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【伍ノ花】  映り込んだ者

 映研のメンバーたちが次に集まったのは、合宿を終えたその翌日のことだった。放課後、いつもの流れで部室に集まり、簡単なミーティングを終えてから作業に入る。彼らにとっては普段通りの、何の変哲もない日常の一コマである。


 その日の映研は、一昨日に撮影した映像の確認から行うことになっていた。デジカメのデータをメンバー全員で確認するだけの作業なのだが、これがなかなかどうして重要なのだ。


 映画に詳しい者であれば予想がつくと思うが、実は映画というものは、必ずしもオープニングのシーンから撮影されているものではない。映画の各シーンを細かく分け、撮影スケジュールに従って、撮影しやすい部分、優先して撮影する部分から撮影を終わらせてゆく。今回の合宿で撮影した箇所も、別に映画の冒頭部分というわけではない。


 また、これはドラマの撮影などにおいても同様なのだが、とかく同じ場面を撮り直すというのも映画撮影の特徴である。なにしろ、実際の映像などは撮ってみなければわからないのだから、保険も兼ねて同じシーンを何度も撮る。ある時は引き気味に、ある時は別のアングルで……とにかく、一つの場面でも様々な可能性が見いだせるように、可能な限り映像を残しておく。そうして撮った映像の中で、最も理想的なものだけを選び、それを繋ぎ合わせて一本の映画にするのである。


 今、映研のメンバーたちが行っているのは、まさにそれらの映像を選別するための作業だった。一年生から三年生まで、首を揃えて撮影された映像を見て、その中でどれが使えそうなものなのかを議論する。


 撮影中、一応はオーケーの出たシーンであっても、いざ見比べて見ると思ったより使えそうにないということもある。また、大して役に立ちそうになかった――――例えば、風景だけを収めたシーン――――なども、意外なところで役立ったりするので気が抜けない。


 もっとも、中には本当に下らない映像もあり、そういったものは一種のお笑いビデオの類としての扱いを受けることになる。映画の本編には使えないが、例えば内輪だけで盛り上がる際の、メイキングビデオなどを作成する際に使われる。


「あっ! これ、河原でバーベキューやったときの映像っすよね。久瀬先輩、これも撮っておいてくれたんですね」


 画面の映像が映画で使うためのものから切り替わり、秀彰が正仁の方を見て言った。


「ああ、そうだぜ。あんときは、皆かなり盛り上がってたからな。こういった物も残しておかないと、単にクソ真面目なだけの撮影会で終わっちまうだろうしさ」


「なるほど。僕なんて、映画の撮影ばっかりに気を取られてて、全然そんなとこまで頭がまわってなかったっすよ」


「まあ、そうは言っても、こいつは今回の映画の中には絶対に組み込めないだろうけどな。それよりも、そろそろ本題に戻ろうぜ。今回の合宿で撮ってきた映像の中で、使えるやつとそうでないやつ。それを分ける作業もしなくちゃなんねえからさ」


 正仁がリモコンを取って、ビデオの映像を早回しにしながら言った。楽しかったバーベキューの映像は瞬く間に終わり、唐突に画面が切り替わる。再び今回の本題である、合宿で撮影した映画のための映像が流れ始めたのだ。


 主人公と、その恋人。二人の思い出のシーンから、現代のシーンまで。恐らく、あの田舎町で撮影できそうなカットに関しては、その全てを撮り終えたといっても過言ではない。


 中には服を着替えて撮影しなければならなかった場面もあり、今さらながら、よくやったと思う。あの短い合宿の、それこそ半日に満たない間の時間を利用して、実に数時間分に及ぶ映像をデジカメのディスクに収めていたのだから。


「はぁ……。こうして見ると、なんかもう、やることやりきった感じになっちまうよな」


 同じような映像ばかり流れて退屈したのだろうか。慶一が大きく伸びをして口にした瞬間、その脇を隣にいた雨音が小突いた。


「ちょっと、慶一! 一年生もいるのに、先輩のあんたがそんなこと言ってどうすんのよ!」


「なんだよ。別に、本気でそんなこと思ったわけじゃねえよ。ただ、ちょっと疲れたかなって思っただけでさ……」


「同じことでしょ。皆、真面目にやってるんだから、ちょっとは気を引き締めて欲しいものよね」


 相変わらず、雨音の指摘は棘がある。そんなに怒らなくてもいいだろうと思うが、これは今に始まったことではない。


 慶一が宿題を忘れたとき、授業で居眠りしていたとき、その他、何かだらしない行動を取ったときは、決まって雨音が慶一を叱る。まるで、自分が慶一の保護者であると言わんばかりに、手厳しい突っ込みを入れてくるのだからたまらない。


「まあまあ、皆口さんも、あまりムキになったら駄目よ。確かに、何時間もテレビの画面を見続けるってのも目に悪いし、この辺で休憩にしたらどうかしら?」


 いつの間にか、顧問の明恵が会室に姿を見せていた。出鼻を折られて雨音は不満そうだったが、慶一にとっては地獄に仏だ。


「もう、しょうがないわね。でも、休憩が終わったら、今度はちゃんと真面目に参加しなくちゃ駄目よ」


「へいへい。言われなくてもわかってますよ」


 大きく伸びをしながら立ち上がり、慶一は雨音の言葉を面倒臭そうにあしらった。隣から冷たく鋭い視線を感じたが、知ったことか。


 現に、周りを見ると、他のメンバーたちも椅子から立ち上がって休憩の準備に入っている。ここで自分が抜けたところで、特に罪悪感を覚える必要もなさそうだ。


「それじゃあ、今はちょっとだけ休憩タイムってことでいいかしら? 折角だから、これも食べたらどう?」


 いつの間に部屋に持って来たのだろうか。明恵がどこからかクッキーの入った缶を取り出し、部屋の中央にある長机の上に広げていた。蓋を開けると甘い香りが一斉に漂い、思わず涎が垂れそうになる。どうやら、それなりに名の知れた店のものらしく、洋菓子などに詳しくない男子たちでさえ箱の中身に見入っていた。


「あの、先生。それ、どうしたんっすか?」


 明恵がいきなりクッキーの箱を広げ始めたことに、秀彰が不思議そうな顔をして尋ねた。


「ああ、これね。これは、私が生徒の親からもらったやつよ。本当は、職員室の先生で食べてくださいってことだったみたいだけど……下手にとっておくと、私が食べる前になくなっちゃいそうだったからね。と、いうわけで……他の先生には悪いけど、ちょっと失敬してきちゃったの」


「うわぁ、先生悪いですぅ! そういうの、不良教師って言うんですよぉ!!」


「固いことは言いっこなしよ、小鳥遊さん。それに、本当はあなただって、食べたいって思っているんでしょう?」


「うぅ……。まあ、確かにボクも、ちょっとは思いましたけどぉ……」


「だったら問題なしよ。遠慮しないで、あなたも早く好きなの取らないと、おいしそうなやつがなくなっちゃうわよ」


 躊躇う瑞希に対し、明恵が少しだけ意地悪そうに微笑んだ。その笑顔に背中を押されたのだろうか。瑞希も半ば諦めた顔をして、長机の上に置かれたクッキーの缶に目をやった。


「あっ! 高須先輩、ずるいですぅ!! 自分ばっかり、先にたくさん食べないでくださいよぉ!!」


 いち早く缶の前に陣取って、手頃なクッキーを口に押し込んでいる慶一の姿を見た瑞希が叫んだ。このままでは、こちらが缶の中身を食べようと思った頃には、慶一を始めとした男子たちに食べ尽くされているに違いない。


 明恵が職員室からクッキー缶を失敬して来た理由がわかったような気がして、瑞希は慌てて慶一たちが群がっている缶の前に身体を滑り込ませた。合宿の総括をするはずの会が単なるお茶会になってしまったが、この時は、こんな楽しい時間がいつまでも続くものだと、その場にいる誰もが信じてやまなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 異変に気付いたのは、秀彰が最初だった。


 明恵の持ち込んだクッキーにより、映研の会室はちょっとしたお茶会モードになっていた。だが、それでも映像のチェックは続けるべきだろうという敢の意見を受けて、ビデオの映像だけは流しっぱなしにしておいた。


 もっとも、映像のチェックといっても、所詮は撮影して来たビデオ映像を単に垂れ流しているだけである。菓子をつまんで談笑しながらでは、まともな確認などできるはずもない。それだけに、秀彰がその異変に気が付いたのは、まさに偶然に等しいものだった。


「あの、先輩……」


 恐る恐る、まるで何かに怯えるようにして、秀彰が正仁の袖を引っ張った。


「なんだよ、秀。急に変な声出してくっついてくんなよな、気持ち悪ぃ」


「いや……でも……。その……」


「言いたいことがあるんなら、早く言ってくれよな。それと、いつまでも人の服の袖を引っ張ってんじゃねえよ」


「あ……す、すいません!!」


 正仁から睨まれて、秀彰もようやくいつもの調子に戻ったようだった。先ほどまでの怯えた様子も、少しばかりだがなりを潜めている。


 ゴクリ、と唾を飲み込んで、秀彰は大きく深呼吸をして気持ちを整えた。そして、何かを決意したような顔になると、改めて正仁に向かって口を開く。


「先輩。さっき流れていたシーンですけど……もし大丈夫だったら、もう一度だけ再生してもらえないっすか?」


「さっきのシーン? 別に構わねえけど……なんか、問題でもあったのか?」


「はい……。実は、ちょっと……」


 それだけ言って、秀彰は再び口を噤んだ。これ以上は問い詰めても仕方ないと思ったのか、正仁も諦めてリモコンを手に画面へと向かった。


 ビデオの映像を巻き戻し、適当なところで再生モードに切り替える。先ほど流れたばかりの映像が映し出されると、正仁は秀彰と一緒に画面の中にあるものを睨むようにして見た。


 夜のバス停で、主人公を待つ恋人の少女。他でもない、麻生美幸が演じている本作のヒロインだ。日の落ちたばかりのバス亭は薄暗く、その闇の中では純白のワンピースが一際冴える。色白な美幸の肌も相俟って、どことなく幻想的で、それでいて切ない空気を醸し出すことに成功している。


 一分、二分と同じ映像が流れていったが、秀彰も正仁も画面から目を逸らすことはなかった。この場面は今回の映画でも重要なシーンとなるだけに、何度も撮り直しをしたところだ。そのため、同じような映像が多数転がっているのだが、使えそうなものもまた一部しかない。


「あっ! そこっす! そこで止めてください!!」


 もう、似たような映像が三回ほど繰り返されたときだっただろうか。突然、秀彰が声を上げて椅子から立ち上がった。その声に、今度はその場にいた映研のメンバー全員が、こぞって画面の方に顔を向けた。顧問の明恵も、いったい何事かという顔をしながら事の行く末を見守っている。


 画面の動きが制止したところで、秀彰は無言のまま正仁の手からリモコンを奪い取った。そして、そのまま画像をコマ送りしてゆき、数コマ送ったところでピタリと手を止めた。


「先輩……。あの……この、画面の右奥なんっすけど……」


 制止した画像を指差して、秀彰が震えた声で言った。その指の示している場所に、その場にいた全員の意識が集中する。


 薄暗がりのバス亭で、恋人のことを想いながら佇むヒロインの少女。その向こう側には、対向車線のバス亭が映し出されている。道こそ広めなものの、それでも田舎のバス亭。雨除けの屋根さえ存在せず、ただ停留所を示す看板が置かれているだけの簡素なもの。そんなバス亭の向こうに映った≪あるもの≫を見たとき、部屋の空気が一瞬にして冷たい物に変化した。


「きゃっ! ちょっと……なんなのよ、あれ……」


 画面に映し出されたものを見て、雨音が思わず叫んだ。いや、雨音だけではない。声には出さなかったものの、その場にいた誰もが皆、そこに映し出されたものに対して言い様のない恐怖を抱いていた。


 対向車線を越えた向こう側、反対側のバス亭の、ちょうど隅の方にある場所に、一人の女が立っていた。それだけならば、特に何の問題もなかっただろう。せいぜい、バスを待っていた他の客が間違って映ってしまった程度にしか考えなかったはずだ。


 問題なのは、そこに映っていた女の容姿に他ならなかった。黒いワンピースに身を包み、頭はだらりと下を向いて垂れている。腰までありそうな長い黒髪も、それにつられて下に垂れさがっていた。ちょうど、夜風に吹かれる柳のように、真っ黒な髪の毛が膝の辺りまで垂れているのだ。


 肝心の顔は、下を向いているためにわからない。だが、それが返って不気味さを増し、女の姿をこの世の存在ではないかのように思わせていた。全身を黒一色で染め上げられたような姿は、白いワンピースに栗色の髪をした美幸とは極めて対照的だ。


「なあ……。もしかして、これ……幽霊ってやつか?」


 沈黙を破るようにして、慶一がぼそりと言った。普段であれば雨音がすかさず突っ込みを入れるはずなのだが、今回ばかりはそれもない。皆、画面に映った異質なものに目を奪われ、慶一の言葉など耳に届いていないようだった。


「へっ、馬鹿らしい。なにが幽霊だよ。大方、バス待ちの客がたまたま移りこんじまったんだろ? このカット、それなりに使えそうな気もしたってのに……これじゃあ、せっかくの絵が台無しだぜ」


「そうですね……。でも……あのとき、僕たち以外に、バス停に人がいましたっけ? 」


「妙なこと言うんじゃねえよ、秀。俺たちだって、撮影に夢中だったんだ。それで、向こうのバス停に客がいたのにも気づかなかったんだよ。そんなもんだって」


「け、けど……あっちのバス亭に止まるバスって、山を越えて向こうの村に行くやつっすよね。だったら、あの時間はもう、とっくに終バスの時間を過ぎてたんじゃ……!!」


 その言葉が決定打だった。


 ガタッ、という音がして、突然美幸が立ち上がった。その脚は震え、顔からは一刻も早く部屋から逃げ出したいという気持ちが容易に見てとれる。口元を手で覆うようにしていることからも、彼女が怯えているということは、誰の目から見ても明らかだった。


「やだ……。なんなのよ、もう……。あんな人、撮影したときにはいなかったはずなのに……」


 目に涙を浮かべながら、震える声で美幸が言った。


 彼女は映研のメンバーの中でも、特にお化けや幽霊の類が苦手な人間だ。それは周知の事実であっただけに、今の秀彰の発言はあまりにも軽率だった。


 あんなことを言えば、美幸が怯えて泣き出すのは間違いない。そう、予想できただけに、秀彰に向けられた視線は思いの他に厳しかった。


「おい、秀! お前……なに、麻生さんを怖がらせたりしてんだよ!」


「そ、そんなこと言ったって……。僕はただ、自分が見たのが錯覚じゃなかったかどうか、確かめたっかっただけで……」


 泣きそうな美幸の姿を見て、正仁が途端に秀彰に対して凄みを利かせてきた。慶一も亮も、それに対しては何も言わない。いや、言えなかったと言った方が正しい。


 学年が上がったとはいえ、それでも彼らはまだ二年生。さらに、正仁の性格を考えれば、不用意な発言は火に油を注ぐだけだ。


「まあ、久瀬君も、少し落ち着きなさいよ。あれが幽霊かどうか、まだ決まったわけじゃないんだし……。とりあえず、まずは一通り映像を調べて、それから考えても遅くないんじゃない?」


 辺りに漂う険悪な空気を察してか、すかさず明恵が正仁をたしなめた。普段は不良教師で通っている明恵だが、腐っても映研の顧問。この辺の気配りは、さすが先生と言わざるを得ないものがある。


 明恵に注意されたことで、正仁も仕方なく引き下がったようだった。本人としては不満だったのかもしれないが、それでもここで、なにか問題を起こされるよりはマシだった。


 再び全員が席につき、秀彰は一時停止になっていたビデオの映像を再生モードに切り替えた。途端に、今まで止まっていた画面が動きだし、日没直後のバス停のシーンが流れてゆく。


 このシーンでは、美幸の演じるヒロインの台詞は殆どない。表情と、後は微妙な動きだけで心情を表現せねばならない、極めて難しい場面なのだ。


 本来であれば、無声映画のようなワンシーンから醸し出す、切なさや儚さを売りに出来たであろう一場面。だが、今はその無音の世界でさえも、後ろに佇む女の存在を不気味に引き立てるだけだった。


 数分後、映像は別のシーンに切り替わり、一同は途端に肩の力が抜けたような気がして溜息をついた。時間にして決して長いものではなかったにも関わらず、なんだか一時間近くの間、ずっと気味の悪い映像を見せ続けられたような気がしてしまう。


 時間にしてみれば、僅か数分の出来事。その間、薄暗がりの中に佇む黒衣の女は、まったく動こうとする気配を見せなかった。ただ、動かないなら動かないで、その不気味さは変わりない。むしろ、下手になにかしてこないだけに、次に何をされるのかがわからないという恐怖感の方が大きかった。


「はぁ……。結局、なんだったんだろうな、あれ。ま、俺としては、その辺の一般人が間違って画面の中に紛れ込んだって考えてるけどさ」


 頭の後ろでわざとらしく手を組みながら、亮が少しばかりおどけた顔をして呟いた。もっとも、それを聞いたところで、他のメンバーの顔が晴れることはない。


 亮だって、本当はあの女のことを、人外の存在ではないかと疑っている。そのことを、他のメンバーも気づいているのだ。それだけに、亮が強気に出てしまうのもまたわからないでもなく、誰も彼に反論しようとはしなかった。


「まあ……とりあえず、この映像はどっちにしろ使えないね。頑張ってくれた皆には悪いけど、ここは仕方がない。他に使えそうな映像で代用して、今回は間に合わせることにしようか」


 場の重たい空気を払うようにして、敢がそんなことを口にした。最後の言葉からして賛同を求めているようにも思われたが、特に誰も意見を言おうとはしなかった。慶一も、雨音も、それに亮や秀彰や瑞希たちも、できればあの女のことを考えたくないと思っていたからだった。


「ねえ……。もう、今日はこの辺で帰ろうよ。私、なんだか気分が悪くって……」


 そう、美幸が催促したことで、誰ともなくメンバーたちは席から立ち上がった。今日の活動をこれで終えるとは言っていなかったが、その辺は理解できている。こんな空気になってしまっては、もう呑気に映像のチェックなどしていられない。


 パイプ椅子を畳む者、ビデオカメラを片付ける者、テーブルの上のゴミを捨てる者。それぞれが目についたものを片付け始める中、ふと思い立ったようにして、唐突に亮が慶一に尋ねた。


「なあ、慶一。お前……さっきのビデオ見て、気づいたことあるか?」


「えっ……。いや、別に……。ただ、気持ち悪いとは思ったけどな」


「そうか。だったらいいんだ。たぶん、俺の勘違いだからさ」


「なんだよ、それ。そこまで言われると、逆に気になるだろ?」


 先ほどのビデオの映像が頭に蘇り、慶一は少しだけ苛立った様子で返した。


 自分は気がつかなかったが、実はあの女に何か不自然な部分があったのか。そして、亮はそれに気がついて、何かを知ったということなのだろうか。


 別に女が幽霊であると決まったわけではない。だが、亮の言葉からして、彼が女に関して何か気づいたのだろうということは、想像に難くない。


 ここはやはり、もう少し食い下がるべきだろう。このままでは、下手をすれば今晩の安眠にも関わってしまう。そう思い、慶一が再び亮に尋ねようとしたときだった。


「痛っ!!」


 突然、何かがはじけるような音がして、同時に軽い悲鳴が部屋に響いた。悲鳴の主は瑞希のようで、どうやら彼女は正仁と共に、ビデオの片付けをしているところだった。


「おい、大丈夫か」


 普段とは違い、妙に甲高い悲鳴をあげたこともあってか、慶一が心配そうに瑞希に近寄った。しばらくの間、瑞希は口に指を咥えていたが、慶一の方を向いたときは、既にいつもの調子に戻っていた。


「大丈夫ですよ、高須先輩。ちょっと、ディスクを取り出そうとしたときに、静電気が走っただけですから」


「そっか。まあ、お前がそう言うんだったら、別に構わないけどさ」


 何事もなかったかのようにして作業に戻った瑞希に、慶一もそれ以上は何も言わなかった。少しばかり気になることは残ったが、部屋の片づけをしている際に、いつしかそれも忘れてしまっていた。

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