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【新版】グレイフィアという世界で  作者: 結樹雪
第一章 「邂逅、そして始まり」
1/2

プロローグ 「一つの邂逅、一つの始まり」

以前に私が掲載していた「グレイフィアという世界で」の新しいバージョンです。前のは設定の煮詰まりが甘かったので、勝手ですがやり直させてもらいました。今度は最後まで頑張りたいと思っていますので、よろしくお願いします。

 夜の帳が降りようとしている。

 時を追うごとに地平線の向こう側へと沈んでいく太陽の残光が、押し寄せる闇に最後の抵抗を示すように空を染め上げ、朱色から紫を経て黒へと連なる見事なグラデーションを描いていた。

 気の早い星々がわずかに輝き始めている夜空。それを見上げるように鎮座する高い壁に囲まれた大きな街があった。

見上げるほどに高い壁。まるで城壁のように堅牢な壁の内側にある街の一画、繁華街ともいえる街の一部分は夜へと移る時間にも関わらず喧噪に包まれていた。

 数えきれないくらいの多くの人々が思い思いに自分たちの時間を過ごしている。ある者は恋人と語らうように。ある者は友と騒ぐように。また、ある者は路上パフォーマンスを観覧し楽しむように。そのすべての人々に共通しているのは皆が一様に、まるで熱に当てられたかのように浮かれているとうことだ。

 むせるような人いきれ。騒々しい雑踏の中を歩く一人の人影がある。

 見目麗しい少女。細く華奢な体と夕焼けのような朱色の髪はいかにも儚げで、暗闇に浮かぶ蝋燭の灯火のように、不思議な魅力があった。首には丈夫そうな紐がかけられておりその先には、腕を広げてようやく端を掴めるほどの大きなトレイが吊るされている。両端を持ち一辺を腹部に当てながら持っているトレイの中には、外でも食べやすいようにと工夫されている様々な種類の軽食がところ狭しと並んでいた。質素だが仕立ての良い制服を身に着けながら繁華街を練り歩く売り子の少女。いまにも壊れてしまいそうなほど儚げな少女が歩くたびに、朱色の髪が尻尾のように揺れ、男のみならず女の視線までも独占する。

 どこからか、溜め息がこぼれる音が聞こえた。

 舞台上を歩くお姫様のような歩みは、溜め息の花を路上に咲かせ続ける。

 少女以外の時が止まったか如く、繁華街の一角に静寂が生じる。

 そんな静けさの最中、立ち止まり動きの消えた人ごみの間を縫うように歩く一人の少女がいた。栗色の髪を靡かせる彼女は、売り子の少女を見つけると両腕を思い切り振りながら声を上げた。


「煌――っ」

 

   ◆

  

 茅野煌は自分の名前を呼ぶ声の方へと振り返る。視線の先には、立ち止まる多くの人々の間に見知った少女の顔があった。元気よく手を振る少女に煌は溜め息をこぼしながら近づいていき、


「遅い」

「開口一番に随分な物言いですね。第一、勝手に店を出ていったのは煌の方ですよ」

「それはお前の支度に時間がかかったからだろう」

「女の子の身だしなみには色々と時間がかかるものなのですよ」


 いたずらっぽい笑みを桜は浮かべる。煌の見る分に、確かに桜はいつも以上に目を惹く容姿となっていた。栗色の髪の毛は艶やかで温かい春の風に柔らかく靡いている。薄らと施された化粧は彼女の魅力をより引き立てており、天使のような笑顔を浮かべればそのまま男が昇天してしまいそうなくらいだ。だが、


「言い訳にもならないぞ。それは」

「そこを『しょうがないな』と笑って済ませることこそが男の甲斐性ですよ」

「そんなくだらない甲斐性ならなくてよかったよ」

「相変わらず、減らないお口ですね――」


 と、桜はコロコロと笑う。そのおもわず目を奪われるような微笑みに騙されないように、煌は溜め息を零した。


「……おまえも相変わらず口の減らない女だよ……」

「褒め言葉として受け取っておきますね」


 にっこりと笑う桜の周囲には、煌が首から下げているトレイと同じものが六枚ほど、湖面を漂う花びらのように浮いていた。揺れも歪みもなく、銀色のトレイが水平に浮かんでいる。トレイたちは支えがあるわけでもなく見えない糸で吊るされているわけでもない。普通ではありえない手品か魔法みたいな光景だ。だが、その光景を煌は平然と受け入れる。


「そっちの方も相変わらず器用だな」

「その言葉は、素直に褒め言葉だと受け取りますね」

「つまりさっきは素直でなかったと」

「揚げ足取る人は嫌いですよ?」

「ひねてる女はもっと嫌いだが?」


 煌と桜の他愛のないやり取りを見てようやくこの場に時間が返ってくる。周囲の人ごみは先ほどまでの喧噪を次第に取り戻して行き、呪縛にかかったように停止していた人々も動き始めている。そんな周りの変化を見て桜は思案するように細い指を唇に当てる。


「うーん。やっぱり元通りに回復するまでの時間が早くなっていますね」

「そりゃ、このあたりで販売を始めてだいたい一か月になるからな。周りもようやく慣れ始めたんだろ」

「そうそう。そういうこった」


 向かい合う二人の間に声が飛び込む。声変わりの終わった低い声。振り向くとそこには常連の男性がいた。男性を認識すると、桜がにこやかな、そうは見えない営業スマイルを浮かべて対応をする。


「あ、どうもです。今日もいつもと同じものでよろしいですか?」

「うん頼むよ桜ちゃん――。相変わらず可愛いね」

「ありがとうございます。でも、そんなこと言ってもサービスはしませんからね」


 はは、と男が笑う。


「そんなことしてほしい訳じゃないよ」


 で、と常連の男性は煌の方へと振り返る。


「煌ちゃんももっと笑った方がいいよ。せっかく綺麗で可愛いんだから」

「……嫌だ」

「ほらそう不愛想に答える。せっかく女の子なんだから可愛く笑わないと」


 ほら笑顔笑顔、と常連の男性は煌を囃し立てる。いつの間にか集まっていた多くの人たちも

それに乗って煌へを煽り立てた。どうやら彼らは煌と桜の売り物に集まったお客らしい。

「そうそう。煌ちゃんは女の子・・・なんだからー」「笑顔はプライスレス――」「美少女の微笑みは何よりの宝物よ!」「老い先短い爺に楽しみをくれんかのぉー」「煌お姉ちゃん――」

 好き勝手に声を掛ける老若男女に煌はフルフルと肩を震わし、ブーツのつま先で細かく地面を叩く。


「俺は、――男だ! 女じゃない!!」


 煌の叫ぶ声が繁華街に響いた。


   ◆


 コツコツという硬質な響きが継続的に響いている。心臓の拍動よりも早いリズムの音は明らかに苛ついており、音の発生主の感情が手に取るようにわかるようだった。


「煌。もうそろそろ機嫌を直しませんか?」


 わがままな子供を宥めるような口調で、桜が声を掛けてくる。

 煌は桜の言葉には何も答えずにただ態度で示す。

 ブーツの靴先が地面を叩く苛立たしげな音が、途切れることはなかった。

 煌が苛立っている原因は、先ほどの客たちの反応にある。

 自分の性別が女ではなく男であると告げた後、彼らはこう口を開いた。

『知っているけれど』、と。

 ならばなぜあんな要求をしたと問い詰めたいところだが客たちはもうおらず、それも叶わない。

 吐き出しようのない不満が自分の中に溜まっていく。

 はぁ、という溜め息が隣からこぼれた。


「そんなに嫌なのでしたら、女の子の服なんて着なければいいじゃないですか」

「……そういうわけにもいかないだろう。――雇い主の要望なんだから」


 諦めるような声で煌が呟く。

 煌と桜の雇い主。この街、クレタで飲食店を営む女店主は最近になって街中で軽食を売る商売も始め、そして店主がその売り子に選んだのは雑踏でも視線を独占して目立つ煌と桜の二人だったのだ。


「いやまぁ、私たち二人が売り子に選ばれたのは結果としてよかったと思いますよ」

「……それくらいはわかっているよ」


繁華街の片隅、人々の憩いの場でもある広場で中央に鎮座する噴水の縁に腰を掛けている現在でも、通行人の視線を時折感じるのだから店主が二人を選ぶことに、煌は納得をしている。傍らにある完売状態のトレイを見ればその結果は推し量れるものだ。もともと料理の腕前は良く味の評判は良かったのだが、それだけで屋台がたくさん並ぶ激戦区を勝ち抜けるわけではないのだから。

だけれでも、


「わかっていても嫌なものは嫌だ」


 はっきりと告げる煌に桜はもう何度目かもわからない溜め息をつく。


「そんなに嫌なのでしたら、断ればよかったじゃないですか」

「そういう訳にもいかないだろう。――居候をさせてもらっているんだから」


 そう言葉に出すと、隣で桜が驚いたように一瞬だけ目を見開いてから、柔らかい微笑みを浮かべた。


「まったく、変なところで頑固なんですから」

「呆れたか?」

「まさか」


 そう言いながら、桜は足をブラブラと揺らす。月明かりの下で行われる子供っぽい仕草はどことなく妖艶で、そしてどことなく楽しそうであるように煌の目には見えた。


「そういえば、もう一か月になるのですね」


 唐突に桜がそう口にする。


「そう言われてみると、それくらいか?」


 煌は指折りしながら日数を数えてみる。こちらに来てからの日数を覚えている限りで遡っていくと、確かに桜の言葉の通り、だいたい一月ひとつき程度の時間が経っていることに気が付いた。

 それに気が付いた煌の内心に妙な感情が湧き上がる。

 それは遠く離れた故郷を思う望郷の念にも似ながらも、自分の家に帰ってきたような安心感にも似ているという、形容しがたい不思議な感情。

 郷愁とそれに相反する反対の感情に抱かれながら、煌はふと夜空を見上げる。

 何かを意図したわけではない何気ない動作の先、見上げた視線の向こう側には砕けた月が夜空に浮かんでいた。

 夜空に浮かぶ大輪の月は、太陽の光を反射し白く輝きながら砕けた破片で朧げな新円を描いている。

 元いた場所。日本ではあり得ない光景。目を疑うような信じがたい風景に、だが煌は違和感を覚えずただそれを受け入れる。受け入れることができてしまう。


「――それはおそらく記憶が残っているから。ってことか」

「ん? 煌。何か言いましたか?」


 訊ねる桜に、なんでもない、と言い返しながら煌は周囲を見渡す。

 完全に夜の帳が下りきった後の街並みは暗く見通しが悪い。憩いの場である広場なのだが、夜はその用途が必要ないらしく、光を発する街灯も必要最低限の数しか設置されていない。だがそれでも、暗さに目が慣れることができれば細かいところまで見ることが可能なので問題はないのだろう。

 煌の見渡す先には石造りの建物群が見える。クレタの街は石で造られている街だ。道も建物もぐるりと街を取り囲む防壁までも、石を材料としている。独特のデザインは地方特有の風土的なものを感じさせた。その意匠は欧州というよりも中世ヨーロッパ風のファンタジー世界に似ているようにも見える。


「もうここの街並みも見慣れたものだな」

「さっきも言いましたけれども、こっちに来て一か月くらいですからね。慣れて当然かと思います」


 そうだな、と煌が何気なく言葉を返してからは二人の間に言葉が交わされることはなかった。じっとりとした沈黙。響く音は背後の噴水が立てる水音のみだ。

 言葉も一つもない静寂。だが、それが気まずさにつながることはない。間に言葉がなくとも煌と桜の間に差し障りはないのだから。

 水音だけが響く広場で、次に動いたのは隣に座る少女だった。


「――ん?」


 と、何かに気が付いたように、桜は急な動きで顔を上げる。それに数瞬遅れて、


「……騒がしいな」


 煌も異変に気がつく。桜が煌の言葉に首肯で答え、


「術式の気配。……ちょっと遠いですかね」

「そうみただな。それで、どうする?」


 訊ねる言葉に桜が振り返る。少女の顔には悪戯っぽい笑顔が浮かんでいた。


「どうします?」

「訊いたのは俺なんだが……」


 どうする、という煌の言葉の意味は、これからどうするという意味だ。術式が街中で使われたということは、何か異変が起きているということの証明でもある。普通ならば街の治安を守っている警備隊が出張ってくるはずだが、まだ動き出してはいないらしい。


「どうせ何もすることがなくて暇なのですから、見に行ってみますか?」

「そうだな……」


 と、口にしながら煌は立ち上がる。迷うような口ぶりをしながらも、その動作に戸惑いは感じられない。

 桜の言う通り『どうせ何もすることはない』から。だとしたら、


「少しでも楽しめそうな方へ向かうか」


 煌は広場へと繋がる路地の入口、騒動の気配がする方向へと顔を向ける。


「そうですね。――それに、どうやら騒動の方から飛び込んでくるみたいですし、避けようはないみたいです」

「無駄口は叩くな。――来るぞ」


 先ほどから感じている戦闘用に術式が使われている気配。それは次第に煌たちがいる広場に近づいてきている。まるで逃げる獲物を追う肉食獣のような動きに、煌と桜は夜闇の中で静かに身構えた。


   ◆


 暗闇の中から飛び出してきたのは、二人の人影だった。ローブに身を包んでいて顔までは見えないが体格からして子どもと少女だ。そして、二人の後に続くように四つの影が飛び込んでくる。四人は皆が統一された黒い服とマスクを着ており、こちらも一見しただけでは人相がわからないようになっている。子どもと少女を追う動きに無駄はなく、ただの一般人ではないことが容易に推測できた。

 どこかに怪我をしているのだろうか、動きの鈍い少女に子どもが肩を貸している。そのために二人の歩みは遅く、追う四人との距離はみるみる内に詰まっていく。

 追いかける四人の内、先頭を駆ける男の手が子どもの背中に届こうとした瞬間、煌と桜は動き始める。

 まず始めに動いたのは煌だった。力を抜いた自然体のまま素早く足を踏み出し、急速に駈け出す。滑るような足運びで走り、距離をなくす。戦うことは久しぶりだったが、それでも体の奥底、本能に至るまでしみついた技術は色あせることはなかった。今のこの瞬間だけは、血のにじむような修練に感謝の念を抱く。

 軽やかな足捌きで煌は二人の間に割り込み、追う者が伸ばす手を横から掴み取った。


「子ども相手にその人数は、ちょっと大人げないんじゃないか?」


 軽口を叩くようにマスクをつけた者に問いかける。だが、相手から答えが届くことはない。

 マスクの者は無言で手を煌の手を振り払い、背後へと飛んで距離を取る。何も口に出したりしないが、こちらへの警戒を急に上げたのを、煌は空気の違いで敏感に悟った。

 マスクの集団の内に一人が、煌へと警戒を払う中、他の三人が迂回するように進路を変更する。どうやら、邪魔者である煌をよける算段らしい。そちらの迎撃に煌は回れない。目の前にこちらを警戒している敵がいるのだから不用意に動けなのだ。だが、動かない理由はそれだけではない。


「ま、動く必要もないよな」

「当然ですよ」


 背後から聞こえる鈴の音のような声と共に、視界の端で銀色の何かが乱舞する。

 月明かりを浴び白銀に輝くそれらは、煌と桜が軽食を売り歩いていた時に使ったトレイだった。小さい机の天板ほどの大きさがあるそれらが空中を縦横無尽に飛び交い、煌を迂回しようとしていた三人の敵を牽制する。時には視線と進路を遮る壁のように。そして時には細い側面を使い振り回される棍棒のように。

 桜の指運によって動く七枚の白銀は、まるで舞を舞っているかのようだった。


「――っえ? 何が……?」


 煌のすぐ後ろで、惑うような声が上がる。幼い声。もうそろそろ声変わりを迎えようかといった感じの男の子の声だった。


「おい」


 と、煌は背後を確認せずに、少女に肩を貸す男の子に声を掛ける。


「は、はい? なんですか?」

「こいつらは何者? まさかお友達とかじゃないよな?」


 視線で示すは、未だに警戒をしているマスクの敵だ。質問の意味を理解するのに時間がかかたのか、少々の間をおいてから男の子が答える。


「――違います!」


 強い否定の言葉。前方に警戒を払いながら背後を盗み見ると、男の子のローブが取られており、素顔が月明かりに照らし出されていた。

 白金に輝く金色の髪と蒼玉サファイアのような青色の瞳。いかにも育ちのよさそうな男の子だった。貴族かな、と煌は男の子の身分に適当なあたりをつける。


「そっちのは大丈夫なのか?」


 煌は男の子にもたれかかっている少女のことを訊ねる。息が荒く体が小刻みに震える様は明らかに尋常ではない。肩を貸している少女を見つめると、男の子の表情が苦痛に歪む。


「たぶん。……でも毒を入れられたみたいで……」

「それはあまり楽観できる状況ではありませんね。それと、お友達でないのならば、彼らとはどういう関係なのか教えてもらってもいいですか?」


 場に似合わないおっとりとした声で問いかけるのは桜だ。三人の敵を軽くあしらいながら訊ねる彼女にも、まだ随分と余裕がありそうである。桜の問いに男の子は戸惑いながら答えた。


「……わかりません。急に襲われたもので」

「それはなんとも物騒なことで」


 呆れるように煌は目の前の敵を見つめる。

 話を聞く分に、男の子に嘘をついているように感じられなかった。つまり、襲われる何らかの事情が男の子側かマスクの集団側にあるのだろう。


「煌。どうしますか?」


 今度訊ねてきたのは桜だった。

 どうするのか。示される道は多いようで少ない。敵を倒すか倒さないかの二択だ。

 煌は構えた拳を下げないまま、思案する。

 目の前のマスクの集団が治安を守る側の存在だとは思えない。もしも男の子たちが実は凶悪犯で彼らを捕まえようとしているのなら、身分を明らかにして煌たちに協力を求めれば良いだけなのだから。公にしたくない捕り物ならばその限りではないが、そもそも、彼らの体術が警備隊のそれとは毛色が違っている。すなわち、彼らは治安側の人間ではないのだろう。


「あいつらって倒しちゃってもいいの?」


 最終確認。背後の男の子に最後の念を取る。


「――はい。お願いします」


 男の子の許可する声を聞きながら煌は強く地面を蹴った。


    ◆

 

 エレナ・バインシュミットは朦朧とする視界で『それ』を見ていた。

 撃ち込まれた毒の影響で息は荒くなり体は震え嫌な汗が全身から噴き出すが、それすらも気にならなくなるような光景が目の前に広がっていた。


「大丈夫?」


 覗き込んでくるのは蒼玉色の瞳だ。


「――すみま、せん。もう大丈夫、ですから……」

「待って」


自身の使えるべき主に体を支えてもらっていることを恥じ、体を離そうとしたが、予想以上に強い力で腕を掴まれ、引き止められる。


「僕は大丈夫だから、もっと楽な姿勢をとりなよ」

「………………すみま、せん」


 辛うじてこの言葉だけを口に出し、エレナは主の体に再度もたれかかった。小さい体に体重をかけると幾分か体が楽になった気がした。

 つと、エレンは視線を前へと向ける。視界の端々が白く霞ながらも見る先には、二人の少女が四人の顔のわからない集団を翻弄する光景があった。

 朱色の髪と栗色の髪が、夜闇を泳ぐように揺れる。二人の少女の洗練された戦闘は、まるでトップアイドルの舞踏のようであり、視線を独占する力強い魅力があった。

 朱色の少女は徒手空拳で、栗色の少女は銀色の板状のものを術式で飛ばして。少女たちの戦いは余りにも一方的で、敵の集団は手も足も出ていない。先ほどエレナは舞踏のようと思ったが、それならば二人の少女が主役で、四人の敵はバックダンサーに過ぎないほど、両者の実力には差があった。


「――まるで女神みたいだ」


 呟く主の言葉に、エレナは頷き返す。言葉を出せる体力も気力も尽きてしまったので動作で肯定する。

 視界の霞はどんどん強くなってゆき、荒い息の音が自分の脳内に響き渡る。

 意識は朦朧としだし、エレナにはもう気を失わないようにするだけで精一杯だった。

 白くホワイトアウトしていく視界の中で二人の少女が敵を倒していく。もうすでに二人の敵が石畳の地面に倒れ伏していた。


 ――ああ……。


 消えゆく意識の中でエレナは少女たちの舞踏を見ていた。


 ――助かったの、ですか……


 そう思ったところで、エレナの意識は急速に闇へと沈んでいった。


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