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ミラージュオブフェイト  作者: 黄原凛斗
第一部 7章:影の国
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アニムスとの遭遇、協会との邂逅





 この影の国と呼ばれるウンブラ国は大陸でも特殊な国で、大陸全土で強大な力を発揮する協会が唯一まともに権力を行使できない土地とされている。そのため協会支部も存在しない。

 国の中でも治安の悪さは圧倒的で無法地帯。人身売買が横行し違法薬物が出回るのはいつものこと。他国もどうにかせねばと何度もウンブラ王にかけあってはいるが一度も彼は応じたことはない。

 ウンブラの国王はかつて約千年前、ミラ・エルヴィスたち英雄が活躍する時代から生きている古の王の一人である。当時から治安は悪く、そしてなによりアニムスと協力する面が見られたことから今も要注意国家として警戒されていた。



「そんな国なわけだけど……」

「……」

 ユリアの顔色が心なしか少しだけ青ざめているように見える。ミラはそのことを口にしようとするがルカの質問でその言葉はかき消された。

「間違いなくケイトたちはそこにいるんですか?」

 だいぶ落ち着いたのかまだ少し顔色は悪いもののいつもと変わらない様子のルカ。それを心配そうに見ているサラと何か考えている素振りを見せるシルヴィア。

 あっという間に拉致され、あっという間にウンブラまで移動されたとなると驚きを隠せないのは当然だった。

 地理的にはウンブラは大陸の北、現在いるコーピアは海沿いでなおかつだいたい大陸の南である。一つの国を挟む距離があるためかなりの遠く感じるであろう。

「移動は……空間転移のジュエルですね?」

 ミラが眠っている間に買いに行った空間転移のジュエル。サラが代わりに買ったらしいが当然人気商品かつ高額なので余分な量はない。

「せっかく買ってきてもらったのにすぐ使っちゃいそうね。……ユリア、顔色悪いわよ」

 青ざめているのを通り越して死人のような色のないその様子にミラは眉根を寄せた。船酔いもしていなかったユリアがどうして今になって、ということだろう。

 ユリアは無言で首を振り、立ち上がるとミラに無理して作った微笑みを向ける。

「大丈夫です。私のことより、ケイト君を助けることが大事です」

「……そう」

 ユリアの表情にどこか含みを感じたもののミラはそれ以上何も言わなかった。モリアもその様子を黙って見ていたが、ユリアをじっと見て何かを探るかのように目を細める。

「とりあえず、急がなくていいんですか?」

 ルカがそうミラに尋ねるとモリアがにっこりと微笑んでパチンと指を鳴らした。

「当然、今すぐによ」

 ルカは一瞬で察し身構え、サラはルカより3テンポ遅れて意味に気がつき、ユリアとシルヴィアは首をかしげた。

 そして、モリアの先ほど指を鳴らした時に発動した魔法により全員が紐のようなもので結ばれ、ミラがジュエルを発動させた。

「移動酔いしないようにね!」

 全員の視界ががくん、と大きく揺れ、転移先でルカとシルヴィアが酔って派手に吐いたり、サラが着地に失敗して転んだり、ユリアが転びこそしないものの木に頭をぶつけたりと微笑ましいことになった。












「……最悪だな、ほんと」

 劣悪な環境の牢屋でぼんやりとケイトは現状を整理する。

 拘束は解けそうになくベッドもないので冷たい床に転がったままだ。

 どうしようもなく絶望的な状況でただ一つ気がかりなのは仲間の安否だった。

 ――一緒にいたアベルとカルラはどうなっただろうか。カルラのほうは先ほど男が言っていた預かり物のことで間違いない。アベルはその時巻き込まれただろうがどこに行ったのかなんて見当もつかなかった。

 自分の周囲には人の気配はなく、外の音も聞こえない。助けを呼んでも意味はないだろうし下手なことをすればまた殴られたり蹴られたりするだろう。痛む体をゆっくりとどうにか起こして壁に寄りかかる。せめてクロークから武器を出せればと思ったがそれすらできなくなっていた。

 魔封じの枷。その存在は知っていたがまさかクロークすら使えないとは思わなかった。冷静に考えればクロークを使うときに魔力を扱うのでできなくて当然ではあるが。

 不意に首元がじくじくと痛み、熱を帯びる。首は怪我してもいないのにどうして――。



『今なら俺が変わってやるぞ』


 誰かの声が聞こえた。


『辛いことから目を背けることは別に悪いことじゃない。そうだろ?』


 深淵に堕ちていくその囁き。


『俺様が助けてやってもいいって言ってるんだ。少しは素直になれ』



 その声をかき消したのは甲高い女の叫びだった。


「どぉいうことよ!!」


 耳が痛くなるようなその声に俺は思わず目をつぶる。鉄格子の前には見知らぬ女が立っていた。

「フィアンマをオークションに出すだなんて勝手なこと決めるだなんて!!」

「いやでも、好きにしていいって言ったのはそちらで」

女は綺麗な銀髪をツーサイドアップで結っており金色の目はギラギラと輝いている。怒りと苛立ちがくっきりと浮かぶその表情でも可愛らしさというものを感じた。その女が先ほど俺を痛めつけた男と細身の男に食ってかかる。女、というより少女らしさを感じたが滲み出る雰囲気がどこか大人のようだ。

「フィアンマなら話は別よ!! 知らなかったのよ!!」

「報告書を読んですぐ対応しないほうが悪い……」

 そうボソボソと呟きながら現れたのは黒い髪の少年でくすんだ金色の瞳はどこか暗い。今にもこの世が終わるとでも言いたげなその真っ黒なオーラはそばにいるだけで欝になりそうだった。

「私は報告書してすぐ献上するって言ったわ! それなのに! それなのに!! お前がお前がお前がああああああああああああ」

「だって任務優先だし」

「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

「君うるさいってホント」

 叫ぶ少女に鬱陶しそうに息を吐く少年、その二人を見てオロオロする奴隷商人の男ども。


 ……なんなんだろうな、俺を取り巻くこの状況は。


「オークションは中止になさい! フィアンマは我がアニムスが――」

「いやぁ、そんなこと言われましてもね。もう次の目玉として……」

「誰のおかげで商売続いてると思ってるのかしら!!」

「まあ、正直君はうるさいけど……こっちのお願い、当然聞けるよね? アニムスほどの上客はいないでしょ? 潰されたくないならおとなしく引渡しなよ。そもそもこっちが預けただけなんだし」

「で、ですが……」

 目の前で怒涛の会話が繰り広げられ混乱する。

 アニムスってどういうことだ? そもそもこいつら何の話を――


「フィアンマの小僧!!」


 ぼんやりとしていると痛みが走り、壁に激突する。何が起こったのか、一瞬わからなかった。いつの間にか牢の中には少女がいていかにもなにかを蹴った後の体勢だった。

「った……」

「チッ……あの青色男に聞いていた以上に雑魚! この程度避けることすらできないわけ!」

「今の避けるのは結構難しいと思うけど」

 少年が牢屋の外からツッコミを入れる。被害者の俺からしても今のは無理があっただろうと本気で思う。

「こんな雑魚じゃエヴェン様に献上する必要ないわ。いっそ殺したほうが」

「お、おやめください! ジェシカ様! ルースト様も――」

 奴隷商人が必死になって少女を止める。ジェシカと呼ばれた少女は苛立ちを増し、吐き捨てた。

「ああもう! 何も思い通りにいかない!! こんなゴミ、好きにすればいいじゃない!!」

 そう言って忌々しげに牢屋から出て遠ざかっていった。

 奴隷商人はほっとしたように息を吐き少年に言う。

「あの、その……それで、オークションの件ですが……」

「別にいいんじゃない? 彼女がああ言ってるしそのままで。必要になったらこっちが競り落とすだろうし。俺はフィアンマなんてどうでもいいしさ。でもまあ、好きにしていいとは言ったけど次は確認くらいしてくれると有難いかな」

 そう返した少年はじっと俺を見る。値踏みするような視線と、一瞬だけ見えた哀れみ。それを振り払うように少年は目をそらして牢屋から離れていった。

 奴隷商人たちはあからさまに不快感を表した表情で舌打ちをする。

「アニムスの幹部だからって調子に乗りやがって……ガキのくせに」

 そのまま男たちもこの場所から離れ、再び一人取り残された。

 嵐のような出来事に困惑しつつも俺は再び壁に寄りかかる。

 どのみち今のままでは俺の未来は絶望的だということがはっきりわかった。










「この町でいいのね?」

 日が沈みかけた夕刻。ミラは町の入口でモリアに確認を取る。

 なぜかミラはフードを被ってまるで隠れるように行動していた。

 まず転移した先はウンブラのとある森。そこからそう遠くない町、『26番町』でミラたちは様子を伺っていた。

「ミラさん、どうしてすぐ町の中に入らないんですか?」

 ルカの質問にモリアが苦笑を浮かべながら答える。

「ミラちゃんはねー、ウンブラで指名手配犯なのよー。捕まることはないだろうけど見つかったりでもしたら大変なのよねー」

「ほんと……面倒なことになっちゃうのよね。だからウンブラ嫌いなのよ」

 肩をすくめて言うミラは本気で困った顔をしている。

 一度森と町の境目に戻り町から離れるとこれからのことについて作戦を立てることにした。

「さて、まずケイトたちの居場所を探すことだけれど……ウンブラの町のどこにいるかまではわからないのが問題なのよね」

 急ぐべきなのだが闇雲に動いても好転しない。

 それをわかっているから皆冷静に話を聞いていた。


 ――ユリアを除いて。


「別にわからないなら人に聞いて回ればいいんじゃないでしょうか。――殺してでも」

 殺してでも、の部分が明らかに正気の声ではない。ケイトと唐突に離れると精神的に悪影響を及ぼすことはもう認めざるを得ない。

 サラはユリアの記憶をなくす前がどんなものだったのか想像したくないので聞かなかったことにした。シルヴィアはこれがライバルなのかと考えるだけで恐ろしく身を震わせる。

 一方ルカはそれを無視した。

「で、ミラさん。どうやって探します?」

「……まあいくつか考えはあるけど……その前に」

 チラリ、と背後に視線を向けるミラ。モリアも気づいていたのかにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。

「……そこに隠れてるやつ」

 ミラが茂みへ短剣を投げつける。すると短剣は地面に刺さったような音を立てた。それと同時に茂みの部分が不自然に揺れる。

「五秒以内に出ろ。五秒後ミンチになりたくないならね」

 一秒、二秒、三秒……ミラが構えたところで茂みから現れたのは茶髪の小柄な少年。苦虫を噛み潰したような顔で両手をあげ、前に出てきた。

「物騒にもほどがありません? 僕らに敵意はありませんよ」

「じゃあ、その胡散臭いツラの下にある素顔晒しなさい」

 高圧的に吐き捨てるミラに少年は舌打ちしたかと思うと一瞬にして『顔』を変えた。

 短い茶髪ではなく赤毛のポニーテール。真っ黒な瞳はどこか不機嫌そうでバツが悪そうに顔を背ける。全体的に地味な印象を受ける『彼女』。歳はルカたちよりも僅かに年上だろうか。ミラを見ながら不満げな声で問いかけた。

「これで、いいですか?」

「まあ分をわきまえてるようだし、いいよ。諜報部?」

「やっぱりわかります? 噂通り察しのいい方ですね……」

 冷や汗をかいているようにも見える彼女は僅かに後ずさる。ルカはこっそり彼女に同情した。さほど歳の変わらなそうな彼女が百戦錬磨のミラ・エルヴィスを相手に腹芸をしなければならないということに。

「あーもー……勝てそうにないなやっぱ」

「とりあえず、私のことわかっているようだし、そっちが名乗ってくれる? 諜報部の下っ端ちゃん」

「……諜報部のヴィクセン――」

「本名」

 たった一言の圧力は計り知れない重みを与える。つまり彼女は偽名を名乗ろうとしたのだろう。ミラはそれに気づき真名を名乗れと言うのだ。

「……………………ちょ、諜報部のモニカといいます」

 観念したのかだいぶ間を置いたあとに名乗る。どこか悔しそうに目を背けるとモニカは逆にミラにも要求した。

「もういいでしょう? こちらのお話を聞いてください」

「そうね。『隠れてる奴、もう一人出てきたらね』」

「……もう勘弁していただけますか」

「私を出し抜こうなんて千年早いのよ」

 邪悪な笑みを浮かべるミラにモニカはすでに半泣きだった。モリアは終始そのやりとりを見ながら腹を抱えて笑いをこらえていた。


 ――やっぱりミラさんに下手なことできないな。


 ルカは改めてそう実感し、自分は気を付けようと心に誓った。



だいぶ時間が空いてしまって申し訳ありません。更新できそうな時にできるだけ頑張ります。

諜報部のモニカはサイトの番外編で結構出てくる子なのでもし興味がありましたら是非。

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