第1話 爽やかな目覚め
本作品はなんちゃってサイバーパンクで御座います。
反社会的、非道徳的、ギャグの要素を併せ持ち、それでいて下品な作品に仕上げさせて頂きました。
古い表現を借りれば、「エロ・グロ・ノンセンス」となりますでしょうか。
本作に於けるSFとは、ストレンジ・フィクションの略称であると御思いになって頂ければ幸いです。
所謂ライトノベルの作風を取り入れて居りますので、肩肘張って高級に構える必要は、小指の爪の先ほども無いと云えるでしょう。
十円やそこいらの駄菓子を摘む様にして、娯楽として頂けるならば、それ程に喜びとする所は有りません。
この作品は、屈強なタフガイの貴男や、貞節を知る淑女の貴女にお薦め致します。
……イイエ、どうぞご謙遜になられませんよう。
他ならぬ貴方さまのことで御座います。
そう、ご遠慮なさらずに。
いやはやアナタ様ほど、御世辞の嫌いな方は居られませんね!
俺は悪夢を見ていた。
自分が何処にいるのか、正確な所在が判るわけではない。
だが、直感的にわかる。この場所こそが、地獄なのだと。
背中から翼を生やした、男だか女だかも不明な連中が、俺を取り囲んでいる。
俺は最初、変なハシゴを昇って此処に来たとき、見た目がイイから、とりあえず手近な一人をひん剥いてみた。すると、有るべき場所に、有るべきはずの二通りの器官の、どちらも備わっていない。それどころか、美しき我が国の国花に象徴される、あの器官さえついていない。
驚き、思わず叫ぶと、似たような連中がうじゃうじゃと押し寄せてきたのだ。
ふわふわと不安定な、雲みたいな足場。うっとうしい乳と蜜の臭い。竪琴の奏でる、癪に障るメロディー。見渡す限り、売春宿も阿片窟も存在せず、死体の一つさえ転がっていない、不気味な光景。
ああ、神よ。しかし、本当に恐ろしいのは、酒場が無いことなのだ。
女とドラッグが無くても、まだ耐えられる。だが、人間が酒なしに生きるなど、それこそ、熟れたカラダを持て余した人妻が、間男抜きに生きるようなものではないか。
天地の法則に逆しまな此処が、地獄でなくて何処であろうか? 夢ならば、早く覚めてくれ。
頭を抱え、会ったこともない神に祈る俺に、見るからに貧相な、茨の冠を被った男が近づいてきた。
初めて出会うその男に、俺は飛びつき、抱きしめた。
良かった。こんな地獄にも、麻薬中毒者が居る。
安堵の感情が波のように襲ってきて、ついそんな行動を取ってしまったが、気持ち悪いので、もちろんぶん殴る。
もう一発、今度は左頬に寄こせとイカれた要求をしてきたので、望みどおりにハイキックを放つ。だが、右のハイキックはキャッチされ、裏アキレス腱固めを極められた。こんなチャチなフェイントに引っ掛かるとは、我ながら気恥ずかしい。それほど、動揺していたのだ。
「タップ! タップだって!? ターップ!!」
「悔い改めよ」
「食い改めよだぁ? 今日はまだ朝メシも食ってないんだっ!?」
「神の御名を唱えなさい」
「アプラクサス! アザトースッ! 天津甕星っ!!」
「…………」
後頭部を、ハンマーで殴られたような衝撃を感じる。野郎、腱を切りやがった。
「せめて、イの段まで言いなさい」
「あダッ、イだダダダダダんっ!?」
「悔い改めよ」
「ミジャぐジぃっ!」
断末魔の悲鳴を上げる俺の傍に、やたらと翼を生やした畸形の男が近づいてきた。頬のコケたジャンキーに、何か耳打ちしている。
「コチラの手違いだった。帰れ」
「謝罪と賠償を要求するぅっ! 条約結んでても反故にして、要求してやるっ!!」
「つけ上がるなよ、悪人。ひとかたまりの塩にされんだけ、ありがたく思え」
「当然の権利だろうがァーーッ!?」
ハシゴから突き落とされ、俺の叫びはジャンキーに届かない。
めちゃくちゃ古い映画だが、【ジェイコブズ・ラダー】の幻覚がとっとと覚めるよう、俺は今度は、酒神バッカスに祈った。
「……ちゃんッ! お兄ちゃんっ、起きてッ!」
「こ、ここは……?」
気づけば、見慣れた天井と、見知ったコーの顔を見上げている。
変わり映えのしない、いつもの俺の部屋だ。
枕元には、使い慣れた小銃。部屋の壁には、剥製になった首の壁掛け。首はもちろん、白人・黒人・黄色人種と3大人種の基本を押さえた上で、機械のカラダの貴族、オキゴンドウ(体液が強酸性の、アイツの代わりだ)、スン○ラリア星人、エトセトラエトセトラと、バリエーション豊かだ。
ちなみにこの首どもは、壁に引かれたマス目に規則ただしく飾られており、何とパズルゲームを楽しむことも出来る。いまはすべての首が、ちょっと前の方に押し出されているのだが、どれかを引っ込めると、タテとヨコで隣り合う首も、同時に引っ込む。しかし逆に、既に引っ込んでいた首は、押し出される。そうやって、ぜんぶの首を引っ込めれば、ゲームは終了なのだが、これが中々やっていて飽きない。
「夢だったのか。良かった、マジで良かった」
「わたし、本当に心配したんだよっ! ゴムチューブで血管しばって、いつもの倍の覚醒剤注射したのに、全然起きないんだもんっ!?」
おとぎ話のエルフもかくやと思わせる、美しい銀髪。チョコレートのような、褐色の肌。どこか幼さの残る愛くるしい顔つきに、ふと気がつけば手が吸いついている、抜群のプロポーション。うん、『おかし』だ。『おさない・かわいい・しかたない』ってヤツ。
ファッションは俺の好みに合わせて、アンドロメダ銀河がモチーフの、清楚な和服である。
まぎれもなく眼の前の女は、俺の義理の妹、コー=ミョー=ライラックだ。
「心配かけてすまなかった。悪夢を見てたんだ、地獄に堕ちた夢を」
可愛いコーに謝罪し、そのまま唇を重ねる。舌を絡ませ合い、歯でこすり合う、目覚めのカクテルキスだ。
哀れな世の童貞どもは知らないだろうが、キスの種類と云うモノは、軽く十を超える。妄想の中ですら「バード・キス」と「ディープ・キス(笑)」の二種類しか使い分けられない男の、何と惨めったらしいことか。現実にチャンスをつかんでも、きっと最初は、壮絶な前歯のぶつけ合いを経験することになるのだろう。
白っぽい唾液の糸を引いて、牝犬のように呼吸を荒げ、コーがそっと顔を離す。
「地獄だなんて、恐い。お願いだからお兄ちゃん、ずっとわたしの側にいて」
「もちろんさ。便所とか更衣室まで、安心のセキュリティだよ」
「良かった」
ホッとした妹の表情に、俺も安堵する。何この生き物、カワイイ。
「ところで地獄って、どんなトコだった? やっぱいつかは行くんだし、新居の下見とかしたいよね」
「下見なんて、しなくても良いさ。俺もそう思って何人か様子を見に行かせたんだが、誰も連絡一つ送ってこない」
テレテレと頬を赤らめ、コーが上目遣いに俺を見る。
「あー、地獄の様子だっけか。やっぱヒドいとこだぞ。前評判どおり、酒樽には穴が空いてて、女には穴が空いてないってヤツ」
「お尻の方も?」
「そっちの方も。つっても、しょせん夢の話だけどな」
ベッドに身を起こした俺の腿に、コーがそっと体重をかける。
柔らかな桃尻の感触が、どうにも堪らん。
「だったら、今の内に愉しまないといけないよね♪」
「……お手柔らかに」
「お兄ちゃんの真ん中の腕は、カチンコチンになってるけど?」
「コイツは手癖が悪いからな」
「他の女に手出しできないように、お急をすえてあげる」
自然と、コーが上のカタチになった。
こっちの方は童貞でなくとも、知らない人間が多いだろうか。頑張り過ぎると、太陽が黄色く見えるようになるとか、最後には粉が出るとか、そう云うことは。
経験もないくせに、そんな知識ばかり蓄えているようであれば、それこそ、哀れの一言に尽きるのだが。
2112年9月3日の今日も、この俺、ゴーホー=ライラックの朝は、ヘアスプレー入りのジョッキ・ビールから始まる。
ビールにヘアスプレーを振りかけると、手軽に酔っぱらえると云う、目からウロコの発見は、今から百数十年以上前のロシアで為されたらしい。俺は才能とか運命なんて言葉が大嫌いだが、コレを最初に発見
した奴は、本気で天才だと思う。何考えてたんだろう?
「もっとフレークかけて栄養取らないと、カラダ壊しちゃうぞ♪」
言いつつ、俺が人造バター(別名:マーガリン)をたっぷりと載せたトーストに、コーが乾燥ミドリムシのフレークをかける。黄色っぽい食パンに、緑色の山が完成だ。
「パン固めバター増しましミドリムシ・チョモランマ!」
「……ありがとうよ、コー」
俺は本当は、ミドリムシが嫌いだ。いくら栄養が満点だろうと、こんだけ盛られれば粉っぽいし、やはり青臭い。しかし、どうにもこの笑顔を見ていると、そんな事は言い出せなくなる。まぁ、カラダに良いのは事実だし。それはそうとして、最初にミドリムシを食おうとか言い出したヤツは、地獄に堕ちろ。
「明日は、俺が朝食をつくるよ。和風の」
愛する妹がつくってくれたメシに、文句をつけるような輩は、死ねばいい。だが、やっぱりたまには他のメニューだって食べたくなるのが、人の性である。
「和風ってなに?」
「そうか、コーは知らないか。日本風の食事スタイルだよ。英国流とか大陸流(コ
ンチネンタル)とか、そう云うの」
「日本ってなに?」
「俺たちの住んでる国」
そう言えば、コーは〈五寒町〉から出たことが無いんだった。日本を知らなくても、無理はない。
「前にも、俺が作ったことあるだろ? ご飯と、温泉タマゴのメニュー。今度は、味噌汁も出汁取るとこからやって見るかな」
「えっと、ご、ご飯ってアレ? 一粒一粒が、ぎょう虫の卵みたいなカタチしたの?」
「ぎょう虫の卵て。確かに、そんなカタチしてるけど、昔のサムラーイはそれでお給料もらってたんだ
ぞ」
つい俺の脳裏に、米俵いっぱいに詰まったぎょう虫の卵を、恭しく受け取る武士どもの姿(「ヤバイ、孵化しそうでござるぅっ!」)が浮かぶ。
「温泉タマゴ(蛍光色)は、わたしも好きだけど、味噌汁って、料理だったの? 初めて聞いたよ」
コーが小首を傾げた瞬間、ちょうど窓の外で、エア・カー同士がクラッシュした音が響いた。
どうやら、事故らしい。マ○コメ社製のエア・カー(高級車だ)のどてっ腹に、長○園社製のエア・カーが真正面から突っ込んだみたいだ。
『グォラァァッ! 儂のクルマをわやにしくさって、出て来んかいワレェッ!?』
ド派手な原色のスーツに身を包んだ、スキンヘッドの男が、○ンコメから降りてきて、長○園に蹴りを入れる。
「あーあ、死んだぜアイツ。常識のない」
言うが早いか、けたたましい爆音が上がり、長○園のエア・カーが、爆発四散する。
破片が窓ガラスを突き破り、吹っ飛んできた男の左手が、食卓に並んだ。釈迦の焚き火にダイブしたウサギの如く、食材になりにきたのか、それとも【アダムス・ファミリー】(これまた、百年以上前の映画だ)のオーディション会場と間違えたのか、判断がつきかねる。
「アハッ、綺麗な指輪♪」
男の薬指から、コーがラグジュアリーな指輪を抜き取った。チクショー、何てカワイイ妹なんだ。
血臭混じりの、濃厚な味噌汁の香りが鼻を突く。コーが、顔をしかめた。
なお、21世紀の大方の人間の予想を裏切り、エア・カーが開発されたのは、俺が生まれる前の話である。言うまでもないことだが、我が国の、某大手インスタント食品メーカーが、『ホカホカの味噌汁をお椀に入れると、お椀が勝手に動き出す謎現象』(ただの空気の熱膨張? ちょっと何言ってるかわかんない)を研究し、確立した技術を応用して、エア・カーが誕生したわけだ。
研究を重ねる中で、より効率のいい配分の味噌汁が開発され、今では味噌汁は、「取り扱いを間違えると爆発する、危険な燃料」と云うイメージが先行し、もはや食品本来の姿としての扱いは、影を潜めてしまっている。和食党の俺としては、少し残念でもあるのだが。
わざと遠隔操作のエア・カーをぶつけて、爆発事故を起こし、金品を強奪するなど、何処の町にだって有る話だろうに、どうして男は間抜けにも引っかかったのか?
「食事を邪魔されるってイヤだよな」
「イヤだよねー」
言いつつ、2人して防弾テーブルの下に潜り込む。
窓の外では、ガヤガヤと浮浪者やゴロツキ共が集まり始めた。もちろん、エア・カーのパーツを強奪して、横流しをするためだ。暫くすると、今度は末端のフルメタル・ヤクザが装甲車で乗りつけ、警告なしに機銃掃射でクリーン大作戦を始める。これも、工業用のパーツと食品用のミンチ肉を、一挙両得で手に入れる算段だ。お次は、中国だのインドだのタイだの惑星タト○イーンだののマフィアどもが怒涛のようにやって来て、組んずほぐれつの争奪戦を始めた。
天地開闢以来、やはり”弱肉強食”のルールは、この町でもキチンと貫徹されている。
ふと気になってコーの様子を見ると、どこか青ざめた表情で、口元を押さえるようにしている。
「ごめん、ちょっとお手洗いに」
「気分が悪いのか? さいぜん吸ってた葉っぱで、悪酔いした?」
「ううん、さっきの味噌汁のイヤな臭いが、鼻についちゃって」
「…………」
言って、そっと便所に発った。
カワイイ妹のためだ、味噌汁を食卓に並べるのは、止めておこう。
断腸の思いでそう決断し、俺はため息を吐いた。
とは言え、いつまでも思い悩んでは居られないので、ズボンのポケットからタブレットケースを取り出し、中のカプセルを一息に呑む。イチゴ味だ。
ノケヤ社製の、呑むタイプの携帯電話である。
カプセル自体は、胃に入れた瞬間パチパチと音を立てて消滅し、中の薬液が瞬時にして体内に吸収され、脳に到達する。
目をつむれば、満天の星空が網膜に結ばれる。星空って単語が分からんヤツは、真っ暗に何かいっぱい光ってる、とでも解釈しておけ。そこで精神を集中させ、いっとう輝くシリウスに意識を到達させる。、
仕組みとしては、狭いコミュニティ内(俺はどうせ、町の外にともだちが居ない)で起きる、妄想の伝播による共同幻覚を応用した、最新のシステムらしい。要はこちらの都合で、強制的にテレパシーを送りつけられる。これで、電話無精の相手にも、らくらく通信可能。説明が雑? じゃあオマエ、電波とか基地局とか以上に詳しい用語使って、手持ち式携帯電話のシステム説明できんのかよ。知らなくても、電話かけられるだろう?
他にも炙りによる粘膜吸収タイプ、静脈注射タイプ、長時間通話の可能な座薬型の直腸吸収タイプと、さまざまな型式が有れど、手軽さが肝要だと俺は思う。
テレパシーは、予約の有ったクライアントに、すぐ繋がった。
『いつもお世話になっております、貴方様のゴーホー=ライラックです』
『帰れ、ゴーホーム!?』
『自宅通話ですけれども』
『こんな、ときに、電話、してくんなっ!?』
肉がぶつかり合う音、肌触り、独特の爛れた臭いが、俺の感覚器を刺激する。
どうやら、依頼人のセイジャック=ワーケイは、ベッドの上の格闘技のお時間らしい。
『自宅前で、暴動が起きまして。少し、お伺いするのが遅れます。』
『わかった、失せろ! ……ちょ、反則だって寝技でカニバサミはっ!? 出ちゃうしデキちゃうし!? ちょっ、出……』
『御機嫌よう。「ヤればデキる!」が実現致しましたら、こちらの方で、腕の良い専門医を紹介させて頂きますよ』
強制的に、通信を切った。まったく、憂鬱な気分だ。ぶっちゃけ働きたくないし。
それでも、”労働は報酬の代償”と云うのも、弱肉強食と同じく、天地の定めたルールだ。抗うことはできない。
「世の中ってのは、どうしてこんなにも不自由なんだろうな……」
ハードボイルドな台詞を決めつつ、〈五寒町〉オリジナルブレンドの、ハーブ煙草を咥える。一見すると、そこらのア○リカン・スピリットと変わらないデザインだが、キャッチコピーの《吸うのではなく、キメる!》を体現したブランドだ。
まったく以って人間は、さまざまなルールに縛られすぎていると、俺は思う。
俺は書斎に向かい、一冊きりしか置かれていない本棚から、〈本〉を取り出した。二百頁くらいのハードカバーに見えるけれども、その一枚一枚が、上質な紙の手触りを再現した、流体素材の詰まったモニターである。厚い表紙の内部には、フェムト単位の、極小の演算処理装置が組み込まれており、専用のブラウザを用いることで、インターネットに接続し、まさに本の頁をめくる感覚で、情報を読むことができる。
つまり、本型のキャッチ・トップPCだ。また、本棚自体が一種の電磁記憶装置となって、データを保存できる。精密機械なので、普通の本は並べられないのだが。
ちょっと長い文書を読むときでも、らくらく対応。バッテリーは、取り敢えずフル充電で丸一日もつし、排熱処理も悪くない。
業界のシェアは、アルゼンチンのボルヘス社の製品”La biblioteca de Babel”が一位で、ドイツはヴォルムス社の”Buch Abramelin”や、フランスはグリモワール社の”Les Clavicules de Salomon”が後に続く。因みに俺が使っているのは、アメリカはミスカトニック社の、”Book of Avon”だ。
国内はソフィー社の製品、「Leader」も頑張ってはいるのだが、21世紀初頭の電子書籍業界への出遅れから、他の国内製品は、お話にならない。要らないんだよ、出先で自宅の冷蔵庫の中身がチェックできる機能なんて! 無駄な機能つけるくらいなら、小六法みたいなダサいデザインをkaizenしろ!? 利権団体の懐柔に無駄金使ってんな!!
ともかく電源を入れ、ネットで政治・経済・国際社会・外惑星ニュースをチェックする。
《国連よさらば!/連合、報告書を採択 アメリカ大統領堂々退場す》《消費税、界○拳20倍!》《ガザ地区で暴動発生》《実はただのテディベア/地球に於ける原住民の剥製取引について、エン○ワの月政府から正式抗議》と、目を引くモノが無い。
最後に地元の新聞社、蝙蝠タイムスの地域板を、チェックする。
・狂気迫乱社、【薬物外来医の教える、頭が吹っ飛んでも腰が止まらない、本当に気持ちいいセックス】発行差し止め処分を拒否
・イスラム系過激派団体〈アル・アジフ〉治安の悪さから五寒町を撤退へ
・カッツェ社、カクテルボックスの開発に成功。日常的なドラッグカクテルの静脈注射、ヨーロッパの日本への拡大―新たなるルネサンス―実現か
・ウシザワ町長、第五十六子誕生。五十六と命名
・世界初! 遺伝子操作で生まれた青いフクロダヌキ、まさに本日、養殖に成功
「一つくらい、面白いニュースが有っても、バチは当たらないだろ……」
退屈な世界そのものに嫌気が差し、俺は〈本〉を閉じた。そのまま、猩々緋の色合いの、合成皮革の仕事鞄に仕舞う。
そう言えば、この鞄もそろそろ替えどきだ。タラバガニの脚みたいな突起から、コンソメパンチの香りが漂い始めた。
日常とは、どうしてこんなにも退屈なのか? 平和でも息が詰まっては、元も子もない。
『おとーちゃん、ほんまに「いつもの我が家が一番」やったら、おかーちゃんは他所にオトコ作って、出て行かへんかったんとちゃう?』となってからでは、手遅れであると云うのに。
刺激が与えられないと、脳は次第に退化する。衰えた先は、或いは死より恐ろしい。
何がしかの昂奮を味わう方法は、大きく分けて2つだ。
1つは、「事件に巻き込まれる」方法。これはどうも消極的で、俺の好みではない。と云うかコレって、好む好まざるに関わらずってヤツだ。
よって残された方法は、必然的に1つだ。……あれ? 合ってるよね、1つで。退屈で、俺の脳がヤバイ。
「お仕事頑張ってきてね♪」
バイオレットのスーツに身を包み、ヴァーミリオンのネクタイを締め、空色のタイピンで留めて、イエローオーカーのブーツを履く。
出勤の時間である。地味な格好で正業と云うのも、楽ではない。
「帰りに、お土産を買ってくる。何がイイ?」
「わたし、新しい麻薬パイプ(ジョイント)が欲しい」
「あれ、この前プレゼントしたのは?」
「大切にしてたんだけど、血の臭いが取れなくなっちゃって……」
「やれやれ。今度のは、大切にするんだぜ?」
「うん、ありがとー!」
コーの笑顔が眩しい。ヤダ俺、この子の為なら何でも出来ちゃう。気分も、ちょっぴり回復。
ブーツの底に内蔵されていたローラーを引っ張り出し、インラインスケートを行いながら、少しばかりメランコリックな気分で、俺は事務所に向かった。
大通りには、何の規則性もなく乱立する傾いだ高層ビル群に、屋根も壁もない建物、地下ゲットーへと続くスロープ、空に浮かんだハニカム構造のコロニー。
アスファルトの道路は、そこら中に出来た穴から、逞しい雑草が顔を覗かせている。この町は、わりと自然が豊かなので、ちょっと川に下りるか山に登るかすれば、大麻くらいの山菜ならば取り放題だ。
ちょっと裏路地に入れば、ところ狭しと並んだ、トタン製やら何やらの、酒場に阿片窟、安手のちょんの間。合間を縫う用にして、銃具店、薬屋、魚屋、犬屋、猫屋、豚屋、牛屋、その他諸々。どの店も、原色遣いのバロック調の色彩と地味だが、人々は活気づいている。あ、発砲したぞアイツ。
この町には、地球人だけで言っても、様々な人種が存在し、他にも多種多様な星系から異星人が訪れ、独自の文化が築かれている、らしい。コーと同じく、俺もあまり〈五寒町〉の外には出たことが無いので、実はよく分からん。都会在住のヤツには、この田舎コンプレックスが分かるまい。
今目に付くだけでも、色んなヤツがいる。
人生に疲れた顔で、キラキラとした何かを求め、彷徨う黒い羽毛の生えた女。← 輝く浮浪者の目玉を、ほじくっている
生のタコを丸かじりしながら歩く、見るからにベルベル人と云った顔つきの男。← 言っておくが、地球人だ
路上でカラダを求め合う、華僑のカップル。ひたすら天に向かって叫ぶ、大和民族の少年。単眼のイルカをブロック単位で売りさばく黒人の女。電波をわめく鳩のような異星人、双頭の三毛猫、野良犬に食われる乞食、五体投地を無限に繰り返すアーリア系の修行僧、刀に鎖を巻きつけてへたる茶髪にリボンの武士、道端の雑草でスープを作る人種不明の老婆、車に轢かれ死骸を晒す灰色の何か、バラックを破壊して着陸する回転木馬型の宇宙船、バナナのたたき売り。
どうにもキリがない。感想も、一つきりだ。
「やっぱ田舎だよなぁ。東京はこんな風じゃないぜ、たぶん。行ったことないけど」
それが証拠に、中心に向かうほど町の様子は洗練されていく。中心部ほど貧民街となる先進国の都市では、あまり見られない構造だ。郊外から中心部への、風景の移り変わりは、あたかもヒエロニムス・ボスの絵画【快楽の園】を、左から右へと歩くような感じである。
何言ってるかわかんない? 心配すんな、俺も酔っぱらいのガキの戯言を、そのまま引用してるだけだ。
靴底のローラーを滑らせ、景色に気を取られるうち、俺は同い年くらいの男と、肩をぶつけた。
男がうずくまり、血を流す。そう言えば今日は、通勤用のトゲ付きショルダーガードを付けていた。光透過率99%超の素材で、肉眼では確認できない。
慌てて謝ろうとしてみれば、男はいつの間にか、盗難防止に俺が股間に突っ込んでいたはずの財布を、握っている。まったく、油断も隙も有ったもんじゃない。靴のカカトを一度打ち合わせれば、強化ダマスカス鋼の両刃のブレードが、つま先から飛び出る。俺はそのまま、男の腹をかっ捌いた。
「く、くるし……せめて介錯を」
地獄の苦しみに男はのた打ち、溢れでた大腸から、血と糞の臭いをぷんぷんさせている。
「この状況、オマエが掏摸で、俺が被害者だと思われる」
「そ、それは……解釈っ!」
最期の一言がそれかと思うと、凄くおもしろかったので、望みどおり、ブレードを眼球越しに脳みそに撃ちこみ、トドメを差してやった。
男の死体は、きっと間を置かず浮浪者ども(通称:分解者)に解体され、生きた証は、アスファルトに染み込んだ血痕だけとなるに、違いない。
うわぉっ、ポエマーだな俺。中二病? 古の都に眠る死者の安眠に、安らかな……安眠をっ!? やっぱ才能ないわ。
古き町に吹く風が、どうも俺を、センチメンタルな気分にさせたらしい。あれ、いま言えたなドリーミィなこと。
俺のガラスのハートは、ギザギザのプラスチック製だぜ。
〈五寒町〉の歴史は古い。
二○六四年の四月一日に創立して、既に四十九年が経つ。
町のスローガンは毎年公募され、去年は「君がシワシワ(48)のお婆ちゃんになっても、愛してる」だったが、今年は「四苦八苦(49)! 夜露死苦!? 飲み行く?!!」に変わった。
うん、言いたいことはわかる。ビビッドな感性に裏打ちされた、それでいて若者の刹那主義を謳った良い抱負だ。発案者の十二歳の少年には、スローガン発表の当日、その優秀な遺伝子を後世に残そうと、町から三年分のバイ○グラが送られたらしい。少年はそれを一気飲みして、死亡した。
俺の聞くところによれば、二○五○年あたりで、人口が九○○○万人を割ってから、日本はもう何か無茶苦茶だったらしい。年金は完全に破綻するやら、少子高齢化は進みに進みまくるやら、仕事はないやら、政府の信用はナイアガラ・フォール真っ逆さまで、終末思想バリバリの世の中である。もうこの頃になると、お偉いさんたちは相当やばいドラッグ(とは言えこの時代、コカイン+ヘロインの、『スピードボール』程度なのだろうが)を決めていて、とうとう吹っ切れた。
「閉塞感だのもう終わりだの、貧乏人どもがガタガタうるせぇっ! 俺らは金持ってんだよ金っ!? まだまだいくらでも人生アリアリなのっ!! つーかもうイイし、フリーダムな特別行政区つくってやるから、そこで散々ドンパチやるなりギャーギャー騒ぐなり、好きに乱痴気やってろっ!!?」とか言い出して、憲法だの何だの改正しまくって(国民も、もう『ヒャッハー! ……どうにでもなーれ』状態だった)、〈五寒町〉が誕生した。
もともとはこの辺、〈みやこみやこ〉なんてて漢字を当てられた、偉そうな都市があったそうだが、面倒なのでそこらの寺とか神社は、政府がぜんぶ気化爆弾で潰した。「ご自由の塔」なんて建物、俺は一度くらい見てみたかった気もするのだが。何が自由だったのだろう?
ところで、あくまでこれは俺の想像だが、当初の町の姿を知る老人など、〈五寒町〉には、一人として居ないのではあるまいか。
何せ四十九年といえば、この町の平均寿命の倍以上だ。この数字、寿命二百年を超えるエイリアンや、ほぼ不死のサイボーグもカウントされている。だが、生後五年以内の幼児の死亡は、カウントされていない。百歳まで生きた老人と、生まれて死んだ新生児を合わせれば、平均寿命五十歳ですもんね、わかります。
俺もすでに、二十八歳。いつ死んだって オカシくはない。
落ち着くには早いが、そろそろ、覚悟を決め始めてもイイ時期かもしれない。
そんな思いを抱きつつ、めくれ上がったアスファルトをジャンプ台として利用し、窓ガラスをぶち破って、依頼人の事務所に飛び込む。
爽やかな朝に似合わぬ、渋い顔で、セイジャック=ワーケイが俺を迎えた。
「私の事務所は、土足厳禁だ」
インディオと黒人の混血たるサンボの末裔とも思われぬ、流暢な日本語で、たしなめる。今日も膝の上で、タイトな暗灰色のパンツスーツに身を包んだ美しいドラヴィダ人の愛人を抱き、子宝飴(チ○ポの形した飴ね)をしゃぶらせていた。どうにも、テンプレートな光景だ。この男は、少しくらい日常に変化を求めないものか?
「失礼致しました」
内心のうんざりした気持ちを悟られぬよう繕い、靴のカカトを二度打ち合わせる。ローラーが靴底ごと収納され、ブーツを内履き用の、ペンギンの顔をしたスリッパに、メタモルフォーゼさせた。
「久々だが、元気にやってるかね? 性生活なんかどうだ?」
「最近、クラブを”パーフェクト・セックス・パーティ(PSP)”から、”パーフェクト・セックス・
パーティ・ヴァイタル(PSPVita)”の方に鞍替えしました」
「そうかね。私は相変わらず、”神秘の男性器360本(Xcocks360)”に入ってるよ」
「インドア派でいらっしゃるんですね」
「落ち着いた環境で、2人プレイまでしかしない。機械に神経接続して、見知らぬ相手と多人数プレイっ
てのは、ちょっと抵抗がな」
「モンむすハンターポータブルを、一緒にオンラインプレイしませんか?」
「下半身が人外のアレか。検討しておこう」
そこまで言って、ワーケイが腕から針を抜いた。家畜用の注射器になみなみとメタノールを注ぎ、静脈から摂取するのがこの男の習慣なのだ。具体的には、食前・食中・食後で、一日に十五回ほど摂取する。かかりつけの医者に勧められているらしい(何でだ?)が、そんな事はどうでもイイ。
ワーケイは世間話をしに俺を呼びつけたわけではない。これは、どういう意味か? そう、俺が世間話をしに来たわけではないと云うことだ。少々頭のキレる人間でなければ、この論理展開は理解しにくいかもしれない。
「”Reconquista”と云う単語を知っているかね?」
不意に、ワーケイが尋ねる。
「『キリスト教による領土奪回』みたいな意味だったでしょうか? ゼ○の使い魔とか、水○良のロー○ス島戦記にも、そんな単語が出てきた覚えがありますが」
俺は眉を顰めた。レコンキスタが、俺への依頼とどんな関係があると言うのだろう。歴史書か、百年くらい前のフィクションでしかまず知ることのない単語だ。
「〈五寒街〉が誕生する前にも、この地には人が住み、街をつくっていた。何だったか。〈皇都〉とか
言ったっけか? その先住民の生き残りが、レコンキスタを画策しているらしい」
溜め息と共にワーケイが盛大に反吐を零し、慌てて秘書がその口元を拭いた。絨毯だの、後で洗濯が大変だろう。ワーケイが全裸だった分、まだマシか。とにかく、ちょっと聞き逃せない類の話を耳にし、俺は話を遮ることにした。
「お待ち頂けませんか? 〈五寒街〉設立に当たって、先住民はすべて死に果てた筈です。日本政府の政策による、先住民へのスポーツ・ハンティングの許可。イギリスがアボリジニに対してやったのと同じですね。連中は一割も生き残らせるなんて、温情をかけていた筈ですが」
「公式発表では、そうなっている。だが、事実は違ったのだ。政府は二人の男女を取り逃がした。そいつらは被匿名〈イザナミ〉・〈イザナギ〉と名付けられ、手を逃れた後、自らに人体複製を用い、人工子宮で生み出した子孫に細胞速成増殖を施して戦力を拡大し、独立自治区〈五寒町〉を転覆させ、〈皇都〉を復活させようとしている」
「愉快ですね」
「愉快だろう」
二人して笑顔でハイタッチを決め、喜びのフラメンコを踊る。ワーケイはいきり立つ股座の先端からフローラルな香りを漂わせ始め、俺はと言うと、年甲斐もなくネクタイを手拭い代わりに額に巻き、フラメンコからの泥鰌掬いに移行した。成る程、依頼に察しがついた。こんな依頼ならば、大歓迎だ。刺激的ではないか。
「つまり、レコンキスタの連中を掃除すればイイ訳ですね?」
「そうだとも。ついでに、主だった基地の壊滅も頼む。報酬はこの通り、前渡しで、山吹色の菓子だ。」
その顔を仕事モードに切り替え、ワーケイが俺に、東京は風尻堂のカステラを渡す。
何と豪気なのだろう! 賞味期限一ヶ月切れとはいえ、俺のような貧乏人の問題解決人に手の出せる代物ではない。カステラが等量の魔導銀や、神鉄、若しくはアルミニウムと比べてさえ、遜色のない価値を誇るのは、この町の常識だ。流石は、町の顔役ワーケイである。表では国内最大規模の麻薬製造会社の代表取締役を務め、その裏では政府御用聞きの右翼〈Hey! No 中 No!! 懲りない面々〉を取り仕切る大悪党ならではだ。
「尤も、流石の君でも今回の任務を独力で達成するのは困難だろう。そこで、助っ人を用意してある。毒を以て毒を制すだ。君は日本と聞けば、何を思い浮かべるね?」
「スシ、ゲイシャ、シノビ、テンプラ、カタナ、サムライ、アニメ、ジュウドー、ミソシルと言った所でしょうか」
質問の意図が分からず、日本通の俺といえど、曖昧な返答をすることしかできない。
「それらのDNAをすべて掛け合わせた、最強のバイオニック・ソルジャーを生み出したのだよ。きっと役に立つ、連れて行きたまえ。出ておいで、シュシュ」
「べ、別にアンタに頼まれたからって、同族を皆殺しにするわけじゃないんだからね! 私がしたいからするだけ!?」
過分に照れ隠しの混じった、頓狂な若い女の声が室内に響く。声の出処を探れば、普段はワーケイがおやつをしまっている筈の棚から、少女がまろび出てきた。一メートル程の高さから空中三回転ひねりを披露し、俺より二○センチほど丈の低い、身長一五○センチくらいの少女が優雅に絨毯に着地する。あっ、ワーケイの吐いたゲロ踏んでずっこけた。汚ねぇ。
上質な有明海苔を思わせる腰まで伸ばした黒のストレートヘアに、同じく強い意思を感じさせる、黒の瞳。凛と整った顔立ちには、あまおうもかくやと思わせる赤い唇、そして完熟のシークワーサーですら及びもつかない美しさを醸し出す、はんなりと黄色みがかった肌。
その肌を包む、白と赤の織り成す麗しき巫女スタイルの衣服には、大正三色の錦鯉の刺繍。神聖にして不可侵なこの国の女神を彷彿とさせる、麗しき美少女である。
声だって素晴らしい! いつか見たもの○け姫に出てきた、馬鹿デカい狼のような神秘的な美声だ!? ゲロまみれになった羞恥に耐えかねてか、六○の美味しい水のような輝きを放つ涙をその目に溜めているのも、ポイントが高い。
「萌えですね」
「萌えだろう」
そういうことになった。
「つまり、彼女を好きにしていいと?」
「彼女で好きにしていいと言ってるんだ。頼んだぞ、五寒町一番の腕っこきよ」
秘書の秘所にその指を滑らせながら、神妙な面持ちでワーケイは俺とシュシュ(本名は、シュシュ=キーコックらしい)を見送った。
次の更新は、2/27を予定して居ります。
好きなモノを好きなだけ書く事の、何と愉しいことでしょう。
とりわけ、酒気を帯びて居りますと!




