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不意の邂逅

 二人は紅潮した顔でお互いの顔を見つめあい、どう言葉をかけようかと迷っていた。


「……しぃ、じっとしててね……?」

「え……? う、うん」


 エリーはそう言うと、シエルの隣に立ち──鞘に収めていた剣を泉の向かい側の森の中に、風魔法を乗せて勢い良く切り払った。


「え、えーちゃん……!?」


 驚くシエルを横目に見ながら、エリーは森の奥に潜んでいるものに対して言う。


「貴方達の居場所は分かってる。次は当てるわよ」


 そう言うと、がさりと森の奥から、人影が見える。


「子供にしてはお見事です。魔法も剣の才能もある。将来がとても楽しみになりますね」

「そうかねぇ……俺から見ればまだまだだけどな」


 現れたのは、紫銀の髪を二つに結い、メイド服を身にまとった少女と、つんつんとした短い頭髪にぴんと尖った狼のような耳を持った少年の二人組みだった。


「大方、あなたの隠そうとしない殺気のせいでばれたのだとは思いますけども」

「はん、こそこそ隠れてるのは俺の性に合わねぇんだよ」

「何の目的か知らないけど……私は今すごく機嫌が悪いから、手加減は出来ないわよ」


 泉の向かい側にいる二人に向け、剣先を向ける。そして、もう片方の手はシエルの不安を和らげるように、ぎゅっとシエルの手を握っていた。


「おお怖ぇ怖ぇ……ま、安心しな。俺らの目的はお前らじゃねぇ」


 少年がわざとらしく怯えながら、そう言ってくる。無論、それだけで信用できるわけではないエリーは、シエルに細心の注意を払いながらメイドと少年の二人の行動を見つめる。


「私達の目的は部外者には漏らせない以上、疑われる事は致し方ありませんね。しかし、私達もこの場所に用があるのです。もしあなた達がこのまま大人しく帰る、というのであれば危害は加えません」

「……私達があなた達に会ったと誰かに話してもいいのかしら?」


 若干挑発気味にエリーが言葉を投げかける。しかし、メイドの少女は澄ました顔で、


「こんな森の奥でメイド服の女と獣人の少年に出会った、と? 普通の人間なら夢か何かではないか、と言って信じないと思いますが」


 至極当然の答えだった。それに、自分達に危害を加えないというのであれば出来ることなら大人しく帰るのが賢明だろう。


「で、どーすんだ? 大人しく帰んのか?」


 少年は突っかかるようにそう聞いてくる。


「……そうね、言うとおり帰らせてもらうわ。 私はともかく、しぃを傷つけたくないもの」


 じりじりと後退する二人を、メイドと少年の二人は宣言通り手をかけずに見ていた。


「大丈夫……だよね……?」


 不安そうな声で後ろから話しかけてくるシエル。エリーは心配しないでと笑顔を見せると、小さく呟く。


「私の合図で走ってここから逃げるわ、準備はいい?」


 こくこくと、小さく首肯する。それを見て、エリーはふぅ、と息を吐き出すと、剣を大上段からもう一度風の魔力を乗せ、斬撃を泉に向けて飛ばす。

 その斬撃は泉の水に当たった瞬間弾け、派手に水柱を作り出す。それが合図だと分かったシエルはエリーに引っ張ってもらう形で走り出した。


「……ふふ、相手に背はあくまでも見せない……悪くは無いですが、まだまだですね。彼女達は」


 轟音と共に水柱が泉に叩きつけられ辺りに泉の水を撒き散らす。普通の人間であれば、それを派手に被っていたところだが、二人の服は濡れるどころか水滴一つ付いていなかった。


「ったく……派手にやりやがる……こっちがバレちまう」

「彼女達は知らないのですから、当たり前でしょう。そもそも貴方が余計な殺気を出していなければ──」

「あー、もうしつけぇな! このメイドは!」


 メイドと少年が二人で泉の前で言い争いをしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


『僕を捕まえに来た、なんて言うわりには随分と楽しそうにお話してるじゃないかお二人さん?』


 それは、どの方向から聞こえてくるのか、どれほどの距離にいるのかが分からないようにするためなのか、まるで木々が言葉を話しているようにも思えた。

 二人はその声が聞こえた途端に、弾かれたように臨戦態勢に入る。それはまさしく、何年、何十年と訓練された戦い慣れた人間のそれだった。


「貴方の方からコンタクトを取るとは……珍しいこともあるものですね」

『別に、僕は君達なんてどうでもいいんだけどね? ちょっと気になる姿を見ちゃったからね』

「気になる姿……?」

『君達に教える義理は無いから教えないけどねっ』


 あはははっ、と小馬鹿にしたような笑い声が森の中から響いてくる。少年は、凶悪な笑みを浮かべると。


「後悔するなよ……!」


 瞬間、少年の周りの空気が変わった。


「ひっ捕らえろ、影棟蛇(かげかがち)!」


 刹那、少年の両腕から無数の黒い蛇が飛び出て、森の中へと入ってゆく。それらは普通の蛇とは比べ物にならないほどの速さで森の中を駆け回る。


『その技、星霊術じゃないし……神降ろしってやつかな。となると君は『向こう側』の出身なんだね』


 未だに余裕だと言わんばかりに、少年のそれをどこからか見ながら声は話しかける。段々と苛立ちを隠せなくなってきた少年の態度を見て、メイドの少女も自らの獲物を構えた。


「貴方の遊びに長時間付き合っていられるほど私達も暇ではありませんので……大人しく捕まっていただきます──霊姫ロキ」


 メイド服の裏側からナイフを取り出すと、それを瞬時に無差別な方向に何十何百と投げる。それは木の幹に刺さったり、地面に刺さったりと全く意味の無い攻撃にも思えた。


『君はどんな技を見せてくれるのかな?』

「ふ……その油断と余裕がいつまで続くか、見物ですねロキ」

「見つけた! リーネ!」


 少年の放った蛇がロキの姿を見つけたようで、メイド服の少女リーネに報告する。


「では貴方の蛇を、ルプス」

「わかってらぁ!」


 少年──ルプスの放った蛇と同じ蛇がリーネの腕に巻きつく。


「後は私の出番です、大人しく待っててくださいね」


 瞬間、パチっと何かが弾けた様な音が聞こえたと思うとリーネの姿がルプスの目の前から消えていた。

 そして──


「捕らえましたよ、ロキ」


 リーネの細腕は、しっかりとロキの腕を掴んでいた。


「あはは……捕まっちゃったねぇ」


 捕まってもなお、余裕そうに軽口を叩くロキにリーネは表情を変えずに、


「随分と余裕そうですね?」

「まあね、僕は君達とは潜ってきた修羅場の数が違うからねっ」


 ロキはクスクスと楽しそうに笑いながら、リーネに掴まれた片腕を見ている。


「……何か、おかしな事でも?」

「いやいや、しかし中々の連携だね。神降ろしを使える獣人の子と見た感じ、自分の投げたナイフの刺さった位置に光速で移動できる技……って所かな。移動点を決めているとはいえ、ここまで見事な動きが出来る人間はそういないよ?」

「……それは賞賛ですか?」


 怪訝そうな表情で睨みつけるリーネを見て、ロキは楽しそうな表情を崩さないまま。


「ああ、これは純粋に君を褒めてるよ。でもね──」



「──君じゃあ僕は捕まえられないよ」



 次の瞬間、ロキはリーネから数歩ほど離れた場所にいた。


「っ!? な、何を──」

「何をって、君もよく分かってる技だよ?」


 ロキは地面に刺さっていたナイフを抜いて、それを見つめる。そして、何かの合点がいったのかぽんと手のひらを打っていた。


「あぁ、なるほどね。このナイフは君の魔力を微弱にだけど纏っているんだね、だから君はこのナイフのある場所に飛べるわけだ」

「……それがどうしたというのですか」


 今、ロキの手には移動の基点となるナイフが握られている。それを理解したうえで持っている事が不自然で、リーネがロキを捕まえようと思えない理由になっていた。


「折角だから種明かしをしてあげよう。君は僕がどうやって抜け出したか分かってなさそうだしね」


 ロキは心底楽しそうに、笑みを浮かべながらリーネに相対する。


「君の移動術はナイフを基点に移動をしているよね?」

「……答える義理は無いと思いますが」


 リーネは短く答え、ロキを再び捕まえる機会を窺い続ける。


「あははっ、それもそうだね。でも、分かってるからわざわざ隠さなくてもいいのになー? ……まあ、それはおいといて、僕の魔法は種明かしも何も無いよ? やっている事は君と同じなんだからさ、ちょっと規模が違うけどね」


 そう言って更に言葉を続ける。


「さて、ここで問題です。君がナイフを基点にしているように、僕は何を基点に移動しているのでしょうか? ヒントは僕が霊姫だという事です。さあ、どうぞ!」


 そんな巫山戯た問題をリーネにぴくりと眉を動かしながらも、考えを巡らせる。実際、ロキの言っている事は正しく、彼女のナイフを基点とした移動術であることは確かだ。

 自分の使っている移動術は、自らに深く関係したものを使うことによってあの移動を実現させているのだ。故に、リーネは自らの魔力を纏わせたナイフを使っている。勿論、極端な話だが自分の身体の一部や、血液等でも構わない。そして、移動の要領は磁石に似ていて、自分の魔力と酷似、または一致する物のある場所に自分の身体を強制的に移動させるのだ。

 それを踏まえても、ロキの移動方法は分からない。霊姫が特別な事など百も承知だ。霊姫の魔力と酷似したものだと、そもそもあるのだろうか? 等と考えていると、


「ぶっぶー、時間切れ。君、もしかして考えすぎて損するタイプだったりする?」


 ロキが両手でバツ印を作りながら、そんな事を言う。図星ではあったりするが、それを表には出さず、あくまで冷静に聞く。


「教えませんよそんな事。それで、答えは教えてはくれないのですか、ロキ」

「敵に答えを求めるなんて……って言いたいけれど、別に僕は君たちの事を何とも思ってないからいいんだけどね、それに答えを聞いたところでどうにかできる訳でもないしね。という訳で答えを言ってあげよう、心して聞くといいよ」


 その瞬間、空気が僅かにだが張り詰めたような気がした。ロキはナイフを手から離し、地面に落とす。


「僕が基点にして動いているもの、それはね──」



「──大気中の魔力さ」



 気付いたときには、ロキはリーネの横にいた。それは、抜け出したときと全く同じことをしたのだろう。

 そして、その答えを聞いたリーネは動けなくなる。否、正確にはどこにいても無駄だという事を理解したのだ。


「動かないの? それとも、動けないの? それとも……動こうが動かなかろうが、一緒だって理解したの?」


 未だに笑みを崩さないロキだったが、リーネの生きてきた中で、戦ってきた相手の中で一番異質で恐ろしいものだと、今はっきりと感じてしまった。

 彼女の戦ってきた相手の中には狂気に溺れた者、化け物や自ら化け物と化した者等、人外といえる相手と幾度と無く戦ってきたはずなのに、今自分の真横にいる、自らよりも幼く見える夜のような黒髪を持った、群青の瞳の少女が、何よりも恐ろしく思えた。


「ふふ、安心して。別に君の命を奪おうなんてことはしないからさ。だって、僕ならいつだってそれが出来るからね」


 ロキはそう言うと、リーネから歩いて離れた。


「あ、そうそう。これは僕の個人的な趣味なんだけどね、書きかけの物語よりも書き終わった後の閉じた物語のほうが好きなんだよね。ふふ、君には関係ないか」

「ええ、本当に関係ないことですね……」


 リーネはロキを睨みつけ、再びナイフを構えようとするが、それを懐にすっと仕舞う。


「おや? 僕と戦わないのかい?」

「無謀な戦いをして命を散らしていい等という命令は受けていませんし、無理ならば大人しく引き下がれ、との命令ですので」


 そうかい、とロキがやれやれと両手を広げて、ここから去ろうとする。


「逃げんのか?」


 突如、木々の隙間から凶爪がロキに襲い掛かる。ロキはそれを危なげなく躱して、バックステップで距離を取った。


「ひっどいなぁ、服が破けたらどうするのさ」


 唸り声を上げながら威嚇するルプスに、リーネはきつい口調で問いかける。


「貴方は動くなと言ったはずですが?」

「うるせぇ、てめぇがちっとも戻って来ないから手助けに来てやったんだよ」

「そんな事を頼んでいた覚えはありませんが」

「俺の勝手にしたってかまわねーだろーが」


 ロキを蚊帳の外に放り出しての言い合いが始まると、ロキは我慢できなかったのか大声で笑い声を上げる。


「ぷっ……あははははっ! ほんとに君達は仲が良いね! 僕の仲間達にも見せてあげたいくらいだよ。っと、そろそろ遊んでる時間も終わりだね。僕も行かないと行けない所があるからさ」


 ロキが背を向けて去ろうとする所に、ルプスは容赦なく攻撃をしかけた。だが、その爪は届くことなく虚空を切った。


『君達は決して弱くないよ。でも、相手が悪すぎたね。また会うことがあったら、今度はどれくらい成長したか見せてね』


 ロキの声はそれきり聞こえなくなり、周りの何ともいえないような不穏な気配もなりを潜めた。それは、ロキがどこかへと去っていったことを意味していた。



「……私達であの霊姫を御するのはやはり無理があったようですね」

「ちっ……」


 冷静に見えて、リーネのその表情はどこか悔しそうに見えた。普段のルプスであれば、それを敏感に見つけ、それでからかおうとするのだが、軽くあしらわれた自らも、同じ心中なのだ。それでからかうという事は、自分のプライドが許さないのだろう。


「それで、俺らの主様にはどう報告すりゃいいんだよ、こんなの」


 ルプスは不機嫌ながらも、リーネにそう訊ねる。


「どうもこうも無いです。霊姫は捕らえられなかった、と報告するだけです」

「奴は別に捕らえられなければそれでも良い、とは言ってはいたが、まさかこれほどとは思ってなかったぜ……何より、この俺をコケにしやがって……絶対この借りは返してやる……!!」


 ルプスは犬歯をむき出しにしながら小さく唸る。リーネはため息を一つつくと、


「落ち着きなさい……兎にも角にも、一度ご主人様の所へ戻ります。文句はありませんね? ルプス」

「ああ、文句はねぇよ。……覚えてろ」


 そう言い残すと、二人は夜の闇に一瞬の間に消えていった。



◇◆◇◆◇◆◇



「どうだった……? その……途中、変なのが来ちゃったけど……」


 森を抜け、プラトーの町へと帰る道中、エリーはシエルに今日の感想をどうしても聞きたかったのか、そんな事を聞いていた。


「うん、とっても素敵だったし……その……私は、嬉しかった、よ……」


 あの時の事を思い出して、少し頬を紅潮させるシエルを見て、それに同調するようにエリーも頬を少し赤らめ、照れたような仕草でぽりぽりと頬を掻く。


「あ、う……そ、そう……それなら、良かった」


 二人の声がそこから途切れると、辺りからは虫たちの合唱と木々が風に揺られ、葉が鳴らす音だけになった。そして、空には太陽がいなくなった今、ここぞとばかりに自らを主張する仄青い雄大な月が、ぼんやりと夜の高原を照らしている。


「ここから見える景色も……いつか、一緒に見たいね」

「勿論、その為にがんばろうね、しぃ」


 小高い丘から月光に照らされて見えるプラトーの町を見下ろしながら、二人は再びぎゅっと固く手を握り合った。

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