02-18 氷の暴走
昨日の会議の結果、緊張で全く眠れなかった。
トウキは寝不足から来るひどい頭痛を抱えたまま、部屋を出た。
今朝の屋敷はやけに静かだ。
いつもなら、父の部下や屋敷の使用人たちが慌ただしく動いている時間だというのに。
もしや、今日これから起こることが外に漏れたのではないかと心配になったが、食堂の扉を開けるとそれは杞憂であったことがわかる。
「……おはようございます。お二人とも、お早いですね」
「トウキか、今日は遅かったな」
「はい、昨夜遅くまで本を読んでいたもので」
本当はあなたの不正に関する書類を執務室から盗み出して、まとめ、ルナフォードに送っていたためだ、と言ってやりたい衝動に駆られたが、そんなことを言えるわけもなく。
「それよりも、今日は儀式を執り行うぞ。既に準備を進めているから後で修錬室に来るがいい」
「はい?……その儀式というのは?」
「ふふふ、あとになればわかる。ただ、お前をノースウィンドの次期当主にふさわしい魔術師にするために必要なのだ」
嫌な予感がする。
そういえば、いつも澱んでいる我が家の気が、いつもよりも濁っている、そんな気がする。
「……一ついいですか?」
「なんだ?」
「トウカとレイカはどうしたんでしょうか。あの二人ならもう起きている時間だと思いますが」
「……ふむ、それはな――いや、それも後になればわかる」
嫌な汗が流れる。
この人ならば、やりかねない。
恐らく、この悪い考えは当たっている。
修錬室の方へと駆けだそうかと、考えたその時、背後にある扉が打ち破られた。
「しししs、しつれいします、旦那様!騎士団が、騎士団が立ち入り捜査を!」
「なに!?このタイミングでだと……忌々しいクラモールめが!」
父――ナダレが、肩で息をしている執事を押しのけ、修錬室の方へと駆けだす。
「ちっ、」
急いで後を追おうとしたとき、背後から声がかかる。
「トウキ殿」
「アドルート団長、すいません。すぐに、修錬室へ向かわせてください。妹二人の身が危ないのです」
「わかった。私も同行しよう」
「ありがとうございます。母は中に、この男もとらえておいてください。我が家には必要のない人間です」
「了解した」
激しく動揺する執事と、騎士団が踏み込んだことによってヒステリックな声を上げる母の方を振り向くこともせずに、修錬室に走る。
もう二度と、あの時の後悔を味わうつもりはない。
無駄に長い廊下を走る。
既に邪気と言っていいほどに禍々しい気配が修錬室の方向から漂ってきている。
「トウキ殿、貴方の父上は何をしようとしているのでしょうか?」
「わかりません。ただ、碌な事ではないのは確かです」
修錬室の扉の前には既に、人影がある。
「やあ、遅かったですね」
「レイトか……」
「それで、中の状況は」
「最悪ですよ」
レイトが扉を引く。
凄まじい、冷気と悪意が噴出する。
「くっ……!?」
「何が起きているんだ!?」
レイトが眉間にしわを寄せながら扉を閉める。
「中に何人か術者がいたようですけど、全員生きていないでしょうね」
「それは、ナダレ・ノースウィンドもでしょうか?」
「ええ、おそらくは。とりあえず、もうすぐここを抑えている結界のようなものが弾けます。少し離れましょう」
レイトの指示で、かなり遠くに移動させられる。
「レイト、中に、トウカとレイカが!」
「落ち着いてください、トウキさん。はっきり言って生存確率は絶望的ですが、焦ったところで何も好転しません」
そう言いつつも、レイトの表情は険しいままで、あまり余裕はないように見える。
「レイト、弾けるわよ」
「全員衝撃に供えろ!」
闇の聖霊の声に合わせて、レイトが号令を出す。
その瞬間、扉を開けた時に感じた冷気と悪意が爆発した。
目の前に広がるのは氷の世界。
夏も近いというのに気温は氷点下台まで下がっている。
「みなさん、無事ですか?」
レイトが白い息を吐きながら確認する。
何とか起き上がったアドルート団長が爆心地を確認する。
「あれは……なんだ?」
「ルナ、あれは……」
「氷精霊ね……元・がつくけど。完全に暴走した精霊なんて見るの初めてだわ」
「不味いですね。封じる手は?」
「あそこまで行くともう無理……殺すしかない」
「っ!?」
「精霊殺しは重罪だ……ここはオレがやろう。ケジメはつける」
トウキが立ち上がる。
しかし、レイトがそれを制する。
「残念ですが、どう頑張ってもトウキさんではあれにダメージを与えることはできません」
レイトが立ち上がる。
「気は進みませんが、ここは僕が。ルナ、グレイシア、申し訳ないですが手伝ってください」
「しかたないわね」
「同族不始末の片付けぐらいはお任せを」
レイトの髪の色が淡い紫に染まっていく。
「ここまで、力を使うのは初めてかもしれませんね」
暴走精霊が吼える。
それと同時に、レイトは魔法を放った。