砂塵の魔女‐4
日も落ち、月と星空が主役になった頃。シエル達はサバラの町の外へ向けて出発する。夜の砂漠は真昼のそれとは違い、一気に気温が下がるため涼しいを通り越して少し肌寒いくらいだという。
学園の学生服には、ある程度の気温差には対応できるような防護のルーンが織り込まれていて、多少の寒暖差程度であれば気にせず過ごせるのだが、流石に砂漠地帯の近くのこの町では昼間は熱く感じた。逆に、陽が落ちると、熱を保つものが無く、一気に温度が下がる夜は制服を着ているシエル達にとっては程よく過ごしやすい環境になっていた。
「夜からお嬢ちゃん達だけで外出かい?」
夜の砂漠に向かおうとしてる少女たちを、門を守っている番兵が思わず気になって引き留める。正直、こういわれても仕方がない。
「はい、でもみんな強いので大丈夫ですっ」
シエルがそうほほ笑むと、困り顔になり止めるに止められない番兵はこつこつと兜を叩きながら、
「んー……そうか、だが夜の砂漠の魔物は危険だからな。身の危険を感じたらすぐに戻ってきてくれ。幸いにもこの町の周辺には魔法使い殿が張ってくれている魔物除けの結界があるからな」
「はい、ありがとうございます」
エリーがペコリとお辞儀をすると、西の砂漠の図書館へと歩みを進める。
何もない砂の海を月明かりが照らし出し、空には星の海が広がっている。状況が状況でなければ、ここもまた絶景として風景を楽しんでいただろうが、生憎、今の彼女たちにそれ程の暇はなかった。
「敵の探索は心配ないわね?」
「うんっ、私が魔力で、ルリが臭い、クオンちゃんが音で敵を探っているから問題ないよっ」
えっへんと胸を張るシエルが可笑しくて、くすっとエリーが笑う。
ざくざくと砂の海を歩いて進むシエル達だが、図書館らしき建物は一向に見つけることが出来ない。そこまで小さい建造物でも無い筈なのに見つからないのは、地中に埋まってしまっているからだろうか、と考えながら歩いていると、ルリの耳がぴくりと反応する。
「下ですっ!!」
ルリの声と同時に四人は四方向に飛び退く。それの直後に真下から巨大な砂虫が飛び出してきた。体の一部がまだ砂に埋もれているため、全長は分からないが、その巨大な口径はシエル達ならばまとめて丸のみにできるような大きさだった。
「……魔物が強いっていうのはあながち間違いでもなさそうね……」
エリーは帯刀していた剣に手をかけ、居合一閃。刀身に風魔法を纏わせ、それを超高速の斬撃に乗せて砂虫を斬る。
それは、間違いなく当たったはずなのだが、砂虫は微動だにしないどころか気にしすらしていない。
ずりずりと巨体を動かして、品定めをしている砂虫に対して、エリーは追撃の斬撃を浴びせに一気に距離を詰める。
「もう一回、食らいなさいっ!」
今度の一太刀は刃での直接攻撃。一級品の素材と、ドワーフの腕によって鍛えられた剣で斬れないものなど金剛にも匹敵する鉱物だけだと豪語していた剣のはずだったのだが──
砂虫の皮膚に剣が当たった瞬間、パキンと軽い音と共に刀身が折れてさくりと砂に刺さった。自らに剣を振るったエリーを煩わしく思ったのか、砂虫は体を大きく振り回して自らの体をエリーに当てた。巨体故にそうされるだけでも、丸太を思い切り当てられたような強烈な衝撃と共に吹き飛ばされ、砂の上で受け身を取るが、がくりと膝をつく。
それを見て、砂虫は追撃の為に巨大な口を開けて噛み砕こうと襲い掛かる。
「……っ、ダメっ!!」
シエルが風魔法でエリーを吹き飛ばしながら、同時に水魔法で氷柱を作り出し、それを砂虫に対して打ち込む。砂漠にいる魔物だからなのか、氷柱を体に撃ち込まれると露骨に嫌がるような反応を見せる。
ぶるぶると身体を震わせて刺さった氷柱を抜こうとする。
「……」
シエルは苦しそうな表情を一瞬だけ見せ、氷柱を中から破裂させる。
ボコン、と砂虫の体が膨れ上がり、内部から破裂する。月明かりに照らされて、濃緑色の体液と肉片をまき散らしながら崩れ落ちた。
「えーちゃん……」
「……いいのよ、気にしないで」
折れた剣を魔法鞄から布を取り出して刀身を包むと、そのまま鞄の中にしまう。その後鞄からもしもの為に買っていた、学園の中でも最高品質の剣を取り出すとそれを身に着ける。
「行きましょう。まだ、目的地まで着いていないもの」
その声はどこか無理をしているようにも聞こえたが、かけられる言葉が見つからずシエル達は、少しの沈黙の後に頷くことしかできなかった。
それから夜の砂漠をひたすら西に歩いて図書館を探してはいるが、一向に見つかる気配は無い。あの後も何度か敵とは遭遇したものの、あの砂虫ほどの巨大な敵とは遭遇せず、また強さもそれ程のものではなかった。そう考えると、あの砂虫だけが異常に強かったのだろう。
「……あれ?」
「どうしたの、しぃ?」
エリーが不思議そうな声を出しているシエルに訊ねるが、その声がまるで聞こえていないかのようにじっと考え込んでいた。
じーっと虚空を見つめたのちに無造作に手を伸ばしたと思ったその時──
ぱりん、とガラスの割れるような透き通る音と共に、目の前の空間が球体状に割れて目の前には砂に埋もれた図書館が現れた。
「な、なに……!?」
「結界……だね。しかも、超高度な魔法で作られてるもの……私の眼じゃないと、気づけなかったと思う……」
目の前に突然現れた砂に埋もれた図書館は、夜という時間も相まって幻想的な雰囲気と共に、不気味な雰囲気も孕んでいた。
「……とにかく、行きましょう。足踏みしていたって変わらないし、目的地は目の前に現れたんだから」
エリーがそう言うとシエルの不安を紛らわせるように、ぎゅっと手を握る。
◇◆◇◆◇◆◇
「……誰かが、私の結界を破ったみたい」
シエルが結界に気づき、それを破壊したのとほぼ同じタイミングで図書館の中で本を読んでいた彼女はそういう。
亜麻色の髪を無造作にロッキングチェアの背もたれから垂らしてゆらゆら揺れながら本をぱたりと閉じる。
「侵入者……? は、四人……と、結構強めの魔力を持つ霊体が三体」
「ここまで来て、セラの結界まで破ったのだし……敵対する相手なら私は全力で戦うわ」
「……ありがとう、ツバキ」
本を読んでいた少女は不安そうに、もう一人の少女──ツバキの方を見る。
「気にしないでいいのよ。貴女を守るのが私の役目だから」
ツバキは少女の頭を軽く撫でると、侵入者──シエル達の元へと歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇
「ここが……西の砂漠の図書館……」
図書館へと足を踏み入れたシエル達は、その不思議な光景に目を奪われる。
砂の中に刺さるように作られた図書館の中は、壁全体を埋め尽くすように本棚が置かれていて、壊れた机の上には見たこともない本が無造作に置かれていた。
しかも、その本達は全てシエルも読めるような素材で出来ていたのだ。基本的に魔力を通すことのできる素材というのは、現在は高価なものであまり使われることはない。逆に、ある程度まで昔になると、製本技術が発達していない頃は、少しでも本、という媒体を残すためにある程度文字が読めなくなっても、魔力を通すことで自己修復が出来るような高価な素材が使われていたのだ。故に、書物というものが高価で、庶民には読めなかったのだが。
「ここの中から一冊の本を探すって……骨が折れそうね」
「ま、図書館が見つからないよりはましじゃろう。少なくともここにはあるのじゃろうし」
クオンとエリーがそんな事を言い合っていたが、シエルの耳にはまったく届いていなかった。彼女の眼に今映っているのは、大量の本、本、本。普通の人であれば図書館に行けば見ることのできるものだが、彼女にとっては違った。普段それを見る機会のないシエルにとっては、衝撃的で、純粋な驚きと感動がそこにあった。
「すごい……」
「そっか……お嬢様は、沢山の本を見るの初めてですもんね……」
彼女たちは図書館の中を興味津々で探索していると突然、濃密な敵意がこちらにゆっくりと近づいてくるのを感じ、反射的に身構える。
「……貴女達にはちゃんと注意したはずですよ、行く時は私に一声かけてくれって」
シエル達の目の前に現れたのは──カレンだった。
「カレン……さん?」
「ええ、そうよ。……いや、貴女達にはこう名乗るべきね? 私の本当の名はツバキ……火の六霊姫よ」
そう言いながら刀を抜き、正眼に構える。有無を言わさずに自分たちを斬ろうという意思を見せる彼女に、話し合いの余地は無さそうだった。
「っ……しぃは離れてて」
エリーも剣を抜き、構える。
「おや……あの剣はどうしたのですか?」
「……折れたのよ」
ツバキにそう言うと、顎に手を当てて少し思案する。
「……その剣、見せてもらっても?」
「見せて、どうするのよ」
「直すんですよ。万全の状態でない貴女と戦っても面白くないですから。奇妙な縁もありますし、特別に剣を治してあげますよ。貴女は全力で、倒しますよ。少し気になりますからね、貴女の本気」
その声に嘘偽りは感じられなかった。それは武人としてだろうか、それとも多少とは言え話し、共闘していたからなのだろうか。
「……信じてあげる」
そう言って、魔法鞄から折れた剣と、柄を地面に置く。
「奇麗に折れてるわね……大方あの砂漠に棲んでいる金剛砂虫とでも戦ったんでしょう? あれは私達にとっても少々面倒な相手だったからね……倒してくれたのなら正直有難いわ。一日頂戴、完璧に仕上げてあげる」
剣をそっと手に取り、どこかに去ろうとする前に、一度振り返ってカレン……いや、ツバキはこう言った。
「一つだけ言っておきます。私は貴女達と一緒に行く気はありませんよ。もしどうしてもというのなら……明日の一騎打ちに勝つことですね。勿論、負ける気などありませんので」
そのまま、ツバキは図書館の奥の方へ去っていった。取り残されたシエル達はどうしようと考えていると、ひょこひょこと亜麻色の長い髪が視界の端で揺れる。
「だれ?」
シエルが優しく声をかけると、髪がぴくりと揺れて本棚の向こうからちらりとこちらを見る。
「……貴女達が、侵入者?」
「貴女達から見たら、そうなのかもね」
エリーは警戒させないように武器を鞄にしまい、ゆっくりと近づく。
「……正直、悪そうには見えない。でも、一応、警戒」
じーっと距離は詰めないまま見つめ続ける少女を、シエル達が不思議そうに見つめ返していると。
「……ふふ、可笑しい。貴女達は私の事、怪しまないのね」
少女が距離は置いたままだが、そう話しかけてくる。
「ん、うん。カレンさん……ツバキさん? の大切な人っていうのが、貴女なんでしょ?」
「そう、なのかな? 私にはそういう感情があまりないから……でも、そう言ってくれてたなら、嬉しい」
くすりと少女が笑うと、シエルが一歩ずつゆっくり近づく。
「私の名前はシエル。貴女の名前も教えてほしいな?」
「私の名前……セラ、一応、土の霊姫」
「セラちゃんも霊姫だったんだ……」
「ん。魔法は何でも使える」
眠たげな表情の中に少し、自慢げな表情が見えた。
「あと、ツバキとの一騎打ち、そのままだと絶対負けるよ?」
セラは気怠そうな表情を崩さないままそう言う。
「……分かってる。でも、やらないと話にすらならないわ」
エリーはそう言われても、退くという意思はない。例え、このまま戦ったとしたら確実に負けるとしていても。
「どうしても勝ちたいなら……方法、あるよ」
でも、身体の無事は保証しない。と、告げる。ぼんやりとした琥珀色の眼がエリーを捉えて話す。
「いいわ、死なないのなら、どんな方法でだって使ってみせる」
エリーのそれを聞いて、セラはくすりとほほ笑むと、
「こっち、ルクスリア、シルフィード、エリミアも、ついてきて」
「私たちも?」
「どういう事でしょう……ですが、ついていくしかなさそうですね」
実体化したシルフィード達がセラの後ろについていく前に、エリミアがシエルの元に歩み寄る。
「これはお守り、念のために、ね♪」
エリミアが指をパチン、と鳴らすと青色の美しい小石が作られた。
「身に着けておいてね、もしもの為だから」
それじゃあね~とエリミアは手を振りながら、セラの元へついていく。
三人だけになったシエル達がこれからどうしよう、と再び途方に暮れていると、地面がざざ……と盛り上がり、セラと同じ姿の少女が作られ、目の前に現れた。
「ん……成功、私の砂人形だから、本体じゃないけど……意識は本体と一緒だから、気になる事とか、聞きたいことは聞いていいよ。明日までは、暇だと思うし」
そう言われ、シエル達はセラの人形とともに図書館の中を散策することになった。
「ここまで、予定通りだね」
図書館の上で一人、彼女は笑う。
誰にも理解されないまま、全てを変える為に彼女は、最善を尽くす。
例えそれが、己を消すことになったとしても、彼女は動きを止めることは無い。
それが、彼女の唯一願った事なのだから。
「……君の未来は、僕が変えてあげるよ。だから、それまで気づかないでいてくれよ?」




