表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五寒町(ごさむちょう)カプリッチオ!  作者: 坂宮辰
神祇レコンキスタ編
2/2

第2話 最高にハイな朝(※グロ注意)

 人間の脳髄と称する怪物は、身体の中でも一番高いところに鎮座して、人間全身の各器官を奴僕のごとく追い使いつつ、最上等の血液と、最高等の栄養分をフンダンに搾取している。

 脳髄の命ずるところ行なわれざるなく、脳髄の欲するところ求められざるなし。

 何のことはない、脳髄のために人間が存在しているのか、人間のために脳髄が設けられているのか、イクラ考えても見当が付かないという……それほどさように徹底した専制ぶりを発揮している人体各器官の御本尊、人類文化の独裁君主がこの脳髄様々にほかならないのだ。



「絶対探偵小説 脳髄は物を考えるところに非ず」より引用

(※出典:夢野久作「ドグラ・マグラ」)


 広い3階建ての店内には、刺殺体焼死体轢死体撲殺体絞殺体銃殺体餓死体斬殺体毒殺体圧死体水死体凍死体裂死体戦死体爆殺体落死体乾死体喰殺体。

 死んですぐのものから、黒蠅の蛆が貪る程度の物、腸内から発酵した腐敗ガスでグジュグジュに腹を膨らせた物、乾燥した皮や肉を何とかその骨に貼り付かせている程度の物。

 勿論、四肢が揃った者ばかりでは芸がないので、アチコチが欠けた者や、手足や胸、性器などのパーツのみも有って。

 死体は赤ん坊・幼児・子供・成年・中年・壮年・老年と人生に於ける人間のすべての形態が並べられ、そこに性差や人種を理由とした差別は無く、意外に思う人間も居るかもしれないが、争いもない。

 ある意味で、ユートピアと呼ぶに相応しい光景だろうか。

 うーん、俺ってば哲学的。ちょっと衒学的ぺダンティックでイラつく?

 ともかく、ついすみか亭には、防腐処置を施された想像し得る限りのあらゆる死体の現物や立体映像、或いは歴史的な価値すら有する2Dの写真までが店内を彩るようハイセンスに配置され、訪れる客の目を愉しませている。

 どれもこれも死者の幻臭を漂わせる逸物ばかりだ。

 その網膜に最期の光景を結ばせ、死して尚その身を好奇の視線に晒す悲喜劇に、彼ら彼女らが羞恥と怨嗟の念を募らせていると言われても、俺は少しばかりも驚かないだろう。

 此処は〈五寒町〉でも比較的に珍しい、"モルグ・バー"と呼ばれる変わり種の酒場だ。モルグとはフランス語で「死体公置所」を意味する語であり、そうした物を目にしながら酒を飲み、軽食を摂れるようになっている。

 俺たちは今、終の栖亭の3階の廊下を歩いている。いつも俺の仕事をサポートしてくれる、この酒場を根城にした情報屋の1人に会いに来たのだ。

 現状では、何といっても情報そのものが少なすぎる。"レコンキスタ"については、そのアジトの位置や組織の規模、構成員について、具体的な情報を掴めていない。

 依頼達成の為に、それらを知るのが先決って事は、IQが俺の2/3も有れば分かるだろう。だから来たのだ。

 俺が「ネット使って、颯爽とレコンキスタのメインサーバーに侵入、そのデータをすっぱ抜き、クールに決める!」とか出来れば、その必要も無かったんだが、残念ながら20年以上パソコン使ってても、俺にはキーボードの文字の位置が覚えられない。

 向き不向きってヤツなのだろう。

 因みに、オンラインテストの結果に因れば、この独立自治区〈五寒町〉に於ける同年代と比しての、俺のInteligence Qualityの数値は、軽く200を超えている。他の地域の日本人と比較すると、100くらいらしいけど。

 頭悪いな、この町の住人。

 余談だが、何故モルグ・バーが珍しいかと言えば、単に死体を飾るだけであれば、採算が合わず、食っていけないからだ。

 他の場所はいざ知らず、こと〈五寒町〉に於いては、探すまでも無く死体がゴロゴロ転がっている。死体に性的興奮を覚えるような、特殊な嗜好フェティッシュの持ち主たちにとっては、天国のような場所だろう。

 故に、店主には何らかのアクセントを加える才能が要求される。具体的には、芸術性を高めるか、とにかく珍しい死体を揃えるかだ。終の栖亭が、この街で最も繁盛している所以は、その両立を成功させている点にある。

 男も女も、客の多くが談笑するでもなく、ためつすがめつ亭内の"置物"を鑑賞する。店の雰囲気も、そうした客のニーズに応えるため、物静かで落ち着いた、それでいて死の雰囲気を醸し出す内装に仕立て上げられているのだ。

 曾て21世紀に死体写真家として名を馳せた、【死化粧師オロスコフ】の釣崎清隆やピーター・ウィトキンがこの店を目にしたとすれば、どんな反応を見せていただろうか。少なくとも、モラリストの前者は激憤するに違いないが。


「物凄い悪趣味。こんな店建てるヤツもオカシいけど、それを愉しむ連中はもっと最悪」 


 言って、シュシュが眉を顰める。確かに、朝っぱらから入り浸りたい場所では無い。


「価値観の相違ってもんだろうさ。それに、他人のことを言えるのか? ちょっと興奮してるだろ」


「な、何のことだか分からないわね? バカじゃないのっ!?」


「言いながら、その辺ちらちら見てたら説得力ないぜ」


「うっ……」


 図星を突かれ、巫女スタイルのシュシュが恥ずかしそうに目を伏せた。ヤバい、可愛い。これが大和撫子って実在したんだな、人造人間だけど。

 シュシュは死体愛好家と云うよりも、単純に男性の裸体そのものにお熱い眼差しを向けているようだ。

 細胞速成増殖エスカレーティングにより、思春期を過ぎるや否やと云ったところまで見た目は成長していても、その精神年齢は外見よりも幼いのだろう。初々しい反応、いとをかし。

 シュシュが伏し目がちに視線を送っているのは、逞しい裸体を惜しげもなく晒す、黒人男性の胴体像トルソーだった。ひょっとすると、何処かで見た顔だったのかも知れないが、首が無くては、どうにも確かめにくい。アチコチが色んな古傷だらけなのを見るに、大方はこの町の住人であったのだろうが。

 壁のようにぶ厚い胸板には、メラニン色素の多量に付着した乳首。その先端に、赤と青の色硝子でできたリングが付けられ、胴の所々には乾いた血痕を残している。年頃の女には、エロティックに見えるものだろうか? 今度、義妹のコーも連れてきて確かめよう。

 感覚の違いのせいか、俺が気になるのは、死体の首が何やら鋭利な刃物で切断された物である事と、この前来た時には見なかった、状態の新しいコイツが、つい最近に出回って来ただろうこと位だ。

 特に、首の断面そのモノが気にかかる。推測通りであれば、どうやら此処に来た甲斐があったらしい。

 因みにワーケイの事務所を出る前、シュシュはゲロまみれの体を洗い、今は新しい巫女服に袖を通している。

 大まかなデザインは変わらないが、錦鯉の刺繍に代わって、背中に金糸・銀糸で昇り龍が縫われている。履いているのは、純白の足袋たびと一本足の高下駄だ。指に挟んだ鼻緒は勿忘草色フォゲットミー・ノット。うむ、何とクールなのだろう。腰に帯びた侍ソードも趣深い。


「それで、情報屋ってのは、何でこんな胡乱な店に居るわけ? 趣味だとしたらサイテーね」


 見知らぬ他人を蔑むシュシュの顔も、また素敵だ。火に油を注ぐような不謹慎な発言で、もっと怒らせてみたい。だがしかし、今回は残念ながらその照れ混じりの怒りを楽しみに来た訳ではないので、残念ながら自重する。

 本当に不本意ながら、仕事なので。よし、後で2,3個その辺の首をパクって、憂さ晴らしにワーケイの事務所に放り込んでこよう。


「そう言ってやるな。ヤツだって、好き好んで屍姦愛好家ネクロフィリア人肉食家カニバリストに生まれたわけじゃない」


「うう……言ってることは正しいかもしれないけど、絶対に謝罪はしたくないわね」


「まぁ、所詮はこの町に逃げ込んで来た犯罪者だからな。人格と嗜好の矯正も、今は本人の同意が有れば出来るし」


「なおさら悪いわよっ!」


「本人曰く、個性を大事にしたいらしい」


「そんなもんを個性で済ますなっ!?」


 こんな風に和気あいあいと会話を楽しみながら、俺たちは3階のバー・カウンターに到着した。



「何か……割と、普通の雰囲気ね。相変わらず死体だらけだけど」


「気は抜くな。それと、俺の傍を絶対に離れないように」


 流石の俺も、ココでは気を引き締めないと、少々危険な目に遭うかも分からない。だから、ギャグが少なくなってもやむを得ないのだ。取り敢えず、予防線を張っておくぜ。

 1,2階と異なり、この階はオーナーに認められた高級会員しか、サービスや飲食を楽しむ事はできない。足を踏み入れるのに制限はなく、特にパスを求められるわけでもないのだが、暗黙の了解と云うものが有るのだ。そのせいで、一般客や一般会員が立ち入ることは稀である。コネが有るので、俺は顔パス。

 下層階のおどろおどろしいデザインのそれと異なり、この階のカウンターやテーブルは、極上の紫檀を用いたシックな物。客が腰掛けるスツールも、一見すると人骨で組まれた禍々しいモノに見えるが、その素材は単なる特殊樹脂。一見すると、ただの悪趣味なバーにしか思われない。

 だがこの階は、死体を眺めるだけでは物足りぬ、救いようの無い一部の客たちの為に用意された聖地だ。客層も下層とはガラリと変わり、町の住人であれば誰もが近づきたがらないような、「紳士・淑女」たちばかりとなる。俺は違うけど。

 年に何度か事情を知らぬ新参者が侵入し、この場を乱すと、決まって"洗礼"を受けることになっている。具体的には、眺めていた"客"が眺められる"物"に早変わり。その過程を貪欲な客が愉しむのも、サービスの一環らしい。

 会員制でありながら、一般客に門戸が開かれている理由も、概ねその点にある。この凶悪な連中を満足させるような死に方だけはしたくないものだ。

 だから「紳士・淑女」どもは勘違いしているのだ。コイツらが、俺を見て憎々しげに舌打ちする必要も無ければ、テーブルの下に潜る必要も、半狂乱になって神に祈る必要も無い。全く、失礼しちまうぜ。

 

 俺が歩みを進める先、カウンターから最も遠いテーブル席では、年齢不詳の褐色髪ブルネットの美女が1人、黙々と食事を取っていた。


「一応聞くぞ。空いてるな?」


「…………」


 返事は無かったが、気にせず椅子にかける。

 食事中の女に会話を強制するほど、俺も野暮な男ではない。


「ちょっと、情報集めに来たんでしょ? 何いきなりサカってんのよ」


「察しが悪いな。コイツが情報屋だ」


「え、この人? 女の人だけど」


「女ってのは正しいが、人なのかどうかは俺にも判らん。それと、シュシュ(人造人間)が言うな」


 女の年齢は、見たところ3歳から80代後半までの何れか。

 肩まで伸びた茶褐色の髪を後ろ頭でポニーテールに纏め上げており、白人にしてはややペールピンクに近い肌と、少し低めの身長から、ラテン系の血が濃い様に思われる。

 身に付けた衣服は、情熱のカーマインに染まった"革"製のライダースーツ。豊かなバストが、強調される様な格好だ。

 胸部が圧迫されて息苦しく無いんだろうか? なんて感じたりもするのだが、当人にそれを気にした様子は欠片もない。顔の造形は彫りが深く、いびつな三日月型の鳩血玉ピジョン・ブラッドが、上下に点対称にくっ付いたような、艶やかな朱の唇が特徴的だ。個人的には、露わにした耳のカタチも好いと思う。

 尤も、〈五寒町〉に於いて見た目と云うのは、そのモノの本質を評価する基準として、さほど当てにならない。

 それは人間ばかりでなく、女が口にしている、血の滴るブルーレアのステーキ肉の素材や、ライダースーツの素材にさえも適用される。iPS細胞と細胞速成増殖エスカレーティングを応用した、人造人肉の食事と人造人皮の衣服。

 エド・ゲインやジェフリー・ダーマーが私的にこっそりやってたことを、この街では一部の金持ちが公然と楽しんでるってわけだ。

 それにしても人肉なんて、クールー病を予防するため、大金払ってプリオン吸収抑制剤を定期的に摂取してまで食いたい物かね? 正直言って俺には良く分からん。

 シュシュが、そんなこの街の常識を知っているかどうかは定かでないが。と云うか、絶対知らない。女のわがままバストと、自分のご破産胸フラット・バストを見比べ、意気消沈してる辺り。

 玉串を片手に、ロザリオのピアスをつけたリトルグレイ型のウェイターが近づいてきたので、取り敢えず飲み物を注文する。

 俺の注文はアンクルサム社のジョージ・W・ブッシュ55年物のダブルで、シュシュは濁酒どぶろく

 ついでに、この町オリジナルブレンドの煙草"Gotham"に火を点ける。シュシュが嫌そうな顔を見せた瞬間、乾いた金属音と共に、火が消えた。あれ、何かタバコが短くなってる? 何だ、何があった。まぁ良い、今は吸うのを控えよう。そうした方が良い気がする。

 やがて、典雅な作法で残らず"肉"を平らげ、女が俺たちを見遣った。おい、唇に血が付いたままだぞ。拭え拭え!


「久しぶりね、ゴーホー=ライラック。340時間と28分ぶりって所かしら。そっちの可愛いお嬢さんは、新しいパートナー?」


 情報屋アトハ=N=ナーレ=ヤマト―通称"食屍鬼グール"―は軽やかに笑う。

 微かな緊張を覚えると共に、空気が張り詰めたように感じられた。


「ああ、コイツはシュシュ=キーコック。だが、久しぶりって訳じゃないな。俺は昨日ダウンタウンの方でオマエを見かけたぞ」


「……人違いじゃないかしら?」


「いや、間違いない。挨拶したけど、ソッチは真っ青な顔して、汚い公衆便所に飛び込んだから、気づかなかったか。必死だったもんな。内股でメチャクチャ焦ってて、もう笑った笑った」


「人違いだわ、ゴーホー=ライラック。ええ、間違いなく。絶対に違うわ。だからそんな話をペラペラと喋ったりしないことね。ええ、その人に迷惑だもの、私にも迷惑ね。そんな恥ずかしい場面を見られて、平気で居られるわけないもの。その人のプライドとか社会的地位とか立場とか、慮ってあげるべきよ。だから、決して言いふらしたりしてはいけないわ、絶対にね」


「いや、だから」


「ひ・と・ち・が・い・よ・ね?」


「全くだぜ、久しぶりだな、会いたかったぞアトハ!」


 鬼気迫る勢いに圧され、思わずその言葉を肯定してしまう。我ながら、ちょっと情けない。隣にかけたシュシュも、呆れた顔で俺を見ていた。

 オカシいな、間違いなく、昨日見たのはアトハだったと思うんだが。何かマズい事でも言ったか俺? よく分からん。アレか、呼び止めてそっとティッシュとハンカチでも渡した方が良かったか。次からそうしよう。


「仕事の依頼だ。レコンキスタって連中の情報が欲しい。報酬はいつもの通りだ」


「レコンキスタ? 聞いたこと有るわね。〈五寒町〉を潰して、元々この辺に在った都市の復興を目論む、先住民どもの懐古主義者団体。それで、手がかりは?」


「料金は俺が持つから、例の特別メニューを頼め。具材は、そこの廊下に置いて在ったトルソーの黒人」


「了解よ」


 頷き、アトハが俺の注文通りにオーダーをする。

 だが、シュシュは怪訝そうな表情を浮かべたままだ。


「ちょっと、情報収集はどうしたのよ? 大体、特別メニューって何?」


「勿論、お答えるするさ。あの黒人のトルソーを見て、シュシュは奇妙だと思わなかったか? ポイントは首の断面だ。死体を加工してトルソーにするのに、首を切断したとする。だとすれば、見た目を繕う為に、神経やら細胞やらをグチャグチャにしない様、ウォーターカッターか何かで、綺麗に切断する筈だ。であれば、その断面は水平になる」


「確かに、あのトルソーの断面も綺麗ではあった。ところが、首の断面が水平になって無かった。ちょうど、重力やら遠心力やらを利用して、斜めから鋭利な刃物で斬り落とした様にな。アレは、侍ソードによる斬殺死体を加工したものだ」


「そ、それ位は分かってたわよ! わたしだって、取り敢えずは『腰の物』使えるんだし。アレは、そこそこの腕利きの仕業ね。でも、日本刀使ってたからって、レコンキスタの仕業とは限らないじゃない」


「侍ソードで〈五寒町〉の住民を殺せるような凄腕は、そうは居ないさ。みんながみんな、銃持ってるしな。古傷だらけのベテラン住民が油断して不意打ちで殺されたとも考えにくい。つまり、組織と関わってる可能性が高いってわけだ。絶対では無いがな」

 

 トルソーの首の断面には、或る種の「生活反応」が見られた。生活反応とは、命ある動物の身体組織にのみ起きる変化の総称だ。レーザー・ブレードなんかでスパッと焼き斬られると起きなかったりもするのだが、今回は除外。

 死後に首が切断されたのであれば、この反応は見られないので、必然的に、侍ソードそのものが男の命を奪った凶器そのものと云う事になる。

 ああ、何で侍ソードに限定されるかって? いや、本当はされないんだけどね。獅子尾刀シャムシールとか、ダマスカス・ブレードみたいな物かも知れないし。もっと言うと、見た感じ状態が新しかろうと、実はトルソーそのものが、たまたま最近、町の外から輸入されて来たかもしれない。

 だがしかし、比較的手に入れ易い侍ソードの方が凶器の可能性が高く、トルソーの素材にしても、町の中の方が調達し易い。うん、要は確率の問題だ。外したら外したで、また次の手を考えればいい。

 「最近この町で調達した、侍ソードで斬り殺された死体プリーズ☆」とか、オーナーに頼むことにしよう。


「まっ、まぁ其処までは良しとするわ。アンタが強硬に日本刀を侍ソードって言い張るのにも、目を瞑る。でも、そうだとしても、お店の人にあのトルソーの素材を何処で調達したか聞けば良いだけじゃない? それで場所を確認したら、怪しいヤツが彷徨いて(うろついて)ないか、張り込みをする。特別メニューをこの人に奢るとか、意味無いし訳分かんないわよっ!?」


 シュシュの抗議を受け、俺が説明しようとすると、アトハが笑って遮った。

 どうやら、自分で説明したいらしい。手前味噌なヤツだ。


「貴女……シュシュちゃんと呼んでも良いかしら。『記憶の伝達』って現象、信じる?」


「別に、そう呼んで構わないけど。記憶の伝達って云うと、アレでしょ。迷路を抜けられるように訓練したマウスの脳みそをすり潰して、他のマウスに注射すると、記憶が脳に伝えられて、何の訓練もしてないのに、同じ迷路を抜けられるようになるとか。デタラメの疑似科学だった筈よ? 有り得ないわね」


「丁寧な解説に感謝するわ」


 シュシュは、憮然とした表情を浮かべたままだ。

 補足すれば、類似した事象に、「記憶転移」と云うモノが有る。臓器移植を受けた患者が、知らない筈のドナーの記憶を思い出したり、影響を受けて嗜好や人格が変化すると云った報告だ。

 だがしかし、こちらも22世紀に入るまでに、科学的に起こり得ないと否定されてしまった。細胞記憶説が大好きな夢野久作ファンならば、嘆き悲しむべき所だろう。


「そうね。確かに、外では有り得ない。でも、良いことを教えてあげるわ。この町で、『有り得ない』なんて言葉は使いどころが無いのよ」


 先ほどのウェイターが、銀の覆いを被せた皿を、アトハの元へ運んで来た。

 この店の、特別メニューだ。

 覆いを取り去れば、其処には馬鹿デカいサイズの、アイスクリームを盛るようなガラス製の容器。

 具体的に言えば、約1500ccのドロリとした固体を載せられるだけの大きさだ。

 容器に盛られた灰色の"それ"は、見た目にタコの様な印象を感じさせる、脂肪の塊である。


「……わたしにも、大体の予想は付いてたわよ。話の流れから、特別メニューの正体についてね。人間の脳。そうでしょ?」


「かしこいわね。一口だけ分けてあげるわ?」


「絶対に要らんっ!!」


 にべもない拒否だが、アトハは気を悪くした様子もない。


「私は新鮮な臓器を口にすることで、その記憶を自分の物にできるの。特に、脳みそが一番ね。対象は、人間に限定されるけれど」


「だから、『記憶の伝達』も『記憶転移』も科学的に否定されてるでしょうがっ!? そんな事がデキる訳ないでしょ!!」


 シュシュの詰問に、アトハの笑みが深まる。

 寸毫の躊躇いも、一切の迷いさえも感じることなく、彼女は胸を張って言った。


「そこはそれ。宇宙人の不思議技術よ!」


「…………」


「…………」


「……さんざん引っ張っておいて、そんなオチとか」


 シュシュがガクりと項垂れ、力なく崩れ落ちた。


「安心しろ、オマエが悪いわけじゃない。悪いのはミソシルで車が飛ぶこの世界と、〈五寒町〉に住み着いて好き勝手やってる宇宙人どもだ。なぁ、アトハ?」


「そうねえ。ああ、ワタシハ・ウチュウジン・デハ・ナイ・ケドネ」


「宇宙人じゃないのーーーっっっ!!」


 シュシュの絶叫が、店内に響き渡った。



「わたしはね、そりゃあ世間知らずよ? 肉体的には17歳相当だけど、実年齢は4歳くらいだし。色々な訓練受けてたから、勉強時間だって十分には確保できてなかったかもね。それでも、それでもよ? 学習装置使ったりして、毎日、限界近くまで色々と学んできたわけ。法律・経済・文学・数学・物理・化学・生物学・医学・薬学、その他も沢山。一般常識や礼儀作法だって、完璧とまでは云えなくても、ソツなくこなせる自信があった。なのに、この町はどうなってんのよっ! 何もかもデタラメ過ぎて、ノイローゼになりそうだわ!?」


「都会と田舎では、勝手も違うさ」


「そんな一言に、集約されないから……」


 アトハから必要な情報を手に入れて終の栖亭を後にし、俺たちは今、とある地下ゲットーの裏路地を歩いている。

 シュシュは、さっきからずっとこんな感じだ。店を出る迄は、生理と破瓜と出産が一辺に来たような渋面つくって、シャコ貝の様に口を閉ざして黙り込んでいたのだから、少しは調子を取り戻したと云うところかね。

それにしても、レコンキスタへの対抗力カウンター・フォースとして誕生したくせに、何でこの町

の常識を知らないのか。

 ああ、そうだ。言っておかなくては。

 死骸の脳から手に入れた情報は、大体が次のようなモノだった。

 

 ・死骸の素性は、ワーケイに雇われた軍人上がりの探偵であり、レコンキスタの調査中に殺されたこと ← こう云う事は俺に伝えろよ、ワーケイ

 ・殺害現場は、さる地下ゲットーの裏路地。 ← 何を隠そうハゲを隠そう、俺たちの今居る場所だ

 ・探偵はレコンキスタの本拠地を突き止め、流しの豆腐屋の振りをして潜入し、幹部との接触に成功。 ← ドキドキだぜ、果たしてどうなるんだ?

 ・商品の豆腐が不味過ぎて怒りを買い、無礼討ちにされた。 ← 惜しい、挫けずに来世でもう一度トライ!


 幹部の情報については、アトハが自身の〈本〉でそいつらの外見を3Dモデリング化し、赤外線通信で、データを俺の〈本〉に送ってくれた。

 〈本〉ってのが、一般的な本型のキャッチ・トップPCだってのは、以前に説明した通り。

 少し補足をすれば、〈本〉で赤外線によるデータのやり取りを行うには、通信部位どうしを接触させ、音声入力システムによって、型通りの文句を口にする必要がある。何故かと聞かれても、理由は知らん。

 俺たちの場合だと2人で息を合わせて、「アリさんと」「アリさんが」「「ごっつんこー♪」」と言わねばならなかった。

 シュシュの脱力具合が目に見えて増した瞬間でもあったな。

 

 「大体ノイローゼなんて、そこらで売ってるノド飴舐めたら治るだろ?」

 

 「そう云う所が非常識って言ってるのよっ!?」


 「ともかく、よろしく頼むぜ。俺は荒事は得意じゃないんだ」


 「わたしだって、好きで殺る訳じゃないって」


 言い終え、路地の突き当たりで足を止め、振り返る。

 先程から複数の人間に尾行されている事に、俺もシュシュも気づいてた。と言うのも、こうなる様に、俺たちが仕向けたからなのだが。

 具体的に言えば、メガホン持ってレコンキスタの情報提供者を募りながら道を練り歩き、キャンディをばら蒔いて、色取り取りの花火を打ち上げ、連中の気を引いた。

 こうやって注意を引きつけ、現れたメンバーを脅して本拠地に侵入し、ぶっ潰そうと云う作戦だ。我ながら、完璧だと思う。死骸になった探偵の如く、俺とシュシュに変装スキルさえ有れば、もっと良かったんだが。

 とまれこうまれ、俺たちは尾行者どもと対峙した。

次回の更新は、3/5(月)を予定して居ります。

戦闘描写についてなど、ご不満な点が出てくるかも分かりませんが、どうかご容赦くださいませ。

今話は妙にマジメっぽくなってしまいましたので、次話はギャグを増量しましょうかと。

なお、〈神祇レコンキスタ編〉は、次回での幕引きと相成ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ