Encounter in the rain Ⅳ
家は結構広い。だから一人増えたところで困ることはないが――
「……そ、そんなに見られてると困るな」
「……」
椅子に座った彼女はひたすら料理をする俺をじっと見てくる。
今日は店は休みなので普通に昼飯を食べようと思い彼女の分まで作っていた。が、彼女は何もすることがないのかじっと見てくる。
「……えっと、そこに本あるからなんか読んだりしてれば?」
非常にやりづらい。
すると彼女は無言で本を一冊手に取り、そのまま読み出してしまう。
(そういえば……名前どうしようか)
名前で呼ぶことができないのは意外にも不便だったと分かる。とりあえず昨日の残りであるシチューとサラダにパンを食卓まで運ぶ。
「……嫌いなものとかあるか?」
「わかりません」
そう言いながら出されたシチューとパンを交互に見て無言で食べ進めていく。途中、サラダにも手を出したりしているがシチューが気に入ったのかもっと欲しいと言いたげに皿を突き出してきた。
「……おかわり?」
「……美味しいです」
おかわりなんだろう、多分。残っていたシチューをよそって渡してあげると急に涙を流し始めてしまう。
いきなり泣かれてどうすればいいのかわからない上に泣いた理由がわからなくて困惑するしかできない。
「な、なんで泣くんだよ……」
「わか、らない……です……」
涙を拭うこともせずただぼろぼろと泣き続ける彼女はとても儚げで見ているだけで苦しくなってしまう。
「な、泣くなって」
涙を袖で拭ってやると彼女ははっとした表情で俺を見てくる。
「……優しい人ですね」
「そうでもないと思うけど」
「こんなに優しくされたの、初めてのような不思議な気持ちです」
「はぁ……?」
「だから……ありがとうございます」
ようやく心からの気持ち、安心したような笑顔を浮かべた彼女。
胸が不自然に高鳴る。
(なんだこれ……なんだよこれ……)
鼓動が早い。これじゃまるでドキドキしているみたいだ。それに頭がクラクラしてわずかに痛みすら感じる。
「……あの……?」
「え、あ、いやなんでもない!」
「そうですか。あの……ケイト君、って呼んでいいですか?」
躊躇いがちに問いかけてくる。座ったままの彼女は上目遣いで潤んだ目がとても色っぽい。
見つめてくる少女。
それを見つめ返す俺。
――俺はこの場面をしっている。
「……あれ?」
「どう、しました?」
目の前がちかちかと点滅したせいで少しだけよろけてしまう。彼女が心配そうに見てくるため平静を装った。
「いや、ちょっと頭痛くて……」
一瞬、何かが浮かんできたがすぐに消えてしまった。
「そうだ……名前……名前もわからないんだよな?」
「はい……」
「じゃあとりあえず名前がないと不便だし決めようか」
このまま名前を呼ばないままだとどうもしっくりこない。
「……ケイト君が決めてくれますか?」
しかし、突然決めようにも思いつくはずもなくただうーんとうなるしかできない。
『名前は生まれてきて一番最初に与える贈り物だからな』
かつての父の言葉を思い出す。それならなぜ女名をつけたと再三問いたいがもう今となってはわからない。
ま、まともの名前をつけてあげたい。
ふと、目にとまったのは彼女が読んでいたアミーユ伝説の本。一番定番の短くまとめたダイジェストとなっている。俺はその物語に出る『彼女』が特に好きだった。
「……アミーユ伝説のユリシアっているんだけどさ、俺その人が一番好きなんだよね。その次にミラ・エルヴィス」
「ユリシア……?」
「俺の国では偉人の名前をあやかって付けるのとか多いんだけど……ユリア。ユリアとかどうかな?」
「ユリア…………私の、名前……?」
一言一言噛み締めるように何度もユリアと繰り返す。
「私は……ユリア、ユリアです」
「おう」
「ケイト君」
「なんだ?」
彼女改めユリアは俺に微笑みながらとんでもない爆弾発言を噛ましてきた。
「私ってケイト君の家族ですか?」
その問いには未だ答えられないまま。
「……そんな感じ」
「……おい、それはいい。ミラさんはどうした」
「だってミラさんが街に来たの少しあとの話だし」
ルカは話を聞いて何を思ったのか複雑そうな表情を浮かべている。なんだろう。
「ミラさんの話は……また機会があったらな」
あの人との出会いは長くなるし色々なことが起こりすぎた。
ユリアとの出会い、ミラさんとの出会い。どちらも俺にとって大きく人生を変えるものだから。
雨が降る日はあの日を思い出す。
あの日、俺はユリアと出会えてよかったと思っている。
ユリアとの出会いの番外編はこれにて終了となります。当初は1話目にあたる予定でしたがオチもヤマもないので番外編に流用しました。ミラとの出会いも1話相当のものですがやっぱりこれも番外にてという予定です。