目的に向けて
協会の面々と別れ、モリアとも別れを告げたあと、安全な場所へと移動するために、ウンブラ国から出る国境へと向かう。道中、状況を確認するために休憩がてら食事を取ることにした。
「俺、そういえばめちゃくちゃ痛めつけられたはずなのに、その傷が全然ないんだよな……誰か治してくれた?」
「いや……アタシが治したときにケイトは怪我らしい怪我はなかったし」
あの時の、ケイトのことは誰も口にしない。
異常すぎるその様子は、真偽もわからず、本人に言ったところで混乱させるだけだろう。
魔法が使えないはずのケイトが、最高難易度の炎魔法を操っていたこと。その魔法でジェシカを圧倒していたこと。又聞きだが、その前にはモニカに重賞を負わせ、カリマを追い詰めたこと。
にわかに信じがたいことばかりだ。
「よくわかんねーな……。あ、俺もっと食っていい?」
「当然よ。ちゃんと食べて」
普段はケイトが料理を担当することが多いが、一応安静にしていたほうがいいということで、サラが食事を担当していた。ミラは何か気になることがあるのかずっと考え込んでいる。
「……夢を見ていた気がする」
「夢?」
「誰かが檻の中で声をかけてくれたような……あと、ずっと誰かの声が聞こえていた、とか」
「夢って言う割にははっきりしてるね」
ルカがそう言うと、ケイトは何か気になったのかルカをじっと見る。
――ルカに、似ていたような……?
「……いや、ルカなわけないし気のせいか」
「うん? それより、ケイトって持ち物とか大丈夫?」
ルカの疑問にケイトはそういえば、と反応する。ポケットの中身や財布類はほとんど全滅だ。しかし今更言っても仕方ない。財布以外に特に大事なものはなかったし。
「ん……?」
探っていると、ズボンのポケットに見覚えのない切れたネックレスチェーンと指輪。指輪にはルビーらしきものがはまっており、シンプルなつくりだ。
「……なんだろ、これ」
「ケイトのじゃないの?」
「俺がこういうの身に付けるように見えるか?」
チェーンが切れているところからおそらくここにつながっていた指輪が外れているのだろう。というか少なくともただのアクセサリーに見えない。どちらかというと……
「とりあえず持っておけば? その指輪、悪いものじゃないと思うよ」
「置いておくのアレだしね。加護っぽい効果あるし」
ルカとサラの言葉に無言で頷きクロークにしまおうとして、もう一度普通にポケットにしまっておいた。
「そうだ、武器どうなって――」
言いながらクロークから剣を取り出そうとし、柄を掴んだと思ったら剣の先端部分から中心部にかけてが見事に折れて音をたてて地面に落ちた。
その様子を見ていた全員は何とも言えない沈黙を維持し、震える手で柄を握るケイトが叫んだ。
「なんで……なんで俺の剣が折れてるんですかー!?」
「いや知らないけど……」
ぽっきりと折れている自分の剣を、今にも泣きそうな目で見つめるケイトに周りは同情しつつもなにも言わなかった。折れた原因は間違いなくアレだろうから。
「……これは新調しないとなぁ」
ミラが折れた剣先を拾い上げてなんとも言えない表情を浮かべる。元々いいものではなかったがあっさりソードブレイカーで折られているあたり、使い込んでいたかもしれない。
「買うまでどうするつもりですか!」
ケイトがミラに食ってかかるとユリアがとても嬉しそうにケイトの肩を叩く。
「私がケイト君を守ります! そもそもあってもなくてもあんまり変わらないじゃないですか」
ユリア以外の全員が、ケイトに刃物が突き刺さるかのような音を聞いた気がする。地面に両腕をついて落ち込むケイトに誰も何も言えなかった。本人に悪気がないのが一番タチが悪い。
嬉しそうにケイトの右隣を陣取るユリアを見て、シルヴィアが何か言いたげだったが、ケイトの左隣はミラであり、どちらにもなにも言えないというところだろう。アベルはその様子を見てすぐに目をそらした。
(……いい傾向かのか悪い傾向なのか)
ルカはそんな様子を見つめながら人知れずため息をついた。
とりあえずケイトを含む弟子六人とミラの七人が目指すのは当初の予定を大幅に変更してアマデウス……ではなく、ウンブラから少し離れたナトゥーラ。シルヴィアの実家に戻るわけではなく、修行のためらしい。
「今回の件でよーく反省したの。私、ちゃんとあんたたちを鍛え直さないといけないってね」
ミラが真剣そうに言うのを六人は黙って聞いている。
「世界でトップクラスに贅沢な師匠による修行よ! 当然受けるわね?」
ルカとサラ、そしてシルヴィアは嬉しそうに、ケイトとアベル、ユリアが少しだけ嫌そうに了承の返事をする。テンションの差にミラは笑いを押し殺しながら言う。
「とりあえず、死なない程度には抑えるからね」
その後、修行によって死にかけたルカとサラ、シルヴィアはなぜあのとき返事をしてしまったのだろうと後悔することになる。しかし、断ったらどうなるか知っていたケイトたちはそんな三人を見て、どうせ逃げられない……と覚悟を決めていたのであった。
「ぐすっ……申し訳ありまぜん……エヴェン様の……お役に、立てず……ひっく……」
全身ボロボロで火傷がまだ残るジェシカは泣きじゃくりながらエヴェンに頭を下げている。全身包帯だらけで、顔も一部火傷が残っている。一応治る見込みはあるが、時間はかかるとのことだ。一方で、ルーストはいたって普通にエヴェンに伝えた。
「まあ、ミラ・エルヴィスとその弟子にまだ注意が必要なんじゃないですかね」
まるで他人事のように言うとルーストはエヴェンの前から去っていった。エヴェンはなにも言わずその様子を見送ってから未だ泣き続けているジェシカにエヴェンは優しい声音で言う。
「大丈夫。まだ時間はあるのだから、今は体を治しなさい。次は失敗しないように」
優しく、堕落させるようなその言葉はジェシカの心を黒く染めていく。本人が気づかぬうちに、心を酔わせていく。
「は、はいっ!」
エヴェンに許されたと思ったのか、ジェシカは松葉杖を使って部屋から時間をかけて出て行く。その痛ましい姿を見ても、エヴェンは何もせず、笑顔で見送った。そして誰もいなくなった部屋でエヴェンは独り言を漏らした。
「……まあ、そこらの雑魚よりは使えるし、いざという時は有効活用する手段があるしな」
冷め切った目に、先ほどの優しさは微塵も感じさせない。
そして、怪我をしたジェシカにもはや関心がないとでもいうように、さっさとどこかへ消えたルーストを思い浮かべるエヴェン。
「ルーストは……あの六人の弟子どもよりも厄介かもしれないな」
仄暗い光を宿したルーストの瞳を思い出し、エヴェンは微笑む。
まるで、いつかの魔導師を彷彿させるものだ。
到底正義を名乗るとは思えない禍々しさとドス黒さ。そして何かを企んでいるようなギラギラした野心の宿る表情。二つ名もかつての英雄でも最も多いあの魔導師。
「……『破壊の魔導師』、『最凶の魔眼』ね……。よくもまあ、あれだけの男を始末できたな」
カイル・ラバース。あの魔法使いはもういない。あいつだけでなく、当時の六英雄はもはやミラ一人のみ。
けれど、エヴェンはどこか安心できなかった。
「まさか……まさかとは思うが、すでに生まれ変わっている……?」
その疑問に答える者はいない。
――さて、今回は少し冒険してしまったね。
――バレることはないだろうけど、気を付けないと。
「……」
ルーストは自分の個室で思案する。
らしくない、とは思っている。火傷したからって、別に気にすることないじゃないかと。
自分の目的はそんなことではない。
「……はぁ……俺もほんっと、馬鹿だな」
彼女なんて、別に自分には関係ない。彼女は彼女で復讐と願いに燃える、それだけ。自分は自分の目的を果たすだけ。
少なくともアニムスにいる以上、それぞれ目的はあるのだから。あの忠誠馬鹿のクァイも仮にも自分の目的があるくらいだ。
――彼らは願った。命の願いを。
――死者蘇生。永遠の命。
――だが俺の願いはそんなものじゃなく、ただあの人のために。
――根本から違うはず、なのに。
一応これで7章完です! 8章の前にコメディ番外編がいくつか入る予定です。修行の様子は基本カットしますが、一部番外編で載せる予定です。