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sampling case.1

 ありのまま、起こった事を話そう。

 交差点でトラックにはねられそうになっていた三毛猫を、間一髪で助けた。

 ほっとする間もなく、代わりに俺がはねられた。

 右半身にちょっとあり得ない衝撃を受けて、痛いとか死ぬのかなとか思う間もなく俺の意識はフェードアウト。

 そして目が覚めたら、真っ白なだだっ広い空間に居た。

 前後左右どころか上下感覚も曖昧なその空間で、俺はよく分からないモノと会った。

 多分人型だったと思う。男か女か子供か老人か、よく分からない。体格は普通だった、気がする。

 その良く分からないヤツが言うには、俺が助けた猫はそいつ自身で、助けてくれたお礼がしたいと云う事だった。

 人型っぽい気がしないでもないのに猫だとか、なんかもう間違いなく意味不明な事を言われている訳だが、その時の俺はそんな事に疑問を持つ事なく、そいつの話をすんなりと受け入れた。

 何か願いはないかと訊かれた俺が真っ先に思い付いたのは、はまっていたゲームで俺が使っているキャラクターのスキルを、リアルでも使えないかと云う事だった。

 そんな荒唐無稽と言って良い俺の願いを、そいつはあっさり了承した。それどころか、そんな事で良いのか、もっと他に願いは無いのかとさえ訊いて来た。

 俺がそれだけで良いと答えると、そいつは不満そうだったが、分かったと答えた。どうして顔もよく分からない相手が不満げだと思ったのか。思い返すと不思議だが、多分、声音とかそんなので判断したんだろう。

 そしてそいつは不満たらたらっぽいままで、それじゃあ交差点に飛び出す前の時間に戻して生き返らせる、と言った。

 その言葉に頷くと、いつの間にか問題の交差点へと続く道を歩いていた。

 交差点に辿り着いてもさっき助けた短い尻尾の三毛猫の姿は無く、トラックが交差点を通り過ぎるのを待って、横断歩道を渡った。

 ちなみに、トラックの運転手は居眠りをしていなかった。もしも居眠りをしていたら、遅かれ早かれどこかで事故は起こっただろう。事故が起こっても俺が悪い訳ではないが、もの凄く寝覚めが悪くなった気がするから、正直これは助かった。

 それはそれとして。

 とりあえず、一度ひと気の無い所でスキルを使ってみない事には始まらないだろう、とか。

 ゲーム画面で見る魔術と現実に発現する魔術では、やっぱり違うんだろうか、とか。

 炎系の魔術を使ったら自宅を含めて向こう三軒両隣うっかり焼き尽くしました、なんて嫌過ぎる事態は遠慮したいから、充分周囲には気を配らないとまずいだろう、とか。

 そんな事を考えていたこの時の俺は、手に入れた能力によってこれからの人生が楽しくなるものだと、信じて疑わなかった。


 そして一ヶ月後。

 手に入れたスキルの人生においてのあまりの使えなさっぷりに、本気で凹む俺が居た。

 いやもうホント、びっくりするぐらい使えない。

 だけど、ちょっと考えたらそんな事は当たり前だった。

 俺がゲームで使っていたキャラの職業は黒魔術師だ。つまり、攻撃魔法特化職。正確に言うと魔法じゃなくて魔術だが、そんな細かい事は今はどうでも良い。

 黒魔術師が具体的に出来る事は、炎の龍で敵をこんがり焼き尽くしたり、隕石落として敵をぷちっと潰したり、風の刃カマイタチ放って敵を切り刻んだり。他にも色々とあるんだが、まとめてしまえば、超常現象で敵を殺す能力、と云う事になる。

 そして、ここで大事な大事な前提をひとつ。

 俺は日本人だ。現代日本の片隅に生きる、ごくごく平凡な大学生なのである。

 縄文弥生や百歩譲って戦国時代とかならともかく、西暦も二千年を越えた平和な国で、そんな能力が活きる場面があるだろうか。そんなもん、ある訳がない。

 色々試して、威力は調整出来るようになった。主に攻撃力を下げる方向で。

 戦術級隕石魔法『メテオロイド』を、消しゴムの欠片ひとつくらいまで威力を落とす事にも成功している。ゲーム内でのエフェクトが敵陣営に流星群が降り注ぐと云うものなので、最大威力は試せてないが。

 ここで何が言いたいかと言うと。

 消しゴムレベルの隕石出すなら、おとなしく消しゴム投げてろよ、と云う話である。

 火が欲しいならライターでも持ち歩けって話だし。

 雷魔法も静電気レベルまで下げられるが、静電気を防げる訳じゃなかったし。

 せいぜいが、友人がドアノブとか掴んだ瞬間に静電気をぱちっとやって驚かすとか、講義中に寝てる友人の後頭部へ消しゴム程度の衝撃をぽこぽこピンポイントで当てまくるとか、そんな感じの超小さないたずら程度にしか使えない。しかも俺がやってると気付かれないから、話のネタにもならないし。

 何か参考になるデータはないものか。

 そう思ってネットで色々調べてみたものの、現実での攻撃魔法の活用術なんて見付かる筈もなく。

 せいぜいゲーム内での裏技的利用法くらいしか見付からなかった。

 代わりに山ほど見付かったのが、俺みたいにゲームの能力をもらい、異世界に行って好き放題する奴が主役のネット小説だ。

 異世界チートとか異世界トリップとか言うらしい。

 衝撃を受けた。

 確かに剣と魔法のファンタジーな世界なら、俺の黒魔術師スキルも存分に利用価値があっただろう。

 それこそ山ほど書かれているみたいに、可愛い女の子をわんさか手に入れるハーレムエンドもあったかも知れん。

 思い付かなかったものはしようがないが、それでも思わずにはいられない。

 なぜ俺は異世界チート転移を願わなかったのか、と。

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