暗闇の中、手探りで
私の大切な仲間。
『ミラ』
いつだって優しく微笑んでくれた。
『大丈夫。傍にいるから』
でも、みんな私の傍から消えてしまった。
目が覚めるとどこかの宿の天井がまず目に入る。
体を起こそうと手を動かすとすぐ傍にいた人物に気づいた。向こうもそれに気づき優しく声をかける。
「ミラちゃん」
「モリア……どうして……ここに……?」
「もしかして、覚えてない?」
ミラは首をかしげながらモリアを見つめる。不安げな目が揺れていることから未だ不安定なままだということがわかる。
するとミラはまるで思い出したように呟いた。
「そうだ。カイル、カイルはどこ?」
「ミラちゃん、カイルは――」
「ねえ、カイルは? 隠さないで! 私からカイルまで盗らないでよ!!」
「ミラ!!」
モリアはミラの肩を掴んではっきりと、非情を装って言い放つ。
「カイルは死んだ。それはもう昔からわかっていることでしょう? ミラちゃんが見ているのはただの幻影」
幻影、という言葉にミラは反応する。そしてしばらく無言が続いたかと思うとぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「ごめんなさっ……違、ルカは……カイルじゃ、ない……」
泣きじゃくる子供のように涙をこぼすミラをモリアは優しくなだめる。しかし、悠長にしている時間はない。
「もう、いいわね? 今結構急いで動かなきゃいけないの。だからもう泣いてる時間なんてないと思って」
「モリア……?」
「ケイトたちが……拉致されたわ」
ミラの顔が青く染まり言葉を失わせるその事実は部屋の外にいたユリアにも聞こえていた。
目覚めは最悪だった。しっかりと拘束された手足。後ろに回された手は手首がやや痛む。
髪はポタポタと水滴を垂らしている。理由は水をかけられ、強制的に目覚めさせられたからだ。
場所は地下牢を少しマシにしたような檻の向こうの中。特別製とでも言うように普通のとは違う鉄格子に床に刻まれた魔法陣。完全に嫌な予感しかしない。
「ようやくお目覚めか」
いかにもガラの悪いボス猿のような男。屈強な肉体は俺よりも一回りもふた回りも大きい。
その後ろに控える細身の男。身なりからして冒険者や戦うことを生業としていないのがわかり、多方予想はつく。
「で、本当にこのガキがフィアンマでいいんだろうな?」
「恐らく、な。彼らアニムスたちからの預かり物の一つ、ではあるが狂鳥以外はオマケのようなものだろうしこちらが捌いても構わないだろう。好きにしろと言ってたしな」
何の話を、と思う前にたいまつが自分の顔に近づいてくることに気づく。遠慮のないたいまつの近づき方に身をよじらせるも逃げられない。顔に炎が、という瞬間に炎が自分に『吸収』されていくような不思議な現象が起こり、周りの男たちはおお、と感心の声を上げた。
「どうやら本物で間違いないな。これほど炎の精霊に愛されるのはフィアンマ家以外ないだろうしな」
「お前らさっきから何を――」
質問の声は屈強な男の蹴りで遮られる。蹴り上げた先が丁度腹部――みぞおちあたりで、痛みをこらえようにも遅かったのか声が出なくなった。
「っ――!?」
「黙ってろ。お前はもう人権すらないと思え」
細身の男はそんな様子を見て面白がりながら口をはさんでくる。
「自覚がないのだろうから教えてやるが……もう君は奴隷になったんだよ?」
「は……?」
思わず疑問を声に出してしまい、更にもう一発蹴りを喰らう。次は脇腹で先ほどよりも痛みはないもののじんわりと体が悲鳴を上げる。
「フィアンマの生き残りの15歳ほどの少年。三日後のオークションが楽しみだ。さぞ好事家に高く売れるだろうよ。よかったな。フィアンマの血があることだし種馬奴隷になるだろうが」
何一つよくない言葉の羅列に血の気が引く。今自分の周りに仲間――味方は誰ひとりとしていない。
あの時、路地裏で襲われたあと何処かへ連れ去られ奴隷商品になった、ということなのだろうけどそれにしたって――。
「俺と……一緒にいたやつは――」
「ん? ああ、あれは片方はたいして売れそうにもないしもう一人は狂鳥……お得意先の預かり物だからな。ここではないところにいるよ。……で、他人の心配をしている余裕があるのかな?」
予想はしていたが横から飛んでくる蹴りが今度は胸――肺が圧迫され呼吸が苦しくなる。
「おい、顔はやめておけよ。顔が傷ついて売値に響くのはまずい」
「わかってるっつーの」
「それじゃ、私は別の仕事に移る。躾はきちんとしとけよ」
そう言って細身の男は牢から出て行った。
残された俺はこれから来るであろう暴力を恐れながらも別のことを考えていた。
(助けは絶望的……三日で俺は売られる……やばい、詰んでる……)
どう考えても絶望的な状況。そしてこれから始まる『躾』とやら。
俺は襲い来る痛みをこらえるように目を閉じ、歯を食いしばった。
――だから、素直に俺と代わればいいのに。
――ま、別にどっちでもいいけどな。
暗闇でそんな声が聞こえたような、そんな気だけがして。
部屋の外にいたユリアは青い顔でモリアに尋ねる。
「ケイト、くんが……そんな、はずないです……」
「ごめんね……私が気づくのに遅かったから……。ケイトだけじゃない。アベルに……カルラも。恐らくカルラが本命だったんでしょうけど……」
悔しそうに唇を噛むモリア。ミラは俯いていて表情が見えない。
二人を見ながらユリアはぼそりと小さく呟いた。
「私が……守らないと、いけないのに……」
背を向けて部屋から出ようとするユリアをミラは凛とした声で呼び止める。
「ユリア、待ちなさい」
ベッドから降りて換えの服に素早く着替えたミラは先ほどの様子を微塵も感じさせない声音でユリアに言った。
「助けに行くのは当たり前よ。でも一度冷静になりなさい」
落ち着きのあるミラの声を聞いてかユリアは冷静さを取り戻し小さく頷いた。モリアは少し意外そうにミラの様子を見る。
「あのミラちゃんがこんな成長してるなんてね」
その呟きはミラには聞こえなかったのか、ミラは何か言った?とばかりにモリアに向かって首をかしげる。
「何も言ってないわ。さあ、急ぐのも大事だけれど作戦会議しましょ。まず……居場所ね。ミラちゃんの弟子全員揃えてから話すわよ」
ルカ・サラ・シルヴィアを呼び出しケイトたち奪還の手はずを考えるため彼女たちはそれぞれの考えを頭の中でこねくり回す。
そして、今回の行き先は――
薄暗く、衛生上よろしくなさそうな牢屋でカルラとアベルは途方に暮れていた。
二人揃って拘束具がついており魔力がまともに使えないため無理やり脱出するのは不可能に見える。
「……さて、どうするか」
カルラは真剣な声で呟く。しかしアベルはどこか虚ろな目でただ虚空を見ていた。
「ん、どした? えーと、アベルだっけ?」
「…………俺はこの空気が嫌いなんだ」
「……牢屋か?」
「いや、牢ももちろん嫌いだ」
アベルは自分につけられた手枷を見つめながら言う。
「この国特有のそういう空気。わからないか? 今にも息ができなくなりそうな――」
「……まさかここは……」
カルラはアベルの言いたいことに気づいたようで顔色がわずかに変わる。
仄暗い光をたたえたアベルの瞳にはどこか恐怖や諦めが入り混じった複雑な感情が溢れていた。
「大陸の闇……ならず者の国、ウンブラだ」
視点がコロコロ変わって申し訳ないです。
あと更新が遅くて本当にすいません!