繰り返す、重ねる、壊れる
轟音の正体を探るべく四人で外に出ると別の船から攻撃を受けていることに気づく。船員も半狂乱で相手の船と交戦しているが恐らく形式上の訓練だけで実戦経験はないのだろう。全く相手に砲撃が当たる気配がない。
「海賊か……」
カルラが神妙な面持ちで海賊船を睨む。しかしこの距離ではどうすることもできない。
「サラ、魔法届くか?」
「ギリ……無理かな。座標的にもダメっぽい。せめてもう少し近ければ――」
「――ケイト君! サラちゃん! 何かきます!」
ユリアがレイピアを構えた先には突然といっていいほど急に人影が出現する。荒くれ者らしき服装からして襲撃してきた海賊だろう。カトラスなどを携えて臨戦態勢だ。それにしてもユリアよく現れるってわかったな。勘にしろ気配察知にしろすごい。
船員は明らかに不審な海賊どもを見つけると一部が臨戦態勢をとり一部が一般人の安全を確保するために船内へと戻っていった。
「サラ、一瞬足止めできるよな?」
「できるけど……ルカよりは短いよ」
「じゃあ頼む。俺とユリアで抑える」
「んなまどろっこしいこと必要ねーよ」
いつの間にかカルラは双剣を手にして海賊たちの前に立ちはだかっていた。
海賊はざっと見ても二十人はいる。
「ほら、かかってこいよ。俺が直々に相手してやるから」
自信に満ち溢れたその姿はミラさんにも劣らない頼もしさがある。カルラがにやりと笑って双剣をくるくると手のひらで回す。すると海賊の一人が呟いた。
「おい……あいつ、見たことあるぞ。協会のあいつだ……!」
「ま、まさか狂鳥カルラか!?」
海賊たちはカルラを見てざわめいている。それは恐怖にも似た感情。
「化物揃いの協会幹部にわずか二十歳で追いついたっていうあの――」
「なーがーいー。せっかく待ってやってんだからかかってこいよ。俺すっごい暇なんだけど」
挑発する物言いに海賊たちもイラついたのか一斉にカルラへ向かって襲いかかる。
しかし前方の三人を飛び越え後方の四人を蹴りだけでいなしたかと思うと一度無視した三人へ向かって倒した海賊を投げつけて吹き飛ばすという荒業を一瞬でやってのけた。不敵な笑みは明らかな余裕を感じさせるとともに圧倒的な強さを見せつけるようだ。
あまりに華麗な、それでいて荒々しいその動きに俺は目を奪われる。心からすごいと思える戦闘を目の当たりにするのはこれで二人目だ。
「ほらほら、もっと来い。俺だって船旅で退屈してたんだよ。殺す気で来ないと俺は倒せないぞ?」
揺れる船。未だ砲撃が続いているのにも関わらずカルラは焦りを見せない。いつ直撃するかもわからないというのに。
海賊たちがカルラだけじゃなく俺たちもターゲットに含め動き出す。真っ先に動いたのはカルラとユリアでサラは舌打ちをしたかと思うと俺に言った。
「ごめん……詠唱の間だけ守ってくれる?」
「わかったけど、俺に期待するなよ?」
「そこまで期待はしてないから平気」
「ヒドイなお前も!」
サラは苦笑を浮かべながらも魔法を発動させようと詠唱をはじめる。魔力をいつも以上に感じることから強い魔法を出そうとしているのだろう。
詠唱中のサラを狙ってきた海賊二人と向き合い右から来た一人を防ぐことに成功するもののもう一人を防ぎきれずサラを襲う斬撃が――
「全く、船旅くらい静かにさせてよね」
やや疲れのにじむ表情を浮かべているのは俺たちの師匠ことミラさんだった。斬撃を防いでそのまま流れるように海賊を転ばせ、頭に一撃見舞うと呆れた様子で言った。
「ミラさん! 大丈夫なんですか!?」
「当たり前でしょ。それより海賊の人数多くても一人一人大したことないんだからさっさとやっつけてみなさいよ」
あくまで師匠として、できる限り俺たちに課題を与えるミラさん。どうやらだいぶいつも通りに戻っているようで安心した。
「ケイト! 魔法出すからそこからどいて!」
「わかった!」
サラがいつになく鋭い声で叫ぶと同時に魔法の射程圏外から外れ、サラを見守る。
「『異界の鎖よ。我が進む道を阻まんとする者たちを絡めとれ』。いっけぇ! ノワールチェイン!」
黒く、影に似た触手のような何かがサラの前方にいた海賊たちを絡め取っていく。どうやら敵味方は選別できないのかユリアとカルラにも向かっていくが二人は捕まる直前に気づき海賊たちを盾にして魔法の射程範囲外に退散した。
「この魔法は追尾機能とか強力な分敵味方選べないのよね……」
サラが愚痴をこぼすように呟くとほとんどの海賊は魔法によって捕獲に成功し、残っているのも気絶しているか繊維を喪失しているかのどちらかでもう危険はないだろう。
「さて、海賊船のほうをどうするか」
カルラが牽制してくる海賊船を見つめながら呟く。倒されたと気づいたのか
海賊の船からは砲撃が未だに撃ち込まれている。幸い決定打がないので被害は少ないが船の揺れが激しい。
「どうにかして防がな――」
「うるさい……」
部屋で寝込んでいたはずのルカが危ない足取りで前へ出る。魔力が溢れ出るその様子に気づいたサラははっとしルカの手を取った。
「ルカさすがにそれは――」
「うるさい……揺らすな……気持ち悪いんだよ――『唸れ轟き、墜ちろ雷。我が前に在る障害を裁け』……くたばれ、シュトラーフェ・ブリッツ!!」
詠唱完了とともに暗雲が立ち込め海賊船に雷が連続して落ちる。その威力は強大で海賊船が崩れていくのが見える。
「うわぁ……ルカやらかした……」
「えぐい……天候魔法と雷属性の複合魔法……」
思わずサラとともに変な感想が漏れる。しかしどうやら海賊たちは崩れる直前に小舟に乗っていたようで逃げるように別の方向へと消えていった。
「……あれ絶対途中で遭難するよね」
「……だな」
海賊を擁護するつもりはないがあれでいいのだろうか。
船員たちとで船にいた海賊たちを改めて縛り上げひとまず危険はなくなったが船内は今頃大混乱だろう。船員はこれからも大変そうだ。
「英雄、ミラ・エルヴィス……」
カルラが確かめるようにミラさんを見つめながら呟く。その目は期待と憧れ、そして僅かな戦意すら感じる純粋すぎるほど純粋な戦いの意思だった。
しかし一方でミラさんは顔色が悪いルカを呆然と見つめるだけでカルラの視線に気づいていないようだ。
ルカは壁に手を付き、まだ体調が優れないのか頭を抑えながらため息をつく。
「カイル――」
ミラさんの声が波の音にかき消されそうな儚さで、その場にいた全員がミラさんを見た。
その名前は、知らない人の方が少ない。ユリアですら一度は聞いただろう。その名は、ミラさんの――
「カイ、ル……カイル――」
「ミラさん……?」
「カイル、お願い。どこにもいかないで私のそばにいてもう独りは嫌なの。嫌なの、ねえカイル――」
どこか虚ろなミラさんの瞳は真っ直ぐにルカにだけ向けられている。いや、“ルカではない誰か”を見ている。タガの外れたかのような切ない姿にルカですら言葉を失う。
――英雄カイル・ラバース。ミラさんの幼馴染であり今は亡き魔導師。
ミラさんは彼とルカを重ねているのだろうか。カイルにすがりつくミラさんの姿はまるで迷子の子供のように不安げでルカの服を強く握っている。
『ったく……はまだ囚われてるのか……』
『……彼は本当に何? どこで見つけたのあんなの』
『へぇ? 偶然? 成り行き? こんな偶然があってたまるか。いつまでも引きずるなよ! こんなことしてもあいつは――』
あの時のカースさんの言葉を思い出す。ルカを見ながら言ったことからカースさんは気づいていたのかもしれない。英雄カイルとルカをミラさんが重ねていることに。
「ミラさん何言って――」
「カイルまで私を置いてくの? ルイスだってユリィだって、カズキにレイも私を置いてく!! 置いていかないで!! どうしてわかってくれないのよぉ……! いやいやいやもういや!!」
子供みたいに涙をボロボロと流すミラさんにルカは戸惑っているようで助けを求めるようにサラを見る。しかしサラも困った顔でミラとルカを交互に見るしかできない。
ルカにしがみつくミラさんはきっと俺のことは見えていないだろう。ただカイルという幻影と重ねたルカだけしか見えていない。
「まったくもう……相変わらずメンタル弱いんだから」
艶のある声が響いたかと思うとミラさんがその場で気絶してしまいルカが慌ててミラさんを支えた。
後ろからミラさんへと近寄ってきたのは見知らぬミルクティー色の髪をなびかせた美しい女性。いかにも大人の女性といった雰囲気でそれ以外にもカリスマというか圧倒的存在感だ。
「ご苦労さま、カルラ」
「……様子見てた癖によく言いますね、モリアさん」
「だって私がでなくても解決できるでしょ? まさかそれもできない程弱いって認めるのかしらぁ?」
からかうようにカルラへと冗談を飛ばす。むっとした表情を浮かべるカルラだったが彼女は意識を失っているミラさんを支える。ルカはそろそろ限界なのかミラさんから離れてサラに介抱されていた。
「ホント……強いくせに弱い子ね」
憐れむように、悲しむように、そう呟いてミラさんを抱え上げたその人は俺たちの方を向いて微笑んだ。
「自己紹介が遅れたわね。私はモリア。占い師モリアと言えば彼女との関わりもわかるかしら?」
占い師モリア。
それはかつてクランアミーユとともに戦った英雄の一人の名前だった。
だいぶお待たせしてしまいました……申し訳ないです。
メンタル弱いミラと相変わらず弱いケイト。この師弟は色々ダメダメです。