砂塵の魔女-1
サバラに訪れ、聞き込みを初めて数時間経過したが、その過程でこの地方の特徴等が複数分かってきた。
この地方はやはりというか、見たとおり水が乏しいのだがこのサバラだけは例外的に水が豊富で、その理由はここの王城に存在する秘宝が関係しているのだとか。流石に秘宝に関する詳しい情報は一部の人間しか知ることができないのか、それの事だけはあまり情報を集めることができなかった。
そして、肝心のセラ──であるかどうかは分からないが、サバラにいる、もしくはよく訪れる魔法使いの情報なのだが、これが中々集まらなかった。いや、集まらないというよりはここに住んでいる者達が町ぐるみで魔女の話題から逸らそうとしている。と言った方が正しいのかもしれないが。
「うーん……もしかしなくても、この街のみんなは魔法使いの事を隠してるよね……?」
「そうね……何人かに聞いてみたけど、露骨の話を逸らしてきた人もいたくらいだしね」
「ふむ……となると、この街の人間全員が魔法使いによる魔法での認識妨害をされているのか、もしくは──」
「もしくは?」
クオンがこの街で情報収集をしていて考えついた仮説を口に出す。
「ここの町の人間達が善意でその魔法使いの情報を隠しているか、じゃのう」
クオンのそれを聞いて、エリー達は難しい顔をする。魔法による妨害であれば、解呪してしまえば何とかなるのだが、善意での隠蔽は無理矢理聞き出す、という方法を取らざるを得なくなるうえに、彼女達はそれを出来るほど精神的に成熟しているわけではなかった。
「……無理に聞くことはしたくないな……」
シエルが困り果てた表情で、どうしたものかと悩みながら魔法使いを探す方法を考えながら歩いていると、気を抜いていたのかどん、と強く身体が当たってしまった。
「おい! 手前、ちゃんと目の前くらい見て歩けよ!」
見るからに危なそうな見た目の男がシエルに対して怒鳴りたてる。シエルはびくんっ、と身体を強張らせて謝罪する。
「ご、ごめんなさい……怪我とかは無いですか……?」
「あぁ? お前は人にぶつかって謝罪だけで済ませるのか? 迷惑料がいるだろうが、他人の貴重な時間を奪ってんだぞ、あ?」
か弱げなシエルの雰囲気から、男はシエルを恫喝して金目の物でも奪おうと思ったのだろう。この時点で普段のエリーであれば、剣を抜いて即座に男の首元に突きつけていたが今回に限っては、エリーよりも早く反応した者が後ろにいたのだ。
「この大通りで小さな少女相手に恐喝とは……大の大人が聞いて呆れますね、恥というものを知らないのですか?」
シエルと男の後ろから声をかけられ後ろを振り向き、声の主の姿を見る。
そこにはサバラの町どころか、中央都市のアルドラでも見たことのない不思議な衣装を身にまとい、珍しい形の細身の剣を腰に下げた歳の見た目は十八程の、腰くらいまである栗色の長い髪と、燃える様な緋色の目が特徴的な少女だった。
「何だよ、お前はこいつの連れか何かなのか?」
少女に邪魔されて、腹が立ったのか男は不機嫌そうに言い寄った後に、得意げに口を開く。
「言っておくが俺のバックにはこの町でもトップクラスの口に出すのもヤバイ連中が付いてるんだぜ? そんな俺に手を出してただで済むと思ってんのか?」
「そうなんですか、別に問題ないと思いますよ? 貴方の様なチンピラであれば幾らでも配下に出来ると思いますしね、本当に大きな所なのであれば」
涼しい顔で、少女は売り言葉に買い言葉で喧嘩を買いながら、さらに油まで注いでわざわざ相手を逆上させる。
「い、言わせておけば……! 覚悟しろよこのアマ!!」
逆上した男は至近距離から少女に向かって握り拳を振りかぶるが、彼女は全く動じることなくすっと腕を伸ばすと、男の勢いを利用して地面に叩きつけた上で腰に下げていた長剣を抜いて男の首筋に当てる。
「この状況で本当に覚悟するのは一体どっちなのか、賢い人間ならば分かりますよね?」
軽い口調ながらも、目は笑っておらず抵抗しようものならその場で斬り捨てると言わんばかりの静かな迫力がその少女からは滲み出ていた。
男の方もようやく命の危機を感じたのか、冷や汗を流しながら悔しげに舌打ちをして捨て台詞を吐く。
「くそが……覚悟しておけよ、この町にいて無事に済むと思うなよ!!」
「はいはい、覚悟しておきますね。尤も、本当に貴方達と対峙した時に無事で済むのが果たしてどちらなのか、楽しみですけれど」
少女が剣を鞘に納めながら、挑戦的な笑みを浮かべて男の逃げる背中を眺めていた。完全にその姿が見えなくなると二人に向き直ってにこっと安心させるような笑顔を二人に見せる。
「ごめんなさいね、この辺はさっきみたいなチンピラ殆どいなくなったと思ったんだけどね……まだ残ってたなんて」
呆れたようなため息をつきながら、改めて敵の気配が無いかを確かめてから彼女はシエル達に目線を合わせるように少し腰を落とすと、
「貴女達は観光目的でここに来たのかしら?」
「いえ……ここの昔話に出てきた『リュステの魔法使い』の伝承にあった魔法使いの事と、渡された魔法の水晶の事を調べに来たんですけど……」
シエルがそう言うと、目の前の少女はすこし表情を硬くした。
「……そう、あのお話を知っている人がまだいてくれたなんてね。教えられることなら教えたいのだけど、生憎今日は予定があるの、だから今度会った時に話してあげたいのだけど……これからの予定とかはあるの?」
「いえ……特には……」
シエルがそう言うと、少女はなら良かった、とぽんと手を叩いて、
「それなら、明日の正午にサバラの中心の大噴水で会いましょう?」
「は、はいっ……」
シエルは返事をした後に、エリーにちらりと目線を向けてそれでも良いかどうかを聞く。
エリーはそれを断る様子もなくこくっと小さく頷いた。
「それじゃあ明日ねっ」
と、少女はそう言って足早に去ってしまった。
「凄い人だったね……」
「ええ、実力もだけど……出会ってすぐの私達に明日会いましょうなんて……よほど信頼できる何かでもあったのかしら……」
2人で先程の少女の事について話していると、いつの間にかルリとクオンの姿がどこかへと消えてしまっていた。
「……勝手に行動するなんて、後でどうなるか覚悟しておきなさいよ……?」
日が暮れ始め、紅に燃える太陽が沈みかけているのを背に笑うエリーの姿は、怒られる事の無いシエルでさえゾクリと背筋を震わせるような迫力があった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ちょ、ちょっと……っ!クーちゃん、別行動何でしたら怒られるよ!?」
「問題ないじゃろ、それとこの未知の土地を調べる事の天秤ならどちらが犬っ娘に取っては重いのじゃ?」
そう言われ、うぐ……とルリの言葉が詰まる。
彼女もまた、外の世界に憧れていたのだ。ましてや奴隷として捕まり、明日自分の身体が五体満足でいられるかどうかもわからない状況の中から助け出された。シエルに返せないほどの恩がある事も理解している。だが、それでも外の世界、それも見たことの無い土地、空気、気候──初めての数々の誘惑には抗えなかった。
「……知らないからねっ!」
心の中でシエルに謝罪しつつ、クオンを1人にさせない為、と無理やり口実を作ってルリはクオンの後を追った。
「これは何というのじゃ?」
別行動を取り始め、二人はサバラの街を歩いていると、早速クオンは何かを見つけたのか路端の行商人に話しかけていた。
「ん、これかい? これは土に縁のある物をを硬くしたり柔らかくしたり出来るのさ、こんな感じにね」
クオンが不思議そうに見ていたのは、茶色の結晶状の鉱物だった。行商人はそれを商売道具して持ってきたであろう煉瓦の置いて、短く発動式のようなものを呟くと見る見るうちに煉瓦の硬さが失われていき、数秒もしないうちに煉瓦色の砂に姿を変えてしまっていた。
「す、すごいです……!」
思わず感心してしまったルリのリアクションに好感を持ったのか、行商人は嬉しそうに口を開く。
「そうかいそうかい! 驚いてくれたなら嬉しいよ。こういう物質に働きかける結晶っていうのは、何でも星霊ってのが住んでいる土地にしか存在してないそうなんだ。しかも……ほら」
行商人が、二人の間近で結晶を見せると、それの中心から放射状に小さな亀裂が入っていて、軽い衝撃でも壊れそうな印象を与えた。
「こんな感じに何回か使うとヒビが入って壊れちまうんだよ。でかい奴なら効果も回数も良くなるんだがな」
「なるほどのう……聞いている限り中々の貴重品のようにも思えるのじゃが、妾達の為に使ってよかったのかのう?」
「ははっ、心配してくれるのかい? 問題ないさ、独自の入手ルートがあるからね。取りすぎない限りは問題ないよ」
「そうなんだ……」
「主は大きな結晶、といったが今まで見た中で一番大きい結晶はどれくらいの大きさだったのじゃ?」
「そうだな……俺と同じ位の大きさの結晶が洞窟の奥に生えていたのは見た事あったな。もちろん、そんなもの持って帰れないからその近くにあった手頃で大きめな物を貰ってきたがな」
そう男が笑いながら話した。
「どうする? 今ならこの結晶、未使用の新品で銅貨三枚に負けてやるよ。普段なら十枚貰ってもいいとこなんだが、特別サービスだ」
行商人が得意げな顔で二人の反応を伺う。幸いにも、今の二人には前もって渡されていた資金があるため、買うことは全く問題ない。二人で少し考えた後、ルリが自分のカバンの中をゴソゴソと探り、そこから銅貨三枚を取り出す。
「買いますっ、これでいいですか?」
行商人は銅貨が偽物出ないかをしっかりと確認してから、それをしまい込み、
「確かに受け取ったぜ。ほら、使う所はちゃんと決めろよ?」
そう言って、ルリに結晶を手渡した。 ルリはそれをしまって、ペコリとお辞儀をしてから再びこの街にしか無いようなものを探す為に歩き始めた。既に陽も落ちて、辺りを松明の火と店から漏れるカンテラの火が街中を照らしていた。
アルドラほどの大きさや、活気は無いもののそれでも大都市なだけあり、夜もその賑やかさは遜色ない。
二人はもう少しサバラの街を散策したい気持ちもあったが、思ったよりも長くあの行商人と話していたらしく、流石に合流しなければ今日の宿なども決めなくてはいけない為色々と不味いのだが──
「さて……夜には夜の店が開くし、また歩くとするかの」
マイペースなクオンは、ずんずんと歩みを進めて行く。
「さ、流石にお嬢様達のところに戻らないと不味くないかな……?」
「うむ……じゃが……うむむ……」
ルリのその一言にクオンも流石に不味いと思い始めたのか、歩を止めて悩み始める。
「明日も多分自由時間があると思うし、何ならお嬢様達に言って帰りの便を遅らせて貰えばいいんじゃないかな?」
「んー……はぁ、犬っ娘がそこまで言うのなら仕方ないのう、戻るとするか」
ルリの必死(?)の説得のお陰か、クオンは渋々ながら戻る事を了承してくれた。
「じゃが……戻る場所、というか、我らの主様の居場所はわかるのかのう?」
クオンがそう言うと、ルリは問題ないですよっ、と自信満々にそういう。
「私の首輪、これには主には奴隷である私の位置が、逆に私にはお嬢様の位置がわかるんです」
だから、問題ないですよ! と、そう言うと今度はルリがクオンを連れていく真逆の構図が見れた。
シエル達が居る宿まではそう時間がかからず、数分もまっすぐ道を歩くと着くことが出来た。そこは、サバラの建築としては比較的よく見る白土岩と言われる石を加工して建てられるタイプの宿だった。
「ここにおるのか?」
「そのはず……だけど……」
と、少し不安そうに宿の外で立っているとスイングドアが開けられ、そこにいたのは──
「ルリ! どこに行ってたの!?」
不安そうな表情をしていたシエルだった。
シエルはそのまま階段を早足で駆け下りて、ルリに抱きついた。それに驚いたルリは、
「お、お嬢様……?」
「良かった……戻ってきてくれた……ルリが首輪の事覚えててくれたから……」
呆気に取られていたルリは、シエルの耳元で、
「ごめんなさい……心配かけさせて」
そう言うと、シエルはそれに答えるようにぎゅっと抱きしめた。
その光景を、上から見ていた少女が一人、微笑みながらも威圧感に溢れた静かな声で、
「理解しているなら、少しは貴女へのお仕置きは手加減してあげるわ。……分かってるわね、クオン?」
「ま、待つのじゃ主様! て、手土産もあるからす、少しは加減を──」
そこから先のクオンの言葉は聞こえなかった。何故ならエリーが一瞬で距離を詰め、柄で容赦無い一撃をお見舞しクオンの意識を刈り取ると、クオンの身体を担ぎ上げ、不穏な笑い声と共に上へと上がって行ってしまった。
「あはは……まあ、仕方ないね……ほら、ルリも行こ? 私は怒るのか苦手だから、これからはどこかへ行く時はせめて一声かけてくれたら良いから、私との約束」
シエルがルリをじっと見つめると、ルリも頷いて約束を交わした。
「それじゃあ、夜ご飯食べよっか。ここのご飯って美味しいんらしいんだって!えーちゃんは……多分クオンちゃんを寝かせてきたら来るかな……私の部屋の隣だし、すぐ来ると思う!」
切り替えの早いシエルはすっかり元の調子で、ルリの手を引っ張っていく。
その夜は、シエルの泊まっている部屋の隣の部屋からはくぐもった声が深夜中響いていたらしいが、ぐっすりと眠っていたルリには関係の無い話だった。




