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覗きは犯罪です




 修行の終わったある日の夕方。

 野宿のため、寝床の確保をして、ケイトが夕食の準備をしている後ろで、アベルはなにやら難しい顔をしている。

「どうしたの、アベル」

 余りにも気になったのかルカが声をかける。ケイトは鍋に気を取られて全く気にした様子がない。

「……ルカさ、遠距離のものを見る魔法とかあるよな?」

「遠見の魔法? ああ、偵察用とかに使うやつなら一応あるけど、僕、まだそこまで遠くは見れないよ」

 何が目的かはわからないが、という風にルカは付け加える。

「遠見の魔法っていっても正確に場所把握してないと精度は落ちるし……これ系ならサラの方が得意だよ」

 ルカとサラそれぞれに得意分野がある。サラはどちらかというとサポート系が得意だ。ルカは攻撃や防御回復に至るほとんど全てをこなせるが、その分小回りが利かない部分があるため今後の課題としている。

 すると、アベルは意を決したように、ケイトにきこえないような小声で囁いた。


「ルカ、温泉覗こうぜ」

「…………は?」


 底冷えするようなルカの視線。今現在、女性陣は天然温泉がすぐそばにあるということで汗を流しに行っている。常識として近寄るべきではないだろう。今行けば間違いなくその現場に出くわすだろう。

「修行で疲れてとうとう頭おかしくなってきた? 大丈夫? 治せる範囲なら治すよ」

「ちげーよ。よくよく考えてみれば、俺ミラさんに半分無理やり弟子にされて以来、まともに発散してねぇんだよ。わかるだろ? こう、な」

「……まあ、そうだね」

「というわけで是非とも女風呂を覗きたい」

「その飛躍した考えはどうかと思う」

「でもお前だって見たいだろ?」

「アベル、君さ……ミラさんいるのにできると思ってるの?」

 もはや哀れみする感じる視線にアベルはややムキになったように答える。

「俺たちだってあの人のしごきで成長している。今なら気配遮断だって問題ないはずだ。そうだ、これは修行の一環だ」

「何がそこまで君を駆り立てるのさ……」

「性欲」

「ああ、ごめん……僕が馬鹿だったよ……」

 頭を抱えたルカは困ったようにケイトに視線を向ける。ケイトはまだこちらの会話が聞こえていないようで、具材を追加していた。

「ケイトは?」

「あいつ使えねーし、そもそもいい子ぶるからな」

「僕は?」

「だって、お前サラの見たいだろ?」

 ものすごく重い沈黙がその場を支配する。ケイトの「もう少し味濃い目がいいかな……」と呟くのが不自然なほど大きく響いた。

「……そ、そんなこと………………………………ある」

「お前のそういうところは嫌いじゃない」

 いつの間にかよくわからない絆ができている二人。再び微妙な沈黙でお互いにらみ合っているような見つめ合っているような状態が続き、ルカがため息をついた。

「……言っとくけど、サラを見るのはダメだから」

「お、おう」

「どうせ、僕の遠見使うんでしょ? 別にいいけど……ミラさんにバレたときのことを考えるとな……」

「大丈夫だろ。さすがに常時気を張ってるわけでもないだろうし」

 やや楽観的に考えるアベルと、納得しきっていないのか不満そうなルカ。


 そして、即座に覗き計画は始動した。





「おーい、二人共。飯できたから女性陣より先に――って、あれ?」

 先程までいたはずの二人が消え、キャンプにいるのが自分だけだと気づいたケイトは何とも言えない表情で料理を見つめる。

 忽然と姿を消したアベルとルカに首をかしげながら、温かいスープをあとで温め直すしかないのかと、少し対応に困るケイトであった。








「こっちだな」

 森の中、二人は音を立てないように歩く。

 天然温泉の近くまで来ると、アベルは一層慎重に進んでいく。ルカは難しい表情で鏡を取り出した。

「とりあえず、この辺までくれば見れるかな」

 鏡を服の袖でごしごしと拭きながら魔法を発動させる。今いる地点からゆっくりと見えるものが切り替わっていくのが鏡に映し出されていた。

「こういう風になってるのか。音は?」

「ある程度は拾えると思うけど」

 木の葉の音だろうか、ざざっと擦れる音がし、人の声もかすかにだが聞こえてきた。


『……――ですねー』

『やっぱり――汗……もの』


「おい、声途切れてるぞ。てか見えない」

「ちょっと待って」

「お前なんでキレてるんだよ」

「サラがいないからだよ。そんな怖い顔しないでよ」

「お前が怖いよ」

 ルカが調節して霧がかった視界が晴れていく。

 映ったのは湯に浸かるユリアとシルヴィア。二人共リラックスした表情で、嬉しそうだ。


『野宿でもお風呂に入れるなんて幸運でしたね』

『そうねー。お風呂最高! 宿泊できてもシャワーのところとかザラだし』


 アベルはユリアをまじまじと見ている。若干ルカがその様子に引き気味だったが、目当てのサラがいないせいか舌打ちする。

「まだいないのか……もうあがったってことはないはずだけど……」

「……風呂って最高だな」

「アベルちょっと黙って気持ち悪い」

 ユリアは色白で全体的に細い。髪をアップにしており、うなじのあたりが危うい色っぽさを醸し出す。

 シルヴィアは良くも悪くも平均的というか、アベルは興味なさげだ。

 すると、一人、風呂に足を入れた影が映る。


『はー、きもちいー』

『サラちゃん、ミラさんは?』

『なんか、脱いでる時にブツブツ言ってて後でいくからほっといて、って』

『あ~……サラの胸見たら仕方ないと思うな。私も凹む』


 湯に浸かろうとするサラはタオルを巻いてはいるものの、胸の膨らみがユリアとシルヴィアとは段違いに大きい。というか年齢を考慮すると巨乳の部類に入る。

 タオルで隠れているが、その分谷間ができており、年齢に不相応な色気があった。

「……サラ、成長してるな」

「お前どこ見てそれ言った?」

「…………」

「黙って凝視するなよ」

「アベル、サラ見たら焼くよ」

「無理があるだろ。少しくらい許せよ」

 馬鹿らしい会話だが本人たちは真剣そのものである。

 すると、また一人湯に入ってきた人物に気づき、二人共息をのんだ。

 透き通るような白い足が湯に沈んでいく。タオルで隠されてはいるが完璧なバランスで保たれた体。アップにした髪のおかげで見える首筋。どこか物憂げな表情も美しく見えるほど、文句のつけようのない美人。ミラその人だった。

「……やばいな」

「……やばいね」

 何がとは言わない。

「……しかし……惜しい」

「……本当、惜しい……」

 主に胸部を見ながら二人は心底残念そうに呟く。そこにもう少し肉があれば100点どころか200点だった。

 なにせ、ざっと見るからにユリアより無い。

 大きさを比べるなら上から順にサラ、シルヴィア、ユリア、ミラといったところか。


『はぁ……』

『ミラさんどうかしました?』

『どうもこうも……』

 恨みがましそうにサラのある部分をミラが睨む。

『はぁ……』

『な、なんですか!』

『サラの胸が年の割に大きくて落ち込んでいるのよ。ずるいよねー、サラ』

『ぶくぶく……』

 ユリアはなぜか湯に潜ってぶくぶく泡を出しながら不満そうにしている。何をしているんだ、子供か。

『サラって今年15になるとはいえまだ14でしょ? ほんっと、何よ、この胸』

『か、勝手に成長してるんだから仕方ないでしょ!』

『チッ……』

『……』

 ミラの露骨な舌打ちとユリアの半分湯につかった顔で無表情の無言。どちらも違った恐ろしさがある。

 その無言をまさに肌で感じ取ったシルヴィアは口を閉ざし、サラもお湯の中に深く潜り、口元まで隠そうとした。

『もう……!』

『ねえ、サラ。それ動くとき邪魔でしょ? とってあげようか?』

『やめてください軽いノリで恐ろしいこと言うの!!』

 サラの悲鳴が切実すぎて、ミラの声音が本気のものだ。


「……でかいってやっぱりいいな」

「サラを見てそれを言ってるなら切り刻むよ?」

 四人の様子を見ながら二人は相変わらず馬鹿なやり取りをしている。



 ふと、ミラが微笑んだ。



『にしても……あんたたちもまだまだね』

『へっ?』

『まだ気づいてないの?』


 ざっと血の気が引いていく。

 ミラと視線が合ったような錯覚に、ルカは全身から冷や汗が吹き出し、アベルは手が震えている。

「おい、やばいぞ。逃げ――」


『アベル、ルカ。そこを動くな』


 突如、鏡が粉々に砕け、ルカとアベルのいる場所に剣が数本突き刺さる。

 幸いというべきなのか、その剣もせいぜい服を地面に縫いとめるか、二人に当たらないものの動きを止める程度の被害しか与えていない。

 いや、その程度で済むなら本当に幸せだっただろう。


「さ、て……見つかったからにはそれ相応の覚悟ができているんでしょうね?」


 濡れた肌が色っぽい、と思う余裕も持たせないタオルを巻いたミラがすぐそばにいる。

 微笑みは何も知らない人間が見たら美しいとため息をついて写真に残したいと願うだろう。しかし、アベルとルカにとっては死神の審判だった。




 服を急いで着て、現場に走ってきたユリアたち三人。アベルとルカが(多分手加減はしていると思うが)修行の数倍ボコボコにされていた。動きを封じるために後ろ手に手錠までかけている。

「あ、三人ともこれちょっと見張ってて。私服着てくるから」

 それだけ言って、ボコボコ死体(と言っても過言じゃないほどひどい状態)の二人を置いていく。

 シルヴィアはアベルを指差して開口一番に叫んだ。

「最低! 変態! ケダモノ!」

「うるせぇ! てめぇのなんかに興味はないんだよブス!!」

「はぁー!? 覗きが偉そうにしてんじゃないわよこの性犯罪者!!」

「違うんです!! 僕はアベルに脅されたんです!!」

「てめぇルカ何俺切り捨ててるんだよ!! お前ノリノリだったくせに!!」

「知らないよ! 僕は真面目なんだよこんなことするタイプじゃないのはサラだってわかってるでしょ!!」

「……ルカ、しばらくこっち見ないで」

「なっ――」

「気づきませんでした……戦闘ではそんなミスは許されません……二人とも成長しているんですね。私ももっと気配察知と遮断の技術制度を……」

「いや、あのユリア。気にするところそこじゃないでしょ……」

 全員それぞれ違う反応を示している。すると、服を着たミラが戻ってきて、再び凍りつかせるような笑顔でアベルとルカに言う。

「とりあえず、一通り殴ったし、言い訳と釈明は今から聞いてあげる。内容によってはまた殴る」

「僕はアベルに利用されたんです!!」

「お前まだそれ言うのか!? 苦しいだろ!!」

 責任のなすりつけ合いが始まり、ミラが青筋を浮かべるのがユリアにはわかった。が、アベルとルカは気づいていない。

「そもそもアベルが最初に言ったんだしアベルが全面的に悪いんだよ!!」

「俺だけじゃねーだろ! お前も乗ってきたんだぞ!!」

「君が言わなければそんなこと協力するとか微塵も思わなかったよ!!」

「ルカ表に出ろ!!」

「上等だね! 僕は悪くないって証明してやるよ!!」


「……言い訳はそれだけ?」


 ミラの笑顔が空恐ろしい。

「……人の胸見て何が惜しいって? 言ってみなさい?」

 ミラにはかなわない。そう二人はわかっていたはずなのに、どうしてこんな馬鹿なことをしたのだろうか。というか聞こえていたのか。

「明日一日動けなくても特別に許してあ・げ・る。――悪夢にうなされろ」



 その瞬間、森の中に轟音が響き、一人キャンプでケイトが驚いたものの、たいしたことないだろうと判断し、そろそろ冷めそうな食事を一人で食べていた。










 まだだろうか、と一人で食事も終えてしまったケイトは本を読んでいた。アベルとルカも遅いし、そろそろ心配になってきた。

 すると、ガサガサと茂みの揺れる音で、帰ってきたことに気づいたケイトは本を閉じて立ち上がる。

「あ、おかえりなさいミラさ――」


 なぜか、ミラの後ろにボロボロで今にも倒れそうなアベルとルカがいた。


「ただいま、ケイト」

「……」

「……」

「なんで覗き二人が睨み合ってるのよ……」

「……ルカの馬鹿」

「もっと気配察知能力を高めないと……」

 女性陣はそれぞれ違った様子だが、ユリアだけやけに真剣味を帯びている。

「えっと……ミラさん何があったんですか?」

「……男はみんな馬鹿なのよ」

「えー?」


 結局、事の顛末を聞いたケイトは、二人の食事だけいつもより少なめにしたが、蚊帳の外感が否めず、少し複雑な気持ちになったとか。







サラ>>>シルヴィア>ユリア≧ミラ

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