閑話:紅雷と下っ端
読まなくても全然問題ない話なので飛ばしちゃっても大丈夫です。
あと少し下品です。
「はぁ……」
モニカは治療中のカルラを確認して一度、宿屋の階段を降りる。一階には受付や食堂などがあるが目的はそれではない。
「……いた」
宿屋の一角にはパブ……冒険者の依頼を受け付ける場所のような掲示板が設けられている。この国は協会を通していない依頼が多いというかほとんどだ。ここでは受け付けていないだろうが『裏』の仕事に関わるものも場所によってはあるだろう。
その掲示板の前に、アベルは佇んでいた。
「……」
「寝てなさい」
モニカはアベルの頭を小突くと呆れたようにため息をついた。
ルカ曰く、アベルが宿屋の施設に用があるといって治療半ばで出てきたようだ。心配、というわけではないが体を大事にして寝てて欲しいとモニカは思う。
「全く、裏の人間はどうしてそう無茶ばかりするんですか?」
あくまで事務的な口調になぜか違和感を覚えた。そして、裏の人間という発言――。
「……知ってる奴にはバレバレなんだよな、やっぱ」
「そりゃあね。紅雷の槍士。裏業界の期待の新星……赤髪の雷属性で槍使いとかまんまじゃないですか」
掲示板の一角に張り出されたこの国の裏業界に関する情報誌にはアベルとよく似た青年の写真。顔は全部写ってはいないが見知っている人間が見たら一発で気づくだろう。
「……別に隠しているわけじゃないけどな」
「……へぇ? てっきり隠してたのかと思ってましたよ」
詰るような言い方にアベルは苛立つ。モニカは小馬鹿にしたような視線を向けてくる。何に対してかは知らないが、アベルもただではやられまいとばかりに反撃に出た。
「あんた……いやお前みたいなドジで戦力としては対して使えないやつにそういう余計な詮索されると腹が立つんだよなー。あー気分悪ぃ」
その言葉にモニカは眉根を寄せる。あからさまに不機嫌を表すモニカにアベルは少し楽しそうだ。
(顔にすぐでるタイプかこれ)
ついさきほど知り合いになったばかりの相手だがルカを通してだいたいのことは聞いている。しかしまあ、まさか諜報員らしいがここまで素直に顔に出していいのか。
「はー、お前がもっとしっかりしてるやつだったらなー」
アベルの声にはからかいが混じっているというのにそれに気づかないモニカは声を荒らげた。
「ぼっ……僕が全部悪いっていうのかよ! ああそうさ、僕は確かにドジでおっちょこちょいでここぞっていうときに失敗するさ! だけど今回の件に関してはあのバカリマだってミスしてるしそもそも人選ミスなんだよ! 僕だって! 僕だって!! ……あっ」
慌てて口を押さえる仕草にアベルは変なものをみる目を向ける。彼女、モニカは――
「な、なんだよ! 口調のことだろどうせ!」
猫かぶっているどころかずっと演技だったらしい。一人称が僕って……。
「久しぶりにそこまで男っぽい口調の女見た……」
「うるさい! 中々治らないんだ!!」
ヤケになったモニカは取り繕うことをやめて舌打ちをかましながらアベルを睨む。
「くそっ……僕ばっかりこんな……」
「……正直、その裏表はどうかと思う」
「仕事とプライベート分けないとやってらんないんだよ……」
「てかそもそも素がそれってどうなんだ」
「こ、これはそもそも……」
『諜報活動するときお前は女を武器にできねーからな。男になれ男』
『この身長なら美少年キャラでいけるいけるー! きゃー可愛い!』
『まずは素を改変してやる。挙動言動は今からやるものを全て基準にしろ。演じる際はその都度分けるように。女なんて捨てろ。色気使えるようになってから女に戻れ』
「と……数々の諜報部の洗礼をうけて気づいたら修正できないところまで……」
「……女らしくなればいいだけの話だろ」
「なんか、こっちに慣れすぎて元の自分がわからなくなってきてね……」
後にアベルは、諜報部の異名、魔窟の諜報部を知ることになり、人格改変の詳細もこの時に詳しく知る事になるのだが、今はまだ何もわからないため、白い目で彼女を見つめるばかりだ。
「女なんて、芋臭いガキでも一発ヤれば後から色気が出るようになるっつーの。これだからカマトトおん……な……ん?」
アベルはモニカを上から下まで隅々と見て違和感に気が付く。そして――
「……非処女?」
「なっ――!?」
咄嗟にモニカはアベルを蹴りあげようと足を上げるが、アベルはそれを察知してか紙一重でかわしてみせた。
「うわ、あぶね」
「殺す! な、なんでわかっ――」
「いや、そのへん詳しいとなんとなくわかるっていうか。いやぁ、非処女でその色気のなさは確かに致命的だ」
モニカは一度俯いて表情が読めない。が、ゆっくりと顔をあげたモニカの顔は爽やかすぎるほど眩しい笑みを浮かべていた。
「よーし、お前やっぱり殺す」
モニカとアベルの謎の戦いは、様子を見に来たサラによって止められ、有耶無耶になったという。
モニカは彼氏がいます。この辺はサイトでちょっとだけ載っている番外下っ端シリーズで更新していけたらなと思っています。