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【拾四ノ花】  封印された話

 慶一たちが映研の倉庫を訪れたとき、そこには誰の姿も見えなかった。昼間だと言うのに、倉庫の近くは妙に薄暗い。雨が降っている、いないに関係なく、常に冷たい空気が漂っている。


 校舎裏に、まるで厄介な物を押し込むために作られたような古い倉庫。こんな場所を、真っ昼間から訪れる物好きなどそういない。せいぜい、近くにあるゴミ捨て場に掃除当番がゴミを捨てに来るか、後は園芸部が飼料倉庫から肥料の袋でも取り出すときにやって来るくらいだろう。


「どうだ、慶一。倉庫の鍵、開いてたか?」


「いや、駄目だ。鍵は閉まってるし……先輩、やっぱりここには来てないみたいだな」


 固く閉じられた南京錠を叩いて、慶一は後ろにいる亮に言った。


 もし、敢が倉庫を訪れたのであれば、倉庫の鍵が開け放たれているかもしれない。鍵を見つけることも大事だったが、なにより、敢の行方を知るための手掛かりが、倉庫に残されているかもしれないのだ。


 ところが、そんな慶一たちの期待に反し、倉庫の鍵は固く閉じられたままだった。敢が再び倉庫を施錠して立ち去った可能性もあったが、どちらにせよ、これでは敢の手掛かりも映研の使っている鍵の束も見つけられそうにない。


 やはり、無駄足だったのか。これ以上は自分たちが慌てても仕方なく、全てを警察に任せるしかないのだろうか。


 そう、慶一が諦めかけたとき、彼の足元にある小さな染みを、亮が目敏く見つけて指差した。


「おい、慶一。お前の足下にあるそれ……何だ?」


「足下って……げっ、なんだ、これ!?」


 亮に言われた場所を見て、慶一も思わずその場から離れた。彼の足下にあったのは、なにやらどす黒い斑点のような模様。ちょうど、人間の親指の先ほどもある、かなり大きなものだ。


 こんな目立つ物がありながら、どうして今まで気づかなかったのだろう。恐らく、目の前の南京錠に意識が集中していたからだろうが、それにしても気味が悪い。得体の知れない何かを踏んでいたという事実に、慶一はなんとも言えぬ不快な気持ちにさせられた。


「あの、宮川先輩……。その変な染み、いったい何なんっすか?」


 慶一たちの後ろから、秀彰が恐る恐る顔を覗かせた。元々小心者の秀彰だけに、必要以上にナーバスになっているようだった。


「まあ、とりあえず落ちつけよ、秀。今から俺が、ちょっと調べてやっから」


 怯える秀彰とは対照的に、亮がいつもの人を食ったような笑みを浮かべて腰を屈める。普段であれば、この辺で彼好みのブラックジョークでも飛び出すところなのだが、今日に限ってそれはない。むしろ、何かを悟ったような顔になり、いつになく真剣な様子が漂っていた。


「なあ、亮。いったい、その染みみたいなのは何なんだ?」


 痺れを切らし、慶一が亮に尋ねた。が、それでも亮は振り向かず、代わりに次の瞬間には、咄嗟に立ち上がって自分のポケットをまさぐり始めた。


「お、おい。どうしたんだよ、亮」


「黙ってろ! 今、ちょっと集中してんだからさ」


 そう言いながら、亮はポケットの中から曲がった針金を取り出すと、その先端を躊躇うことなく南京錠の鍵穴に突っ込んだ。初めは直ぐに何かに突っかかってしまったようだったが、すぐに道を見つけたようで、針金は吸い込まれるようにして鍵穴へと侵入してゆく。


「ちょっ……なにやってるんですかぁ、先輩!?」


 亮の、突然の行動に、瑞希が驚いた様子で叫んだ。だが、その言葉にも関係なく、亮は強引に針金を動かして南京錠を外した。


 重たい金属音がして、外された南京錠が放り投げられた。呆気にとっれている一同を他所に、亮は緊張した面持ちのまま、倉庫の扉に手をかけた。


「なあ、亮。お前……いきなりどうしたんだよ」


 いったい、亮はなぜ急に、あんな行動に出たのだろう。訝しげな表情のまま、慶一が尋ねた。


「悪いな、慶一。けど、もしかして俺たちは、もう手遅れだったのかもしれないぜ」


「手遅れって……それ、どういう意味だよ!?」


「お前の足下にあった変な染み……。あれ、血痕だよ。それも、随分と最近になって着いたやつみたいだった」


「血痕って……それじゃ、まさか先輩が!?」


「わからない。でも、軒下にあったとはいえ、昨日の雨でも完全に流れ落ちないくらい染みついちまったような痕だぞ。最悪の場合も、考えておいた方がいいだろうな……」


 最後まで、亮は押し殺したような声で話していた。いつもの飄々とした、人を食ったような態度はそこにない。こんなに真剣な表情の亮を見るのは、慶一も初めてだった。


「それじゃあ、≪魔窟≫の扉を開けるぜ。万が一のこともあるからな。皆口と小鳥遊は、外で待ってろよ」


「えっ……。でも……」


「だったら、お前達も一緒に来るか? ただし、中で何が待っていても、俺は知らないからな」


 釘は刺した。そう言わんばかりの顔で、亮は雨音と瑞希を見る。反論がないというところを見ると、二人とも既に覚悟はできているということだろうか。それとも、単にこの場に残されるのが嫌なだけなのか。


 ぎぃっ、という金属の軋む音がして、≪魔窟≫の扉が開け放たれた。途端に、倉庫内に閉じ込められた、湿った空気が飛び出して来る。鼻をつく、埃とカビの匂いが入り混じったような独特の臭気。これだけでも慣れるものではないとは思うが、今日の倉庫の空気はそれだけではなかった。


 生臭い、何とも言えぬ重苦しい空気。以前、ここには何度か来たことがあったが、これほどまでに重たい空気だっただろうか。


 倉庫の口が巨大な魔物の口のように思え、慶一はしばし中に入るのを躊躇った。もっとも、後輩達の手前、ここで自分だけ残るという選択肢はない。


 先頭の亮に続く形で、慶一は恐る恐る≪魔窟≫の中に足を踏み入れた。入口の石段付近に目をやると、そこには先ほどの血痕が見てとれる。目の粗い、石の隙間に入り込んでしまったのか、少し水で流したくらいでは落ちそうにない。


 倉庫の中に入ると、慶一を覆っている周りの空気が急に冷たくなった。昼間でも、陽が殆ど射さない場所だからだろうか。それとも、≪魔窟≫に巣食っている何者かが、この場所から熱を奪ってしまっているのだろうか。


 足下に散乱するガラクタを退けながら、慶一は亮に続く形で≪魔窟≫の奥へと進んで行った。どうやら何者かが倉庫の中を漁ったらしく、普段であれば棚の中に収まっているような物まで床に散らばっている。


「なあ、亮。ところで……お前、どこであんな技を覚えたんだよ」


「あんな技? なんのことだよ、慶一」


「さっき、倉庫の鍵を針金で開けただろ? お前、もしかして、そっちの方の才能あんのか?」


「ちょっとな。昔、趣味で覚えたことがあるんだよ。さすがに家の扉の鍵や学校の鍵は開けられないけど、簡単な鍵なら開けられるぜ。机の鍵とか、さっきの南京錠とかな」


「開けられるぜって……。お前、妙な道に走んじゃねえぞ」


「大丈夫だ。俺だって、別に窃盗団に入ろうなんて考えちゃいねえよ。それより、さっさとこの辺のガラクタ退かしてくれ。奥の方へ行くのに、ちょっと邪魔なんだよな」


 小道具の入ったダンボールや何やらよくわからないファイルの山を退かしながら、慶一と亮は≪魔窟≫の奥に続く道を切り開いてゆく。やがて、人が一人通れるくらいの道ができたところで、二人は改めて倉庫内の床を見た。


「おい、見ろよ。ここにも血痕がついてるぜ」


「マジかよ……。それじゃあ、まさか先輩も……」


 それ以上は、何も言葉が出なかった。この先、この奥で何が待っているのか。最悪の予想が頭をよぎっているだけに、あえてそのことを口にしたいと思っていないようだった。


 ガラクタを掻き分け、慶一と亮は倉庫の奥へと足を踏み入れる。今まではガラクタに阻まれて入れなかった、≪魔窟≫の名を持つ倉庫の最深部。ちょうど、棚に囲まれて死角になっている、倉庫の一番奥の部分だ。


 目的の場所へ足を踏み入れるにつれて、生臭い匂いが一段と強くなってきた。魚をさばいたときでさえ、これほどまでに臭わないだろうと思える程の強い臭気。たまらず吐きそうになる慶一だったが、なんとか堪えて奥へと進む。


「うっ……!!」


 棚の角を曲がった途端、亮が声を押し殺して口元を抑えた。その後ろから顔を覗かせた慶一も、直ぐに亮と同じような顔をして目を背けた。


 埃だらけの床に溢れた、おびただしい量の鮮血。未だ完全に乾いていないそれは、倉庫の中に充満する匂いの正体でもある。血だまりの中には一人の人間が倒れており、その服装から、これが自分たちの学校の生徒であることは容易に判断できた。


「た、瀧川先輩……」


 そこに倒れていたのは、紛れもない映研の会長、敢だった。何者かによって首筋を刺されたのだろうか。首元から肩にかけて、特に激しく血を被っている。辺りに争った形跡は殆どなく、恐らくは不意を突かれて殺されたのだろう。


「おい、こっちに来るんじゃない!!」


 そう、亮が叫んだときには遅かった。


 慶一に続く形で倉庫に入ってきた雨音と瑞希、そして秀彰の三人が、慶一の後ろから現れた。が、直ぐに目の前に広がっている惨劇の痕を見て、思わず声を上げて後ずさった。


「ひいっ!」


 一番情けない悲鳴を上げたのは、一年生の秀彰だ。男とはいえ、秀彰は決して気の強い性格ではない。


 昨日までは何事もなく一緒の時間を過ごせていた先輩が、翌日になって無残な姿で発見される。それも、慶一たちが最も信頼を置いていた、会長の敢が。そんな光景は、他の女子二人と同様に、彼にとっても刺激が強過ぎた。


(先輩……どうして……)


 美幸に、正仁に、そして敢までもが命を落とした。昨日の夕方、自分が敢に話をしたことを思い出し、慶一は何とも言えぬ罪悪感に囚われた。


 美幸が亡くなったのは、これは理由がわからない。だが、正仁と敢が亡くなったのは、明らかに自分にも原因があるのではないだろうか。


 例の、黒衣の女が映ったビデオの解析を頼んだ翌日に、正仁は何者かによって殺された姿で発見された。そして、今度は例のビデオと相次ぐ不審死の関係について相談した敢が、やはり何者かによって殺害された姿で発見される。


 今まで忘れていた疑念が、再び慶一の頭の中に蘇ってきた。例の、ビデオに映り込んだ黒衣の女が、映研の仲間を殺して回っているのではないかという考え。敢に相談したときは気の迷いだと思って片付けられたが、その敢自身が、こうして不可解な死を遂げたのだ。


 いったい自分たちは、これからどうなってしまうのだろうか。このまま何もわからないまま、映研のメンバーというだけで、常に殺される恐怖に怯えながら生きねばならないのか。そう思うと何もかも投げ出して叫びたくなったが、慶一が声を上げるよりも早く、言葉を発したのは瑞希だった。


「もう……もう嫌ですぅ!! なんで、ボクたちばっかり、こんな酷い目に遭わなきゃならないんですかぁ!!」


 頭を抱え、目に涙を浮かべたまま、瑞希は倉庫を飛び出した。まあ、無理もないだろう。今までは殺人事件などと無縁の生活を送っていた少女が、原因もわからぬままに連続殺人事件に巻き込まれてしまったのだから。


「おい、ちょっと待てよ!!」


 倉庫を飛び出した瑞希のことを、慶一が慌てて追いかける。皮肉なことに、瑞希の叫んだ声を聞いたことで、少しばかり冷静さを取り戻していた。


 倉庫に続く道を抜け、校庭の脇の木の下まで行ったところで、慶一はようやく瑞希を捕まえた。時小柄な女子にしては、瑞希はやけに足が速い。追いかけた慶一の方も息がきれていたが、そんなことは、今はどうでもよかった。


「おい、瑞希。お前……大丈夫か?」


 木の下でうずくまるようにして泣いている瑞希に、慶一はそっと声をかけた。あんなものを見た後で、大丈夫なはずがない。もっと他に気の利いた言葉があるだろうに、こんなときに限って頭が回らない。


 つくづく、自分の不器用さが嫌になる。雨音に余計なことを言って反撃を食らうときもそうだが、どうも自分は、相手の気持ちを悟って何かをするというのが下手糞なようだ。


 これ以上、どんな言葉をかけてよいものか。一瞬、躊躇いのような感情が湧いてきたが、意外なことに、瑞希は涙目のまま顔を上げると、そのまま慶一の胸の中に飛び込んできた。


「ちょっ……! み、瑞希!?」


「先輩……。ボクたち、これからどうなっちゃうんですか……。麻生先輩も、久瀬先輩も……それに、瀧川先輩も死んじゃって……」


「瑞希……」


 それ以上は、何も言葉が出なかった。「心配するな」とか、「俺が守ってやる」などといった、安っぽい気休めを言えるような気分ではなかった。


 相手の正体は不明。その目的も、次に誰が狙われているのかも不明。そんな状況で、自分だけが平気なわけがない。慶一自身、言葉にこそ出していなかったものの、瑞希と同様にやはり怖いのだ。


 次は自分が狙われるかもしれない。もし、そうでなかったとしても、今度もまた自分の親しい人が、ただ殺されてゆくのを黙って見ているだけになるのかもしれない。


 そのまま何をするわけでもなく、慶一は自分の胸元で泣いている瑞希の好きなようにさせていた。先輩を死に追いやったかもしれないという罪悪感と、次に誰が殺されるかわからないという不安。その両方が頭の中で入り混じって、とてもではないが、瑞希に対して優しい言葉をかけてやれる余裕などは持ち合わせていなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 埃とカビと、そして血の匂いの充満した倉庫の中で、亮はかつて敢であったものと一緒にいた。


 瑞希と慶一が倉庫を飛び出したのに合わせて、亮は雨音と秀彰も外に出させた。雨音には顧問の明恵を呼びに行かせ、秀彰には昨日出会った牧原刑事に連絡を取らせている。


 二人を外に出したのは、頼りになる大人を呼びに行かせるという目的もあった。が、それ以上に、亮は亮で、倒れている敢の死体がどうしても気になった。


 片手を伸ばし、何かを指差すようにして、敢は倉庫の床に倒れていた。首を刺されたことからして、ほとんど即死だったと思われるが、それでも最後まで抵抗を試みたのだろうか。


 だが、それにしては、伸ばされた手の形が変だった。普通、死に際に何かをつかもうとして手を伸ばしたのであれば、手の指は大きく開かれているはずだ。もしくは、本当に何かをつかんでいるか、それとも床に引っ掻いた痕でも残っているか。


 敢の死体は、そのどれにも当てはまらない。どちらかというと、その手の先は何かを指差しているようにも思われた。


 死ぬ間際、殺された者が犯人の手掛かりを知らせるために残した最後の抵抗。俗に言う、ダイイングメッセージというやつだ。推理小説などではよく用いられる手法だが、敢のそれも、やはりダイイングメッセージの一種ということだろうか。


 とりあえずは、調べてみないことにはわからない。警察が到着する前に現場を動かすことには多少の抵抗があったが、それでも好奇心には抗えなかった。


 敢の指が指し示していたのは、埃だらけの黒いファイルが収められた棚。その棚にあるファイルとファイルの間から、妙に明るい色のノートが顔を出しているのが目に入った。


(なんだ、あれ……?)


 もしかすると、あのノートに何かあるのだろうか。半信半疑ではあったものの、亮はノートをファイルの間から抜き出して手に取った。


 パラパラと、その中身を無造作に捲ってゆくと、どうやらそれは日記のような物だった。昔の映研の活動記録を中心に書かれており、独特の繊細な比喩表現を用いた文章が特徴的だ。


 ノートに書かれていた内容から察するに、その年の映研では、どうやら恋愛物の映画を撮ることに決定していたようだった。脚本を書くことになったのは、恐らくこのノートを書いた生徒だろう。


 配役も問題なく進んでいたようだが、当時の映研は人材不足だったのだろうか。メインヒロインを演じる人間が、どうしてもいないと書かれていた。女子の会員がいないわけではなかったのだろうが、恐らくは、脚本を書いた人間が思い描いていたような演技ができる者が、その年の映研にいなかったのだろう。


 結局、その年の映研は、最終的に演劇部の助けを借りることにしたようだった。どうやら、当時の演劇部には相当に高い演技力を持っている者がいたらしく、その生徒に助っ人を頼んでヒロイン役をやってもらうことにしたようだ。


 それから先は、しばらくの間、書き手による演劇部員への称賛が書かれているだけだった。多少、誇張していると受け取れるような表現もあったものの、脚本家としては、自分の書いた脚本を理想通りの演技で現実のものとしてくれる相手の存在が、純粋に嬉しかったのだろう。


「なんだよ、これ……。ただの、昔の先輩が残した日記かよ……」


 やはり、自分の勘違いだったか。ダイイングメッセージなど、そう簡単に転がっているはずもない。そう思ってノートをしまおうとした亮だったが、次の瞬間、ノートに書かれていた内容に釘付けとなった。


「こいつは……」


 そこに書かれていたのは、先ほどと同じ映研の活動記録。どうやら書き手が変わってしまったのか、文体は前のページに比べるとかなり稚拙だ。しかし、問題なのは文章の書き方などではなく、そこにある内容そのものだった。



――――6月5日


 今年の映画でメインヒロインを演じる堀井有紗ほりいありさが死んだ。

 なんでも、事故だったらしいけど……それにしても、他の連中はどう思っているんだろう?

 特に女子のやつらが、口には出していないけど露骨に喜んでいるのがわかる。

 外様がいなくなって清々したってことなのか?

 だとしたら、ちょっと異常だよな。





――――6月6日


 有紗が死んだことで、今年の映画の製作をどうしようかって話になった。

 俺は自粛すべきだと言ったけど、他の連中は強引に撮影の続行を押し切った。

 結局、反対したのは俺だけだった。

 脚本を書いていた貴之たかゆきは、今は病気で入院中だし……なんか、納得いかねえよな。





――――6月10日


 入院中の、貴之の病状が悪化した。

 自分でも助かりそうにないってわかっていたのか、今日になって、このノートを正式に俺に託すみたいなことを言ってきた。

 そんなこと言われても、正直困る。

 俺は映研の会長でもなんでもない。

 でも、あいつは俺のことを信頼しているみたいだったし、断るに断りきれなかった。





――――6月11日


 貴之が死んだ。

 もとから身体の弱かったやつだったけど、まさか、こうも簡単に死んじまうなんて思ってなかった。

 後から聞いた話だけど、貴之のやつ、演劇部の堀井とつき合っていたみたいだな。

 そんな関係だったから、映研の撮影に演劇部から堀井を簡単に借りることができたんだろうけど……その堀井が死んで、貴之のやつも生きる気力がなくなっちまったのかな?

 あいつらの関係は、俺も良く知らないけど……少なくとも、天国で幸せになってくれればいいと思う。

 今の俺にできるのは、そんなことくらいだ。





――――6月13日


 今日、映研の七宮洋子ななみやようこが死んだ。

 亡くなった堀井に代わって、新しくヒロイン役に抜擢されたばっかりだったってのに……。

 まあ、正直なところ、洋子はヒロインって柄じゃなかった。

 でも、それとこれとは話が別だ。

 ここまで立て続けにメンバーを失っちまったら、もう今年は活動なんて続けられないだろうな……。





――――6月18日


 洋子に続いて、映研のメンバーがどんどん殺されてる!!

 なんなんだよ、これ。

 いったい、俺たちの周りで何が起きているんだ!?

 次は俺が殺されるんじゃないか……。

 そう思うと、おっかなくって飯も喉を通らない。


 そう言えば、最近、妙な夢を見る。

 俺が他の映研のメンバーを殺して回っている夢だ。

 こんなときに、いったい何で、こんな夢を見ちまうんだろう……。

 きっと、疲れているんだろうな、俺も……。





――――6月25日


 今日、俺を残して、最後の映研のメンバーが死んだ。

 今となっては無駄なことかもしれないが、俺には一連の事件の犯人が何者なのか、既に見当はついている。

 この事件は、堀井の怨念によってもたらされたものだ。

 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、これは真実だ。

 堀井は自分の恋人の書いた脚本が歪んだ形に捻じ曲げられるのを嫌って……自分が演じるはずだったヒロインの座を、他の人間に奪われることを嫌って、映研のメンバーを呪い殺したんだろう。


 俺が最後まで生き残れた理由。

 それは、自分でもわかっているが、正直、恐ろしくて文章にできる自信がない。

 いや、文章にしたところで、誰もわかってはくれないだろう。


 これから俺は、全てを警察に話しに行く。

 たぶん、信じてはもらえないんだろうが、俺が他の映研の人間を全て手にかけてしまったのは本当だからな。

 それだけでも、出頭する理由は十分だ。


 堀井の映ったフィルムは俺が焼いたが、正直なところ、脚本そのものは祟りが怖くて焼き捨てられない。

 だから、このノートと貴之が書いた脚本は、映研の倉庫の奥に厳重に封印することにした。

 この先、映研が復活することはないと思うが、それでも何かの拍子で倉庫の中の脚本を見つけたときは、絶対に封印を解かないでもらいたい。

 願わくは、このノートが新たにこの学校を……このノートが置かれている倉庫を訪れた者の目にとまることを祈って、俺は全てを終わらせることにする。





 最後の行を読んだ辺りでは、亮の手は完全に震えていた。


 なんだ、これは。ヒロインが死んで、その後を追うように脚本家が死んで、それから呪いによって映研のメンバーが次々に死んだというのか。


 正直なところ、最初はこのノート自体が、でき過ぎた映画の脚本かと思ってしまった。しかし、現に三人もの人間が亡くなっている上に、状況はノートに書かれた内容とぴったり合致する。


 敢と正仁が倉庫の奥から見つけてきた謎の脚本。それこそが、このノートの持ち主が言っていた、呪われた脚本だったのだろう。そして、その封印を不用意に解いた自分たちに、今度は呪いがふりかかったということなのだろうか。


 このノートに書かれていることだけで、全てを判断するには時期尚早すぎる。だが、現に殺人は起こり、話の辻褄も奇妙なほどに一致する。


 このままでは、自分たちは全員、封印されし脚本の呪いで殺されてしまうのか。だとすれば、どうやったら呪いに打ち勝って、この惨劇を終わらせることができるのだろう。


 普段は飄々とした顔で皮肉を言っている亮だったが、このときばかりは、何も言う気になれなかった。ただ、傍らに横たわる敢の亡骸の前で、ノートを片手に呆然と立ち尽くすだけだった。

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