sampling case.2
部活を終えての家への帰り道、交差点で猫を見た。
青灰色のすらりとした猫が、ゆったりとした動きで道を横切っている。
そのとき、わたしは気づいてしまった。
普段ほとんど車なんて通らないこの道を走ってくる大型トラックの存在に。
その運転手が居眠りしながら交差点に突っ込んでくることに。
このままでは、あの美猫ちゃんが轢かれてしまうだろうことに。
その瞬間、なぜかわたしは飛び出していた。
大体交差点の真ん中くらいに居た猫に追いつくと、引っ掴んでとにかく放り投げた。
投げられた猫はびっくりしたのか毛が逆立っていたけれど、すぐに体勢を立て直すと、歩道の植え込み付近に綺麗に着地した。
それを視認したのと同時に、わたしの右半身に衝撃が走り―――気がつくと、白い場所に座りこんでいた。
辺りを見回してもどこにも壁すら見えない広い広い空間で、上を見ると天井も見えなかった。
照明なんてひとつもないのに不思議と明るいその場所で、わたしはソレと出会った。
思い返してもよく分からないけれど、なんとなく、人の形はしていた、気がする。たぶん。
顔も声も体格もよく分からないソレが話しかけてくるのに使ったのは、なぜか日本語だった。
ううん。もしかしたら、わたしが日本語だと思いこんでいただけで、本当は未知のなんだかよく分からない言語だったのかも知れない。
イメージを伝えてくる、なんてSFじみたコミュニケーション手段なのだと言われたら、信じてしまっていたかも知れない。
それくらい、分からないという印象だけが強い相手だった。
ソレは、たすけてくれてありがとう、と言ってきた。
わたしはソレを助けた覚えなんかなかったけれど、どうやらあの猫ちゃんがこのよく分からないモノが化けていた姿だったらしい。
目の前のソレは、おれいがしたいから、なにかねがいをいってほしい、と言ってきた。
わたしは迷わず、じゃあわたしを生き返らせて、と口にしていた。
痛さを感じる前にこの謎空間に来ていたけれど、直前に右半身にとんでもない衝撃を受けたことは覚えている。
たぶん、わたしは死んでいる。
だったら願いなんて、生き返ることしかないだろう。
それはわたしにとってはごく自然な願いだったけれど、目の前のソレにとっては違ったらしい。
目の前のソレは、いきかえらせるのなんてとうぜんだ、ほかにはないのか、と言ってきた。
死んだわたしを生き返らせる。つまり、死者を生者に戻すことを下準備扱いしてしまう存在と、この時のわたしは、どうして普通に話していたんだろう。そもそも、人型かどうかもあやふやなモノに話しかけられて普通に受け答えするなんて、この時のわたしはちょっとおかしかったのかも知れない。だけどそれは、後になって思ったことだ。おそらくこの時は、普通に受け答えできる精神状態であるようにと、ソレに操作されていたんだろう。
話を戻そう。
わたしの最大の願いである生き返ることは、問題なく叶うらしい。
ならばわたしは満足だ、他に願いなんて別にない。だから正直にそう言うと、目の前のソレはまた不満そうだった。
そこで、何か願いはないかと考えて、ふと思い出した。
そもそもなぜ事故は起こったのか。
トラックの運転手が居眠りをしていたせいだ。
そして、時間が戻ったところで、あの運転手はおそらく同じように寝ているだろう。
わたしは、あの運転手が居眠りをしていなかったことにするか、あるいは目を覚まさせて欲しい、と目の前のソレに望んだ。
目の前のソレは、今にも溜息を吐きそうなほどに不満げだった。それでも、わかった、と言って―――気がつくと、わたしは交差点へと続く道を一人で歩いていた。
そして問題の交差点に差しかかってもあの猫ちゃんの姿はどこにも見当たらず、居眠りなどしていない運転手が大型トラックのハンドルを回して交差点を右折するのを見守ってから、わたしはゆっくりと交差点を渡った。
翌日、先に部室に来ていた友達が何かネタはないかとうなっていたから、雑談がてら昨日の体験を話してみた。もちろん、実体験ではなく、夢の話として。
猫を助けてソレに会うまでは笑って聞いていた友達は、最終的なわたしのお願いを聞くとバカだねと呆れたように言った。それにちょっとムカついたわたしに、なんで異世界トリップをお願いしないの! と、机をだんだん叩きながら熱弁してきた。
友達いわく、何でも願いを叶えると言われるところまでは、よくある展開らしい。そしてそこで異世界へ、具体的には剣と魔法のファンタジーな中世っぽい世界へと渡ることを願うそうだ。
もちろん、平成を生きる女子高生がそんなところに放りこまれて生き延びられる筈がない。だから、生き延びられるだけのチート能力をつけて貰うのだそうだ。その世界屈指の剣の才能だったり、その世界の誰も敵わないような膨大な魔力を持っていたり。女子高生が主役だと、魔法関係が多い気がする、とは友達の意見だ。
私は文芸部に所属しているけれど、友達の言う種類の話は読まない。友達もわたしが好きなジャンルを読まない。一度だけお勧めの作品を教えあったことがあるけれど、お互いの感想は「なんか好きになれない」だった。それ以来、どちらからも特に勧めたりはしていない。部活の先輩から、ある意味どっちもファンタジーだろうと言われたことがあるけれど、全然違う。例えるなら『指輪物語』と『松帆浦物語』を一緒にするくらい間違っている。その先輩にはとりあえず、友達と二人がかりでひたすら違いを説明してみた。そうしたらわたし達の情熱が伝わったらしく、最後には涙目で謝ってくれたのは良い思い出だ。
話が逸れた。
ようするに友達は、彼女好みの展開になったにも関わらず、彼女好みのフィールドに突入しなかったわたしが不満だったみたいだ。
だけど、忘れてはいけない。
異世界トリップとかチートとかが好きなのは友達の方であって、わたしじゃないのだ。
なぜわたしは異世界チート転移を願わなかったのか?
だって、異世界にはBLが無いじゃない!




