砂塵の魔女‐5
図書館の中で、不釣り合いな小槌の金属音が響き渡る。図書館……とは言ってはいるものの、彼女たちにとっての生活拠点はここであり、ここですべてが賄えるように改造されている。
火の霊姫である彼女にとって炉の炎の温度を最適な温度にすることなど朝飯前、折れた剣と柄に残った剣を砕き、慎重に炉の中に入れて刃の部分を柔らかくしていく。
彼女の緋色の瞳が赤々と燃える炎と同じ色に変わる剣を見つめながら、考える。
(高位妖精に、星眼……間違いなくあの時、霊姫達が集まった時に聞こえた声の言っていた新たな霊姫を統べる者……)
ぼんやりとした頭で考えているうちに剣は真っ赤に燃え上がり、ちょうどいい温度になる。それを見てツバキはの刀身を取り出すと、置いてあった小槌を取り出してかんかんっと小気味良い音を響かせながら叩く。
すると、形を保っていた剣はほろほろと崩れていき真っ赤な破片がいくつも作られていく。それをもう一度炉に入れなおして……その工程を繰り返し、剣を作り直す。
その過程で、ツバキはごそごそと炉の近くにある小さな金属を取り出して同じように炉に入れる。
「……今の時代、これを手に入れる者もいなくなったのかしらね」
白金色の金属を入れると、一瞬だけ炎の勢いが強まる。そこからはまた、炎の様子を見ながら次の工程の準備を行う。
「……あの娘達の為にも、私は負けられない」
ぱちぱちと炎の爆ぜる音と、上の階から流れる砂の音だけが聞こえる小さな工房で、そうぽつりと呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇
「……それで、ツバキに勝つにはどうしたらいいの?」
セラに連れられて外に出てきたエリーは、すたすたと歩き続け塔から遠ざかっていくセラに問いただす。
「それを教える為に、外に来た」
そう言うと、ゆっくり手を伸ばすと小さく何かの魔法を唱える。すると、砂漠の地面からいくつもの琥珀色の淡い光の玉が浮き出てくる。
「これは、星霊の霊力だけをもらったもの。これを貴女の体に取り込んで、自らの力に変換する。私は霊衣纏装って呼んでる。ただ、身体への負担は大きいと思う」
「ふうん……その霊衣纏装をする為には、今その辺に浮いている霊力を取り込めばいいのね?」
そう言うとエリーは目を閉じると、精神を集中させる。
「自分は、霊力を注ぐ器だってイメージで、集めれば……出来る、はず……」
セラの言葉を聞きながら、エリーは精神を集中させ、霊力を自分の体に集めていく。宙に浮いていた霊力の玉が彼女の体の中に入り込み、自分の中の魔力を変化させていく。
「ん……変な、感じ……」
周囲の霊力を取り込んだエリーの魔力は普段とは別のものに変異していた。彼女の銀の髪は仄かに琥珀色を帯び、少しだが雰囲気にも変化が生じていた。
「そう、そんな感じ。一回で出来るとは思ってなかった……」
セラが驚いているのも気にせず、エリーは自らの変わった部分を己に問いかけて、答えを探す。
しばらくの後、手を横薙ぎに無造作に振るうと視線の先の砂漠が彼女の意思に答えるように噴水のように吹き上がった。
「なるほど、ね」
霊力を取り込んだ場合は、その取り込んだ属性に対応するものを操る能力を得る事が出来るらしい。
「でも、それだけの霊力じゃ足りない」
セラがそう言うと、エリーの身体から霊力が抜けて、元の状態に戻ってしまう。これは彼女が何かしたというわけではなく、純粋に取り込んだ霊力全てを使い切ってしまったのだ。例え何かをしていない状態であっても、微量ではあるが霊力は消費される。
「じゃあ、どうするのよ……戦いながら霊力を補充なんて器用なことは出来ないわよ……? ましてや、霊姫との一対一なんて尚更出来るわけないし……」
「ここまでは前提条件だもの。ここから先の事が本番」
セラはそう言って、シルフィード達に視線を向ける。
「シルフィード達の霊晶を、貴女の身体に取り込む。それが、多分唯一の勝てる方法」
「私たちのものを……? そんな事をしたらエリーさんの身体の方が耐えられませんよ!?」
「大丈夫。高位妖精の魔力許容量は過去に存在した種族を含めても断トツで一番多いから。貴女達も内側から調整してあげれば間違いなく操れる」
表情は変わらずとも、強く確信を持ったその言葉を信用したのか
「……セラがそういうのなら、試す価値はあります。やるだけやってみましょう」
ルクスリアがそう言い、彼女の身体から霊晶を取り出す。光の霊姫である彼女の霊晶は、淡く光を放ち装飾品としてみても価値が高くつくだろう。無論本質は全く違うのだが。
「これを、エリーさんが取り込めば私の霊力を使えるようになる筈です……セラの理論では」
霊晶を取り出したルクスリアは実体を維持できずに霊体に変わる。
手渡されたエリーも覚悟を決めて、霊晶を自らの体に取り込む。それは身体に触れると自然と体と一体化し、溶け込むように体内に消えていった。
「……っ!? あ、ああああああああっっっ!?」
瞬間、爆発的な霊力の流れがエリーの身体の中で暴れまわる。限界を超えたそれを無理やり留めている身体が悲鳴を上げ、激痛が走る。体験したことのない程の痛みにエリーでさえも声をあげてしまっていた。
『もう少しだけ、待ってください……!』
ルクスリアの声がエリーの頭の中で反響する。すると、彼女が霊力を抑えてくれたのか、痛みは引き、何とか立ち上がる。
彼女の姿は先ほどと同じように変わっていたが、霊晶を取り込んでいるからか先ほどよりも鮮明に髪色も変わり、鮮やかなブロンドへと変わっていた。それだけではなくルクスリアの装備していた戦闘時の装備が頭の中で容易にイメージでき、それの姿を強くイメージすると、霊力がそれを形作りまるで本物のような質感の槍と鎧が現れた。
「へぇ……結構便利かもね」
『ん……内側から抑えるのって結構難しいと思ったのですけど……高位妖精の魔力を溜めておける量って想像以上に多いんですね……驚きました』
「そうなの……? 自分自身だとよくわからないから」
『ええ、私の想像以上でした。おかげで楽で助かりましたよ』
ルクスリアの言葉を頭の端で留めながら、エリーは精神を集中させる。そのまま、砂を蹴ると同時に一条の光となって数m先までを一瞬で駆け抜けた。
「おお……」
想像していたこと通りの動きが出来た事により、エリーも驚きの声をあげる。それから槍を構え、幾度か突きを淀みなく繰り出す。
ヒュンヒュン、と槍を振ったのちに消滅させると同時に、霊晶が体から抜け出し、姿も元に戻る。それと同時に凄まじい疲労感が襲い掛かってきた。これが霊衣纏装の反動なのだろう。
「う、っく……反動が結構きついわね……」
「そう……ですね」
ルクスリアとエリーが肩で息をしている時に、セラはぺちぺちと頭を叩く。
「休んでる暇はない、立ち上がって。短時間でこれだと、ツバキとの戦いじゃ話にならない……戦いたいのなら、今の時間の三倍はいる」
「三倍……それでも、勝てるかはわからないのかしら?」
「……貴女達次第。勝てるかどうかは……五割より下、ううん……三割もない」
セラの言葉にエリー達は疲労とそれ以上の絶望感にも似た空気が纏わりつく。やはり霊姫に単身で挑み、勝つ事は無理なのだろうか。そう、エリー自身が考えてしまった。
「無理なら、諦めればいい。私は貴女達に興味があるわけじゃないし、引き留めはしないわ」
セラはそう言うと、図書館の中に戻っていってしまう。取り残されたエリー達は口を開くこともなく、夜の砂漠に吹く風の音だけが聞こえた。
「諦めるのかい? 期待していたのに残念だよ」
図書館の上からぴょんと降りてくるのは、サバラの町で出会った詩人だった。
「あんたは……用事があるんじゃなかったの?」
「ああ、案外はやく終わったからね。様子見がてら来てみたんだけど……残念だね」
そう言うと、詩人の姿が少しずつ変わっていく。詩人のような服装は、暗殺者のような夜色の外套を身にまとい、それと同時に目の前の詩人の姿をしていた人物から凄まじい魔力を感じられるようになった。
「っ……ロキ!」
ルクスリアが反射的に立ち上がり、ロキと呼ばれた少女に投げつける。
「おっとと……いきなりとは無粋だね……それに、僕は君たちと敵対してるわけじゃないって何度言ったらわかるんだい?」
「煩いです……っ、貴女はここで倒す……!」
「だから、人の話を最後まで聞きなよって、頭固いなぁ……」
そう言うと、ルクスリアたちを気にかけることなく、膝をついているエリーの目の前に立つ。
「……勝ちたいんだろう? ツバキに」
エリーはその言葉に少しの迷いの後に頷く。ロキはそれを見ると、身体の中から自らの核である黒色の霊晶を取り出し、それを少しだけ割ってエリーに手渡す。
「これは僕の霊晶だ、一回分位の霊衣纏装が出来るくらいの魔力はある。これをどう使うかは君次第さ。それと、一つだけアドバイスしておくよ。まだ君たちは魔力を抑えるのも、使うのも下手くそだ。例えるなら、使うタイミングでは蛇口の水を出しすぎてしまうし、止めるときは締めすぎなんだ。もっと力を抜いたらどうだい?」
「力を抜く……?」
「ああ、脱力っていうのは結構重要な事だよ。それに、君の本当の目的はツバキに勝つ事かい? っと……長話をしていると本当にあの堅物ルクスリアに刺されてしまいそうだからね、また今度会おう」
そう言うと、ロキは夜の闇に同化して消えていった。
「っ……私が消耗していなければ……」
「ルーシャはいつまで根に持ってるの? あの事って一体何百年前の話よ……」
「そうよ、流石に水に流してあげなさいよ」
シルフィードが半分呆れながら、エリミアは上手いこと言ったでしょ? とでも言わんばかりの表情でちらりとエリーの方を見たが、それは無視した。
「……もう少しだけ、付き合って。ルクスリア、エリミア、シルフィード……時間がないから」
エリーはロキの言葉の意味を考える。確かに、自分はツバキに勝ちたい。だが、それ以上にツバキにはシエルと一緒に旅をしてほしいのだ。彼女たちだけが、シエルの事を自分の次に分かっていると理解しているから。
だからこそ、例え負けたとしても、ツバキをこちら側に引き込むくらいの魅力が無ければならない。
……結局は強くなければならないという結論だったのだが。だが、自分のやるべき事は明確に分かった。
「……私は強くなる。その為にも力を貸して」




