監獄へ
11月11日。ミラさんと出会ったのが5月で、もうそろそろ半年たつ。
そして、あのオークション事件から3ヶ月。何度死ぬかと思ったかわからない鬼のような修行を超えて、俺たちはおそらく前よりは成長したと思う。
でも、修行のことはあまり思い出したくない。
今俺たちは大陸一番の大国とも言われるアマデウスの首都、ユースティティアにいる。聖都とも呼ばれ、協会本部と監獄が存在する大都会だ。ほとんどのものはここで揃う。武器も書籍も、服に食べ物、果ては旅人・冒険者やコントラクター、クランにギルド向けの依頼。多くの人間はここに住むことを夢見るが、人気が高いのと、土地代が少し高いことから、ハードルの高い都市としても名前が挙がっている。
協会本部はあちこちにあった支部とは違い、ユースティティアでも有数の巨大な建物で、協会に所属する従業員のための寮や附属病院もあり、依頼受付のための案内や冒険者相談窓口などもある。協会に行けば大半の悩みは解決すると言われているのもあながち嘘ではない。
そんなわけで憧れの都会なわけだが。
「宿がとれない……」
ミラさんが深刻そうな表情でぼやく。とりあえずここにきてから宿がどこもあいていないのだ。
もう宿は8件目。なにか祭りでもあって、人が多いのだろうか。
「いやいや……まさか……うーん」
「なにか気になることでも?」
俺が尋ねるとなんとも言えない顔で返事をしてくる。
「いやー、さすがに妨害臭いなって」
しばし悩んだように唸っていると、意を決したのか、ミラさんはとある建物へと視線を向けた。
「……協会か……監獄……。監獄の方がまだマシ……いやでも監獄かぁ……協会は表向きは真面目に装うし……あーでも……」
うんうん唸ってるミラさん。その後ろで俺ら弟子は思い思いの反応を示す。まずアベルは都会に対してか、それともこのユースティティアに対してか、居心地が悪そうにしている。そしてなんとなくだが体調がよくなさそうだ。
「アベルどうした?」
「……別に」
元々そっけないがいつにもまして機嫌が悪い。というか話をするのが辛そうだ。休んだ方がいいんじゃないか。
一方、ルカとサラは都会にきてるからかきょろきょろして落ち着きがない。そしてルカは少し顔色が悪い。
「ルカもどうした? まだ具合悪いのか?」
修業中に何度か体調を崩したルカだがそこまで深刻だったことはない。だからそこまで心配はしていないが街中で倒れるということがあったら大変だろう。
「いや……ちょっと、ね」
ふと視線の先にはこの街の最大の目玉である協会本部――ではなく、それに限りなく近いおどろおどろしい雰囲気のある監獄。
泣く子も狂う恐怖の地獄。それに対して怯えているというのだろうか。ルカらしくもない。
「監獄がどうしたんだよ。別に悪いことしてるわけでもないだろ」
ぴくり、とサラが動く。ルカは何も言わない。視線もどこに向いているかわからず表情からは感情が読み取れなかった。
そんなうしろで呑気にしているのがユリアとシルヴィア。年相応とも言うべきか見たこともないような店を見てはしゃいでいた。
「シルヴィアちゃん、あそこのお店かわいいです!」
「私はあっちかなー! ああでもあそこのアクセサリ高そう……」
呑気って羨ましい。
ミラさんは考え事が終わったのか深々と息を吐いて不機嫌そうに監獄を睨んだ。
「今から監獄行くわよ」
ぴたり、とルカとサラ、そしてアベルの動きが止まった。しかし、一瞬のことですぐにミラさんを見た三人。
「……俺たちはどこかで待機じゃだめか?」
アベルがそう提案するとミラさんは少し考えた素振りを見せる。
「それでもいい、けど……私がいないことで協会から刺客がきたら面倒だし。監獄に入ってしまえば協会は迂闊にては出してこないけど……監獄は監獄で危険なのよね……」
監獄と協会ってそんな怖いものなのかよ、と言ってしまいたい。いや監獄は怖いだろうけど協会って正義の組織でしょう……?
「どの道私が無傷で交渉終わるとも思えないし、向こうの戦力考えたら監獄相手にしたほうがまだましなのよねぇ……」
「そもそもこの国から出るって選択肢は……?」
「それも考えたけど、遅かれ早かれ監獄か協会とはケリつけなきゃいけないしね。……最近まで監視はなかったけど、それももうもたないし」
ちら、と視線だけ背後に向ける。特に不審な点は見当たらないが何かにつけられているのだろう。
「さぁて、行きたくないけど、行くしかないか」
不安げな俺たちを従えてミラさんは言う。
「大陸に君臨する絶対的法の王。監獄に」
俺たちの一つの戦いが始まろうとしていた。
監獄編始めました(冷やし中華風に) 番外編はまたちょこちょこやるかもしれない。