砂の民、砂の大地
ごとごとと馬車に揺られ、西に向かう馬車にシエル一行は乗って移動している。サバラは随分と遠方の地らしく、目的地に着くには最短で七日、天候や魔物との遭遇次第ではさらに時間がかかるとの事だった。
途中で複数の休憩地点があり、そこで馬の休息と乗客の乗り降りや、続けて乗る乗客は飲み物や食べ物の補給が出来るという寸法だ。
乗り合いの人間も何人かいて、会話を交えているうちにいくつかサバラの情報も得ることが出来た。
サバラの地はとてつもなく広い砂漠の目の前に作られた町で、そこで住む者達を総称して『砂の民』と呼ばれているらしい。そして、サバラ付近にはその近辺にしか生息、自生しない特有の進化を遂げた動植物がいるとの事だった。それを特産品としてアルドラなどの中央都市に売って、経済を回しているという感じらしい。
街道を何事も無く馬車が進んでいると、突然がたん、と馬車の動きが止まる。
「外で何かあったのかな?」
シエルがそう言って、馬車の幌から御者席に顔を覗かせると御者がしかめ面で理由を話してくれた。
「ん、ああ……馬が魔物の匂いを嗅ぎ分けたんだよ。俺たちのギルドが所有している馬は魔物の匂いを嗅ぎつけると動きを止めるように調教してるんだ」
そう言われ、どうしたものかと悩んでいる、御者のしかめっ面の理由を理解した。
「……それなら、私達が何とかしようか?」
「は? 今、お嬢ちゃんたちが何とかするって言ったのか?」
「うん、この辺の魔物くらいなら何とかなると思うし。そうでしょ、えーちゃん」
シエルがそう聞くと、エリーもそうねと頷き返して馬車の背から飛び降りて馬車の馬の横に立って、魔物の気配の元を探す。
シエルも心配しないで、と御者に言ってから同じように馬車の背から降りて、布に包んであった白い杖を空気に晒し臨戦態勢を取る。
「しぃ、敵の位置ってどこら辺か分かる?」
「んー……ちょっと待ってね」
シエルは目を閉じると、深呼吸を一つして自らの魔力探知の範囲を数倍の広さにまで拡張し、敵の位置を探る。この技は、何度かの実戦を経験してシエルが習得しても良いのではないか、とルクスリアが提案した魔力探知の方法だった。
「ん、と……距離は大体三百メートル前後、三時の方向に四体、五時の方向に三体、の計七体かな」
「ありがとう。それだけ分かれば十分よ」
エリーはそう言うと、鞘に収められた剣の柄を握り魔力を込めると、彼女の魔力が刀身を覆うように魔力の刃が作られた。
それを森の中に隠れていた魔物達は危険と感じたのか、一斉に飛び出してエリー目掛けて襲い掛かってきた。
「素直に逃げればよかったものを……さようなら」
エリーに素直に向かってくる魔物達を居合い抜きの要領で、一瞬で真っ二つに両断してしまう。
「す、すげぇな……お嬢ちゃん達……あいつら、子供とはいえあんなにあっさり倒しちまうなんて」
御者の男が感心している様子に目にもくれず、エリーはまだ残っている一つの敵の気配に警戒し続けている。
「しぃ、やばい奴だったら支援お願いね」
「うん、任せてっ」
二人がそう相談をしていると、ずんずんと効果音が聞こえてきそうなほどにずっしりとした足取りで一匹の巨大な熊が目の前に現れた。
「……っ、あ、ありゃあグリズリーロードじゃねえか!? ど、どうしてこんな所に!?」
「ちょっと黙ってて、貴方はその馬が傷つかないように離れておきなさい」
エリーの突き放すような一言と先ほどの神業のような剣術で、心配するような少女ではないと理解したのか御者はゆっくりと馬とシエル達の距離を離させていく。
グリズリーロードの当初の目的は馬だったのだろうが、目の前には少しでも気を抜けば一瞬で斬られてしまう、とそう思わせるには十分に殺気を放つエリーが目の前にいた。
グリズリーロードは地鳴りのような威嚇の声と共に、エリーに向かって突進する。それを闘牛士のように最小限の動きでいなし、戦闘を継続する。
「来なさいよ、でかぶつ」
言葉は分からずとも、挑発されている事を理解したのかエリーの顔よりも大きな手のひらでなぎ払おうとしたが、それに彼女は剣を真一文字に振るった。
ただそれだけの動作で、グリズリーロードの手のひらには深い切り傷が刻まれ、苦しげな雄たけびと共に後方へと後ずさりした。それに追い討ちをかけようとしたエリーをシエルが何故か止めに入ってくる。
「しぃ……」
「命を奪いすぎるのは、だめ」
シエルが明確にエリーにするなと命令する事は、エリーの記憶の中では数えられるくらいしか無かった。それくらい、今シエルが言った言葉はエリーの中では重い言葉として、彼女は捕らえていた。
だが、例えエリーがそれを了承したところで力の差を理解しながらも、未だ戦いを続けようとするグリズリーロードにほんの少しの憐みの感情を抱きながら、自らの脚部に強化魔法をかけて、足払いをしかけて地面に倒すと、その首元に剣を突き立てる。
「……貴方に言葉が伝わるか分からないけれど、出来るのならこのまま森へ帰って頂戴。シエルに怒られちゃうから」
彼女自身は、シエルに害をなす相手なのであれば、目の前の敵の命を奪うことは多少の抵抗はあれど、それでもシエルの敵になるのであれば、例え彼女達にとって親しい間柄の人間であったとしても斬る、と心に決めてあった。
グリズリーロードは唸り声をあげた後、諦めるように体を捻じってエリーを振り落とし、森の奥へとのそのそ帰っていった。
「はぁ……大人しく帰ってくれたわね……」
「ごめんね、えーちゃん難しいこと言っちゃって……」
シエルが申し訳無さそうな声で、そう言うとぽんぽんとシエルの頭に優しく手を置いて。
「気にしなくて良いのよ。出来ることなら可能な限り貴女の望みに沿うわ。それが私の役目でもあるもの」
「うん……そう、だね……ごめんね、えーちゃん」
「ふふ、そういう時は『ごめんね』じゃないでしょ?」
エリーがシエルの額を指先でぴん、と弾くとシエルは苦笑いをしながら改めて言い直す。
「あぅ……そうだね、ありがとうえーちゃんっ」
改めて馬車に乗りなおし、サバラの町へと向かいはや数日、段々と街道の緑が少なくなっていき逆に枯れた砂の色が目立ち始めてくる。それと同時に、太陽の照りが強くなり、気温が上がり、暑くなってきた。同じ便に乗っていた乗客たちもやはり気持ちは同じようで、小休止のときに男女で分かれて薄着の服を着替えていた。
蹄の音が乾いた大地に響いて、カッポカッポと音を鳴らして目的地へと馬車を動かしてる。じりじりと照りつける日差しに、馬も流石に辛いのか心なしか歩く速度が落ちているような気がした。
「乗客の方々、中間地点の荒野の休憩所が見えたよ。着いたら一日の休憩時間を取るから、ゆっくり休んでくれ。ここで降りる人はここまでの運賃を頼むよ」
御者の男はそう言うと、馬に鞭打ち最後の一走りを急がせる。
休憩所が見えた、と言ってから付くまでは十分とかからなかった。
四人が馬車から降りて見た景色は、休憩所、という言葉からは想像もつかないような大きい町のようなものだった。
一本の大きな道の両脇には所狭しと店や宿が立てられていて、人も決して少ないわけではなく、活気に溢れている。
「ここが休憩所……?」
「おう、まあ俺ら見たいな運転手からは荒野の町なんて呼ばれ方してるけどな。この休憩所は複数の長距離ルートの中央点にある場所だから、基本的に大抵の情報は流れてくる、お嬢ちゃんたちの欲しい情報もどこかに転がってるかもしれないな」
そう言って御者の男は、馬を連れて宿屋へと向かっていってしまう。
四人は、それを聞いて少しでもセラの情報を得ようと、荒野の町を歩いて情報収集を始める事にした。
「サバラの……いえ、かつてあったリュステの街にいた凄腕の魔法使いとかの情報ってありませんか?」
シエル達は町の人間に聞いた、歴史に詳しい人間の事を聞いて、その人物の元に向かったのだった。
「リュステ? 随分と古い名前を知ってるね、嬢ちゃん。んー……普段なら情報料を……と、言ってるところなんだが、あんた等みたいな嬢ちゃんが古いあの都市の名前を覚えていてくれた事が嬉しいから、特別にまけてやろう。とは言っても、そこまで情報があるわけじゃない。特に魔法使いなんてのは古くなればなるほど話に尾ひれがつきやすいからな……嬢ちゃんたちの探しているリュステの魔法使いか……魔法使いであるのかどうかすら怪しいが、魔法使い見たいな奴の伝承なら残っているな」
そう言って、顎鬚をこれでもかと蓄えた初老の男性は難しそうな顔でそう言う。少しでも情報が必要なシエル達は、たとえ外れであっても構わないと思い、その話を聞かせてもらうことにした。
「それでも構わないです。お願いします、聞かせてください」
シエルが真摯な態度でぺこりとお辞儀をすると、男は煙管で煙草を吸いながら話を始めた。
「その昔、今のサバラがリュステと呼ばれていた頃は、今ほど町は栄えておらず、町というよりは集落に近かった。そんな中、西の大砂漠から一人の魔法使いが現れて、その集落に貿易の仕方やリュステ付近でしか採ることの出来ない所謂特産品を教え、リュステの集落を一つの町にするほどの貢献をしたらしい。そして、その魔法使いが離れる際に、決して枯れることのない水を作り出す魔法の水晶玉を渡した……なんて昔話なんだが、こんなのでも良かったか?」
「はいっ、ありがとうございます」
シエルのその言葉に男は二カッと笑って、
「そうか、それなら良かった。嬢ちゃんたちの探してるもの、見つかると良いな」
男にお礼を言ってその場を離れ、人気の無い所で霊姫達と話し合いを四人は行う。
「あの話で、セラさんの手掛かりになる部分ってあった?」
「そうですね……水の枯れることのない水晶玉……確か、昔セラが魔法の永久機関を作っていた記憶があります……それが真実なのであれば、恐らくそれを作ったのはセラだと思いますし、リュステにセラがいた証拠になります」
ルクスリアがそう言うと、エリー達も納得したように頷く。永久魔法機関という技術は一応現在でも研究はされているものの、全くといっていいほどそれを作り出す為の糸口が見当たらないほどの超高等技術なのだ。帝国領地内で確認された最大のダンジョンの最深部から、それらしき物が発見されているとは言われているが、実際に目にした者はおらず、それでさえも嘘なのではないかと研究者の中では噂されているらしい。
それ程高度な技術なのだ。それを作ることが可能な人物であれば、それがセラである可能性は高いといえるだろう。
「それなら、とにかく現地に……サバラに行ってみるしかないね」
「そうね……ともかく今日は身体を休めましょう。久しぶりに馬車以外の所で寝れるんだし……」
エリーがぐっと両腕を上げて伸びをしながら、今日の宿を決めに大通りへと一足先に歩いて行った。
「こういう時は主様はマイペースじゃのう」
「そうね、否定はしないわ。でもね、こういう時こそペースを乱さないことが重要なのよ」
「主様が惚れておるあの娘っこを守る為にも、か?」
「そうよ。あの娘は特別だから……私にとっても、恐らく世界にとっても、ね」
ぎゅっと片腕を握り、日の沈みかかっている荒野の地平線を見ながらぽつりと呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇
四人は宿で一夜を過ごし、再び馬車に揺られてサバラの町を目指すことになった。
荒野の町をさらに西に進むと、そこに緑は無く、小高い丘を越えると一面の砂の海が広がっていた。
「うわぁ……!」
「すごいわね……こんな景色、始めてみたわ……」
ルリと珍しくエリーが声を上げている景色に、シエルが少し頬を膨らませて不機嫌そうに口を開く。
「むぅ……私も見れたら同じ事を思ったのかな……?」
「そうね、そうかもしれないわね」
エリーは申し訳無さそうにシエルの頭を撫でて、視線の先の広大な砂漠を見る。
「あの砂漠の向こうにあるのよね、サバラは」
「そのはずじゃ。目的の人物が居るかどうかは知らんがのう?」
くすりとクオンが笑って砂漠を眺めていると、視界の端で大きな砂嵐が巻き起こっているのが見えたが、馬車はそんな事を気にせずに、さくさくと軽快な音を立てながら砂の海を進んでいった。
砂漠をひたすらに西へ西へと進んでいくと、陽炎の揺らめく先に町のようなものが微かに見えた。
「あれが、サバラ……?」
「ああ、あれが西の最大貿易都市サバラだ」
御者の男が遠めに見える都市を指して、そう言った。彼女達の目的地が着々と近づいて言っていることを明確に教えてくれた。
「ここまで安全に行けたのはあんたら嬢ちゃんのお陰だ、ありがとうな」
「お、お礼を言われるような事なんてしてませんよっ」
シエルがあわあわと両手を振って否定しているが、御者の男は笑って、
「いいや、あの時の大熊もあんたら抜きだったら大変な事になっていたと思うし、本当にこの旅路助かったってのはお世辞じゃないぜ?」
にかっと笑って、改めて礼をを言う御者に、シエルは困りながらもその礼を受け取り、サバラの町の城門の前で門兵に止められる。
御者の男は、アルドラからの定期便である証明の御者しか持つことを許されない特殊な札を見せると、門兵はにこやかな笑顔と共に城門を開いて迎え入れてくれた。
「ここが砂上都市サバラだ、嬢ちゃんたちの探し物、見つかるといいな」
「ここまでつれて来て貰って、本当にありがとうございますっ」
シエルの言葉に仕事だからな、と言って一人でサバラの町並みへと消えていった。
「さ、行きましょう。情報収集の時間ね」
「うん、行こうえーちゃん」
シエルたち一行も、セラの情報を集めるべく、サバラの街中へと歩き出していった。




