【弐ノ花】 話を作る話
予鈴の鳴り響く学校の廊下を、高須慶一は慌てた様子で走っていた。廊下には既に人もまばらで、慶一の他には数人の生徒しかいない。そして、そんな慶一の隣を、彼と同じようにして走る一人の少女がいる。
「もう、古文の沢井のやつ! なんでよりにもよって、映研のミーティングの日に居残りなんて食らわせるのよ!!」
慶一の隣を走る少女、皆口雨音が誰に言うともなく叫んだ。
「仕方ないだろ。俺たち、六限の古文の授業で爆睡しちまったんだからさ」
鞄を片手に走りながら、慶一はどこか諦めたような顔をして雨音に答える。だが、それはただでさえ苛立っている雨音に、さらなる油を注ぐことにしかならなかった。
「仕方ないってなによ、仕方ないって! 元はと言えば昨日の夜、慶一が私に古文の宿題を電話で訊いてきたのが悪いんでしょ! 提出日の前日まで現代語に訳すのを少しも進めてないなんて、どういう神経してんのよ!!」
「そんなこと言ったって、あれは不可抗力だってば! 俺が古文苦手なの、雨音だって知ってんだろ?」
「それでも、提出日のぎりぎりになって電話してくることもないでしょ!? 慶一に付き合ってたら、結局夜中までかかっちゃって……そのせいで睡眠不足になって、今日は授業中に居眠りする羽目になったんだからね!!」
校舎の北階段を駆け下りながら、雨音が慶一のことを睨みつける。彼女の言っていることに心当たりがあるのか、慶一もそれ以上は何も言い返せずに階段を駆け降りる。
一階の廊下に出ると、そこは二階よりも比較的賑やかだった。時折、体操服姿の同級生が、こちらの横を通り過ぎて行く。彼らの様子からして、恐らくは部活の練習を終えて戻ってきたというところだろうか。
こちらに向かってくる人の波を避けながら、慶一と雨音は別館へと続く渡り廊下に出た。夏が近いはずなのに、外は思ったよりも暑くない。昼間から降り続いている雨のせいだろうか。ただ、湿気が多い分だけ着ているものがベタつく不快感は拭えなかったが。
「すいません、遅れました!!」
別館に入るなり、慶一は映画研究会と書かれた扉を開け放った。その、あまりに大きな声と音に、一瞬だけ部屋の中にいた者たちの視線が全て慶一に注がれる。
「おいおい、高須。そんなに大きな声を出さなくても、僕たちは別にわかるから大丈夫だよ」
部屋の入口で、肩で息をしながら立っている慶一に、敢が苦笑しながら言った。他のメンバーたちが呆気に取られる中で、敢だけはいつもの通り平静を保っている。敢は決して声の大きい人間ではないが、こういったときにも場の空気に流されることがないのが、彼が映研の会長を任されている所以だろうか。
「まあ、それでも遅刻はよくないからね。今日は大事なミーティングの日だったわけだし、少しは気をつけてくれよ」
「は、はい。申し訳ないです……」
額の汗を拭いながら、慶一はなんとか呼吸を整えて敢に答えた。が、次の瞬間、尻に鈍い痛みが走ったかと思うと、慶一はそのまま前のめりになって部屋の中へ転がり込んだ。
尻を突き出した無様な格好で倒れ込む慶一に、再びその場にいた全員の視線が注がれる。そして、その視線は同時に、慶一の後ろで仁王立ちしている少女の方にも向けられている。
「痛ってぇ……。おい、いきなりなにすんだよ、雨音!!」
後ろから蹴り飛ばされたであろう尻を庇いつつ、慶一は床に転がったままの状態で後ろを見た。そこでは先ほどまで自分と一緒に走っていた雨音が、腰に手を当ててこちらを見下ろしている。その表情からして、怒っているのは明白だ。
「まったく……。入口で、いつまでも突っ立ってないでよね。ただでさえ、先輩たちを待たせてるんだから。挨拶が済んだら、さっさと部屋に入りなさいよ」
「だからって、いきなり尻を蹴り飛ばすことないだろ。それに、お前だって遅刻したのは変わんないんだしさ」
「なに言ってんのよ。元はといえば、私が遅刻したのもそっちのせいでしょ。それとも、もう一発きついのを食らってみる?」
慶一を見下ろすような格好のまま、雨音がつかつかと近づいて凄んだ。その光景に、未だ尻もちをついたままの慶一の視線が釘付けとなる。
「なあ、雨音……」
「なによ。今さら謝ったって、もう遅いわよ」
腰に手を当てて、上から慶一に冷たい視線を浴びせる雨音。一方で、慶一はどこか気まずそうにしながらも、目の前にある光景から目を離せないでいる。
「いや、そうじゃなくてさ……。その……お前、見えてるぜ……」
「なっ……!!」
慶一の言葉に、雨音は慌ててスカートを押さえて叫んだ。その顔が見る間に赤くなり、同時に眉が逆八の字の形に吊り上がってゆく。
次の瞬間、乾いた音と共に、慶一の悲惨な声が映画研究会の部室に響き渡った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さて……。そろそろ本題に入りたいんだけど、いいかな?」
パイプ椅子に座ったメンバーの顔を見回しながら、敢が気を取り直すようにして口を開いた。
「こっちは別に平気ですよ、瀧川先輩。まあ、慶一と雨音の方は、どうだか知らないですけど」
頭の後ろで腕を組んだまま、亮が慶一たちの方を一瞬だけ見て言った。
雨音に叩かれた頬を押さえたまま、慶一は大人しく椅子に座っている。先ほどの痴話喧嘩の勢いはどこへやら。もはや観念したと言わんばかりの様子で、今は何も言わずに渡された脚本に目を通している。
そんな慶一の隣では、雨音が未だにご立腹のようだった。まあ、彼女の気持ちを考えれば無理もない。昨日の夜遅くまで宿題を手伝わされ、それが原因で居残り授業。果ては大事な映研のミーティングに遅刻したあげく、最後は慶一にスカートの中身まで見られてしまったのだから。
「瀧川先輩。遅刻して来た私が言うのもあれですけど……もう、始めていいですよ。隣の馬鹿は、気にしないでもいいですから」
慶一の方に冷めた視線を送りながら、雨音が少しばかり毒を含んだ口調で言う。それでも慶一は、何も言わずに黙って椅子に座っている。ここで何か反論したら、いや、それ以前に雨音と目を合わせたら、再び喧嘩になることがわかっているからだ。
「それじゃあ、気を取り直して始めようか。皆もわかっていると思うけど、今日のミーティングは今年の文化祭に出す映研の作品についてだ。毎年、この時期から撮影を始めるわけだけど、今日は偶然にも素晴らしい脚本が手に入ったからね。それについて、僕の方から説明したい」
片手に丸めた脚本のコピーを持ちながら、敢はメンバーの顔をぐるりと見回した。普段はどこか抜けた空気のある仲間たちばかりだが、映画の作成の話になると、誰もが皆真剣な顔つきになっている。
「この脚本が僕のオリジナルでないってことは、さっき慶一や雨音が来る前に説明した通りさ。今、君たちの手元にあるのは、あの≪魔窟≫で久瀬が見つけた脚本を、僕が手直ししたものだ」
「それ、さっきも言ってましたよね。だったら、今日のミーティングの目的は?」
「まあ、そう焦るなよ、宮川。今日のミーティングは、他でもない配役についての打ち合わせだ。一応、僕の方で独断と偏見を持って決めさせてはもらっているけど……異論があれば、なんなりと言ってくれ。一年生たちも、遠慮はしなくていいからね」
最後の部分を特に強調しながら、敢が瑞希と秀彰の方を見て笑った。
去年の今頃、映研は今と同じように、文化祭に出店する自習作成映画についてのミーティングを行っていた。もっとも、ミーティングとは名ばかりで、その内実は三年生の独断と偏見に満ちた恐怖政治を、強引に押し通すだけのものに他ならなかった。
本当は、あんな安っぽいホラーなんて作りたくない。そう思っても、意見することさえ許されない環境。その場にいるほとんどの人間が納得していないにも関わらず、最終的には配役から撮影まで、全てを三年生に牛耳られてしまった。
人と人の間にある上下関係は、確かに大切なものだと敢は思う。しかし、時にそれは余計なしがらみを生み、物事の発展を妨げることも繋がってしまう。
敢の考える理想の映画撮影とは、それに関わる者全てが案を出し合い、試行錯誤して作り上げるものだ。同じ目標に向かって共同作業をする際の一体感とでもいうのだろうか。そういったものを、普段の部活や遊びの中以上に強く感じながら作品を作ること。それこそが、真に素晴らしい映画を生むものだと信じて止まなかった。
例え一年生であれ、積極的に意見を出して欲しい。そんな敢の気持ちをいち早く読みとったのか、秀彰が少し遠慮がちに手を挙げた。
「あの、先輩」
「おっ! さっそく何かあるのかい、秀?」
「いや……別に、何かって程でもないんすけど」
「遠慮しないで、意見は言える時に言っておいてくれよ。変に納得しない部分を残されると、後でこっちが困るからさ」
「そ、そうっすか? それじゃあ、遠慮なく言わせてもらいますけど……」
先ほどまで小さく挙げていた手を引っ込めて、秀彰は渡された脚本のコピーを開いて指差した。見ると、そこには確かにト書調の台詞が書いてあったものの、それ以外に詳しい文章が載っていない。要するに、演出に関する部分が何も書いていないのだ。いくら既存のものを書き直したからといって、これは果たしてどうなのだろうか。
「先輩。この脚本、細かい演出の部分が殆ど書いてないっすよね。これ、何か意味でもあるんすか?」
「ほう、なかなか鋭いね、秀は。どうやら今日は、随分と調子がいいみたいだな」
「誤魔化さないでくださいよ、先輩。俺の中では瀧川先輩って、脚本に手抜きするような人には思えないんすけど……」
「おいおい、持ち上げ過ぎだぞ、秀。まあ、それでも、お前が疑問に思うのも無理ないよな。いいだろう。これは、僕から説明しよう」
自分の手にある脚本のコピーを閉じて、敢は徐に咳払いをした。いかにも取ってつけたような感じだが、不思議と違和感はない。こうした態度の一つ一つが不自然に映らないのは、敢の持っている天性の徳のようなものなのかもしれない。
「実は、この脚本なんだが、あえて細かな部分を書くのを止めたんだ。僕の独断で作ってもいいんだろうけど、それだと君たちを僕の考えに、強制的に従わせているようになってしまうからね。だから、演出面に関しては、是非とも君たちの意見も加えたいと考えたってわけだよ」
「へえ、なるほど。でも、そんなんで本当に大丈夫なんすか? 瀧川先輩だって、自分の考えってものがあると思いますけど?」
「勿論、それは僕も考えているさ。だからこそ、こうして互いに意見を出し合おうって言ってるんじゃないか。互いに納得しないまま、変なしこりを残して撮影に入るのは、僕としても勘弁願いたいからね」
「ふーん……。そんなもんっすかねぇ?」
敢の説明に、秀彰はよくわからないといった顔をして答えた。その隣では、瑞希もまた同じように、敢の言葉に首をかしげている。だが、一年生である彼らとは異なり、他のメンバーたちは敢の言いたいことが何なのか、既にわかっているようだった。
昨年、ワンマンな先輩に振り回されて、半ば強制的に下らないホラー映画を作らされた映研のメンバーたち。そんな彼らからしてみれば、個人の独断と偏見に満ちた映画撮影などは悪夢の再来に等しい。
今年こそは、自分たちで納得の行く映画を作りたい。そう思っているのは、なにも敢だけではない。
作らされているのではなく、自分たちが何かを作り上げているという実感。慶一も雨音も、そして亮や正仁も、ただそれだけが欲しかった。
「それじゃあ、まずは適当に脚本を読んで、それから色々と指摘してくれ。なんだったら、駄目だしだって構わないぞ」
相変わらず、気さくな態度を崩さずに敢が告げた。その様子に、今までは少し固くなっていた一年生たちも、幾分かは気持ちが和らいだようだった。
それから先は、実に簡単に事が運んだ。銘々が、敢の持ちこんだ未完成の脚本に対し、好き勝手に意見を述べてゆく。
自分の考えを文章に書き起こすだけならば、そこまで難しい話ではない。
他人の話を盛り込みながら一つの作品を仕上げてゆくことは、なかなかどうして難しい。
そんな茨の道をあえて選択しておきながら、敢は実に巧みにメンバーの話をまとめ上げ、作品に盛りこんでいった。さすがは映研の会長を任せられるだけはあるということだろうか。単なる映画マニアではなく、敢は人心掌握の術にも長けていた。
「あの、先輩。そういえば……この作品のタイトル、まだ聞いていませんでしたね」
脚本のト書にラインマーカーでマークをつけていた雨音が、その手を休めて敢に訊いた。
「ああ、それか。実は、僕もこの脚本を見つけたとき、作品タイトルを探してみたんだけど……どうも、表紙が破れてしまっていて、肝心のタイトルがわからなかったんだ」
「そうなんですか。だったら、今この場で、私たちで決めません?」
「それがいい。いくら映研の先輩たちが残した遺産だとはいえ、いつまでも名無しの名作じゃあ可哀想だからな」
敢がにやりと笑う。答えは既に自分の中で決まっているのに、それをあえて隠していた。そんな感じのする笑みだった。
「この映画の舞台となっている季節は六月だからな……。≪アジサイの咲く頃≫なんて題名、どうだろうか」
「おいおい。なんか、いかにも安直なタイトルだな。もっと格好良く、横文字でも使った題名にした方がいいんじゃないの?」
パイプ椅子にもたれかかったままの正仁が、敢に意見した。映画の題名よりも映像そのものに興味のある正仁が、このようなことを言うのは珍しい。
「いや、それは僕も考えたんだけどさ。やっぱり学校の文化祭に出すものだし、変に気取らない方がいいと思うんだ。それに、誰にでもわかりやすいっていうのは、何もマイナスばかりじゃない」
「そんなもんかねぇ……。まあ、実際に撮影するとなったら、俺の興味があるのは中身だからな。題名は、お前たちで勝手に決めろよ」
「悪いな、久瀬。それじゃあ、他に何か案がなければ、今のところはこのタイトルで行こうと思うけど……どう?」
敢の目が、他のメンバーたちに意見を求めるようにして動いた。賛同を求めているのか、それとも何か新しい案を出して欲しいのか。恐らく、そのどちらでも良いのだろう。
「私は別に構いませんよ。普通に素敵なタイトルだと思いますし……。瑞希ちゃんも、そう思うよね?」
雨音が、隣で話を聞いていた瑞希に尋ねた。
「そうですね。ボクも、それでいいと思いますよ」
瑞希も雨音に頷いて答える。喋り方といい容姿といい、どうにも男勝りな感が拭えない瑞希だが、女の子らしい感性もきちんと持ち合わせている。
結局、その日は女性陣の意見を中心に話をまとめ、それを後日、改めて敢が書き直して来るということでミーティングを終えた。その場にいた人間の全ての意見が反映されたわけではなかったが、それでもこの時は、皆が皆、新しい映画を自分たちの手で作り上げてゆくことに対する期待と活力で溢れていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
慶一が映研の会室を出たとき、既に辺りは暗くなっていた。時計を見ると、既に六時半を回っている。いくら夏が近いとはいえ、少々ミーティングに時間をかけ過ぎてしまったらしい。
校舎の電気は既にところどころ落ちており、慶一は通用口へと急いだ。下校時刻はとっくに過ぎているため、ここで教師に見つかれば、怒られることは明白だ。
ふと、外に目をやると、ミーティングを始める前よりも雨が激しくなっていた。肌にまとわりつくような霧雨ではなく、完全な本降りだ。
「ちょっと、慶一! なに、そんなところでぼーっとしてるのよ!!」
既に自分の傘を開き、下校準備を整えた雨音が言った。
「わかってるよ。そう、怒鳴らなくったって聞こえてるって」
慶一が、少しばかりうるさそうにして返事をする。
黙っていればそれなりに可愛いのに、雨音はかなり性格がきつい。今日だって、映研のミーティングに遅刻しただけで、豪快に尻を蹴り上げられた。まあ、その代わり、尻の痛みとビンタ一発を引き換えに目の保養をさせてもらったのだから、なにも悪いことばかりというわけではなかったが。
そんなことを考えながら、慶一は自分の傘があるであろう傘立てに手を伸ばした。が、その瞬間、慶一の手がピタリと止まり、その顔に軽く影が射した。
「ねえ、慶一! 早く帰らないと、先生に怒られるわよ!!」
再び、雨音の声が慶一の耳に響く。もっとも、今度はその声も、肝心の慶一には届かない。
「なあ、雨音……」
「なによ。まさかあんた、傘を忘れたなんて言うんじゃないでしょうね?」
「いや、それに近い事態だ、雨音。俺の傘が……ねえ……」
慶一の声が、情けなく震えていた。今朝、学校に来たときにはあったはずの傘が、今はなぜかなくなっている。傘を忘れた心無い誰かが、代わりに持って行ってしまったのだろうか。詳しいことはわからないが、このまま濡れて帰らねばならないということだけは確かである。
「なあ、雨音。悪いけど、お前の傘に入れてくれたりしないか?」
「なに言ってんのよ。どうして私がそんなこと……」
「そこをなんとか頼む! 俺だって、まさか自分の傘がパクられるなんて、予想してなかったんだしさ!!」
「残念だけど、今日は駄目。こっちはあんたに付き合わされて、ろくな目に遭ってないんだから。傘を盗まれたのは、悪いけど天罰ってところかしらね」
突き放すような雨音の言葉に、慶一は何も言い返せなかった。ミーティング前に起きた事故のことをまだ怒っているのか、それとも昨日の夜に古文の宿題を手伝わせたことが原因か。恐らく、その両方だろう。
自分に負い目があるだけに、これ以上は強く頼みこむわけにもいかない。そう、慶一が諦めかけたとき、彼の右側から唐突に傘が差し出された。
「先輩。よかったら、これ使ってください」
そこにいたのは瑞希だった。その手には彼女の物と思しき傘が握られ、下から慶一のことを見上げている。
「おっ、悪いな小鳥遊。でも、その傘を俺に貸したりして、お前はいいのかよ」
「大丈夫ですよぉ。ボクは先輩と比べても小さいから、一緒に傘に入っても濡れませんし!」
どうやら瑞希は、最初から慶一と一緒に一つの傘を使って帰るつもりだったらしい。瑞希の帰り道が自分のそれと同じものかどうか、慶一は少しばかり気になったが、どちらにせよ渡りに船ではあった。
「それじゃあ、今日は小鳥遊の傘を貸してもらうことにするかな。傘は俺が持つけど……なんだったら、他の荷物も持ってやろうか?」
「わぁお! 先輩、優しいですぅ! でも、こう見えてもボクは力持ちですから、自分の荷物くらい自分で持ちますよぉ」
慶一に傘を手渡しながら、瑞希がにっと笑った。何ら取り澄ましたところのない、健康的な笑顔だった。
「なによ。ちょっと後輩から親切にされたからって、カッコつけちゃってさ……」
慶一の隣ではしゃぐ瑞希と、それを見て笑っている慶一の姿を横目にして、雨音がぼそりと呟いた。そんな雨音の心を代弁するかのようにして、いつしか雨は徐々にその激しさを増していっていた。