苦戦:ルカVS副獄長サヨ
一方、ルカは先ほどの交戦から離脱し、逃げつつ、ある場所へと向かっていた。
追っ手がこない時点で自分が間違っていることに気付くべきであった。たどりついた場所で再び別の相手と戦闘。
「くそっ!」
ことごとくついていない。ルカはそう実感した。
散り散りになったのは仕方ない。襲ってくる監獄官をどうにか撃退し、外に出るために結界を壊そうと監獄の中央部を目指していたのだが、ここで最悪な人物と遭遇してしまった。
副長のサヨである。
「終わりかしら」
武器を出す様子もなく氷のような冷たく鋭い視線にルカはぞくりと身が震えた。
「中央部に来たということはそういうことね。悪くないわ」
三階の中心にある部屋の前に立つサヨいくら魔法で攻撃しても微動だにしない彼女はルカを蔑むような視線で睨む。
「手を抜いて私に勝とうとするなんて300年早いわ。あなた、私を舐めているの?」
冷え冷えとした声にルカは体がこわばる。
「手を……抜く? さあ、なんのことだか。そっちだって対して実力出してないくせに」
「ふざけたことを言うわね。子供に本気出すなんて大人げない真似、するわけないじゃない」
未だ武器すら出さない彼女は、ふとあることを思い出す。
「ああ、それとももしかして……入獄希望者だったのかしら」
「は?」
「そういえばあなた、罪人候補だったものね」
その言葉にルカは顔を青ざめたかと思うとそれを振り払うように、先ほどと同じ人物の動きとは思えないほど高速でサヨ本人にチャクラムで斬りかかった。
「あら、忘れてしまったのかしら?」
煽るように、啄くように、膿んだ傷口を錆びたナイフで抉る。
「忘れたなら思い出させてあげるわ」
「黙れ!!」
「ルカ・ファルキ。あなたの罪状は――」
「やめろ! 言うな!!」
形の良い唇からは残酷にも真実が紡がれる。
「過剰防衛による殺人」
ピシッ――と、心に亀裂が入るような錯覚。
脳裏に浮かぶのは大雨と怒声。守ろうとして、守るために力を奮って、罪を犯してしまったあの日の記憶。
赤く染まった自分の手をどこか現実的に考えられず血で濁った水たまりに座り込むサラに手を伸ばそうとして
『サラ……』
弾かれた、その時の恐怖。
『――――!!』
思い出したくない、拒絶の言葉が脳内にリフレインした。
「あ、ああ……あぁ……」
世界が揺らぐ。世界が霞む。体が危険信号を発している。立っていられず、その場に膝をついた。
「んぐぅ……おえっ……う、ぐ……ぁ……」
こみ上げてきた嘔吐感に耐え切れず、朝何も食べていないせいか、びちゃびちゃと胃液だけが吐き出され、床とルカを汚した。
そんなルカを攻撃するわけでもなく、サヨは続ける。
「クラウィス様の温情もあっての無罪。本来ならばおとなしく罪を清算するべき立場。理解している? ここで、どう振る舞えばいいのかを」
無慈悲な言葉にルカは歯ぎしりし、不快な臭いのせいで頭が余計に痛くなる。
言葉が上手く発せない、集中力も持たない。このままでは確実に捕まる。
「罪悪感がある罪人はいいわね。本当の悪人はね、罪悪感なんて持たないのよ」
戦闘不能状態のルカに、サヨは氷の視線が嘘のように安らぐような瞳を向ける。
「おいで」
手を伸ばすサヨに、ルカはどことなく安心したように手を伸ばす。
僕は、自分の罪を認めているのだから、罪人として償うのも当然の義務だ。
サヨの手に触れかけ、自分の手を誰かが掴んだような気がしてはっとする。
まだ、今は駄目だ。自分には守るべき人がいて、共に過ごす仲間もできた。
それを思い出し、触れかけたサヨに弱いけれど即座に発動できる魔力による斬撃魔法を放った。
直前で気づいたサヨはそれを避けようとして、髪のひと房が切り裂かれた。
サヨは舌打ちし、蔑むような目を再びルカに向ける。
「……罪人が。認めておけば楽になるというのに」
そう吐き捨てたサヨはようやく武器を出す。刀――ヒモト伝統の武器であるそれは一般的なものより短い刃だ。
「どうやら、あなたもようやく本気を出すようね」
「ああ、出してあげるよ。あんたみたいなルーチェにどこまで通用するかわからないけどね!!」
無詠唱同時魔法展開五重――。
サヨに向かって全方位から攻撃魔法が嵐のように降り注ぐ。それを踊るように避けてみせるサヨだが、どうしても扉の前から離れてしまう。ルカはその一瞬を見逃さなかった。
監獄官でなければ開くことも壊すこともできない扉や窓、そして壁。なら、監獄官に破壊させればいい。
扉の前まで移動するとサヨが斬りかかってくる。横に一閃、避けきれないのもあるが、避けなかった。腹に裂傷が刻まれる。痛みで気が遠くなりそうなのに耐え、魔法を発動させた。
(いけ……っ! 『因果の逆襲』!)
魔法発動の瞬間、サヨはルカの魔法が危険だと判断し、後ろに跳んで防御体勢に入る。しかし、ルカはそれを見て嬉しそうに薄く笑った。
そして、ルカの背後の扉がすっぱり二つに割れ、崩れ落ちた。
「なっ」
視認する前にルカは転がるように扉の奥へと走る。
因果の逆襲。俗に言うクソ魔法代表格。魔法発動15秒前後に自分が受けた傷を3倍威力にして返すというとんでもない技。本来はカウンターとして用いられており、攻撃してきた者に返すのが通例だが、ルカは自分の後ろの扉を指定した。この魔法の大きな特徴は、返す3倍威力の攻撃は、発動者に攻撃してきた人物の攻撃として扱われるということ。つまり、扉を壊したのはサヨの手ということになる。
しかし、普通はなんのメリットにもならない上に、傷を受けた時点で発動が怪しい魔法であり、魔力消費が尋常じゃないため、クソ魔法のレッテルを貼られている。というよりそれもしかたないとルカは思っていた。今回みたいな壊すのが監獄官じゃないと壊れない、みたいな特殊条件だからこそ使うに思い至っただけで、普段は使おうなんて微塵も思わない。仮にも一応、因果を冠する魔法なので難度はかなり高く、扱える人間も少ないのだが、使えても嬉しくないという人間が多数だったりする。
部屋の中央に位置する青い拳大の宝石。それ以外に結界の核になるものは見当たらない簡素な部屋。
サヨが追いかけて部屋に入るも、ルカの方がわずかに早かった。
腹部からの出血と一度に大量の魔力を消費した反動で危険な足取りだが、宝石を掴みとり、残り僅かな魔力で身体強化をし、宝石を砕いてみせた。
「僕ら、の勝――ち……」
気づいた瞬間、全て遅かった。
ルカの砕いたそれはどんどん光を失っていく。その宝石の破片を見てようやく気づいた。
「だ、ダミー……」
破片から感じる魔法は模倣魔法。本物と同じものをそっくりそのまま、ハリボテのように作ることのできる魔法。宝石やジュエルに使ったところで同じ効果は発揮されず、見た目だけのものだ。ルカが砕いたのは、本物の模倣品。
頭に血が上っていた? いいや、それだけではなく、ルカ本人に余裕がなかったことも気付かなかった理由だ。サヨが本命の隠し場所ではなく、ここにいたのも錯覚させるための罠。
もう動く力も残っていないルカはその場に倒れ伏す。結界だけでも破壊できればと思ったのに、ダミーに騙されてそれを壊したに過ぎない。つまり結界にはなんら影響はない。
(ごめん……サラ、みんな……)
力の入らない体を見下ろすサヨの視線と目が合う。その目はどこまでも冷たい。
「このまま独房、といきたいところだけれど。クラウィス様の命令もあることだし、あとでにしておいてあげるわ。……まったく、害がないとはいえ、してやられるとはね」
サヨはまだ本気どこか5割の力も出してないという舐めプ。精神攻撃とかもろ舐めプ。