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ミラージュオブフェイト  作者: 黄原凛斗
第一部 7章:影の国
71/116

炎の獣







 ケイトはゆっくりと目を開ける。どこか遠くで聞こえるかのような轟音と、それに釣り合わない誰かの声。

 どうして、こんなことになったんだっけ。


 ――お前が弱いままだから。


「そう、だ……」


 ――強くなりたいだろ?


「……俺、は……」


 ――力を、求めろよ。


「強く……なる……」


 ――そうだ! 願え! 俺様の解放を!


「ちか、ら……を……!」


 ――お前は弱くなんかない。


「俺は――!!」




 どこかで鎖が弾ける音が聞こえた気がした。


 それと同時に、俺は誰かと入れ替わるように闇へ沈んだ。




 ――さあ、ようやく長ったらしい序章の終わり。


 ――ここから先が、壮大な茶番の始まりだ。










 瞬間、ルーストの背筋に悪寒が走る。

 咄嗟にルーストは恐怖対象と思われる方向に風魔法を放つ。しかし、そこにはケイトしかおらず、魔法を放ってから失敗だったということにルーストは気づいた。

「しまっ――」

 案の定、ケイトは魔法で吹き飛ばされ、舞台裏だった場所まで飛んで、姿が見えなくなった。

 なぜ、ケイトに恐怖したのかはルーストにはわからない。本能的に危険を察知したはずなのに、そこにはケイトしかいなかった。ならばケイトが恐怖の原因のはずだ。





 セイヤと戦っていたカルラたちは、ケイトが吹き飛ばされたのを見て反応する。

「ケイト吹っ飛ばされたぞ! 今のうちに――」

「カルラさん! 今あなたが抜けたらセイヤさんを抑えきれません! 私が彼を保護しに行きます!」

「チッ、そうだな。頼むモニカ!」

 謎の悪寒は気のせいだろうとカルラは思い込み、モニカにケイトを任せることにする。

 セイヤは少なくともモニカじゃ止められないだろう。アベル、シルヴィアも同様だ。

 しかし、この判断は間違っていたかもしれない。それに気づくのはもう少し後のことだ。







 ミラはざわっと肌が粟立つのを感じた。

 それは危機感からくるもので、思わず動きを止める。モリアも同じように感じたのか目を見開いて手を止めた。

「い、まのは……」

 ジェシカはそれをどう受け取ったのか怯えたように震えている。

「な、に……?」

 場所はケイトが居た場所。しかし、今ケイトは吹き飛ばされ、舞台裏まで移動している。

 今は感じ取れないが、この三人に危機感を与えたそれは確実にまだいる。

「私が……恐怖……? そんな馬鹿なこと!」

 ジェシカは恐怖を振り払おうとでもしているのか声を荒らげ、舞台裏まで向かおうとする。

「待ちなさいジェシカ!」

 足止めしようとミラは前に出るが、ジェシカの魔法か、ミラとモリアの動きを封じるために、二人を結界で包み込んで、閉じ込めてみせた。

「くっ……制限結界か……!」

「ミラちゃん下がって、私が壊すわ」

 モリアが結界を内側から壊そうと魔力を込めた手で結界部分に触れる。しかし、びくともしない結界にモリアは舌打ちした。

「成長しすぎよジェシカ……少し時間かかるかもしれないわ」

「できるだけ早くお願い。嫌な予感がする」


 その予感は早いうちに的中することになる。









 モニカは吹き飛ばされたケイトを舞台裏まで探しに行く。すると目が覚めているのか座り込んでいるケイトの姿を確認した。

 僅かに安堵し、瓦礫を押しのけて周りに敵がいないことを確認してケイトに近づく。

「ほら君! 逃げ――」

 モニカが座り込んでいるケイトへと手を伸ばし――


「誰だよお前」


 強く腕を掴まれ、体勢を崩したモニカの胸倉をつかみあげてケイトは低い声で言った。

「知らねぇうちにごちゃごちゃと増えやがって……なんだ、この状況。どれが敵かなんてわかりっこねぇな」

 首がしまっているのか苦しそうに呻き、微かに抵抗するモニカをまるでゴミのように床へ叩きつけるとそのまま腹部に蹴りを入れた。その際、手にはモニカが身につけていたチェーンに指輪を通したものが切れてケイトの手に絡まる。ケイトはそれを捨てようか一瞬だけ悩んで自分のポケットにしまいこんだ。

「ま、全員殺せばいいだけか」

 右手で目をこすりながら左手を握ったり開いたりを繰り返す。その度に左手はバチバチと火花が散るような反応を示す。

「……『俺様』のクロークが開けねぇな。しゃあねぇ」

 ケイトの足元でぐったりしているモニカは僅かに動くがケイトに強く踏まれるたびに力なく呻く。ケイトはモニカが武器を出そうと僅かに動かした左手を目ざとく見つけ、勢いよく踏みつけるとモニカは一際派手に呻き声を上げた。左手から骨が折れた音がし、今はろくに動かせなくなる。

 そんなモニカにケイトは剣を向ける。ケイトの普段使っている一般的な片手剣。

「体もうまく動かねぇな……ちょっとお前で練習させろよ」

 しかし、その二人の間に一瞬風が吹き抜けた。その瞬間、ケイトの剣は折れ、足元にいたモニカはいなくなっていた。

 風の正体はセイヤの相手をしていたカリマ。彼はソードブレイカー、武器を壊すことに特化した武器を手にしており、横にモニカを抱えていた。

「っ……本気で肝が冷えましたね」

「お前……なんで……」

「今ここで貴方に死なれても困るので。責任を一人で負いたくないだけですよ。セイヤさんの相手はカルラさんもいるので大丈夫だと判断しました」

 淡々と言うがカリマの表情はこわばっている。理由は今相対しているケイトの殺気にわずかだが動揺しているからだ。

「聞いてないですよ……弟子の中で最弱じゃなかったんですか」

 ケイトは目を丸くして折れた剣を見つめている。しかし、無表情でそれを捨てるとうなじに手を当ててぐるりと首を回した。捨てた剣はすぅっと消えてクロークに回収されたようだ。

「寝起きに散々だな……いや、別にあのナマクラ壊れても俺様は困らねぇし」

 ため息をつきながら左手をまた開いたり握ったりを繰り返す。カリマはその間にケイトから距離を取ろうとするが――


「まあ、そんなに警戒するなよ」


 一瞬で間合いを詰めたケイトは長剣を手にしており、カリマの眉間を狙う。しかしカリマはその攻撃をなんとか避けて息絶え絶えなモニカを抱えながら再び距離をとった。

「体慣らす手伝いしろよ。まあ、慣らしたらお前たち死ぬけど」

「……笑えない冗談ですね」

 この時カリマは焦りを抱いていた。勝ち目がない、と本能で悟ったからである。しかも今はモニカというお荷物を抱えている。逃げ切ることも戦って勝つことも無理だ。

(どうすれば――)

 うまく働かない頭を必死に動かそうとしていると第三者が舞台裏へとやってきた。

「……フィアンマの小僧、なの?」

 驚き、そして僅かな恐怖が彼女――ジェシカの声に現れている。ジェシカはミラとモリアが相手になっていたはずなのになぜかこの場にまで来てしまっている。

 カリマは悪化したこの状況に慄いた。

 アニムス幹部など自分たち下っ端では倒せるはずがない。ましてや今はなぜか殺しにかかるケイトもいるのだ。どう考えたって絶望的な状況だ。

「……あれ、泣き虫ジェシカ?」

 するとケイトはまるで知り合いのようにジェシカに声をかける。不自然なほどに、穏やかに、残酷に。

 ジェシカは「泣き虫」という単語を聞いて一瞬にして表情を変え、ケイトを睨んだ。

「お前がなぜその呼び名を知っているの!!」

「あ……そうか、お前は俺の知ってるジェシカじゃないのか。どのみち俺の敵だけど」

 ジェシカは無言でケイトに魔法を放つ。鉄でできた杭を何本もケイトに向けて、あちこちに突き刺さる。しかしどれもケイトは避けるか弾くかで当たりはしない。

 カリマとモニカはその隙に舞台裏から避難し会場にいるはずのミラたちのもとへ向かった。

 それにケイトは気づくがジェシカは怒りで目の前が真っ赤になっているのか気づいていない。

「お前を持ち帰ろうかとも思ったけれど殺してやるわ……殺してやる殺してやる殺してやる……殺す!!」

「おっかねーな。まあ別に『俺』はともかく『俺様』はお前に殺されるほど弱くないし」

 ケイトが剣を掲げてにやりと笑う。その動作にジェシカははっとした。魔法剣士がよくする構えだ。剣を媒介に魔法を発動させるなど、理由は様々だがケイトの場合、魔法発動の鍵のようだった。

 息苦しくなるほどの魔力が溢れ出しケイトの周りで形を作っていく。


「『吠えろ、喚け、嘆け。血を求めるならば我が敵から奪え。煮えたぎる其の血は貴様の餌だ』。喰らい尽くせ! ベスティア・ディ・フィアンマ!!」


 力強い詠唱とともにケイトの背後に現れたのは炎の獣。毛も牙も吐息も炎でできている正真正銘炎の獣。唸るたびに口から炎が吹き出し威嚇するたびに炎の毛がうねり、巨大な牙も揺らめいていた。紅玉の瞳は宝石でできているのか妖しく煌めいている。

 炎の獣はジェシカに向かっていき炎でジェシカ周辺を焼き尽くした。

 が、ジェシカはバリアを咄嗟に張ったのか辛うじて被害はうけていないものの一度受けただけでバリアは粉々に砕けてしまった。

「化物か……!」

「だって俺様天才だし」

 炎の獣がそばにいても火傷一つ負うことのないケイトは悠然と笑ってみせる。悪意のある、邪悪な笑み。

「ベスティア」

 炎の獣に声をかけるケイトはどこか穏やかで元のケイトをわずかにだが彷彿させた。

 だが、その印象は一瞬で消え去る。

「殺れ」

 短い命令にジェシカ反撃をするために水の魔法でケイトを狙う。しかし、炎の獣が吐いた炎で水は『蒸発』してしまった。

「なっ――」

「火力がそこらのとは違うんだよ」

 勝利宣言とも取れる言葉と同時にジェシカは舞台裏から舞台へと獣によって吹き飛ばされ大ダメージを負った。

「が、はっ……」

 一応魔法である程度は防いだのか致命的な火傷は負っていないものの服はあちこち焼け焦げ、炎の牙による刺し傷も見えた。

 舞台へと出たことによって、ほかの面子もケイトとジェシカの異変に気づく。


 モニカとカリマをまず見たカルラは驚き目を見開いている。

「お前ら、っていうかモニカ、なんでそんな大怪我してるんだよ!! あれか、星魔法のやつか?」

「いえ、この怪我の大半は――」

 カリマの声を遮るようにして獣の方向が響き渡る。とっさに耳をふさいだカリマは忌々しそうに舞台裏から出てくる炎の獣を睨んだ。

「あんなものまで作るのか……!」

「は? 別の敵か? ……いや、違うな?」

 カルラは炎の獣の魔力で気づいたようだ。


 どこか、楽しげに見えるのはカリマの気のせいだろう。


「ケイトか!」

「はぁ!? んなわけないだろ! あいつ弱いぞ!」

 セイヤと応戦していたアベルが一度下がってカルラに言う。シルヴィアも武器を槍から弓に変えながら言った。

「弱い抜きにしてもあんな風にケイトは魔法使えないはずでしょ!」

 ふと、なぜかセイヤの動きが止まる。視線の先には息絶え絶えなモニカと、視線を受けて困ったように顔をしかめるカリマ。


「……………………モニカ? カリマ?」


 はっきりとしたセイヤの意思ある声に即座に反応したのはカルラとモニカだった。

 原因はわからない。恐らくだが、術者ではないにしろ、支配権が今あるのはジェシカとルーストのどちらか。ジェシカが瀕死の重傷を負っていることから、それによって支配が緩くなっている可能性がある。

 カルラはわずかに浮かんだセイヤの意識を完全に戻す方法を自分の知識を総稼働する――



 が、その間にモニカが躊躇いなくセイヤの脳天を銃で撃ち抜いた。





次も早めに更新出来ると思います。

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