青年の過去と危懼の種
昼下がりの校舎裏、人気の無い練習場に幾重もの剣戟の音が鳴り響いている。あまりにも激しいそれの中央は、一般人はおろか、剣の道を進んでいる戦士にすら見ることは困難だろう。
「ふふっ、その調子だよ」
軽い調子で嵐のような剣戟を紙一重で躱し続け、自らに当たりそうな剣閃のみを手元の小剣で器用にいなす黒髪の青年と余裕そうなその表情が気に食わないのか、手を休めることなく神速の斬戟を容赦なく浴びせ続ける銀髪の少女が、そこにいた。
「五月蝿い、ですっ……!」
さらに速度を上げた剣閃は三方向からほぼ同時に青年に襲い掛かった。それを見た青年は少し驚いたような表情をした後、にやりと口角をあげる。
「力みすぎだけど、これは悪くないかな」
青年が一瞬、足に力を込めたかと思えば、次の瞬きの後には数十歩後ろに立っていた。彼がいた場所にはその直後に三筋の斬撃痕が地面に付けられていた。
少女は再び剣を構えて、青年と相対するが、青年の方はその気は無いのかぽんぽんと両手を叩いて静止を促して、
「はい、今日はここまで。一週間と少しでここまで上達できるなんて、ほんと君は才能の塊みたいな娘だね。僕は君が羨ましいよ」
そう言われ、少女の方も渋々ながらも剣を納めて、縛っていた銀髪をばさりと解いてふるふると髪を靡かせる。すると、銀の髪は陽光によってきらきらと光り、まるで宝石のような輝きを放っていた。
「……貴方に言われても、何というか……嫌味にしか聞こえないですよ、ユニさん」
エリーがジト目でそう言い返すと、
「あっはっは、今日も手厳しいねエリーちゃんは」
ユニはそう笑って誤魔化すが、ここ一週間毎日試合形式の組み手を行ってきたからか、何となくではあるがエリーは、ユニが本気で困っているときの僅かな変化に気付くようになってきていた。
「しっかし、今の一撃は本当に中々良かったよ。東国の方では『燕返し』何て呼ばれてる剣術の最奥の技の一つの筈だよ」
僕も、仲間から聞いた情報だから確かじゃないけどね、と付け加えるユニに、エリーは話半分に聞きながら自らの剣の手入れを行うために、組み手中にとばっちり気味に切れてしまった木の切り株に腰掛けて、刃こぼれが無いように丁寧に研いでいた。
「それにしても君の剣、すごくいい剣だよね。相当腕のいい刀匠が作ってくれたのかな」
「腕がいい……のかどうかは分からないけど、悪い人ではないのは、確か……です」
「ん……? ああ、そういえば君は男の人苦手だったね。随分と独特な感想だから」
ユニはそういえば程度にそう言うが、何だかんだ自分達の事、それに身辺関係もある程度は調べ上げられているのだろう。六星将程の地位となればそんな事も容易いはずだ。
「しっかし、君を見てると昔に君見たいな娘の面倒を見てたのを思い出すね」
「昔って……一体いくつなんですか……」
エリーが呆れた表情で聞くと、にやっと笑って答える。
「教えないよ、秘密の一つや二つや三つ位構わないだろう?」
「貴方の秘密は多すぎるんですよ……」
「まあ、おいおい僕の話もしてあげるよ。気が向いたらね?」
いつ向くのやら……と呆れた溜息をついて、シュッシュッと仕上げに丹念に刃を磨き上げる。光を受けて煌く刃を見て満足そうにくすりと笑みを零すと、鞘にしまう。
「あー、やっぱり気が向いた。話してあげるよさっき言ってた女の子の事」
「……何ですかいきなり、気持ち悪いですよ」
「うっさいなぁ……僕が気分で話してるのなんて何となく分かってるだろ? それに、次にこんな気分になるのはいつかわかんないぞ~?」
若干面倒くさいユニの口調にエリーは気になった話ではあったのに、少し興味が薄れたような、そんな感情が自分の中で芽生えてしまった。だが、それをぐっと堪えて、
「……まあ、話して頂けるのなら、是非聞きたいですね」
「ん、分かったよ。この後の予定とかは大丈夫だよね? 少し長話になるからさ」
「べつに構いませんよ。しぃは今日は部屋で魔法の研究を皆でするって言ってましたし」
「そっかそっか、それじゃあ僕もこっちにお邪魔しますよっと」
すとん、と隣の切り株に座ると、過去を懐かしむように目を閉じて話し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
あの頃は僕がまだ六星将じゃなくて、傭兵だった頃だね。って、君には話してなかったっけ? あ、そっかごめんごめん。
まあ、傭兵時代が僕にもあったのさ。その時に会ったんだよ君みたいな娘にね──
「はぁー……今日の依頼も対した事なかったね」
「そうでも無かっただろ。単純にお前が強いだけだっての」
「え、そうかな?」
「当たり前だ大馬鹿、自分の強さを理解して言えよ」
そう言われて思いっきり叩かれたりもしたなぁ……ほんと懐かしいよ。
僕の率いていた傭兵団の総員は三十人、はみ出し者やら元冒険者だとか、わりと何でもありな自由な場所だったよ。僕のモットーが余計な事さえしなければ何してもいい、何て適当なものだったからかもだけどね。
そんな傭兵団に舞い込んだ依頼の帰り際に、お話の肝になる女の子を見つけたのさ。
「……あれって、生き倒れってやつ?」
「……じゃないんですか?」
帰り道に団員と歩いていたら道のど真ん中でたおれてた女の子を見つけたのさ。服も随分とぼろぼろで、大方どこかの奴隷商か、それとも盗賊達に襲われたところから命辛々逃げてきたのか、いつもなら意識がないならそのまま放って置くんだけど、その時も僕の気が変わってその娘を僕達の拠点に連れ帰って、介抱してやる事にしたのさ。
「ぅ……ここ、は……?」
「僕の傭兵団の拠点だよ。行き倒れのお嬢さん」
「……何が、目的なの」
「んー目的かぁ……特には無いけど、そうだね……それじゃあ、とりあえず君が元気になったら考えるよ」
なんて事を言ったら、信用されてないのか滅茶苦茶怪しまれたね……まあ、そこからは言ったとおり、彼女の体力が十分に回復するまで待ってあげたさ。僕の傭兵団はそこそこ名が知れてるから貯蓄はあったし、小さな女の子一人の服や食事なんかは全くと言っていいほど問題なかったね。
「……それで、私をどうするつもりなの」
半月ほど面倒を見てた筈なんだけど、どうにも僕は嫌われてたらしくて中々話しかけてくれないし、敵意剥き出しの目線で見られるしで散々だったね……何で当然見たいな目で見てるの、エリーちゃん?
「別にどうもしないさ。んー……あ、そうだ。君って帰る所ある? 嘘偽り無く答えて欲しい」
「……ない、よ。それが、どうかしたの」
「それじゃあうちに入りなよ。それが条件ね……今決めたけど」
僕のそれに呆気に取られた表情をしたあと、仕方なさそうにため息をついて。
「……わかりましたよ……言った以上仕方ないです」
「ん、ありがとね」
その後彼女はじーっと自分の服を見た後、ぽつりと
「……とりあえず、水浴びくらいしたい」
そう要求してきたので、とりあえず僕は仲間の女の子に専用の水浴び場に案内して……って、疑わしい目で見ないでよ!? 覗いてないし、そんな趣味は無いよ!?
◇◆◇◆◇◆◇
「もー……エリーちゃんがそんな目で見てるし、この話は一旦お終い、終わり終わり!」
「ちょっ……話してくれるって言ったじゃないですか」
エリーが不服そうにユニにそう言うと、ユニは鬼の首を取ったかのような顔で、
「別に話すとは言ったけど、最後まで話すとは言ってないしね、続きが聞きたかったら僕ともうちょっと戦えるようになったら聞かせてあげるよ」
そう言って、ユニはそそくさと立ち去ってしまった。エリーには、それがまるで話の続きを話す事を拒んでいるかのようにも思えた。
「全く……本当に面倒くさい人ですね」
エリーは溜息を一つついて人気の無い静かな道を通って、寮へと戻っていった。
「はぁ……くそっ、まだダメなのかな、僕は……あれは、僕が悪いわけでも、あの子が悪いわけでもないのに……引きずり過ぎだって怒られちゃうね」
逃げるように去ったユニは、一人で自らの先ほどの言動を責めていた。
「いつか話せる日が来る、何て思ってたんだけどなぁ……思ったより僕って弱いのね」
自虐気味に笑ったあと、ぽんぽんと両手を叩くと、辺りを見回しても人一人としていなかった筈の校庭に複数人の男女が突如として出現して、ユニの周りに集まる。
ふぅ、と深呼吸を一つすると、先ほどまでのひ弱そうなユニの表情は消え、六星将の一人としての表情に戻っていた。
「さて、君たち。お姫様達のご機嫌は損ねてないよね?」
「最大限の注意を払って応対しておりましたが、いかんせん我らでは対応出来かねない事を要求してくるので困ったものです……最大限譲歩して貰って我らが対応しているので何とかなってはおりますが」
「そっか、ありがとね。僕も出来る限り直ぐに戻るようにする。……それで本題なんだけど『例の貴族』の件、どうなっている?」
ユニの飄々とした雰囲気が一変して、ぴりぴりとした少しでもどこからか敵意を向けられたなら刃を抜きかねないような雰囲気に変わる。
「はっ、斥候は引き続き忍ばせていますが、私達の目当ての情報は未だに入ってきてはいないようです。それと、件の貴族の息子がこの学園の生徒である、との情報も得ております。重要度は高くないとは思いますが、一応でも耳に入れておいたほうがいいかと思います」
「ん、そうだねありがとう。そいつは余計な事を起こさないでくれると嬉しいかな……とりあえず、そいつも出来る限りで監視をしておいてくれ。どちらの相手も無理をする必要は無い。自らの命に危険を感じたら即離脱しろ。僕の命令よりも自らの命を優先せよ」
はっ!と命令に返事をして、再びユニの周りにいた者たちは姿をどこかへと消した。
◇◆◇◆◇◆◇
ユニが去り、エリーは寮へ帰るために歩いていると、身体に激痛が走り、膝をついてしまう。
「……っ、無理、しすぎたかな」
新学期に入って以降、エリーは毎日ユニと組み手を行っていた。いくら身体能力が高いエリーとは言え、全力での組み手を行っているのだ。その後一日安静に過ごしたとしても隠れた疲労が完全に取れるわけではない。
ただの剣士ならともかく相手は六星将、自分よりも明らかに格上の相手で、一瞬でも気を抜こうものならそこを起点にされて瞬く間に倒されてしまう。故に、普段の戦いの数倍は集中して戦わなければならない。それだけに疲れも溜まり易いのだ。
「ぅ……しぃに、怒られちゃうかな……」
自嘲気味に笑い、ゆっくり立ち上がる。かくかくと膝が笑っているがむりやり足を叩いて再び歩き出す。
「……あれ? しぃ……?」
視界の端に一瞬だけだが、エリーの目には確かにシエルのような人影が映っていた。だが、あまりにも遠かったし、今の身体で追いつけるかどうかも不安だった。
どちらにしても今日はルリやクオンも一緒にいるし、もしもの時には霊姫達が着いている。何だかんだエリーは彼女達の事は信頼しているのだ。だからこそ、念入りに彼女達に頼んでいたとはいえ、エリーはシエルの事を任せて自分の用事をこなしているのだ。
「大丈夫……よね、皆がいるし……」
ふらふらとおぼつかない足取りでエリーは寮へと戻っていく。
◇◆◇◆◇◆◇
「……何をしに来たんですか」
エリーとユニが組み手を行っていた丁度その頃、シエル達の部屋に乗り込んできたのは、初日にシエルの事を平民と言って横暴な態度を取っていた例の貴族だった。
「何だ? その表情は? 俺を誰だと思ってるんだ、おい!!」
貴族の男は、その一言と頑なに拒絶の意思を見せるシエルの表情に激怒して、シエルの胸倉を掴もうとした瞬間、
「っ……」
ルリは即座に身構え、男に一撃を与えようとしたが、シエルが魔法を使って制止させた。
「おいおい、平民の奴隷は躾がなってないな。敵意が無くても噛み付いてきやがる。野良犬か何かか?」
明らかにルリを煽るような言葉を浴びせ、気が短い者なら反射的に手を出しても仕方が無いような状況になる。
部屋にいたクオンも後ろから警戒しながらその様子を見ている。さながら火薬庫に火種をわざわざ持ち込んで、面白半分に火をつけて遊んでいる人間を見ているようだった。
「……それで、何の用事ですか? 用事が無いのなら、帰っていただいてもいいですか、私にもやる事があるんです」
「おお、怖い怖い。用事か?そうだな、用事なら──」
貴族の男が何かを言おうとした次の瞬間、バリン、という大きな音と共に窓ガラスが割れ、数人の男女が現れ、ルリ達に襲い掛かる。
「っ!?」
全員がガラスが割れた方を見たその時、シエルに男の手がにゅっと伸びる。がばっと、口元を覆われた布には何か薬が染み込ませてあったのか、それを吸い込んでしまったシエルの視界がぐらりと揺れて、意識が遠のく。
「止まりなさい、そこの男の人」
「お嬢様に何をする気ですか?」
「流石に連れて行くのは私たちも許せないかな?」
力なく項垂れているシエルを抱えている男を取り囲むように霊姫が現れる。
「おいおい、この平民の使い魔かよ、随分と豪勢だな」
男は今の自分達には勝てない事を理解したのか、素直にシエルの身体を霊姫達に明け渡す。
窓ガラスを割って入ってきた男女も大して強くなかったのか、ルリとクオンに倒されて身柄を拘束されていた。
「くくっ……しかたねぇな、まあ今回はこの辺にしといてやるよ」
じゃあな、と捨て台詞を吐いて、貴族の男は出て行ってしまった。
「だ、大丈夫ですか、お嬢様っ」
シエルの安否を確かめる為、ルリが駆け寄るが、エリミアがルリを静止させてシエルの頭を優しく撫でて安心して、とルリに優しく答える。
「眠ってるだけだから大丈夫よ。念のために私の魔法で毒が残っていないか調べておくわね」
そう言ってシエルをベッドに寝かせてから、額に手を伸ばすと淡い青い光がシエルの顔をふわりと包み込む。
集中するエリミアを横目で見つつ、捕らえて放置していた男女を改めてどうしようかと考える。
「こやつら、どうするのじゃ?」
「うーん……とりあえず学園の警備員さんに突き出してしまいましょうか」
ルクスリアとクオンがそう言うと、刺客たちは次々に声を上げてそうしてくれと騒ぎ出す。その様子はどう見ても、あの男に怯えているといった風だった。
その様子を見て、ルリ達はあの男の異常性を感じた。一体何をしたらここまでの反応を取られるのだろう、と。
「……兎にも角にも奴には気をつけないといけないようじゃな。あれは、間違いなく人を人として見ておらん。都合よく動く駒として見ておる」
「そうですね、迂闊にあの男と接触してはいけない。……ですが、あれだけの事を行うような男であれば過去にも何か問題を起こしていそうなものですが……」
ルクスリアがそう言って、何か出来ないかと模索している。
「んー、まあ、これからあいつには気をつけましょう。今まで以上に、ね」
割れた窓ガラスから吹く、暖かい微風に当たりながらこれからの出来事に一抹の不安を残すのだった。




