隠れ鬼ごっこ・後編
「ごめんなさいごめんなさい――!! すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
ゆらりと紛れもない殺意を体から溢れさせるミラさんに俺はひたすら謝った。とりあえず謝るしかない。
ミラさんは表情一つ変えずだらりと伸ばした腕を掲げ呟いた。
「ケイト……いいこと教えてあげる……」
剣――両手で扱うはずの剣を片手で持ち上げにっこりと怒りでいっぱいの笑顔を浮かべた。
「おびき寄せるにしても、私に絶対言っちゃいけないこと言ったら駄目よ」
少しだけ口調に違和感があったような気がしたがすぐにそれを打ち消す出来事が起こった。
ガキンッと金属のぶつかる音。
アベルとシルヴィアの槍、ルカのチャクラムがミラさんの剣に阻まれる。
ルカは別の武器を出した。円形の……チャクラムと同じように見えるが近接用のチャクラムみたいなものらしく外側の部分が全部刃になっていない。投げないチャクラムとでも言うのだろうか。
アベルとシルヴィアは後ろに飛びミラさんと距離をとる。さすがに奪えなかったようだ。
「さぁて、ケイトが言うはずないから……アベルが主犯か」
アベルの表情が強ばる。このミラさんの殺気を感じれば当たり前かもしれない。
すると突然、ミラさんが武器をしまった。
はぁーとため息のような声を出し肩を軽く回し俺の襟首をつかんで持ち上げた。
「え、ミラさん……?」
「とーりーあーえーずー、アベルとケイトはこのゲームに負けたら――罰ゲームプラスお仕置きね」
また負けられない理由が一つ増えてしまった。アベルは自分のしでかしたことの恐ろしさを実感しているのか真っ青だ。
ミラさんはまるで空間から引き抜くように鎖を出現させる。それが俺に巻き付き完全に身動きが不能となる。
「一応人質。私を怒らせたんだから――覚悟しろよ糞ガキども」
ドスのきいた声と共にミラさんは俺を鎖で引き肩に担ぎ上げた。
そのまま三人から逃走。もちろん三人は追いかけてくるしミラさんに攻撃を仕掛けるが俺がいるからか遠慮気味になって――
「ってうわっ!?」
アベルの槍が頬を掠める。幸いミラさんがよけたから問題ないが普通に当たってもおかしくなかった。
「人質が通じないのが約一名……まあ全然問題ないけどね」
片手だけで武器を弾くミラさんの姿を見て心底思った。この人本当に人間なのか。
ミラさんは大きく跳ねると煙幕のようなものを投げアベルたちを撒いた。
「さーて、面白くなるわよー」
「…………えっと、俺を人質にした理由は」
「んー盾とあの子を焚きつける材料……ってとこかな」
あの子って誰だ。とりあえず嫌な予感しかしないです、ミラさん……。
その頃、ユリアとサラ。
「……! ケイト君が危険な予感が」
「とうとうあんたケイトから離れても感じるようになったの、もうそれ人としてアウト」
サラが呆れながら言うとユリアが進む方向を九十度変え歩き出す。
「ちょっと、方向変えるなら言ってよ……」
「こっちにケイト君いるような気がして……」
「ケイトじゃなくてミラさん探しでしょうが! ケイトがミラさんと一緒にいるわけないんだし」
言いつつもユリアの示した方向を歩きため息をついた。
素直飴食べる時の対処法考えようかな、と思うほどサラは諦めていた。
しかし後にサラはこの時のユリアに感謝することになる。
「えーっと、なんですかこれ」
「人質兼アタシが襲われないよう警戒」
鎖が木に巻きついて一定距離しか動けない。ミラさん、楽しんでる絶対に。
ここで俺がミラさんからペンダントを奪えればいいのだが手もふさがってるこの状況、ほぼ無理だろう。
「あと十分……さぁて、ちゃんと奪えるかな?」
わざとらしく俺にペンダントを見せつける。挑発しているようですごくムカツク。
というかミラさんってこういうところは子供っぽいよなとしみじみ思う。
「あー暇……そうだケイト、飴の効果試していい?」
「え?」
「素直飴、ちゃんと効果あるか気になるのよねー。ムラあるし。ていうかさっきの言葉は本音なのか確かめるついでに」
「絶対嫌ですよ!! ちょっと! だいたい罰ゲームは後でって……」
「人のこと貧乳って言った罰だ!! くそっ、よくも……!! 割とあれ傷つくのよ、言われると!」
飴玉を一粒出し俺の口に入れようとする。さすがに大人しく受け入れる気はないので全力で口をとじる。
ミラさんも躍起になっているのか膠着状態が続く飴玉が歯に当たる感触がした瞬間、聞き覚えのある声が響いた。
「ケイト君!?」
「ケイト、とミラさん!?」
呆然と立っているユリアとサラ。そういえば二人の姿を見てなかった。
そして、気を取られた隙に口に飴玉が押し込まれる。普通に甘い。
「ってちょ!?」
飴玉を速攻で吐き出す。どれだけ効果があるのか定かではないが少しは舐めてしまった。
「ちなみに、この飴は全部舐めると丸一日効果が持続するのよ。今のはそうね……一瞬だから五分も持たないかな」
「十分でも充分驚異ですよ! ホントあなた鬼畜ですね!」
あれ、なんか後半おかしい。言うつもりなかったのに。
「あーもう本当に最悪ですよ! 俺だって少しくらいはかっこいい思いしたいのになんで毎回毎回こんな目に合うんですか! いじめですか、そうですか! あーもう料理作って寝たい」
……マジで本音だだ漏れしてる。
このままじゃ本当に言っちゃいけないことまで言いそうだ。
するとミラさんはユリアのほうをちらっと見て俺に質問した。
「……ふーん、そういえばケイトってユリアのことどう思ってるの」
「はい? なんでいきなりそんな話に? てかユリア……うーんどうなんだろ、わかんないなー……って何言わせるんですかああああああああ!!」
ユリアはきょとんとしてるがサラは気の毒そうに俺を見た。そして唐突にユリアはミラさんに攻撃を仕掛ける。
「よくわかりませんが……ペンダント盗ればいいんですよね」
「そーそー、まああと八分だし。全力できな」
ユリアとミラさんの攻防が続く。その間にサラに鎖を解いてもらう。
ようやく自由になれた俺はあるものをクロークから出した。
「ケイト大丈夫? てかあんた飴……」
「あーうん、思ったより効いてないっぽい。すぐ吐いたし。てかちょっと手伝ってくんね」
サラにあることを耳打ちしとあるものを見せる。
しかしサラはいまいち乗り気じゃないのか微妙そうな表情だ。
「えー……それ成功するの?」
「半分より低いだろうな。でも藁にもすがりたい気分だし」
「そーね。まあいいわ手伝う」
そう言って耳打ちした通りサラがミラさんに近づく。ミラさんはユリアの剣を相手にしているせいかまだサラに気づく様子はない。俺も木の上、一番高いところに登り距離を図る。
ちょうどサラの真上辺りだ。
「よし、いいぞ!」
その声と同時にサラは空間転移ジュエルを使う。標的はミラさんで飛ばす場所は俺の真下。
さすがに空間転移ジュエルを使うと思わなかったのかミラさんは空中に転移して僅かに動揺したがすぐに受身を取ろうとした。
しかし、俺が道具を使うほうが早かった。
「≪オープン、ミニマッシュル≫!」
その言葉と同時に俺の用意していた道具、ミニモンスターボックスと呼ばれるどっきり道具が発動した。
効果は単純。無害と指定される魔物の縮小版を特殊な魔法で詰めたもので発動と同時に数十匹の小さい魔物が飛び出るというものだ。
そして、今回出てきた魔物はキノコ型の魔物だ。
「え――」
受身を取ろうとしてたミラさんに大量のミニマッシュルが降りかかる。そして、ある意味予想通りだが予想外の反応を示した。
「い、い……いやああああああああああああああああああああああああああああ」
そのまま叫びながら地面に落ちたミラさん。なんと見事に気絶している。
俺はミラさんの傍に寄りペンダントを取る。
残り時間は四分。俺たちの勝ちだ。取ったと同時にタイマーが止まり証拠もできた。
しかし、サラはいまいち納得していないようだった。
「な、なんでミラさん気絶してるの……?」
「あー、気絶までは想定外だったんだけどな。ミラさんがキノコ嫌いっていうのは薄々前から思ってたんだけどよ。毎回料理にキノコあると残すし。昨日だって市場でこれ売ってるときすごい嫌そうな顔してた」
ミニマッシュルはぽんぽんと音をたて次々と消える。元々そんなに長時間はもたないらしい。
「よく見てるわねー……全然気付かなかった」
「そりゃあ俺みんなのこと好きだし」
あれ、なんか俺おかしいこと言ってる。まだ素直飴の効果残ってるのか。
「……飴の効果が切れるまでアベルたちに合流するのはやめたほうがいいわね。余計なこと言って面倒になるのはアタシもごめんだわ」
気を使ってくれているのかその場に座って疲れたーと文句を言い始めた。ユリアは俺に近づきペンダントを見て満面の笑みを浮かべた。
「ケイト君すごいです! 今回の主役はケイト君ですね」
「ん、ああ……ありがとな。お前にそうやって喜ばれると嬉しいな」
ああ、また余計なこと言ってる……早く効果切れないかな。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に口が勝手に動く。
「お前がいつもそうやって笑ってたら俺も安心するよ」
「え、あ……その、はい……」
予想外にもユリアは顔を赤くしてうつむいてる。ミラさん気絶よりもびっくり現象だ。
「あー……照れると可愛いな、やっぱ」
今日最大の失言。何言ってんだ俺。ユリアは更に顔を赤くして俺から目をそらした。
そして、その様子を終始見てたサラが何か一言つぶやいていた。
「アタシもルカにああやって素直に言えたらなー……」
「……ごめんて」
床に正座するミラさんを見下ろす俺たち。なんだろう、いじめ現場みたいだ。
反省しているのか顔を俯けて小声でぼそぼそと何やら言っている。
ミニマッシュルがそんなに気に入らなかったのか。
「いや、悪かったと思うなら最初からしないでください。それはそうと罰ゲーム……」
「うぅ、わかってるわよ。好きにしなさい……」
観念したように両手を挙げる。するとルカは一瞬だけ少し前のミラさんに負けず劣らずのどす黒い笑みを浮かべいつものとおりの笑顔になった。
「じゃあ一週間キノコ料理フルコースで!」
ルカは俺に目配せし「できるよね」とでも言いたげな顔をする。
できないこともないがそれってミラさんにはきついんじゃないか……?
「き、キノコ料理!? 無理無理無理!! てかなんでルカが知ってるの!」
「さっきケイトに教えてもらいましたー。というか、好きにしろっていいましたよね?」
うっ……と言葉に詰まっている。なぜかルカが怖い。
「まあ決まりってことで! アベル、食事のとき押さえるのよろしく」
「へいへい……まあ俺は別に罰ゲーム受けなければなんでもいいし」
「というか全員キノコ料理? それは嫌いじゃなくても一週間きつくない?」
「別に用意するよ。今日の晩飯なんにするかー」
後ろでミラさんが今までにない落ち込み方をしていた気がするが気のせいだ。
キノコ料理の組み合わせとアレンジを頭に思い浮かべ俺は笑った。
今までの鬱憤を晴らすように大量にキノコを使ってやろうと。
おまけ
「いーやーだ!!」
椅子に縛り付けられたミラさんはバタバタと逃げようとするがアベルとサラが抑えているので逃げ出せない。
そしてそのミラさんに料理を食べさせようと俺とユリア、シルヴィアが料理片手に構えている。
こういう時だけ一致団結するのな、俺ら。
「あんたたち、覚えてなさいよおおおおお!!」
その後、ミラさんは魂が抜けたように真っ白になった。
「キノコサラダ美味しいです」
そんなユリアの独り言はミラさんには聞こえない。
おまけ2
「絶対に泣かせてやる……特性激辛スープで……」
恨みを晴らさんとばかりに作り込んだスープをアベル、ルカ、シルヴィアの前に置く。
アベルとルカは何の疑問も抱くことなく口に運ぶ。一方シルヴィアは一瞬のうちにサラのものと取り替え何食わぬ顔でスープに口をつけた。
そして、激辛スープを食べた三人――一人は完全にとばっちり――は三者三様の反応を示した。
「か……辛っ!? 辛い辛い辛い!!」
尋常じゃないくらい騒ぎ始めたアベル。少し涙目にすらなっている気がする。
「…………なにごれ」
引きつった顔と変な声でスープを見つめるルカは冷静のように見えて汗がすごい。
「あれ? 今日やけに辛味強めね」
ルカのように冷静を装ってるわけではなく本気で何とも思っていないサラ。そのままスープを飲み始め苦しんでいるアベルとルカを見て首を傾げた。
「二人とも何してんの?」
「いや……サラ、お前もしかして……」
「サラは……辛党なんだよ」
険しい顔のまま言うルカは口元を抑えながらスープを自分から遠ざけている。
そして、水を大量に飲んで辛さを軽減させているのかアベルは本気で泣きそうになりながら言葉を発した。
「おまっ、え! なんでぇ、から……くした、んだよ!」
「……そんなに苦手なのかお前」
子供味覚……と馬鹿にしようかと思ったがあまりに本気で泣きかけているのでからかえなくなってしまった。
とりあえず今回わかったのはアベルは子供味覚兼超甘党。ルカは味覚が普通。サラは辛党。シルヴィアは辛いものは普通で通常味覚。ユリアは美味しいものならなんでもイケる。覚えておこう。
「ケイトは味覚肥えてるからまずいの本当にダメっていうか厳しいよねー」
ミラさんのつぶやきは聞こえなかったことにした。
サラは味覚音痴というわけではありません。




