて動き出し、動き終えるとそこには隠し階段で、地下へと続く道が続いていた。
「この下」
「こんなとこあったのね……」
「うん、ツバキがいるって言ってたから、作った」
下まで降りていくほどムワっと熱気が強くなっていくのを感じた。工房の熱が下から伝わってきているのだろう。
一番下に降り切ると、そこには小さな木の扉がありそれを開くと、地下にドームのような一室が作られていた。
「どうしたの……? って、ああ……貴女達ですか。剣ならば仕上がっていますよ。そこにあります」
ツバキは涼しい顔で視線を動かすと、そこには鞘に納められた物が剣置きに置いてあった。
エリーはそれを取って、鞘から抜くと以前よりも輝きの増した刀身が目の前に現れた。
「凄い……」
思わずそうこぼす程に見事なそれに、シエル達も一瞬心を奪われた程だった。ツバキはばさりとマントのように外套を羽織ると、エリー達の間を抜けて振り返る。
「私はしばらく眠ります。また、決闘の時に相見えましょう」
そう言って、彼女は階段を登って行った。
「どうしよう?」
「どうしようって……とりあえず上に上がりましょう? 念の為に剣の具合も確かめたいし」
エリーはそう言って、階段を上がっていく。シエル達も同じように登ろうと思ったのだが、ルリの耳がぴこぴこと激しく反応していた。
「どうしたの、るぅちゃん?」
「いえ……おかしな気配を感じたんですけど……気のせい、かな……?」
「どの辺からしたの?」
エリーがそれを聞くと、ルリが剣を打っていたであろう場所を指さした。シエルはルリのそれを聞いてそこに近づいたが、
「ううん、何もないよ?」
「そう……ですか。ごめんなさいっ、おかしなこと言って」
「気にしないでいいよ?」
ぽんぽん、と頭を優しく叩いた後、上に戻ろう? とルリ達に言うと、否定する理由もないルリ達は首肯し、地上へと戻っていった。
「ふっ……!」
上に戻ると、大広間から外の景色が少しだけ覗けるのだが、エリーが外で剣を振り具合を確かめているのが見える。
その剣舞はあまりにも美しく洗練されていて、エリミア達でさえもおおー、と賞賛の声をあげていた。
「……確かに、完璧に治っているわ。それに、前よりも手に馴染む……」
「それは、ツバキが打ち直すときに混ぜ込んだ聖白鋼のおかげだと思う」
「聖白鋼って……あの伝説の金属の?」
いつの間にか隣にいたセラがそう言うと、エリーが思わず聞き返す。聖白鋼は御伽噺に出てくる金剛をも上回る究極の金属で、白く輝きを放っている。という位にしか情報のないような代物なのだが、それがこの剣に使われているのだと、セラは言う。
「あれは……使う人の魔力に反応して最も使いやすい状態に変質する特殊な鉱物。だから、貴女が前よりも使いやすいと思うのは、それの力」
「……そんなものを私に?」
エリーは剣を鞘に納めると、ゆらゆらと陽炎の揺らめく砂漠を見ながら聞く。
「ツバキなりに、全力の貴女と戦いたいって、思ったから……だと思う」
難しい表情でそう言うセラに、エリーは表情を緩めて。
「そう……それなら、私も全力でぶつかるまでね。勝負の前から負けは決まらないもの」
彼女の瞳に迷いはなかった。ぎゅっと柄を握ると、決戦の夜の為に図書館の中へと戻る。
「……勝つ為なら、何でもする。それが私の流儀よ、私はあの娘の騎士かもしれないけれど、騎士だからって正道を往く必要はないもの」
彼女のその表情は、これまでにないくらい晴れ晴れとしていて、それでいながら決意に満ちた、そんな表情だった。




