新たな始まりの日
今日はフィオーレ学院の始業式。それに伴い、近くの文具店や、武具商店などはこぞって特売セールなどをして、少しでも儲けようと考えを張り巡らせていた。
「しぃ、ごめん。遅くなっちゃったね」
「それはいいんだけど……えーちゃん、どこに行ってたの? 朝に一人でどこか行くなんて珍しいから……」
エリーは駆け足気味に部屋まで戻り、シエルと落ち合う。始業式の時間までそこまで無い事もあってか、シエルは既に制服に着替えていて、出発の用意を整えていた。
胸に着けている徽章は、入学した時に貰った一年用の物から、昨日書類と一緒に手渡された二年生の徽章に変えられていた。後ろに盾があり、その上に杖と剣が交差しているのがフィオーレ学院の徽章だ。学年が上がるごとに後ろ盾の色が緑、青、黄と変わっていく。
ちなみに、この盾の紋様は小さく、そのうえ剣と杖に隠されて見えにくいが実はクラニア帝国の紋章が彫りこまれている。色を変える仕組みは、彫りこまれた盾の徽章が魔法石になっており、特殊な魔法を徽章に使う事によって色を変えることが出来るのだ。
「ん、あー……ちょっと早めに起きちゃったからね、朝の散歩、かな」
「あ、そうなんだ。早く着替えないと遅れちゃうよー?」
廊下にはもう始業式の会場である講堂へ行くために歩いている生徒がちらほらと見えている。もう間も無くしたら遅れないために小走りで走り出す生徒も増えるだろう。
流石に遅れるのは不味いので、エリーも少し急ぎ足で制服に着替える。
「よしっ、それじゃあ行こう、しぃ」
二人も、行くわよと着替えを終えたエリーはそう言い、扉を開いて講堂へと向かう。
「えーちゃん、私、ちょっとだけワクワクしてるの……おかしい、かな?」
「そんな事は無いと思うよ、安心して、しぃ」
エリーは少し不安がるシエルを安心させようと、ぎゅっと手を握ると、ほんの少しだけ、驚いたような表情をした後に、エリーにだけ見えるように小さく微笑んだ。
「ありがとう、えーちゃん」
「どういたしまして、しぃ」
そう言って、お互いに笑顔を交わした。
◇◆◇◆◇◆◇
講堂に着き、扉を開くと、既にほぼ全ての席が埋まっていて、どこに空きがあるかも分からない位には生徒で講堂が埋め尽くされていた。
どこに席があるのだろうかと辺りを見回していると、複数の方向から自分達を品定めするかの様な視線に気づいた。
(……上がってきた私達の事を品定めしてるっていうの……?)
少しの苛立ちと共に、逆に品定めしている人間の器の大きさを計ってやろうとエリーは考えた。
流石に全てのそれに対しては無理だが、近くにいるもの、気配が独特のものなどならば視線の主を見つけることも容易だった。
視線の主をざっと一瞥して見たが、どの人間も一様に、実力で上がってきた二人に対して、何かズルのような事をしたのだろう、と考えているような顔をしている連中がほとんどで、大した器では無い様に思えた。
しかも、品定めというよりはただの警戒している小動物のようにも思えた。
そんな事を考えていると、シエルの袖がくいくいと小さく引っ張られる。
「……やっほー」
シエルが振り向いた先にはふりふりと、だぼだぼの白衣を着たシオンがそこにいた。
「あ、シオンちゃん、おはよーっ」
「……うん、おはよ」
「……シオンは何で白衣なのかしら」
「……研究の途中だった、から。それに……着替えるの、面倒だったし」
間違いなく後半が本音だとは思うが、聞き流す。
「……あそこ、空いてるから、座ろう?」
シオンはまるで気にせず、丁度五人分空いている席を見つけて二人に聞く。勿論、別に否定する理由も無いので、五人で並んで、そこに座った。
しばらく待っていると、ざわついた講堂が徐々に静まり返っていくのを感じる。
そして、壇上の上にセッカが達こほん、と一つ咳払いをすると、
「あ、えー……っと、皆さん、おはようございます。本日から新学期ですけど、無事に登校できているようですね」
静まり返った講堂に魔力で作り上げられた水晶を使い、自分の声を拡大させて講堂全体に響かせている。
「上級生の皆さん、これからは自分達の目指す道の為に必要な分野の勉強をしっかりしてくださいね。下級生の皆さんはこれからの為に必要な基本的な事をしっかり学んでいきましょう」
と、セッカが理事長らしい言葉を言って、締めようとしたのだが、……こ、こんな感じでいいかな? と、セッカが小さな声で言った言葉まで拡大してしまったのが運の尽きだった。それのお陰で、小さくだがくすくすと笑い声が上がり、いつもの彼女らしい少し残念な結果に終わった。
次に、妹のゲッカが壇上に上がる。今日は儀礼などの時に騎士団長が身に着ける特別な礼服を身にまとっている。凛としたよく通る声で、彼女は生徒全体を見回し、言った。
「いずれは、君たちが私達の変わりにこの帝国をよりよく発展させていくために、様々な事に手を出していくことになると思います。その時に覚えていて欲しい事、それは失敗を恐れない事です。特に、初めてのことであれば尚更です。皆さんは失敗してもいい、その失敗は私達でフォローします。だから、失敗を恐れずに様々な事に挑戦してください。私からは以上です」
ゲッカのそれに、いつの間にか笑い声は消え去り、しんとした空気の中、壇上を去る彼女の足音だけが聞こえていた。それだけ、彼女の影響力は強いのだろう。
そこから先は、どこの学校にでもあるような連絡事項などがつらつらと続いて、始業式は終わりを告げた。ここから先は二年に上がったシエル達は分野別に分かれた教室でそれぞれ詳しい連絡があるようだったので
「……二人は、どの分野にしたの?」
「んとね、私は結局白魔法科にしたよー」
「私は騎士科よ」
「……そっか、私は黒魔法だから、ばらばら、だね」
それじゃあ、また後でね、とシオンはゆらゆら袖を振りながらてくてくと歩いていく。
「私たちもそれじゃあ一度分かれましょうか」
「うん、そうだねーそれじゃあ、後でねーっ」
ルリはシエルに、クオンはエリーの後ろをついていき別方向に進んでいった。
「……大丈夫かしら」
「主よ、流石に離れてすぐの一言がそれってどうなのじゃ……」
二人の姿が見えなくなった直後のエリーの開口一番の言葉に流石のクオンも呆れざるを得なかった。
「まあ、二人なら大丈夫じゃろう。あやつらは多少の揺さぶりには動じぬし、何より霊姫の奴らがおる。二人のすこし抜けている部分を考えても全くの無問題じゃろうて」
「そうならいいんだけどね……」
どうにもシエルの事になると途端に過保護になるエリーにクオンはもう一度深いため息を付きながら、エリーに言う。
「いくら何でも過保護過ぎぬかのう? 流石の妾もちょっとばかりどうかと疑うぞ?」
「そ、そうかしら……」
若干のジト目を向けながらクオンがそう言うと、気圧された様にエリーがそっぽを向く。何というか、普段強気なエリーにしては随分と珍しい光景だった。
「……兎にも角にも、ここが集合予定の教室よね?」
「うむ、そのはずじゃ」
たどり着いたのは校舎の三号棟、最上階である四階の一室だった。この学園の校舎はどの部屋も魔法で空間が拡張されていて、見た目の数倍以上の空間が一つの部屋の中に存在しているのだ。
扉を開けると、一瞬だけこちらに視線が集中するが、すぐに解ける。何故かぴりぴりとしている部屋の空気は、目の前に大きく書かれている黒板の文字が理由を物語っていた。
『後で来るから、しばらく待っててください!』
理由は定かではないが、全員が同じように待っている以上、でかでかと書かれた文字に従って待つしかなさそうだ。
この空気を作っているもう一つの理由が、この学園で伝えられている割と有名な噂話なのだが、騎士科の初日に教室で待っていると不意打ちを受ける、という噂だった。あくまで噂程度にしかなっていないが、どうにも信憑性はあるらしい。
「……まあ、いいわ。噂がどうあれ、待っていないと仕方ないのだし」
エリーは二人でまばらに空いている席に座り、少し前に買ってきていた本を手提げ鞄から出して読み始めた。クオンはと言うと、マイペースに机に突っ伏してすうすうと寝息を立てていた。
しばらく本を読んで待っていたのだが、いつの間にか本も読みきってしまい、周りを見回すと、欠伸をしている者、クオンのように眠っている者もいた。
「はぁ……いつ来るのかしらね」
ぱたん、と本を閉じふぅ……と、軽いため息を付き教室全体の空気が緩んでいるその瞬間、僅かだが殺気を感じた。
刹那、教室の扉が勢いよく開き複数人の影が飛び出してくる。完全に油断していた生徒達や、寝ていた生徒達はなすすべ無く捕らえられていたが、エリーとクオンは違った。
二人は、後ろから迫っていた刺客を躱し、魔法で鞘ごと消していた剣を抜き、相手の首筋に突きつける。
クオンは寝起きとは思えないほど機敏な動きで、段上になっている机の上で器用に相手の攻撃を躱しながら足払いを仕掛け、バランスの崩れた相手に掌底を打ち込み無力化させた。
周りを再度見ると、ある程度善戦している生徒はいるが、二人のように敵を抑えている者はいなかった。
「はーい、全員その辺で止まれ!」
扉の方から教室全体に響くような大声で、そんな声が聞こえてくると、襲い掛かってきた刺客たちは一斉に動きを止める。
よっと軽い感じで扉から数十メートルはある教室の真ん中まで一息で飛び、くるりと振り返る。その人物は中性的な見た目で背中までの黒く長い髪を揺らしながら教室全体を見渡して、現状を見る。
「んー今回は実力不足の人が多いな、それに全体的に気が抜けてる。はー……って事はまた僕の苦労が増えるのか……」
残念な様子でそう呟くと、ぽんぽんと手を叩いて注目を集める。
「えーっと……とりあえず騎士科に進んだ皆さん、始めましてだね。僕はユニ、この帝国のえっと……まあ、最高戦力、になるのかな? の六星将のユニ、騎士科の特別顧問らしいからよろしく」
まるで当然のように言われるとんでもない事実に、教室全体が驚愕する。
六星将とは、ユニが言ったとおりこのクラニア帝国の最高戦力、彼ら個人の戦力は大隊一つにも匹敵すると言われている、言ってしまえば帝国の中でも突き抜けて強い六人の事だ。
基本的には表に出ないと聞いていたのだが、まさか学園で出会う事になるとは思わなかったし、ましてや顧問になっているなんて思いもしなかった。
「……随分と雑な紹介ね、まあ只者ではないのは分かるけれど」
エリーは剣を鞘に収め、それを聞いていた。ユニは言い終わった後に懐かしいな~などと教室をきょろきょろ見回していたが、彼には一部の隙も見当たらず、もしも刃を向けられようものならば、返しの刃を突きつけられることは間違いないだろう。
「それは分かるのじゃが……あの男なのか女なのか分からない見た目は何なのじゃ……」
「さてさて、それじゃあ今日の顔合わせはここまで、騎士科の実技は僕が担当するから、また明日正午の鐘が鳴るまでに大校庭に集合ね」
じゃあね、と扉を開けてユニは刺客と共に出て行く。二人以外の大多数の生徒はほっとしていて、エリーにも生徒のレベルの低さが理解できたような気がした。これが真に倒すべきであれば敵の気配が完全に消えるまで油断は出来ない。
「……はあ、こっちがこんなのだと、しぃの方は大丈夫なのかしら……」
◇◆◇◆◇◆◇
「お嬢様、着きましたよっ」
ルリが先導してシエルを白魔法科の教室に連れて行く。扉を開けると、部屋の中では楽しそうに談笑していて、随分と明るい雰囲気になっていた。
「へー……皆さん楽しそうですね」
「そうだねー、仲良くなれる人、いるかな……?」
「いると思いますよ」
ルリが犬耳をぴこぴこと振りながら空いている椅子を探していると──
「どきなよ、平民」
突然、シエルの背後から彼女の身体を払いのける為に腕を振り、後ろから我が物顔で数人の従者を引き連れて入ってくる生徒の姿がシエルとルリの目に映った。
「ったく……入り口で突っ立っているなよ平民はそんなことも分からないのか?」
「ご、ごめんなさい……」
「お、お嬢様大丈夫ですか!?」
ルリはシエルを支えながら手を取って立たせる。
「ふん、一丁前に奴隷持ちか、平民なのに無理するなよ、惨めだぞ?」
「っ……」
ルリはシエルに対して執拗に言葉で責めてくる生徒に対して睨みつける。だが、彼はそれをまるで物を見るかのように一瞥してから、吐き捨てる。
「おい、奴隷の教育はしっかりしておけよ、次にあんな目を俺に向けたらただで済むと思うなよ?」
ルリが気にしないで下さい、あんな男、と言いながら正反対の方向へ離れたが、シエルの耳には彼の悪意に満ちた言葉と敵意の塊のような視線が、彼女の身体を蝕んでいた。それは、まるで呪いの様に。
エリーの初めてとシエルの初めては全くといって正反対に始まってしまった。
誰一人知るよしも無いがこれからの出来事が彼女達の未来を大きく左右する事になる。それは、彼女達だけでなく世界すらも変えてしまうほどの大きな出来事になるとは誰も知らなかった。




