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過去を頼りに新たな土地へ

「……乗り移られてた!? シエルの身体が?」


 エリーが部屋に戻ると、割れた窓ガラスと深刻そうな霊姫達の顔を見て、自分がいない間に何が起こったのかを、シエルや霊姫達から聞いたエリーは素っ頓狂な声を上げた。


「そうらしいです。シルフィードは基本的に抜けてますし、正直に言えばアホですが、主に対する事では私達の誰よりも誠実です」


 ルクスリアのそれに、シルフィードは褒められているのか貶されているのかよく分からないと思いながらも、シルフィードは自らの立てた仮説をエリーに伝える。


「……ルーシャの前半の言葉は無視してあげるわ。私が考えているのは、お嬢様の身体に何かが以前から憑依、もしくは住み着いていて、それが今回何かの形で表に出てきたんだと思います」

「……正体何かまでは分からないのね?」


 エリーがそう聞くと、シルフィードはこくりと頷く。


「はい……ですが、お嬢様の姿が消える直前の一瞬に、時間を操る類の魔法……だと思われるものの魔力は感じられました」


 シルフィードのその言葉に、その場にいた全員が凍りつく。時間操作の魔法は現在の魔法系統のどこにも属さない特殊魔法、という例外に入っているのだ。

 特殊魔法という例外の分類は存在するが、基本的にその魔法は存在しない事になっている。何故なら、特殊魔法に指定されている魔法自体が古代魔法と言われ、現存しない魔法となっているのだが──


「時間を操る魔法……何にしても、ほとんど正体が掴めてない今は、何でもいいので手掛かりを探すところからですね……こう言う時セラがいてくれれば……」

「ですね……」


 シルフィードとルクスリアが聞いた事の無い名前の人物を挙げ、その人物が気になったのかシエルがいち早く質問した。


「セラって誰?」

「ん、セラですか? セラは私達の中で一番魔法に長けていた土の霊姫です。今はどこにいるのか見当も付きませんが……」


 あの娘なら、特殊魔法の知識もあるはずだろう、とルクスリアが教えてくれた。


「なら、そのセラって人……探せないかな?」


 シエルがそう言うが、ルクスリアは首を横に振る。


「ダメです、霊姫という存在は一定の地に留まらなくてもいい特別な存在……それ故に、私達三人が集まる事が出来た事さえも奇跡に近いんです、だから──」


「無理だって、言うの?」


 シエルの言葉その言葉はひどくはっきりと聞こえ、それはこの部屋に満ちた淀んだ空気を断ち切るように、言葉を繋げる。


「そんなの分からないよ。ルーシャ達が集まったのが奇跡なら、もう一度起こしちゃえばいいじゃん、無理だって、そんなのやる前から決めちゃダメだよ。決めるのは、後になってからでもいいでしょ?」


 この場で一番不安であるはずのシエルが、臆することなくルクスリアにそう言った。


「……そう、ですね。最後に決めるのは、お嬢様です。お嬢様がそう決めたのであれば、私は従います。それが、奇跡を起こすという道であっても」


 ルクスリアは仕方ないと言わんばかりの溜息を一つ付いて、シエルのそれに同意する。他の者も、それを聞いた時に心を決めたようで、こくん、と頷いて肯定する。


「皆、揃っているみたいね」


 と、その時扉ががちゃりと開き、姿を現したのはセッカだった。シエルは座っていたベッドから降りて真っ直ぐセッカと向かい合う。


「どうしたの? まるで私に何か頼みごとがあるように見えるけど」

「はい、セッカさん……ううん、学園長」

「なにかしら?」

「私に、私達に霊姫を探しにいく許可を下さい」

「期限は決めてるの?」

「……わからない、です……」


 シエルはその言葉にはっきりと答える事ができなかった。それもそう、現状何一つ手掛かりの存在しない、もはや居るのかどうかすらも分からない霊姫の存在を探しにいくのだ、期限など決められるはずも無い。


「それじゃあ、許可は出せないね」

「……っ」


 それは一人の人としてではなく、この学園を統治するものとしての当然の言葉だった。


「──でも、私が知らない間に勝手に出て行ってしまうのなら事情は変わるわね。そう、例えばこの酷い惨状の部屋の修繕の依頼を私が直々に行った時、とかね」


 独り言が出ちゃったわね、とセッカが言った後に、ちらりとエリー達に目配せを送る。


「はぁ……そうね、偶然、うっかり忘れていて北の裏口の門を開けっ放しにしてしまうかもしれないわ。あそこは警備の人を配置していないから泥棒が入ってしまったら大変ね」


 その言葉を聞いて、シエル達はぺこりとお辞儀をしてセッカの隣を通り過ぎる。


「ありがとう、セッカさん」

「ふふ、ただの独り言にお礼なんて変な娘だと思われるわよ? どういたしまして」


 シエル達が部屋を去ると、セッカは小さくしていた杖を元の大きさに戻すと、ぶんと杖を横に一振りする。すると、部屋中に散らばっていた硝子片が、まるで時間を巻き戻すように割れていた窓ガラスにくっつき、修復されていく。


「貴女達には貴女達なりの道があるのは、わかってるわ。邪魔なんてしないし、むしろ後押ししてあげる」


 すっかりと治ってしまった窓ガラスを見て、すっきりとした表情で、


「それが先生でしょ? なんてね」


 くすりと一人で笑みを零して、セッカはシエル達の旅の行方の無事を願い学園長室に戻るのだった。



「そういえば、お金って大丈夫なの?」


 シエルがふと気付いて、そうエリーに聞くとやっぱり気付いていなかったんだ、という表情をされた後に、


「多分、セッカがその辺は何とかしてくれているはずよ、あれだけ『独り言』を喋ってたんだしね」


 それに、彼女は何かを知っているのだろう、とエリーは口に出すことなく歩いて、目的地の北の裏門にたどり着く。


「あら、こんな所で会うなんて、珍しいですね。しかも、皆さん総出で裏口からなんて……どこかへこっそり行こうとしているように見えますよ?」


 そこに居たのは、セッカの妹のゲッカだった。

 今、トップクラスに出会いたくない人間の一人に出会ってしまい、一瞬だが思考が止まる。だが、ゲッカはくすりと悪戯っぽく笑って。


「ふふ、別にシエルさん達を捕まえようっていう訳じゃないですよ。姉さんから聞いています、貴女達にこれを渡すようにって言われてわざわざ来たんですよ?」


 そう言って手渡されたのは小さな袋だった。その中身を覗いてみると、そこには数枚の金貨が入っていた。


「これを渡しに……?」

「はい、大切に使うようにって伝言付きでね。まだ、私はよく分かってないけど……それでも、貴女達の事は信じているから。お姉ちゃんがすごく嬉しそうに話しているのって、貴女達の事の話以外だと数えられる位しかないんだからね?」


 ゲッカがもう一度微笑んで、シエル達の頭にぽんと両手を乗せる。


「だから……無事に帰ってきてね、ルリちゃんとクオンちゃん……だったかな? 貴女達はご主人様達が無理しないように見ててあげてね」

「はい……っ!」

「くふふ……お主らは無茶をする前提なのじゃな……まぁ、何でも良いがな。妾も見たい景色の為には主様たちが必要じゃしのう」

「それじゃあ、頼んだよ二人とも」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ゲッカは手をひらひらと振って、四人を見送るとゲッカはぴゅう、と口笛を吹くと彼女の真上からばさばさと羽音が聞こえて竜が現れる。だが、真下のゲッカの居る場所は木々が生えており、今のままならば降りることは出来ないのだが、ぽんっと人の姿が変わりすたっと地面に着地する。


「見張りありがとうね、リーフェ」

「どういたしまして、ティエルとルージュはまだ仕事中なの?」

「そうね……あの娘達の魔力が竜舎に無いし、そうなんでしょうね……」


 苦笑しながらリーフェに答えて、徐々に小さくなっていく四人の後ろ姿を二人……いや、一人と一匹が見つめてながら、リーフェがゲッカに聞く。


「あの娘達、これからどうするつもりなんだろうね?」

「さあね……私にも、セッカ姉さんも多分、分かってないわ。でも、もしも彼女達に命の危機が迫った時があったなら、あの娘達の手助けをしてあげてってあの姉さんが言ってたんだし、きっとあの娘達には何かがあるんだろうね」

「ふふ、そうね。私にも何となくだけど、あの娘達が普通の娘達と違うのはわかるわ。見た目や、才能とかじゃなくて、もっと大きな……言葉にするなら、運命ってところかな」

「ふーん……私にはよく分からないけど、竜の貴女が言うと何となくだけど信じられちゃうのがすごいわね」


 ゲッカがくすっと楽しそうに笑うとリーフェもそれに微笑み返す。


「ま、今は私達はあの娘達を見守る事が任務だからね、久しぶりに長旅になりそうね?」

「そうですね、何時振りでしょうね? 長期の任務なんて」

「いつもは直ぐ片付けてしまうものね、私達は私たちで楽しみましょうか」


 にこりと笑って二人は学園に戻っていった。



 学園を出て、大通りの商店街へと出た一行はどこへ向かうべきなのか、何か情報が無いかをシルフィード達に聞くことにした。


「しるふぃ達はセラさんの居そうな場所、分からないの? どんなに小さな手掛かりでもいいからさ」

「手掛かり……手掛かり、ねぇ……何かある?」


 全く心当たりの無さそうなシルフィードは早々に諦めて、ルクスリアとエリミアにバトンをパスする。


「うーん……とは言ってもねえ……」

「そう、ですね……あ、いえ……でも……」


 エリミアもシルフィードと同じように手掛かりらしい手掛かりは無さそうな雰囲気だったが、ルクスリアだけは何か思う節があったのか、難しい顔をしていた。


「なになに? 何でもいいよっ」


 シエルは食い気味に、ルクスリアの考え付いたことを聞く。


「関係があるかは分かりませんが……私達霊姫が霊体である時は、当たり前ですが自らの体での物理的干渉は出来ないです。そして実体化を行うには、私達の核である霊晶、そしてある程度の継続的な魔力の供給です。一応霊晶単体でも出来ないわけではないですが、長時間の実体化が出来ない上、一度実体化してしまった後は、暫くは霊体のままになってしまいます。ですけど、少しだけ例外があるんです」

「例外……?」

「はい、初めてお嬢様たちと会った時、覚えていますか? あの時ずっと実体化したままでしたよね」


 そう言われてみればそうだ、とシエルが気付く。


「例外というのは、私たちもあくまでも星霊です。なので、生まれの土地には強く縁付いていて、そこにいる時は魔力が微量ではあるのですが、私達に流れ込んでくるんです。それこそ実体化を維持し続けられる程度に」

「じゃあ、そこにいるかも知れないって事……?」

「少なくとも、闇雲に探すよりは可能性は高いと思います。……恥ずかしながら、肝心の生まれの場所は知らないですが……」


 ルクスリアが申し訳なさそうにしていると、その話を聞いていたシルフィードがぴょんぴょん跳ねて、自己主張して


「セラの生まれ? なら私知ってるよ?」

「ほ、本当!?」

「うん、昔聞いたんだけどリュステって所がセラの故郷だっていうのは覚えてるわ」

「リュステ……それじゃあ、目的地は決まったね!」


 シエルが元気良くそう言い、順調に思えた中、エリーは不安そうにポツリと


「……リュステなんて名前の町……あったかしら……」


 と漏らすのだった。



「リュステ? どこだいそりゃ……」


 意気揚々と馬車の発着場に行き、シエルがリュステに向かう便を探そうとして、馬車の運転手に聞くと無情にもそんな答えが返ってきた。


「えっ……そんな、ここが一番大きな馬車の駅でしょ?」

「そうだが、リュステなんて場所に行く便は無いんだ、すまないけどね。それに、リュステ何て名前の町初めて聞いたよ、俺はこの大陸の殆どに便を出してゆっくり大陸中を回るんだが、それでも聞いたことが無いんだ。ほんとにあるのかよ、そんな町が」


 運転手の男が訝しげにシエル達を見ると、エリーはシエルの手を引っ張り無理矢理その場を離れた。


「そんな……ここで見つからなかったらどうやって行けばいいの……?」

「……何となく想像は出来ていたけど、やっぱり見つからなかったわね」

「じゃな……そもそも、霊姫達の生まれの土地の名前など何百年前のものかも分からんしのう。仮にかつてその名前があった場所が別の名前の都市になっていたとしても、それを知っているものは学のある者だけじゃ」


 二人のその言葉に、シエルはしゅん、と肩を落とす。手掛かりはあれど、そこに行く為の手段が現状存在しない。どうしたものかと途方に暮れ、駅舎の待ち椅子に座っていると。


「どうしたんだい? そんな顔をして、折角の可愛い顔が台無しだよ?」

「何、ナンパ……?」


 不意に声をかけられて、シエルが顔を上げるとそこには中世的な顔の少年が立っていた。エリーは敵意は剥き出しにはしているものの、シエルに直接害を与えようとはしていない為、不機嫌そうに威嚇するだけで留めていた。


「えっと……行きたい所があったんだけど、そこに行く馬車が無かっただけで……」


 恥ずかしそうに語るシエルの横の空いている椅子にその少年はすとんと腰を下ろして、


「へぇ、どこに行くつもりだったの? ここの馬車が行かない土地なんて早々無いから少し気になっちゃうな」

「えっと、リュステって名前の町何ですけど……知らない、ですよね」


 シエルが諦めた表情で聞くと、その少年は不思議そうな顔をして、


「ううん、知ってるよ?」

「……えっ!?」


 その言葉を聞いた四人は全員驚いた声を上げてしまっていた。


「ほ、本当ですか!?」

「うん、でも随分と古い名前を知っているんだね。確か……約三百年前の都市の名前だね」

「さ、三百年前……」

「うん、今は確かサバラって名前に変わっているかな。多分、その名前なら運転手に聞けばたどり着ける便を教えてくれると思うよ」


 少年のその言葉に、シエルはぺこぺこと頭を下げる。


「あ、ありがとうございますっ、そんな事まで教えてもらっちゃって……」

「ふふ、気にしなくていいよ。君見たいな小さな子があの土地の名前を知っているのに驚いてつい喋りすぎただけさ」


 それじゃあよい旅を、と言って少年は颯爽と駅舎を出て行った。


「……結局誰だったの?」

「そう言えばそうだね……」


 シエルとエリーの二人が改めて先ほどの少年について考えていると、いつの間にかいなくなっていたルリとクオンの二人が嬉しそうな表情で駆け寄ってきた。


「お嬢様っ、サバラ行きの便なら出ているってさっき聞いてきました! 出発ももうすぐって言ってましたし、早く乗りましょうっ」

「全く……はしゃぎすぎじゃ犬っ娘」


 苦笑するクオンに若干の同意を覚えつつ、まだ見ぬ新たな土地を、霊姫との邂逅を目指して、四人は馬車へと乗りこんだ。

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