アベルの甘くない日
短いやつです
甘いものは素晴らしい。人生に彩りを与える。
「チョコケーキうめぇー」
先日、ルカが猫に擦り寄られて発狂したせいで、滞在期間が延びた。この町は静かだがそこそこいいところだ。アベルはそう思いながら二皿目のケーキに手を伸ばしながら幸せそうにケーキを消費していく。
(この町のケーキはうまい)
すごくどうでもいい理由で気に入っていた。
先日、ミラの昔の知り合いの奢りで食べたケーキもよかったのだが、こちらはなめらかで飽きが来ないとアベルは考えている。
今更であるが、アベルは病気一歩手前の甘党だ。重度の甘党だ。
だが、本人はあまり恥ずかしがって公言はしない。しかしバレバレ、というか先日の奢りでの食事のときも甘いものばかり頼んでいたのでなんとなく察している周囲なのだが、あえて突っ込まないようにしているのは優しさだろう。
しかし、それは一部のやつだけだ。
「あー、ガトーショコラもうひと――」
そのとき、視線に気づき、アベルは店の外から店内を見つめる人影と目があった。
そこには、にやついた顔でアベルを見るシルヴィアがいた。
「てめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
アベルの大絶叫が店内に響き渡り、客が仰天したのは当然のことであった。
にやにやと嫌な表情でアベルを見てくるシルヴィアは、若干笑いをこらえつつ言う。
「あん、たっ……甘党だった、んだ……くっ、ふふふ」
「笑いながら言うんじゃねぇぞブス」
とりあえずシルヴィアは店内に入ってきてアベルと同席している。傍から見れば、アベル一人の時より一般的な客層に見えた。つまり若いカップルに見えるということだ。少なくとも近くの席にいた客はそう思っただろう。
「いやー、あんたみたいなやつが甘党……ふふふっ……」
「死にたいのか」
割と本気でキレているのだが、目の前に食べかけのケーキがあるせいか、シルヴィアはまだ笑いをこらえようと、俯き震えている。
「ていうかっ、そんなに知られたくないの? 別によくない?」
「まさにお前みたいな反応が嫌だからだよ」
今まさに嫌な例を目の当たりにした。
しかし、既にミラも知っているし、ルカは察しているし、ケイトも気づいているのであまり隠しても意味なかったりする。ユリアはそのあたりに疎いので気づかず、サラはそういった機会に鉢合わせることがなかったので知らないのだが。
しかし、既に半分ほど気づいているというのにアベルはバレていないと思っている。
「ふーん……そんなに嫌なんだー」
「なんだよ」
「いやー? ほかの子たちに言ったらどんな反応するかなーって」
「おい」
殺気立つアベルに対し、シルヴィアは飄々とした様子で続ける。
「で、黙ってて欲しいの?」
「……黙ってろ」
「えーどうしよっかなぁ」
わざとらしい口調にイライラが募るアベル。というかそろそろ手が出そうなくらい危うい。
「じゃあ今日一日言うこと聞いてくれるなら黙っててあげる」
「死に晒せ」
今にでも水の入ったグラスを割りかねないくらい、一周回って怒りで表情が青い。怒ると人間は冷静になることもあるらしい。
しかしシルヴィアは、自分が優位に立っていると思っているのか態度を崩さない。
「じゃあ言っちゃうよ? ユリアとかに」
「……………………」
その日、アベルはシルヴィアに屈服した。
「アベルー、肩揉んで」
「……チッ」
男女別れた宿泊部屋で、アベルはシルヴィアの命令で女部屋に待機させられていた。
というのも、シルヴィアがいちいちわがまま言うたびに部屋を移動するはめになるアベルが鬱陶しくなって、部屋で待機しろと言い出したのだ。
命令の内容はどうでもいい、しょーもないものばかりだったが、アベルのプライドがことごとく打ち砕かれていく。
「喉渇いたー。飲み物とってきてー」
「……」
とても悔しそうに歯を食いしばりながらアベルは部屋から一度出て下の食堂に飲み物をもらいに行く。すると、食堂の奥には宿の女将さんとケイトが一緒にいた。
「ありがとうございます、女将さん」
「あらあら、いいのよ。結構な量だけど食べきれるの?」
「あ、そうそう。残りは女将さんと従業員の方たちもどうぞ。身内分あれば十分なので」
「まあ、いいの? 材料は全部あなたの出費なのに……。遠慮せずに頂いちゃうわよ」
「はい。感想聞かせていただけると嬉しいです」
社交的な笑顔で女将さんと楽しげに談笑しているケイト。女将さんに飲み物をもらおうとしたのに話しかけづらい。
すると、ケイトがアベルの気配に気づいて声をかけてきた。
「おーい、アベル。何してんだ。暇ならちょっと来いよ」
手招きしながらなにか切り分けたものを皿に乗せている。渋々近づくと、そこには白く輝くショートケーキがあった。
「試しにこの町で買った新しいレシピ参考にして作ったんだ。試食してくれ」
「……」
このタイミングでこの提案は嫌がらせだろうか。
「どうした?」
「……いらねぇよ」
「は? お前甘いもの好きだろ? 別に今更隠さなくても」
……ん?
「お前、今、なんで」
「いや、お前甘いもの好きなの知ってるぞ? 前々からわっかりやすいくらい甘いものこそこそ食ってたろ。ミラさんも気づいてるって言ってたし、ルカもこの前なんか甘いものばっかり食ってたって言ってたから知ってるし。知らないのはミラさん除いた女性陣じゃないか?」
……。
…………。
………………。
全速力で階段を駆け上がり、飲み物を待っているシルヴィアがいる女部屋に、大きな音を立てながら飛び込んだ。
「このクソアマアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! もうお前の言うことは一切聞かねぇ!!」
「はっ、えっ? 何よいきなり」
事情が飲み込めず、混乱しているシルヴィアに対し、アベルは逆に勝ち誇ったように薄く笑う。
「むしろ、だ! お前のしたことをあのチビにすべて報告しておく。ミラさんにもな」
「はっ!? ちょ、ちょっと待っ――」
「黙れ死に晒せ!!」
その後、ケイト作ショートケーキを無表情で食べながらアベルは淡々とケイトとミラにシルヴィアの悪行を語った。
「……シルヴィアお前……」
「シルヴィア、流石にどうかと思うわよ?」
二人の冷めた視線にシルヴィアは縮こまる。ざまあみろとアベルは口の端についたクリームを舐め取る。
「言いつけるなんて器の小さい男ね!!」
「うるせぇ性悪」
ショートケーキが気に入ったのか「おかわり」と皿をケイトにつき出すアベル。しかし、ケイトが「あとはユリアたちの分だよ」とおかわりを許すことはなかった。
「というか……アベル、本当に隠してるつもりだったのね……言わないから黙っていたけど」
「というか俺でもわかったぞ」
ミラとケイトはアベルに哀れみを込めた視線を向ける。
「なぜバレた……」
「いやあんた、この前ジョンのおごりの時、甘いものばっか食べてたじゃない。体に悪いわよ」
「ていうかお前が甘いもの買ってるのバレバレだからな? 隠してるから触れないだけで」
二人のあえて触れないようにしていた優しさがアベルを苦しめる。せめて気づいてるって言ってほしかった。
次の日の朝食、シルヴィアの食事だけ少なく、アベルの量が多かったのはきっと気のせいだろう。
甘党アベルと辛党サラ。普通の味覚のルカとシルヴィア。舌が肥えててまずいものはだめなケイトとだいたいなんでも食べれるユリア。