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ルカの憂鬱な日

やっぱり読まなくてもいい系の話。




『ミラ、どうしたの?』

『あのね×××、こっちとこっちの髪飾りどっちが似合うかな』

 示されたのは薄青の花飾りが付いたヘアピンと髪をまとめるための白いシュシュ。

『うーん、僕はこっち派かな』

 そう言って白いシュシュを手に取って見せると花がほころぶように可憐な笑みを浮かべてくれた。

『本当? あのね、ルイスもこっちがいいって言ってくれたの。でもこのヘアピンも捨てがたくて……。これでこっちにする決心がついたわ!』

『あ……ああ。ルイスにも聞いてたんだね。どうしてそんなにめかしこんでいるんだい?』

『そ、その……あ、あいつとご飯をしに……』

 まるで恋する乙女のように初々しいその反応に、すぅっと血の気が引いていく感覚。ああ、そうだ。これははっきりとした憎しみだ。

『そっか。気をつけてね、ミラ』

『うん。聞いてくれてありがとう、×××』

 憎い。あの男が憎い。僕から大切なものを全て奪っていったあの男が。

 僕は、君がいればそれでよかっただけなのに。








 ぬぐい去れない倦怠感と不快感に包まれながらルカはだいぶ遅い目覚めを迎えた。


 目覚めるとやたらぐしゃぐしゃになったベッドのシーツがまず目に入った。

 夢を見た気がする。というのも内容が全く思い出せないから、いまいちはっきりしない。

 今日は良くないことが起こりそうな気がする。目覚めた時にそう直感で思った。

 とりあえずダルイ。頭が痛いし体が重い。なんだか寝起きが悪かったのかケイトが複雑そうな表情をしていた。

 僕は元々目覚めが悪い。寝起きに不機嫌になるのはサラと二人で生活していた時もあったらしいので多分そういう性質なんだろう。

 今日は修行もないらしいのでみな町で買い物に行ったりゆっくり過ごしたりと様々だが、男部屋にケイトもアベルも既にいなかった。サラと買い物に行こうと思ったら既にシルヴィアと出かけていた。

 樹海サバイバルから帰ってきたサラとあんまり一緒に過ごせていないのでなんだかやきもきするのだが、シルヴィアにまで嫉妬してるとさすがに大人げないし。

 宿の共有スペースに新聞を読んでいるミラさんをみかけ、近づいてみる。

「おはようございます」

「あら、おはよう……って今何時だと思ってるのよ」

「1時……」

「それも昼のって……あんた本当に寝起き悪いわね」

 事実なので言い返せないのが悔しい。

「……そんなところまでカイルに似てなくても」

 なにかボソボソ言っているけどよく聞こえなかった。言いたいことあるならはっきり言ってくれればいいのに。

「ねえ、ルカ」

「はい」

 なんだか改まって名前を呼ばれるととてつもない違和感。なんだろう、これ。

「ルカって泳げる?」

「は?」

「いや……その、なんとなく」

 なんだか要領を得ない感じだなぁ。

「泳げる場所がいままでなかったのでちょっとわからないですね」

「そう……。ならいいわ」

 よくわかんないなぁ。イライラする。

「ほかのみんなはどこかに行ったんですか?」

「アベルは多分……なにか食べにいってるんじゃないかな。ケイトは本屋と食材の店でレシピと調味料調達してる。ユリアは自主トレしてるわ。サラとシルヴィアは買い物」

 なんだかユリアだけ一人次元が違う。

「僕も出かけてこようかな……」

「気をつけなさいよー」


 そんな直後にもうしわけないけど外の日差しのせいでやっぱり二度寝しようかとか考えてしまう。

 眩しい日差しが肌を灼き、暑さで体力が削られる。割と自分は貧弱なのだが、あまりそういう面を見せるとケイトにすらからかわれそうであまり普段はそういう面は見せていない。

 ひきこもりたい。

 どこに行こうかと、しばし日陰で悩んでいると、6歳くらいの女の子がこっちをじーっと見ていることに気づいた。

 ずっとこっちを見ているが、なにか変なところでもあるのだろうか。そう思っていると、女の子が駆け寄ってきた。

「おにいちゃん魔法使い?」

「えっと、一応そうだけど」

「あのね、風でみずうみに、帽子とばされちゃって、とって欲しいの」

 そう言って指で示したのは町から少し離れたそれなりの大きさの湖。まだ行ったことはないが、湖の真ん中に帽子が飛ばされてしまったのなら確かに取りに行けないだろう。

 別に断る理由もないので女の子に視線を合わせながら了承する。

「いいよ。連れて行ってくれる?」

「うん」

 女の子に手を引かれて湖の方へと誘導される。距離はそんなにない場所に静かに存在する湖。深さはそれなりにあるようで、湖の中央部分に麦わら帽子が浮いている。確かに届かないだろう。

「ちょっと待ってね」

 風で帽子を引き寄せてみるがどうもうまくいかない。植物系の魔法で蔦を伸ばしてみるがそこまで届かないようだ。

「うーん……しょうがない」

 水の上を歩けるようにして、ゆっくりと進む。進むたび水面が波紋を広げ、わずかに揺れた。

 帽子に手を伸ばすと少し水を吸っているようだが、乾かせば問題なさそうだ。今日は天気がいいし。

 女の子の方を振り返ろうした瞬間、不穏な水音が聞こえる。

「水中――!?」

 気づいたときには水の中に引きずり込まれていた。足を引っ張られているのか重い。魔物か何かかと思えば、引っ張っているのは水草で、それを操っているのはさっきの女の子だった。

『ウフフフフフ、かわいい坊や。私のものよ』

 女の子は姿を変える。その姿は魔物というより妖精に近い。最初からおびき寄せるための罠だったということか。

 と、ここで僕は一つ重要なことに気づく。


『ルカって泳げる?』


 ――できない!?

 体を必死に動かすが浮かぶことさえできない。魔法も、無詠唱でできるのにそれをゆるさないとばかりに体が重い。決して泳ぎ方を知らないわけでも、足に絡みつく水草で身動きがとれないわけでもない。泳ごうとしても体が動かない。

 息ができず、口から貴重な空気が逃げてしまった。


『――ふざけんなよ! 僕は、僕は!』


 ――あれ?


 一瞬、身に覚えがないはずのイメージがフラッシュバックする。水底でもがく自分が届くはずのない水面に手を伸ばす様子。聞き覚えのないような、とても馴染む誰かの心の叫び。これは、記憶?

 溺れるどころか、湖に沈んだことすらないのに、どうして……?

 虚ろな思考で割と本気で死を覚悟した瞬間、何かが湖の中へと飛び込んできた。

 何も見えず、誰かに手を引かれて水上に浮かぶ。

「っはぁ!」

「ぷはっ! こんのクソ妖精!! 人の弟子誑かしてんじゃないわよ!!」

 僕を抱えながら叫ぶのは怒っているミラさん。湖は相変わらず静まり返っており、妖精の気配もない。とりあえず呼吸を整えると、ミラさんが心配そうに顔に張り付いた髪を払いながら言った。

「大丈夫?」

「はい……ありがとうございます」

 ミラさんは何か言いたげだったが、とりあえず陸まで戻ろうとゆっくり泳いで戻ろうとする。僕はおとなしくミラさんに抱えられたままだ。

 陸にあがって僕はその場に座り込んでしまい、びしょ濡れで重くなった服を軽く絞りつつ、上着を脱いでしまう。このまま宿に戻るわけにもいかないので軽く水気を落とさなければ。

「……ねえ、ルカ」

「はい」

 できればインナー状態をまじまじと見つめるのはやめてほしい。というか下がさすがに脱げないので見ないで欲しい。

「……まさか猫嫌いとかじゃないわよね?」

「は?」

 猫。なぜここで猫。

「さあ……? そういえば実物は見たことないですね」

「そ、そう……」

 相変わらず歯切れが悪い。

「……あの、できればちょっとこっち見ないでもらえますか」

 見られているとすごく脱ぎづらい。

「ふーん、私相手に気にするの?」

「そりゃまあ一応……」

 顔がなんだかからかっている感じで嫌だ。

「とりあえず、見ないでおくから。早く絞っちゃいなさい」

 後ろを向いてくれるがどうも脱ぎづらい。なんだろう、この人に隙を見せたら負けな気がする。


 乾いてはいないがとりあえず絞れるだけ絞った服を一度着る。ここでさすがに下着まで脱ぐのもあれだし、新しいのをきたら下着のせいで気持ちわるいことになりそうだ。

「すいません、いいですよ」

「はいはい。とりあえず一度宿戻りなさい。というか、今日宿でおとなしくしてたら?」

「そうします……」

 髪は日差しのせいかだいぶ乾きつつある。ミラさんの髪はまだ乾きそうにない。

「……」

「……なに?」

 なんでだろう。ミラさんを見ていると変な気分になる。

「いえ、なんでもないです」

 実際特に何かあるわけではないのでそう言うしかなかった。

 足取りは重い。宿へ至る道ですら億劫だ。

 ミラさんが宿屋へ入ってそれに続く。中にはサラとシルヴィアがいて、既に買い物を済ませたようだ。服とかだろうか。

「あ、ルカおかえ――ってなに? ミラさんといいなんか濡れてない?」

 こんな天気のいい日になんで濡れているんだと言わんばかりの目。


 ああ、本当に今日はろくでもない――


 そう思った瞬間


 猫。


 白い猫。


 ふわふわの毛の白い猫。


 猫が、足に擦り寄ってきた。


 本能が拒絶する。こいつはだめだ。


 猫が顔をすり寄せながらにゃあ、と鳴くと同時に、僕は、プライドが掻き消えた。


「いぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 今日は本当に厄日だ。



「……泳げない上に猫嫌いとかまんまカイルなんだけど……なんなのよこれ……」

 猫のせいで気を失ったルカを慌ててサラが介抱する。部屋まで連れて行こうと支えるが、ルカの重みで一瞬よろめき、魔力による身体強化でなんとか体勢を整えた。サラ一人で大丈夫か不安になったがミラはその様子を見送った。

「ルカって気絶するほど猫が苦手なんだ……」

 猫は宿泊客のペットらしく、ほかの客に甘えたりなんかしているらしい。シルヴィアも背中を撫でながら和んでいた。

「……なんでそんなに似てるのかしら」

 謎が増えるばかりである。しかし生まれ変わりなんて都合のいいものを信じるのもおかしい話だし、血縁関係もあるはずがない。

(というか……カースも含めてみんなに怒られるのも当然だわ。これだけ似てれば)



 その後、目を覚ましたルカが恥ずかしがって部屋から出てこなくなったのだがサラの説得によりどうにか引きこもりを回避したとか。




ルカは生まれつき泳げない原因があります。練習しても泳げません。猫嫌いは本人もこの時はじめて知りました。

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