監獄長の“逢瀬”
※ストーカー注意
時間は少し戻って……。
監獄の5階廊下。下の階とは違って完全に内部の人間しか入らないような場所だ。染み一つない壁に磨かれた床。驚く程小綺麗な様子にミラは少しばかり感心していた。
「監獄もだいぶ変わったわね」
「そうですか?」
淡々とした答えを返すサヨにミラは少したじろぐ。ミラの知る限りだとサヨのような副官はいなかったのだ。だから昔馴染みと違って会話の仕方が微妙に分からない。
「ていうか、クラウィスの部屋遠くない?」
「……こちらでございます」
示された目の前の扉はほかの扉と少しだけ違うのがわかる。重そうなその扉をサヨが開き、中へと導く。
部屋の中は書類や接待用のソファと机。そして執務机。部屋の隅にある拷問具や鞭は見えないフリをしたい。
背を向けた椅子はゆっくりとこちらを向く。そこにいたのは憎らしいほど変わらない男。
黒い、監獄の制服は彼だけは他の監獄官とは違うデザイン。監獄官であることを示す紋章の縁はたった一人しかいない階級を示す金色。艶のある銀髪と全てを見下しているかのような濁った碧眼。右目は眼帯で覆われており、端正な顔立ちとも言われるがただの下衆であり正真正銘の鬼畜外道。
――監獄長、クラウィス・アルゲントゥム。
「久しぶりだな、ミラ」
低い声は悪魔のよう。目の前の相手を奈落の底に叩き落としそうなほど昏い。
ぱたんと扉の締まる音ともにサヨが部屋から出ていることに気が付く。鍵はしまっていないようだが、いつ、どんな罠が発動するかもわからない。
極めて冷静に、言葉を紡ぐ。
「……ここらで宿が取れないのはあんたの仕業? それともウェルス」
「残念ながら俺は宿の空き部屋を占領するまでの権力はないよ。想像通りあいつの仕業だ」
今のところ穏やかに――穏やかって言うのは語弊がある気がするが順調に会話が進んでいる。早めに本題を切り出すべきか。
「単刀直入に言う。私は協会の管理下にも、監獄の籠の鳥にもなる気はないわ」
「……へぇ」
面白いことを言った、とでも言いたげに目を細めるクラウィス。その威圧感に一瞬のまれかけたが、表向きは毅然とした態度を貫く。
「だから、監獄の監視を外すこと。そして、協会にも干渉させないように口添えすること。私と弟子を一ヶ所に縛り付けないこと。」
協会は会長のことだから確実にミラの話を聞き入れない。むしろ手元に来たら逃げ出さないようにしてしまうはずだから。
いずれ訪れる、その時はもう間近だ。協会は恐らくそろそろ血眼になってこちらを捕らえようとするだろう。監獄は恐らくこの男の趣味、というか気まぐれで捕らえようとしてくる。
監獄を味方につけられるなら、協会も多少融通が効く。それに、監獄の方が戦力的に協会より数が少ない。もし戦いになるならば監獄の方がマシだと踏んだ。
が、そもそもどちらかを懐柔するということは不可能だったことを忘れていたらしい。
「はははっ。おもしろいことを言うな。こちらに利なんて一切ないのにどうしてそれを受け入れると思った? そもそも、協会と違って――いや、あいつも私情があるか。俺はお前をそばに置いておきたいからお前に監視をつけて機会を伺っていただけでお前との交渉に応じるつもりはさらさらないんだが?」
出たよストーカーその2。
頭を抱えたくなる。そうだ、わかってはいた。けど少し期待もあった。さすがにそろそろこいつも大人になるだろう。人道的に会話が可能だろうと。カースだって少しはまともになっていたのだから。
「ま、協会より先に監獄に来た点だけは褒めてやる。あそこは今、お前が足を踏み入れた時点で無数のトラップが発動するようになっている。おまけにこの街……いや、この国はすでにお前が行く場所はない。ここか、協会しかな。人気者は辛いな? お姫様」
「あのやろぉ……」
やっぱり協会に行かなくて正解だった、と思うと同時にどっちにしろ同じ穴の狢。監獄も交渉に応じることもない。
やっぱりこの国に来なきゃよかったかと思うと同時に、ここに来て何もできないのは正直困る、という葛藤が生まれる。しかし、行動を制限されるよりはマシだ。
「このまま何事もなく帰らせてくれる、ってわけないわね」
「籠の中に飛んできた小鳥をそのまま逃すとでも?」
クラウィスは立ち上がり執務机に手をつく。そのさりげないはずの動作がすべての引き金になった。
ミラは駆け巡った魔力を感じ取りぞわりと粟立つ。恐らくミラやクラウィスほどの実力者しか感じ取れないほどの些細な変化。
「……お前なぁ……!!」
「お気に召して頂けたかな?」
クラウィスの発動させた結界は恐らく識別式の結界。監獄敷地内にいる者全てを識別し、特定の条件を満たす者のみの出入りを制限するのだろう。
「条件は監獄官を除いたすべての人間を出入り不可とする、かしら?」
「だいたい正解。ま、それくらいわかってもらわないとな。向こうもさっそくやってるみたいだし、こちらも始めようか。ああ、降伏するっていうなら、少しは優しくしてやらなくもない」
「はっ、誰が」
部屋の中ということで小回りの利く長剣を出現させ、クラウィスと向き合う。正直、向こうに分があるのは間違いない。監獄という、クラウィスが最も強くなれるホームなのだから。
「私が勝ったら跪いて、私の言うことを聞きなさいよ」
「はっ、それこそありえないね。お前が俺に勝ったことはあったか?」
黒い鞭を取り出して不敵に微笑むクラウィス。
「さあ、調教してやる。来いよ、ミラ」
「ぶった斬ってやるわ、クラウィス!」
ストーカーはまだ本気を出していない(おもに過去編がピーク)