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図書館の中では静かにって言いながら戦闘する人だっているよね?

 「さって……地下に来たけど……」

 「ずいぶんおっきいんだね……」


 カウンター奥の階段を下りていくと、地上にあった図書館の数倍は空間の数倍はあった。ただ、形容するなら図書館というよりも、もはやダンジョンといった方が良さそうだった。

 棚を見るだけでも見上げなければ一番上が見えないほどの高さがある。まずは、手の届くところにある本から探してみることにする。


 「やっぱり、古い本は素材が違うのか魔力を流すと見えるんだよね~」


 シエルは変わらない調子で本を手にとって眺めている。エリーはシエルの目的に沿えるような本を上の棚から探している。地下書庫には特別な許可が必要なため、普通の人間は入ることが出来ない。なので、エリーは自分の羽を使って滑空しながら本を探していた。


 「この辺の全部持ってけばいいかな?」


 ごそっと本を集めると、埃が宙を舞う。羽につく埃が鬱陶しいようで、くるくると回って羽についている埃を落とそうとしているが、なかなか取れないでいるようだった。

 その様子を下から眺めていたシエルは、なにやらエリーがくるくる回っているようにしか見えなかったが、少なくとも楽しくて回っているようには見えなかった。


 「えーちゃん、なにかあったの~?」

 「大丈夫~!」


 シエルに心配させないように、できるだけ問題がないような言い方にしているがシエルには大丈夫なことが分かっていた。それは長い間一緒に過ごしてきたからだろう。

 目が見えない分、シエルは他人の感情を声で読めるように努力をしているが、エリーの声は一緒にいることを差し引いても分かりやすかった。

 照れているときはそういう声をするし、恥ずかしいときはそういう声を出す。それは読む側としても、どんな答えを出していいかが分かりやすく、ある意味ではありがたいタイプだった。そういう意味ではルリも同じタイプだといえる。

 記憶が戻る前と後で口数こそ変わったものの本質は変わっておらず、感情が読みやすい声だった。


 「ならいいけど~! 本は机があったからそこの上に置いてて~!」


 シエルの声が奥まで反響する。なぜか、それがシエルにとっては少し面白かった。そんな中、唐突にエリーは思った。


 ──何かを忘れているような、そんな気がする。


 ルリの事ではない。もっと別の事で、絶対に忘れてはいけないようなそんな事を忘れているような、そんな感覚が不意に襲ってきた。

 因みにルリは地下書庫に置いてあった机の上でダウンしている。本を読むのか前にシエルが聞いていたが、帰ってきた答えは確実に本は読まなさそうな答えが帰ってきた。恐らく、読んでも娯楽用の雑誌に限るだろう。

 頭からもやもやとした感触が離れようとしない。自分の深層心理が忘れたものを思い出そうとしているのか、振り払おうとしてもどこか思考が引っ張られる。


 「上のやつは取ってきたわよ」


 シエルも机の上に古い本を山のように置く。ルリはうつ伏せになって寝ているが関係ない。というか、ここまでフリーダムに動くともはや奴隷でもなんでもないような気がする。そういうつもりで契約したと思っていてもやはりエリー釈然としない。


 「ありがと、えーちゃん」


 ふっと笑うと、すぐに真剣な表情となって本を手に取る。

 この間は集中しているので、エリーはそっとその場を離れる。シエルの身に危険が迫ったときは分かるし、その時になればルリが守ってくれるだろう。

 地下書庫は奥行きがとんでもなく広いようで、暗いこともあいまってか先が見えない。

 それは、今の自分のようにも感じた。奥に進めば進むほど、自らの望むものに近づく代わりに戻ることはできなくなる。

 それでいて、中途半端は許されない。そんな理不尽にも思える道だった。


 「ほんと……広いわね」


 感嘆半分、呆れ半分といった感想を漏らしながら奥へと進む。この先に何があっても別に構わない。シエルにそれのつけが回らないのなら、どんな事だって、物だって構わなかった。


 「ここが一番奥って事でいいのかしら……?」


 目の前に現れたのは、一際大きな本棚だった。そして、古びた本棚の目の前にはなぜか色褪せていない一冊の本が置いてあった。妖しさに満ちたそれを、エリーは無意識に手に取った。

 中身は何も書いていない真っ白な本だった。しばらくそれを眺めていると、ふわふわと体が浮いているような感覚に陥る。

 何かの魔法をかけられているのだろうが、お構いなしで読み進める。すると、段々と眠りに落ちていくような感覚へと変わっていく。そこから数分もしないうちにエリーの記憶は途切れた。



◇◆◇◆◇◆◇



 「ん……地下書庫にいたはず、だよね?」


 目を覚ますと、随分とおかしな空間にいた。本がいたる所に散乱して机の上には、大きなティーセットが置いてある。

 辺りを見回して、誰かいないかと確認するが姿を見ることはできない。


 『貴女の願いは何?』


 自分以外に誰もいないと思った途端にどこからか少女のような声が聞こえる。


 「いきなり何の事?あと、ここどこなの?」


 エリーは声に向かって聞き返す。すると、声は少し間をおいて答えを返してきた。


 『ここは狭間。願いを聞き入れ、そして──』


 なぜかそこから先は聞き取る事ができなかった。

 だが、声が言った言葉はきちんとエリーの頭に残った。


 「願いを聞き入れる……?」


 半信半疑のエリーはおうむ返しに聞き返していた。声は、まるで何かのシステムのように次の言葉を伝えてくる。


 『願いは何だ?』


 今度の声は少女の、というよりは壮年の男が発するような声だった。エリーは一瞬考え込む。だが、次の瞬間には答えを出していた。


 「私の願いはしぃを、シエルを幸せにすることよ」


 迷いのない口調で言い切った言葉を声は嘲笑う。


 『貴様の願いはそうではないだろう?』


 声は心の中を見透かしていくかのような、気持ちいいとは決して言えない声を返した。

 それに少しだが恐怖を感じたエリーはむきになって言い返す。


 「言ってくれるじゃない。じゃあ、私は何が望みだって言う訳?」

 『あの娘の全てだ』


 背筋に冷や汗が伝った。確かに、その通りだった。エリーはシエルの為といいながらも、結局のところは全て自分のためだったのだ。

 シエルと離れたくない。だから、シエルの全てを自分のものにしたかった。

 それは他人から見れば間違いなく歪な感情だろう。だが、シエルはそうだとしても認めてくれると信じていた。信じたかった。

 それでも、シエルが信じてくれなかったときのことを考えてしまうと、時折不安になってしまう。

 他人の心を握るような話術や行動などはエリーにはできない。だが、この声はそれを叶えるといった。

 それは魅力的で、叶うことなら是非ともそうしてほしいものだったが、


 「お断りよ。しぃは私だけの力で私のものにする。あんたみたいな奴の力なんて借りる必要ないわ」


 エリーは振り払うように一喝して、この空間からの脱出を試みる。

 すると声は露骨に失望したような声色となって、話しかけてきた。


 『ならば、貴様を帰す必要はない』

 「何、それ? まるで私がここから出られないみたいな言い方ね」


 エリーは挑発するように声に聞く。優位に立っていたと思っていた時には次の瞬間には立場が逆になっていた。そんな時に心情穏やかに接する事ができるわけがない。


 『そうだ。お前はここから帰ることはできない』


 声音があやふやになり、もはや男女のどちらの性別で話しているかも判別がつかなくなる。

 エリーは、ため息を一つつくと声に言った。


 「ちょっと高位妖精(アークエルフ)の力を見くびりすぎじゃないかしら?」


 エリーは魔法で隠していた羽を現す。それは、奥が見えるほどに透き通っている白く薄い羽だった。

 それを見せたと同時に、エリーの魔力が肌で感じられるほど高まった。声はエリーのそれを恐怖に感じたのか、空間が揺らぎを見せる。

 それは、声がエリーを排除するために動いたということだろう。だが、それはもう遅かった。


 「言ったでしょ? 見くびり過ぎって」


 エリーの魔力が空間を包むように侵食を始める。それは声が支配していた空間をエリーが支配し返すというとんでもない荒業だった。


 「見せてあげるわ……本当の力ってやつを!!」


 徐々に声の力が及ぶ範囲が狭まっていく。それはエリーが空間を支配していることに他ならなかった。声も負けじと支配下に置き直すことをしているようだったが、もはや手遅れだった。


 『砕けた三日月リッシグクレセント


 空間は割れるような音を立てて砕ける。


 『覚えていろ……っ!』


 最後に聞こえたのは少年の声だった。



◇◆◇◆◇◆◇



 「痛っ……」


 目を覚ますと刺すような頭痛が襲ってきた。恐らく、無理やり空間を壊して抜け出した副作用なのだろうが、仕方のないことだった。

 辺りを見回すと、変わったことがあった。それは、目の前に合ったはずの本棚が無くなっているのだ。

 あの本棚はさきほどの本が見せた幻覚だったのか、今となってはわからないが元の場所に戻ってきたのは確かだとそう感じることができた。


 「戻るか進むか……戻った方がいいわよね? 時間感覚が狂っちゃったし……それに、しぃが心配だし」


 エリーの心配というのは、シエルが襲われる心配だったが相手が違う。ただの魔物程度ならシエルなら難なく片付けるだろう。それにルリや星霊姫のルクスリアやシルフィードだっている。

 いるのだが……その中でルリがエリーにとっての心配だった。

 最近、ルリのシエルを見る表情が熱っぽくなっていた。それは気のせいではないはずだ。

 そういう感情があるからこそ、敏感になるのだから間違いはない。

 早めに帰って、襲われないうちにシエルの所へ戻らなければと考えた瞬間──


 「うわっ!?」


 地下全体が大きく揺れたのだ。かなり奥の方であるここでさえ揺れたのだから、ほぼ間違いなく入り口近くであるシエル達のいるところはもっと激しく揺れただろう。

 二重の意味で危険だと判断したエリーは全速力でシエルの元へと帰る。本は通る瞬間に魔法の防壁で風を受けないようして一気に空を翔る。

 行きは歩いてのんびりと歩いた道も高速で飛んでしまえば数分とかからず最初にいた場所にたどり着いた。だが、そこにシエルとルリの姿は無かった。


 「しぃ……っ!!」



 エリーが戻ってくる五分ほど前。


 「あ~何処にも書いてない~!!」


 山積みになった本の横で項垂れているシエルの姿があった。どうやら、お目当ての本は無かったようで、ルリと同じような体勢になってうつ伏せるが湿っていて若干かび臭い机の匂いに頭を起こした。

 良く寝ていられるね……と内心思っていると、びくっと身体を震わせてルリが跳ね起きる。


 「お。お嬢様! ここ危ないですよ!! 上行きましょう! 上!!」


 ルリがシエルの手を引っ張って、階段を駆け上がる。何がなんだか全く分からないシエルはルリに引っ張られるまま地上に出てくる。

 地上に出ても特に変化は無いように見えたが、次の瞬間──


 「うわあっ!?」


 地面が大きく揺れた。館内の客も同じく動揺していたが、係員が冷静に誘導を行っていた。

 流石にこれはただ事ではないと思って、外に出てみると。


 「えぇ……」



 思わず、そんな声が出た。驚きを通り越して呆れてしまう、といった表現の方が正しいようなそんなため息をついて見据えた先には、


 「ドラゴンよね? どうみても……」


 嵐のような咆哮を上げているのは赤い鱗をその身にまとった竜そのものだった。

 この世界では魔族というのはほとんど伝説上の生き物となっており、実質的な最強の魔物や種族というのは竜族となっている。

 そんなものが、なぜこんな所にいるのかなど悠長に考えている暇など無かった。その地獄への入り口のような口を開けると、紅蓮色の灼熱を吐き出す。

 シエルはルリを抱えて地面を転がると、真横を炎が掠め直線状に合った建物を焼くどころか溶かしてしまう。

 そんなものを受ければ、人間どころか高位妖精アークエルフだとしても無事で済む保証は無い。ゾッとしない感情と共に、シエルは相手の姿を見据える。ルリは動揺しているようには見えないシエルを見て、


 「お、お嬢様は大丈夫なんですか……?」

 「大丈夫よ、目が見えないからね♪」


 得意げにそう言ってやるが、全くそんなことはない。シエルの眼には姿ではなく、その魔力が映る。

 竜はその戦闘力もさることながら、魔力も尋常な量ではない。下手をすれば星霊姫とすら比べられるのではないかと錯覚するほどだ。

 そんな魔物がシエルの眼にはまだ複数体いることを知らせていた。ルリは気付いていないのか、それが少し気になったがそんなことはなかった。


 「何にしてもそんなのがまだまだいるって事が問題ですね……」

 「私が感知できるだけで六体かな?」

 「えっ、それ本当ですか……!?」


 ルリが戦慄しているが、この場でそんな悠長に構えている暇はない。炎を躱された竜は噛み砕こうと飛び掛ってくる。

 自分達の身長もある口の大きさは噛み付くどころか丸呑みすらも可能にするだろう。


 「不味いっていうか……こういう時に限ってなんでえーちゃんいないの~!?」


 その必死の叫びが届いたのか、その時ちょうどエリーが地上に出てきたタイミングと重なった。



 「っ!? しぃの声何処から……」


 地獄耳も裸足で逃げ出すようなシエル限定の聴力に周りは気にすることもなく、この騒乱の中からシエルの声の位置と魔力を探る。


 「何処から聞こえてきたの……」


 エリーは一瞬で声の方向を判断して羽は隠したまま、最高速で駆け抜ける。

 十秒もかからないうちにシエルの元へとたどり着く。そこで見たものは、倒れたシエルとその体をかみ砕こうと口を開けている竜の姿だった。

 その状況を見て、エリーの中の何かが弾けた。


 「生きていられると思わないでよ?」

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