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砂塵の魔女‐3

 昼の町の喧騒から少し離れた入り組んだ路地を歩く少女達一行。その先頭を歩いているのは、ここではない異国の装束に身を包んだ少女。後ろにいる少女たちもまた変わりものばかりで、魔眼を持つ少女、妖精の少女、獣人族(ワーウルフ)吸血姫(ヴァンパイア)と話題に事欠かない。


「もう少しですよっ」


 異国の装束──着物と東国の地域では呼ばれるそれを身にまとった少女は、嬉しそうに歩みながら後ろの少女達──シエル達を行きつけの喫茶店へと案内しているのだが……


「……すみません。少しだけお時間を頂きます」


 着物の少女が立ち止まると、柔和な空気が一瞬にして消えてぴりぴりとした空気に変わる。もちろんその理由もシエル達はすぐに理解した。先ほどから複数人の人間が自分たちの後ろをつけてくる者がいたからだ。


「昨日のあいつの仲間かしら?」

「恐らくは……本当に仲間を連れてくるなんて……」


 呆れた表情で剣の柄に手を当てていつでも抜刀できるような状態で敵の襲撃に備える。


「私たちもお手伝いしたほうがいいかな……?」

「……正直、こちらの問題なので手は借りたくはないのですけど、数も少なくはないようですしお願いしてもいいですか? でも、無理はしないでくださいね」

「大丈夫だよっ、みんなとっても強いからっ」


 シエルは少女の言葉ににこっと笑顔で答える。少女はシエルのそれを聞いてありがとう。と小さく呟いた。


 次の瞬間、ぴゅいっ、と口笛が響き渡り四方八方からならず者の集団が飛び出し、少女目がけて一直線に襲い掛かる。

 シエル達は少女の背を守るように構え、ならず者の集団との交戦が始まった。


「殺しはしませんが……少しは痛い目を見てもらいますよ……!!」


 少女は器用に鞘を使ってならず者たちの武器を叩き落とし、返す刀……いや、鞘で致命傷にならないような腕や膝を狙って器用に攻撃していく。

 シエル達も同年代の生徒たちと比べると数段上の腕前の持ち主だが、背中合わせで戦う少女の腕は達人の領域──否、それの更に上といってもいいほどの腕前のように感じた。


「くそっ……聞いた通りかなりつえぇ……!」「おい、このガキどもが大したことないとか言ったやつはどいつだ!」「くそが、女のくせしてどいつもこいつもなんでこんなに強いんだよ!?」


 ならず者たちは、シエル達の力を見誤っていたのか数人が一瞬で倒される光景を目にして動揺の色が見え始めた。


「どうしました? 私に仕返ししに来たのでしょう?」


 にやりと少女は不敵に笑みを浮かべて、ならず者たちをあえて挑発する。短絡的な者ならその場で突っ込んでいるが、今しがた彼女たちの力を見せつけられたところだ。無謀な特攻は自殺行為に等しい。


 路地裏での戦いは、静かに時が過ぎていく。砂漠特有の乾いた熱風が吹き抜け、時間だけがゆっくりと過ぎていく。



「おい、生きてるかお前らぁ!」



 路地裏に突如よく響く男の声がこだまする。そして次の瞬間、太陽を覆い隠すように真上からズドン、と派手な音を立てて男が降りて、いや、落ちてくる。

 筋骨隆々の屈強な体に派手な刺青を入れた男の風貌は、間違いなく親玉のそれと言えるだろう。親玉の男は少女の方へ向き直ると、こう言った。


「俺んところの馬鹿どもが済まない。このくらいにしてほしい」


 ビシッと腰を折り曲げながら頭を下げる。その光景を子分である者たちも見たことがなかったのか呆然としていた。


「な、何やってるんですか兄貴! こんな女相手に」


 そういった子分の言葉を聞いた瞬間、親玉の目がぎらりと光った気がした。


「……手前は喧嘩を売っていい相手と、売ったらただで済まない相手の差すらもわかんねえのか、ああ?」

「は……?」

「目の前の相手の力量も計れねぇ奴は帰んな、俺の下にはいらねえ」

「貴方は力量差、わかるのね?」


 少女がくすりと笑いながら親玉に対して言うと。目の前の男は困り気な表情を見せて、


「ああ……まあな。正直あんたの事は知らなくても、名前を知ってる人間は多いだろうよ。『鬼姫』のカレン」


 そう親玉が告げると、ならず者たちがざわつく。少女──カレンは、苦笑しながら肯定する。


「そもそも私は有名になるっていうのが苦手なのよ……表でも、裏でもね? だから、名前こそ広まっていても私の見た目は知らない人は多いのよね。そこのおバカさんたちみたいに」


 ちらりとならず者たちを見ると、露骨に後ずさりしてカレンの事を警戒する。


「今回は奴らを止められなかった俺のミスだ。どうにか俺の顔に免じて許してもらってはくれねぇか?」


 親玉の男が改めて頭を下げると、カレンは一つため息をつくと。


「仕方ないですね……分かっているとは思いますけど、次はないですよ? 今日は後ろの娘達とお話しする約束なので、私たちはこれで」


 行きましょうっ、とこちらに振り向いた時には険しい剣士の表情は消えて、年相応の少女のそれになっていた。


 ならず者たちを難なく退けたカレン達がたどり着いた場所は、路地裏の入り組んだ道の中にある少しだけ広くなった空間にぽつりと立っている喫茶店だった。確かに静かな場所であることには間違いない。


「ここですよ、ここっ」

「わー……すごい……」


 カレンが扉を開くと、からんころんと軽いベルの音が出迎えてくれる。


「いらっしゃい、よくこんな辺鄙な場所を見つけたわね……ってカレンじゃない! 久しぶりね、五日ぶりくらい?」


 出迎えたのは、ぼさぼさのいかにも手入れしてなさそうな茶髪の女性だった。店の内装は隠れ家のような場所であっても小ぎれいに手入れされていて、小洒落た音楽が室内で流れている。恐らくは魔法具を使って蓄音したものを流しているのだろう。しかし、隠れ家過ぎる場所故か、周りをシエル達が見回してもいるのは店主の女性一人だけだった。


「そうね、それくらいかしら。最近は色々とやる事も気になることも増えてきちゃったし……」

「あら、そうなの? 最近うちに来る人がいなくて困ってたのよー、今日はサービスするから……って、あらお連れさん? 珍しいわね」

「気付いてなかったんだ……ええ、どうせなら静かなここで話そうかなって思ってね」


 カレンがそう言うと、女性はふーん? と、シエル達の方を見る。


「中々面白い組み合わせね、まともな人っぽい人が一人もいないなんて」


 ちらりと一瞥しただけで、彼女はそう言ってくすりと笑う。シエル達はそれを聞いて、びくっと体が反射的に反応してしまう。ルリやクオンはともかくとして、エリーはそもそも羽を背中にぴったりと張り付けて同化させる事が出来ると学園に来て発見して以来はそうしているし、シエルに至っては魔眼を持っている事と多少人より魔力の扱いがうまい事以外はほとんど一般人のそれだ。


「まあまあ、そんな身構えなくても良いわよ。私は目は良くても腕っぷしはその辺の女の子と変わらないからさ」


 いまいち腑に落ちないながらも、シエル達五人は丸テーブルの席に案内されてそこに座った。


「注文は貴女のお任せでいいわ」


 カレンが店主の女性にそう言うと、はいはいーと軽い返事をした後、カウンターのコーヒーメーカーを使って珈琲を作っているようだった。


「なんて言うか濃い人でごめんなさいね……」

「あはは……ちょっとびっくりしたけど、悪い人ではないと思うけど……」

「そうね……ただ、私は苦手」


 シエルとエリーが各々の感想を言うと、カレンも苦笑いしながらその意見を受け止める。彼女もあの女性が万人受けするような人ではないと理解しているのだろう。


「さてさて……それでは本題と行きましょうか。改めまして、私はカレンと申します。本当はあの小者を倒したときに名乗るべきでしたね……」

「ううん、大丈夫、気にしないでー。私はシエル、横の獣人族(ワービースト)の娘はルリ」


 シエルが自己紹介すると、ルリもペコリとお辞儀をする。性格が変わった後も対人に対する苦手意識は取り切れていないのか、ぎゅっと見えないところでシエルの服を掴んでいる。


「私はエリー、シエルの護衛役よ。こっちがクオン、一応使い魔よ」

「一応ってなんじゃ……妾はこれでもお主の使い魔として働いておるわ」

「へぇ……なら、先日の独断行動についての申し開きを聞こうじゃない」


 エリーがそう言うと、うぐっと言葉に詰まる。その様子を見てカレンはくすりと笑い声をあげて。


「ふふ……っ、あなた達仲が良いのね」

『そんな事はないわ(のう)』


 ぴったりと揃ったその声にカレンだけではなく、シエルやルリでさえもクスッと笑い声をあげる。


「ああ……また脱線しちゃったわね。本題は『リュステの巫女』の話よね?」


 ひとしきり笑うとカレンは至ってまじめな表情で、シエル達に話しかける。


「ええ。私たちである程度調べてはみたけれど、どうにも御伽噺程度の情報しかわからなかったから、それの情報を持っている人に聞こうと思っていた……っていう感じですね」

「成程ね、御伽噺程度、とは言っていたけど話に出てきた水晶、あれは実在する物なんだけど、それは知ってたかな?」

「そこまでは私は聞いていました。『泉水晶』って言うんでしたっけ」

「ええ、この町の中でも指折りに重要な物だから保管場所はごく一部の人間しか知らないらしいけどね」

「へぇ……じゃあ、やっぱりリュステの巫女は存在したっていう認識でいいんですか?」

「ええ、それでいいわ。ただ、『泉水晶』を託した後の行方はわからないけれどね」

「あー……そうなんだ……」


 シエルが落ち込み気味にそう言うと、カレンはフォローするように。


「ですけど、巫女の一族はこの町に帰ってきているようですよ。この町で錬金術師をしているようですよ」

「へぇぇ……そうなんだ、魔法使いっていう訳じゃないの?」

「たまに会いに行きますけど、魔法の才能が無い訳じゃないですよ。単純にこちらの方が合っているって本人が言ってましたしね」

「……聞いてて思うんですけど、カレンさんって何者……」


 エリーが不思議そうに聞くと、苦笑しながら。


「あはは……そんなにすごい人じゃないですよ。私がちょっと強くて、私の友達がちょっと偉い人ってだけです」


 明らかにちょっとではなかったが、それには触れないでおく事が吉だろうとシエル達は思った。


「はいはい、お待たせ~カレンはブラック、シエルちゃんにはミルクティー、エリーちゃんにはストレート、ルリちゃんとクオンちゃんはホットミルクでいいかな?」


 話の途中で、女性が五人分の飲み物をトレーに乗せて運んできた。


「あ、ありがとうございますっ」

「いいのよ、気にしないで。それに今日の分は全部カレンが払うらしいし♪」

「うぇっ!?そ、それは聞いてないよ!?」

「聞いてないって……貴女お任せで良いって言ったじゃない。それに、シエルちゃん達の分も出さないと、でしょ?」

「そ、それはそうですけどぉ……」

「んじゃ、諦めなさいな」


 ニヤッと彼女は笑った後にごゆっくり~とトレーを持って下がっていった。


「……私たちの名前分かってたのって聞いてたからかな?」

「でしょうね、人がいないし静かだから聞こえたんだと思うわ」


 ごくりとミルクティーを飲むとほんのりと牛乳の風味と甘みが舌を抜けて、学園で飲むミルクティーよりも、美味しいかもしれないとシエルは感じた。


「おいしい……!」

「ほんと……?」


 シエルの感想を聞いてエリーも気になったのか、目の前に置かれた紅茶を一口飲んでみる。すると、紅茶の風味がしっかりと生かされていて、確かに美味しいものだった。


「わ……ほんとだ……」

「ふふ、フェリアの作る紅茶はその辺の喫茶店の何倍も美味しいわよ」


 カレンがくすっと二人の反応を見ながらそう言う。


「んく……そういえば、この町の西側の砂漠に図書館があるって本当なんですか?」


 シエルがミルクティーを飲みながら何気なくカレンに、朝の食事中にエリーに昨日の夜の事を聞き、その事を尋ねた瞬間、


「……どうしてその事を知ってるんですか?」


 彼女の声のトーンが少し落ちた。何故それを知っているのか、まるでそれが禁忌であると言わんばかりに張り詰めた空気が一瞬この空間に満ちた。


「えっとね、何かその図書館に気になる本があるらしいの。この町の図書館になかったから、あるならそこだろうって言ってくれた人がいて」

「……成程。事情は分かりました、ですが西の砂漠は図書館までの目印もありませんし、に現れる魔物は強敵揃いです。あなた達の実力を低く見ているわけではありませんけど、無事にそこまで行きたいのなら私も一緒にお供させて下さい」


 カレンのひどく真面目なその言葉にシエルとエリーはこくりと頷いた。


「すみません、差し出がましいことを言って……」

「い、いやカレンさんは私たちの為を思っての事なんだから気にしないでくださいっ」

「うう……そう言って頂けるとありがたいです……ともかく、本当に危険ですから、私に一言言ってから行きましょうね、行けるタイミングであればいつでも行きますからっ」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 それから先は他愛もない話をして、時間を過ごしていった。カレンは東国の衣装を身に纏っているものの、ここ数年はこの町の外には行っていないという事なので、シエル達の住んでいるアルドラの話をしたら、嬉しそうな表情で話を聞いていた。

 時折、絶妙なタイミングで出されるフェリアの料理を摘まみながら、森の奥の泉に行った事、クオンやルリと初めて出会った時の話をしているうちに、いつの間にか太陽は傾き、夜になろうとしていた。


「今日は本当にありがとう、すごく楽しかったですっ」

「私たちもとっても楽しかったです」

「また、図書館に行く時、声を掛けますね」


 三人はそう言って、喫茶店を出て別れた。シエル達とカレンは別方向の道に入り、彼女の姿が見えなくなると、エリーはぽつりと言葉を漏らす。


「……多分、砂漠の図書館に霊姫がいる……そんな気がする」

「ふぇ!?」


 エリーの突拍子もない言葉にシエルは驚きの声を上げるが、気にせずに推測を続ける。


「いくら魔物が強いといっても、たかが知れていると思うし、私たちにはシルフィード達がいる。それに、あの言い方は何かが絶対にある……と思う」

「うーん……私も、そう思わなくもないけど……」

「なら行ってみれば分かるじゃろう。ここで口論を重ねていても真実にはたどり着けぬぞ? 本当に魔物が強ければ、それこそあやつに助けを頼めばよいじゃろう」

「私の耳とお嬢様の魔力探知があれば敵が来るかどうかならわかると思いますし、行ってみましょうよ!」


 クオンとルリの後押しもあって、シエルも心を決めたようで、


「うん、それじゃあ行こう、西の砂漠の図書館に!」


 陽の落ちかけた路地裏で、彼女たちは小さな声でそう決めたのだった。

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