刺戦:ユリアVSコーダ……?
普段より少し長め
時間は少し遡る。
転移した先でユリアは自身の体が一気に重くなったのを感じ取った。武器のレイピアを手放し、ふらつく足元を必死に奥歯を噛んで倒れないように耐える。
足元には魔法陣。発動状態の青白い光が魔力を奪っていくかのように体を照らし、息苦しさに舌打ちしたユリア。
「よし、厄介な弟子は一人潰せたな」
「なに、をっ……!」
徐々に力の入らなくなっていく体を必死に支えようとするが、耐え切れずユリアは膝をついてしまう。ユリアは魔法を使おうにも魔力がうまく扱えないことに気づき、魔封じ状態に陥ってることに気づいた。これではクロークから武器を新しく出すことも魔法を使うことも、最悪なことに身体強化すらできない。
「ん? ああ、囚人をおとなしくさせるための無力化の魔法陣だけど? お前が弟子の中でも厄介って聞いてるからな。戦わないことも手の一つだろ?」
飄々とした口調で言うコーダというこの男。ユリアは戦っても充分実力があることをわかっていた。しかしそれでも戦わないことに憤りを覚える。
「あなたは……っ! 戦いもせず逃げるんですかっ……。こんな、監獄の設備で誤魔化して――」
「当然だろ。俺たちの仕事は罪人を収監して拷問してそして苦しめるのが仕事だ。お前らみたいな罪人でもないやつらをどうこうするのは本来するべきことじゃねーんだよ」
そう言って膝をつくユリアに視線を合わせ、面白そうと言いたげにニヤニヤと笑う。
「近くで見るとやっぱり可愛いな。あーでもまだ10代前半? 年下好きではあるけどさすがに俺、カルラみてーにロリコンの気はないからなー」
などと言いながらろくに動けないユリアの首筋から顎をすーっとなぞる。触れられたことからかユリアは傍目からでもはっきりわかるほど鳥肌をたててコーダを睨んだ。
「さわ、らな――」
「あ、睨んだ顔は俺結構好みかも」
触れる手が顎から服越しとはいえ肩に移り――
「触らないでって……! 言ってるじゃないですか!!」
動けないはずのユリアが拳を振り上げ、床を強く殴った。
ドゴォという素手で出るはずのない破壊音。拳からは血が滲んでおり、拳を叩きつけた床はひび割れて魔法陣が崩壊し、ユリアはようやく自力で立ち上がることに成功した。
危険を察知したコーダは拳を振り上げた瞬間にはすでに後退しており、魔法陣の破壊された床を見て冷や汗を浮かべていた。
「魔法陣自体を壊してしまえばいいんですね」
「……こえー。魔力で身体強化できないはずなのに、素手で床殴り壊しやがった。からかいすぎちまったぜ」
もちろん無理やりしたためか拳から血は出ているし体力もそれなりに消耗しただろう。そう思ってコーダは銃を構えて牽制する。
「でもまあ、すぐには動けないはずだよな? どうせこの部屋から自力では出れないだろうし大人しく――」
ユリアはコーダに一切の遠慮を捨ててレイピアを突き刺す。しかし、コーダも弱くない。ユリアの突きに即座に反応して切っ先を避けたと同時にユリアの左足へと銃弾を撃ち込んだ。
銃の弾丸は魔力でできた魔力弾と実弾、そして二つを合わせた魔弾等が存在する。魔力弾は威力調整や魔法効果のある攻撃、状態異常などの支援効果を備えたものが存在し、汎用性はこちらのほうが高いとも言われている。実弾は威力は高いが金はかかるし使い切ったら補充がすぐにできない点もある。そのため、魔力弾が現在の主流となっている。
今、コーダが撃ったのも魔力弾の類だった。
ユリアはコーダの弾を避けきれず、左足にそれが命中してしまう。すると、傷口から左足全体にかけての感覚が薄れ、うまく動かせなった。
動けない理由が状態異常によるバッドステータスであることに気づき、いつもの三割増の速さで治療用の魔法を唱える。コーダの銃撃はその間も続いており、動かせない足をかばいながらもどうにか致命傷にならないように紙一重で避けてみせた。
立ち上がったユリアは銃弾をレイピアという細い刀身にも関わらず叩き捨てコーダの眉間を狙った。咄嗟にコーダは後ろに下がって扉を破壊し、壊れた扉から転がるようにして飛び出るとユリアもそれを追って扉の外に出た。
一見下策に見える行動にユリアは眉をしかめるが、廊下に出た瞬間、その意味に気付いて顔を引きつらせた。
魔法罠の一種、それは触れた人間に回避できない魔法を食らわせる難度の高いもの。
電撃がユリアを貫き、声無くユリアは倒れふした。
「ったく……女の子痛めつけるのは嫌いじゃないが囚人でもないのにこんなことしたくないっつーの」
動かないユリアの体を抱え起こそうとして、体を傾けるコーダ。伸ばした手がユリアに触れるその時――
「甘い」
コーダの手を貫こうとどこからともなくレイピアが出現し射出され、予想外の動きにコーダは間一髪で避けたものの、ユリアが既に射出したレイピアとは別のレイピアを手にして第二撃を繰り出してくる。その切っ先はコーダの頬を掠めたものの、致命傷になるほどではなく、コーダは後ろに跳んでユリアとの距離をとった。
「ほんとおっかねー。……これは女と見ないでやったほうがいいかもな」
「性別を手加減の言い訳にしないでいただけますか」
「俺はそもそも手加減下手なんだよ。本気でやったら――致命傷になるからな!」
言って、ノータイムでユリアに4発魔力弾を撃つ。頭、肩、胸、足を狙ったそれをユリアは避けようとして、体を動かすが全て避けきれず、銃弾が腕を掠めた。掠めた痛みだけとは思えない感覚にユリアは眉をしかめる。避けた先にもコーダは更に魔力弾を撃ち放つ。装填が必要ではないから基本連射が可能なのだが、あえてずっと撃ち続けず、魔力をセーブしているようだった。
(やっぱり手を抜いているじゃないですか!)
ユリアはそんなコーダに苛立ちを隠せていない。声に出さない魔法詠唱――無言詠唱を準備して、ユリアは距離を詰めてから風の幕で魔力弾を防ぎ、レイピアによる突きをすかさず放った。しかし、コーダは予想していたのか距離を一定に保ち、嘲笑うかのようにかわしてみせる。
「――風よ、かのものを縛めたまえ。ウインドバインド」
ユリアはフェイント詠唱をして、相手の動きを乱す。しかし、実際の無詠唱で唱えていたのはウインドカッター。風の刃が襲い掛かり、コーダは驚きながらも、かわしてみせた。一撃だけ、腕にかすったようだが。
「フェイントとかえげつない方法するなぁ。同時詠唱じゃないだけまだマシだけどよ」
「修業中の身ですから」
身内からすればお前が一番強いよ、と言ってやりたいくらい強くなったユリアなのだが、どうやら基準がミラになっているらしく、現状に満足していないらしい。
基準にする相手がそもそも間違っているのだが。
「だからどうしてこんなことをするんですか!」
「監獄長の命令だよ。ミラ・エルヴィスの弟子は全員捕縛。抵抗するなら死なない程度に痛めつけても構わないってな」
「ひどいです! 私たちまで――」
「さあ? 大方、ミラさん相手に人質として使うんじゃないか?」
どうでもよさそうに銃を左手から右手に持ち替える。空いた手で頭を掻きながらコーダはまるで見下しているかのような仄暗い視線を向ける。
「ま、お前みたいなのはともかく、ほかのやつらは監獄の下っ端にすら負けるようだし?」
ハッと、ユリアは促されるままというわけではないが後ろを向く。足音と何かを引きずる音。左の角から現れたのは正気の目ではない監獄官と、それに引きずられているケイトだった。
「ケイト君!!」
「っと、動くなよ」
いつの間にか急接近していたコーダがユリアのこめかみに銃を突きつける。実弾ではないにしろ、このまま撃たれたら危険なため、ユリアも動きを止める。
「卑怯な手みたいだが、反応する方も悪いってことで。……にしてもルーのやつ、バーサク化してんじゃねぇかよ……攻撃食らったのか」
後半は独り言のように小声でつぶやいていたが、ユリアははっきりと聞こええていた。
攻撃をくらったらバーサク化――つまり狂暴状態になるということはバッドステータスとして治療もできるということ。
「貴重なヒントありがとうございます」
「は?」
ユリアは躊躇いなくレイピアを銃に突き刺した。
「はぁ!?」
暴発の恐れもあるそれをそのまま持つわけにいかないと思ったのか、コーダは慌てて手を離す。突き刺された銃は二人と離れ、床に落ちる。というか、銃を突き刺せるだけの力と強度があることに驚きなのかコーダはユリアをおかしなものを見るような目で見る。枷がなくなったユリアは別のレイピアを取り出してルーと呼ばれた監獄官へと向かっていった。
「リフレッシュ!!」
バッドステータス治療効果のある魔法をバーサク状態のルーに放つ。とても回復呪文と思えない気迫だ。
リフレッシュを受けたルーは一瞬の間とともに正気に戻る――
その前に、ユリアはレイピアで容赦なく左肩を突き刺した。
「いっ!?」
バーサクから正気に戻ったばかりのせいか、自分の現状がわからず、混乱しながら再び攻撃を受けたことによる自動バーサク状態になる。
が、しかし、またもその切り替わりの隙を突いてリフレッシュ。
「殺したりはしません」
そんな物騒なことを言いながら突きとリフレッシュを繰り返し、もはや作業のような嬲り殺し状態だった。一応、切り替わりの一瞬を狙う高等技術のはずなのだが、とても短調な作業に見えて悲しいことになっている。
「がっ、は――」
「人は、殺したくないんですよね」
脇腹に突き刺したレイピアを引き抜くと同時にリフレッシュをかけ、持ち上がった体をそのままコーダのいる方へと蹴り飛ばし、冷めた目でコーダに言った。
「その人、治療しないとあとで大変ですよ?」
「……それは俺に退けって言ってる?」
「ご自分で考えてください」
ユリアはケイトの肩を支えながら立とうとするが、気絶しているケイトの意外な重みに一瞬動きが鈍る。
その一瞬――、一瞬で動いた。
ユリアはケイトを手放しレイピアで防ぐ。力なくケイトが倒れるが、ユリアが視線を向ける余裕もなく第二撃が飛んでくる。
「いってぇ……!! よくもやりやがったな……!!」
バーサクではないが冷静さを欠いているルーが逆手に構えたナイフで襲いかかってくる。肩、腕、足に脇腹。複数回刺されたにも関わらずまだ動けることにユリアは驚きを隠せない。というかコーダも驚いていた。
「おい、ルー! おまえそれ以上動くと危険――」
「うるさい黙ってろドM!」
「はぁ!? お前先輩に向かって――」
「文句あるなら加勢してさっさと終わらせろや!!」
いつの間にか仲間割れが始まってわずかにユリアが戸惑う。しかし、ユリアはケイトを守らなければという強い使命感に駆られていた。
(早く終わらせてケイト君を治療しないと)
どこか折れているかもしれない。そう思うとユリアは不安になる。
気持ちを切り替え、ユリアはルーと向き直る。先ほどのコーダは遠距離からのトラップタイプなのでユリアが苦手としていたタイプだが、ルーは接近戦上等なナイフ使い。
コーダの攻撃にさえ気をつけていれば問題ない。そうユリアは即座にルーの脚を貫いた。再びバーサクを狙った攻撃。
しかし、ルーはバーサクすることなく血走った目でユリアの首を狙い、ナイフを走らせた。
仰け反ってみたものの、避けきれなかったユリアは服の胸元が裂け、ほんのわずかにだが血がにじんだ。
と、同時にルーの体がグラつき、勝機と見たユリアは急所をギリギリ外した部位を狙って突き刺そうとした瞬間、ルーの体を強く引き寄せたコーダが威嚇射撃ともいうユリアを撃つ。
驚きと困惑でユリアが思わずコーダを見ると、呆れたようにルーを抱えて舌打ちしていた。
「あーくそ! お前は格上にめっぽう弱いんだから引くことを覚えろ!」
まさに満身創痍という言葉がふさわしいくらいボロボロになったルーを無理やり小脇に抱えてコーダはユリアから距離を取る。
「まだ……まだやれ――」
「死なせる気はないからここでお前は下がれ。ていうか俺が下げる。俺らじゃなくてあいつが――いや、あの人が何とかしてくれるだろうよ」
ユリアは内心ほっとしていた。満身創痍の方はともかく、コーダに今の時点で勝てるか怪しいからだ。できるだけ退かせるようにしたのが幸いした。
コーダはユリアが追ってくると思っていないのかルーを抱えて背を向けながら走り去っていった。ユリアも追う気はなく、意識のないケイトに応急処置だけ済ませて肩を組んで起き上がらせる。
「ケイト君……」
目を覚まさないケイトに不安を覚えたのかユリアは悲しそうに顔を覗き込む。
とりあえずよく看てみると深刻な怪我がないので監獄から逃げることを考えようとユリアは思考を切り替える。
監獄の敷地から出ようにも非常警戒態勢というだけあって、全体に結界が張られている。その結界をどうにかすることはユリアはもちろん、ルカやサラでも無理だろう。曲がりなりにも大組織の有する結界なのだから。
となると確実なのはその結界を作り上げている人物、または魔道具装置の破壊。しかし、ケイトを抱えたままでは動きに大きな制限がある。
どうしたものかと考え、ひとまず忘れていた仲間との合流を目指し、覚えのある気配をたどることにした。
コーダはなんでもできる器用貧乏。そこそこ中堅ポジションだけど監獄では相当強いやつ。本気を出さないからこうなる。




